loop.9 ACCIDENT
六周目になってやっとわかった事実。それは予想の範疇外だった。だが僕が驚愕したのはそのことだけではない。
それは今までのループの法則である、簡単な人助けがループ脱出のトリガーであるということだ。だが今回はあまりにも複雑で難解。間違っても簡単など言えないようなものがトリガーだ。
このループのトリガー。
それは「男の子の誘拐を阻止すること」だ――
炎天下の中、さまようように歩く僕はまるでウォーキングデッドのそれだっただろう。しかし彼らとは全く違う点がある。それは目的の有無だ。
彼らには目的など存在しない。理性すらもないのだから人を襲うのは確かな意思による目的なんかではなく、ただの本能。獣と同じだ。だからこそふらふらとさまようのも納得だ。
だが僕には明確な目的がある。このループを脱出するということだ。ならそれに向かって努力をするのが正しいのだろうがそうはいかない。
今までの徒労感、そして人助けの難易度と言ったら今までとは比にならない。それだけで足取りを重くするには十分だ。
今回の誘拐の阻止。これは人助けとしてはかなり厳しい。しかももうこれは人助けと言えるのかも疑問だ。
誘拐となればこれはもう警察の仕事だろう。僕なんかの一介の高校生ごときが手など出してはいけない。というか手を出すという考えすら思い浮かばない。思い付くのはせいぜい学生探偵くらいだ。
しかし僕にタイムリープの能力を与えた神、それでなければ何者かは試練を課した。それは僕にとってあまりにも酷だった。
それでもなんとか希望はある。今までにない人助けの内容でも元々、ループのトリガーは乗り越えられる試練しか与えない。ならきっとこの誘拐の阻止というトリガーにも突破口はあるはずだ。
そのためには計画を立てることが重要だ。無策で突っ込んで失敗すれば洒落にならない。僕は一度、失えばそれを再び手にすることはできないのだから。
なら今回のループは偵察に使うのが正しい。今までも同じように男の子が誘拐され、そしてループしていたのだろう。ならここは手を出さない方がいい。そうすればいつも通りループするはずだから。
真っ直ぐの一本道を歩きながら、偵察で手に入れたい情報を頭で羅列する。
まずは誘拐する場所。次に誘拐に使う車。何人で誘拐を企てているか。その人らの背格好は。また武器を保持しているか。最後に誘拐される瞬間。
さすがにやることが多いと感じる。だがもし今回で全て手に入らなかったらまたループすればいい。そうした点では僕の方が誘拐した人より有利だ。
そう考えているうちに交差点へ着く。ここは信号がないため車の通りが多いと思っていたが、そうでもなかった。いつもは公園によってからここに来ていたので、直接来た今回はいつもより早くここへ着いている。
もしかしたら誘拐に使う車が路駐なんかをしていたため混んでいたのかもしれないと思ったので、道路を目を凝らして先まで見るがそのようなものはない。
まあ、犯罪を犯すのだ。周りに分かるように犯罪はしないだろう。そのため次は狭い道にそれが停まってないかを見るため少し歩く。
結果を言うと収穫はなしだった。来るのが早すぎたのだろう。だが代わりの発見はあった。
それは例の父子の姿だった。男の子の手にはぬいぐるみが抱えられていて、父親はさっきの怒り狂った姿を想像できないほど優しい表情をしていた。
母親は早くに亡くなったと聞いたから薄幸なのかと思っていたがそんなことは全然なく、夏の日照りも相まって明るく幸せそうに見えた。
この時間から推測するに彼らは14時過ぎには公園を去ったと考えられる。さてここからどうやって男の子は誘拐されるのか。それをしっかりと目におさめる必要がある。
物陰にこそこそ隠れながらその姿を眺めていると、唐突に声をかけられた。その夏の暑さに負けない明るい声は誰のものであるかすぐに分かる。
だがしかし信じられないことが起きる。
声の主の姿をこの目で見るため、一瞬親子から目をそらす。その瞬間。
「がっ!」
遠くで男の人の声が聞こえた。すぐにそちらを見ると父親は倒れており、その傍らには屈強そうな男性数人が囲むようにいた。そして男の子はこれまた屈強な男に担ぎ運ばれていた。
僕は動くことが出来なかった。それはあまりにも異常な光景だったから。
誘拐に限らず犯罪というのは目撃者が少ない方がいい。なので誘拐するなら人の目がないところ。例えば路地裏とかだと思っていた。
しかしこんな白昼堂々と犯罪を犯してくるとは夢にも思わない。しばらく呆然としていたがそれもまた「声」によって醒まされる。
「急に固まってどしたの? 大丈夫?」
我にかえる。そうだ、僕には偵察という重要か任務がある。それを遂行するため踏み出すが、それは空回りする。
誘拐が目の前で起こり、パニックになっているのか状況が飲み込めない。だがその原因は後ろにあることは分かり、振り向く。
なんてことはない。水沢木霊が俺の袖を引っ張っていただけだ。だがその手は一向に離してくれそうな気配がないので
「離してくれ。急いでるんだ」
だが木霊は手を離さずきょとんとした顔でいい放つ。
「どう見ても遊んでるようにしか見えないけど。忍者ごっこ?」
そう言ったあと木霊は笑顔になる。表情がころころ変わって忙しいやつだと思うが、それ以上に僕はその笑顔に恐怖を感じた。
今までに見たことがないほど大きな笑顔でにんまりとし、目を細めた表情だった。
こいつはよく笑う。しかしそのほとんどは作り物めいていると思っていた。どこか愛想笑いじみていた。しかしもう何年もこの表情でそれが普通なのだと思っていた。
だがそれは違かった。こいつの本当の笑顔はこの下衆で下品な大きな笑みなのだ。それは明らかに人の不幸を願う表情だと感じた。
しかしここで離してくれというのはもう無意味だと思う。相手の目は絶対に離さないという意志に満ち満ちていたから。
なら力ずくだ。相手は女子。このくらいなら脱出するのは容易だろう。そう思い、思い切り左手の袖を引っ張る。
「くそっ」
だが意外と木霊の力が強く簡単に離れてはくれない。一瞬、殴って離れさせることも考えたが、それは出来ない。それは……女子だからだ。
だが思い切り自分が持てる力全てで引き抜いたらどうにか離れることが出来た。バランスは崩したが。
木霊の方を見てやると驚愕に顔が歪んでいる。それほど離れられたのが意外なのかと思ったがそうではなかった。
クラクションの音がうるさい。すぐ近くで聞こえている。それでようやく理解する。下はコンクリート。だが違う点はそこに速度表示があること。
バランスを崩して車道に出てしまった。左からは大型トラック。
死んだ。そう思い目を閉じる。
轟音がする。これが人間の壊れる音なのか。そう感じる。痛みを感じない。死の瞬間はこういうものなのかとと思う。
否。それは死ではなかった。目を開く。それでようやく痛みがないことは当然だと思う。
トラックは歩道に横転していた。どうやら僕をギリギリで回避したらしい。だがそれを幸運だとは露ほども思わなかった。
誰かが横転したトラックの下敷きになっている。目を凝らすとそれはどうやらあの男の子ようだ。そしてその体からは。息をのむ。――血が溢れていた。
情報の濁流に飲み込まれる。死を回避した。だが男の子が死にかけている。命を「失って」しまう。この場合、ループ脱出はどうなる? 出来るのか? 出来なかったらどうなる?
わからない。今までこんな危機に出会ったことはない。だがその答えはすぐにわかった。
意識が混濁していく。目眩と吐き気と頭痛が同時に襲ってくる。これはループの前兆だ。
嘘だろ。ここで男の子が命を失っているならループがどうなるかわからない。まさか永遠にループするのか? そうなったら俺は。
抗いたい。にも関わらず抗えない。男の子の命は他力によるところが大きすぎる。僕が出来ることといえばバランスを崩したことを後悔することだけだ。
「ははっ」
意識を失う中。遠くからそんな乾いた笑い声を聞く。木霊の声だろう。それは三周目に看板を見たあとの意識を失う直前。あの時、僕に声をかけた状況に似ていた。
くそ。心配だと思っていた僕が馬鹿だった。あの時もあんな風に笑っていたのか?
しかしもう全て後の祭り。木霊が見せた本性は僕が今、失ったものではない。
既に。いや、始めから失っていたものなのだ。
ヒロインというのは主人公以上に書くのが難しいと思っています。
自分の場合、主人公の一人語りが多いので主人公の心情は書きやすいですが、ヒロインは心情がよくわからない。
だからこそこうしてヒロインの心情が溢れでるのが書いていて新鮮だったりします。




