平然
「──何……これ……!?」
サラは驚愕のあまり、そう発してしまった。
そして、その事実を信じ難いサラは、シェリルのカバンを漁り続けた。罪悪感など疾うに忘れて。
「……何をしているのかね……?」
その様を目撃した何者かが、サラに問うた。
背後からのその声に振り返ると、
あの真っ赤な服を全身に纏った、少し若めのサンタクロース、クリスだった。
「えっ、あっ、その……」
これはまずい、サラは思った。
先輩のバッグを漁ってましたなんて、口が裂けても言えない。
ましてや今日は出勤初日だ。いくらサンタクロースだとは言え、仕事は仕事、解雇にされたっておかしくない。
だが、サラの頭はここで機転を利かせた。
ここはむしろ、助かったと言うべきかも知れない。
思考はその結論にたどり着いた。
何故ならば、この状況の背景、経緯を語り、信じてもらえるサンタは、唯一彼くらいだからだ。
「シェリルさんのバッグから、こんな物が……」
サラは、手に持っていた、写真の切れ端を見せながら言った。
クリスは眉間に皺を寄せ、いかにも怪しんでいる顔をしながらサラに歩み寄り、その手に持つものを受け取った。
「シェリルさんの親友の写真があるって聞いて、こっそり覗いちゃったんです。ごめんなさ──」
「これの他の部分はあるのかい……?」
「えっ?」
『ごめんなさい』と言い切る直前に遮られたサラ。
対してクリスは、青ざめた顔で問い質す。
「これは一大事になるかも知れない……!ほかの部分を出してくれないか……!」
「わ、わかりました……!」
クリスの言う『一大事』が何か判らず、サラも戸惑う。
そこへ。
「……どうしたんですか……?」
遅れて仕事を終わらせたシェリル本人が、更衣室に姿を現した。
「クリスさんも一緒して、何を……?」
「……君、これは……?」
余計な前置きや挨拶はせず、本題に入るクリス。
その手にある物を目にして、シェリルもまた、顔色を豹変させ──なかった。
「写真です。親友のキルスティンと……その彼氏……ですが何か?」
「何か……ではないよ。キミ……この写真は、どうして破られているんだい……?」
「何故ってカンタンなことですよ、クリスさん……」
シェリルが平然とした表情で答えた言葉に、
サラとクリスは戦慄した。
「──プレゼントを贈る人の顔を、
忘れない為ですよ」
「……!フェアリー!誰でもいい、フェアリー!」
クリスは我に返ると、更衣室の戸の向こうの工場に向かって叫んだ。
声を裏返させながら。
「この……シェリルを!
今すぐここから、追い出せーッ!──」
「──はあーあ」
夜のロンドンの住宅街の隅に、白い息が舞った。
「……上手くいかなかったなぁ……今年なら行けると思ったのになあ……」
シェリルは、猫背になりながらその閑静な空間を歩いていた。
──シェリルは、嘘はついていなかった。
サラに対して、過去にあったことを確かに伝えた
しかしそれは、あくまで断片的なものだった。
彼女が、『サンタクロース隊』に入る理由になったのは、親がいないに同然だったことではない。
彼女が18歳の夏、初恋をした。
親友、キルスティンの学生仲間、サンダー。
天真爛漫なその性格に、一目惚れに近い形で惹かれた。
キルスティンとの仲を変えないまま、彼女はサンダーとの距離を徐々に縮めた。
それを4ヶ月……12月が23日過ぎるまで続けた。
そうして迎えた、12月24日、午後11時42分。
「ねぇ、サンダー」
奮発して予約した高級レストラン。
ロンドン全部の夜景が見える特別席で、彼女は意を決した。
「あたし、あなたの事が──」
プルルルル……
シェリルの決意を踏み躙るように、告白を妨げる、携帯電話の音。
「ゴメン、ちょっと」
サンダーは電話に出た。
もしもし、何度かの挨拶、OKの声。
2分弱の電話の末、サンダーは徐ろに席を立った。
「え、ねぇ、どこ行くの?」
「ちょっと別件でな」
「誰からの電話?」
「キルスティンだよ」
サンダーが何気なく答えたその一言が、シェリルの脳内でエコーのように響いた。
「シェリルには伝えてなかったが……実は、一昨日告白されたんだ。
黙っててごめんな」
無邪気に笑うサンダーに、シェリルは笑顔を向けた。
「私はあんたの恋を応援するよ!シェリル!」
ああ言っていたキルスティンの顔は、
クリスマスの夜空を彩るあの花火のように、儚く散った──。
二人の写真は破いてしまった。
その恋が憎くて。
だから代わりに、プレゼントをあげよう。
その時に、こっそり包みを借りよう。
シェリルは働きながら思っていたのだ。
キルスティンとサンダーに、
“弾ける赤”のプレゼントを、包む為の。