loop.10 THE PAST STORY sideA
またこの住宅街の景色。もう見飽きて新鮮味は微塵も感じられない。なのに僕は一生、この景色と生きていくことになりそうだ。
あの男の子の出血量は医療に全然、詳しくない僕でもわかるぐらい命に関わるものだった。ならばこれはもう――。
一応、確認のため公園へ急ぐ。もしかしたら、もしかしたら。その一心に支配されながら歩み出す。これで生きていればチャンスはある。ループさえ出来れば全て問題ないのだがら。
自然と早足となる。無駄なことを考えていなかったせいかいつもより早く着いたように感じる。
そしてこれまた何回も見たベンチに近づく。そこにはぬいぐるみはもうなかった。更なる確認のため公園で遊ぶ子供たちの中に例の男の子がいるか探す。
だが元気に駆け回っていた男の子の姿はもうない。そしてその周りもそれに不思議は何も感じていない。ループしていないのだから当然だ。
僕はベンチにへたりこむ。もう何もしようという気が起きない。ただ真正面に見える子供たちを眺めるだけだ。それを見て羨ましいと心底、思う。
彼らには未来があるのだ。それは幸運なものではないのかもしれない。もしかしたらやり直したいと思うこともあるだろう。
だがその後悔は役に立つ。更なる未来でそんなミスをしないため、後悔を胸に刻んだままいい人生を歩もうとするのだろう。普通のことだが僕にはそれが羨ましい。
僕にはその未来すらもない。後悔を活かせない。後悔は後悔のままもうどうにもならないで無為が時間だけが過ぎていく。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。本当ならこの恐怖を、痛みを、苦しみを大声で叫びたい。しかしもう既に終焉を迎えた僕でも人並みの羞恥心は残っているらしく、情けないため息しか出ない。
このままだと生きた屍だと心の中で自嘲する。いつだか思ったことに目的があることが人間だというのがあった。それ以外は本能で動く動物だと。
その基準に照らし合わせるならさしづめ僕は人間ではない。だからある一つのほんの小さな僕の生きる目的を最後に遂行しようと思う。
ずっとポケットにあってとり出してなかったスマホを取り出す。
僕は元々、アナログで最新の電子機器とか言われてもよくわからない。時間は腕時計で確認すればいいし、メールとかはあまり使う必要性を感じない。
こんな具合だから電話の連絡先もそう多くない。それに加えて履歴を見ると両親か、水沢木霊の名だけだ。
その水沢木霊の欄を押し、電話をかける。こんなのはいつぶりだろう。
木霊はコールの三回目で出た。その第一声は
『どしたの?』
能天気な声がスマホから発せられる。だから勘違いしそうになる。いやこれすらも木霊の技術なのだ。
「来て欲しい場所がある」
『へぇ……』
いきなり本題から話すが、木霊が動じた様子はない。まるでその一言が来るのを待っていたようだ。
『場所は?』
「例の廃ビル。次のループで」
『それって……』
木霊は何か続けたそうにしていたが、それには取り合わず電話を切る。僕の秘密を少しばらしても木霊に変化はなかった。これ以上話をしても意味がないだろう。
ベンチにもたれかかってもう一度、子供たちを見る。今思えば僕はこうやって遊んだのはないかもしれない。詳しく言うならこうやってみんなで遊んだりはしたが、本当に楽しんでいたかと訊かれれば話は別だ。
タイムリープの能力に気づいたのは小学三年生の時ではあるが、それ以前から周りとは何か違う、この人らとは分かり合えない。そんなことを感じていたのかもしれない。
しかし水沢木霊と話すときはそうした孤独感はまるで感じなかった。何故かと考えたこともあったが、たまたま馬があったとしかその時は思わなかった。
今になってわかる。その理由は僕らが特別だったからだ。いや、特別なんていう高尚な言葉じゃない。多分、異端が正しいだろう。
他人とは違う。そう思う人間はどうやら引かれ合うものらしい。
それは気持ち悪い関係だと思う。どちらも自分を特別だと思い込む。それの裏を返せば、自分以外の人間は凡庸だと決めつけている。つまり僕にとって木霊は、木霊にとって僕は、凡庸だと心の中で思っていたということだ。
だからもうそんな関係には終焉が必要だ。それが最後の目的。
過去のことを思い出す。まるで走馬灯のように。しかし僕の人生は終わったのだからあながち間違っていない。
男の子を死なせてしまったこと。事故に遭いかけたこと。木霊の本性を見てしまったこと。謎の看板を見たこと。男の子にお礼を言われたこと。ぬいぐるみの落とし主を特定したこと。久しぶりに木霊に会ったこと。
そして木霊と廃ビルで話したこと。
思えばあれが一番、自分の人生が彩られた瞬間だった。しかしそれはもう色を失った。煤けた灰色。全ての思い出を燃やし尽くした後のようだ。
過去など思い出してもいいことなどなかった。全て灰色なのだから全部、同じ景色だ。それより今は真っ白な未来が欲しい。何も彩られず、何色にでもなれる。そんな未来が。
ならもういい。灰色だから見飽きて辛いのだ。全て黒く塗りつぶしてしまえばいい。そうすればそれをほじくり返すことは不可能になる。
僕は微かに笑う。これで木霊とも最後だ。いっそこの関係が終焉を迎えるのが清々しくさえ思う。
僕が感じていた木霊のいる時の心地よさ。それはいいものではなかったのだ。ただ僕と同じようにどこかに孤独を感じている、それを見て安心してただけ。何も解決になっていない。
意識がフェードアウトしていく。いいね。次がラストだ。もうループ脱出のため、誰かに優しくするために心を焦がす必要もない。好きに生きていける。
――本当に?
遠くで声が再生される。それはまだ木霊の真実を知る前の声によく似ていて、諦めたはずなのに耳から離れなかった。
この連載の第1話は計の回想から始まっているので時間軸は戻った訳なのですが、これを覚えている人がどのくらいいるのでしょう。僕は忘れかけてました。




