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サンタクロース隊  作者: 彩葉 軀
2/3

先輩

「──あなたが来てくれて本当に嬉しい。アタシ以外に、この建物には女性がいなかったから」


 サラにとって、“サンタクロース隊”初仕事の日。

 彼女は、ある一人の女──3年前にここに勤めることが決まったという先輩に連れられ、

 サンタ達が届ける荷物を丁寧に袋に詰め込む広大な作業場──隊の人々は“工場”と呼んでいるそう──を案内されていた。

 其所(そこ)は、あの面接(インタビュー)を受けた建物の地下にあり、ここに働く者以外は、どんな権力者であろうと知らない。


 その先輩の名前はシェリル=トールキン。

 サラが彼女と出会ってから今までの間に判ったことは以下の通りだ。

 その1、彼女はこの工場で言う所の“サンタ見習い”であるが、クリスマス当日になると、ブロムリーやルイシャムと言った土地の担当も務めるエリートらしい。

 ちなみにサラは、このクリスマスから早速シェリルに付き添って手伝いをし、来年が再来年のうちには、グリニッジを担当することがほぼ内定している。


 その2、彼女はとてもサバサバした性格である。

 先ほども、この工場の所謂(いわゆる)工場員である老人が、シェリルの担当地区に関してミスを犯したという謝罪に来た。

 サラには聞こえなかったが、その応対はあっさりと終わり、叱りつけるでも諭すでもなく、ただ今後の対処だけを淡々と伝えると、すぐに案内に戻ってきた。

 頭が切れるのか、或いは単に雑なのか。流石にそこまでは、今のところ、サラには判らない。


 その3、彼女には、かけがえのない親友がいるらしい。

 工場の中に、窓もなく、ただ長いだけの通路があった。そこを歩いている時、退屈だから、と言ってシェリルが話し始めたのがその人のことだった。

 彼女の親が遊び人だったらしく、掃除も出来ぬ家にほぼ一人きりの毎日。愛娘を放っておいて飲めや歌えやの宴に毎日参加だったらしい。

 その親を責めることもなく、ただ優しく見守ったのがその親友らしい。シェリルはその親友を姉のように、そしてその子の両親を我が両親のように思っているそうだ。

 その子の写真は、お気に入りのボストンバッグの中に今も挟んであるらしい。見るな、と言われたが、禁止されるほどやってしまいたくなるのが人間の(さが)というやつ。隙を計らって見てやろう、サラはこっそりそう思っていた。


 案内も終わった所で早速初仕事。

 サンタ見習いは、工場員たち──ロディ曰く、“フェアリー”たちの補助に入ること、これが初仕事だ。因みに、もしこちらの仕事が気に入れば、サンタ見習いからフェアリーになることも可能らしい。事実百数十人いるこのロンドンのフェアリーの中にも、元サンタ志望の人間は少なからずいるらしい。

 だがしかし、或いは無論と言うべきか、サラにそんなつもりは全く無かった。

 フェアリーの仕事をやってみて、確かに楽しいといえば楽しい。彼女の思い描いていた通り、工場の中に辛そうな顔をしている人は一人としていないし、今の子どもたちが欲しているオモチャやゲームを見ていると心も弾む。

 しかし彼女にとっては、昔からの夢の方が譲れない。

 サラが5歳の冬、孤児院で満足行くプレゼントが貰えず、泣きながら孤児院を出て行った。

 19歳になった今になれば、多くの子どもを抱える孤児院は貧しく、また、無差別に与える為に選んだプレゼントであったことも十分にわかっているが、

 その頃欲しかった人形が貰えなかった彼女は、日頃の言いつけを守っている自分には割に合わないと感じ、飛び出したのだった。

 だが数時間もして、日も暮れていくと、街もだんだんと冷え込み、十分な防寒をしていなかったサラは、凍死してもおかしくないレベルまで、身体を冷やしてしまっていた。


 ──ああ……私って、こうやって死んでいくんだ──。


 一人寂しく、誰にも知られず……。

 だって、親にも捨てられたような、悪い子なんだもん……。



「そんなことは無いぞ、お嬢ちゃん」



 不意に、声がした。

 ややモゴモゴしたその低い声の方を見てみると、

 道端に膝を曲げて居たサラを照らしていた電灯の光を、(さなが)ら皆既月食のように(さえぎ)る程の大きな身体をした男が立っていた。

 別角度から照らす光によって、そのシルエットに色がつく。

 履いている靴の上、足首から、頭に被る帽子まで全身真っ赤。袖の口や帽子の先に、少し白色もある。

 そして顎には、豊かに蓄えられた白い(ひげ)

 間違いない──。サラは確信した。


「……サンタさん!」


「ホッホッホ!メリークリスマス!」


 皺の多い顔が、更にくちゃくちゃになった。話に聞いていたイメージ通りのその人を前にして、ネガティヴ思考の所為(せい)で沈んでいたサラの顔はパッと明るくなった。


「こんな所で何をしているんだね。クリスマスの夜じゃよ?ベッドの中には入りたくないのかい?」


 その人──サンタクロースは不思議そうな表情でサラに問うた。

 彼女は嬉しさ半分、そしてサンタに対する申し訳なさ半分で、それまでの経緯を説明した。



「ホッホッホ、そんなことかね」


 一連の経緯を聞いたサンタの返答は軽かった。


「もう少し待ってくれれば、ちゃんと届けに行ったのに。じゃが良いじゃろう」


 そう言うとサンタは、肩に担いでいた、大きな白い袋をガサゴソと探った。

 そうして何かを取り出す。

 サラが胸で抱えなければならないような大きな包みだった。


「開けていい?」


 とサラが訊くと、


「ああ。勿論だとも」


 とサンタは答えた。

 その答えを最後まで聞かないうちから、サラは包みの紙を破いていた。

 中身は、サラの欲しがっていた、人形──クマのぬいぐるみ(テディベア)だった。

 最初、サラは声を失った。だが、孤児院で習ったことをすぐに思い出して、


「ありがとう!サンタさんっ!」


 と、礼を高らかに返した。


「どういたしまして。……ああ、それからのう」


 サラの笑顔を見たサンタは、何かを思い出すと、袋の中をまた手で探った。

 嬉しさの興奮冷めやらぬままのサラに、サンタは何かを差し出した。


「これを持って、孤児院(ホーム)に帰りなさい。君のお友達のぶんじゃ。

 君だけが持って帰ると、ずるいと言われて困るじゃろう?

 少し重たいが君にお届け人(メッセンジャー)を頼みたいのじゃが……いいかね?」


 優しく尋ねるサンタ。

 サラは一瞬、その荷物の多さにたじろいだが、彼から頼まれたことの光栄さを思えば、そんなものは障害にもならなかった。


「まかせてくださいっ!」


「ホッホッホ。いい元気じゃ」


 サンタが、ほれ、と手渡したプレゼントの数々。大小様々なそれらを、齢五才の小さな身体で担うのは誰が見ても無理のあることだとわかるが、

 サンタに頼りにされたことが誇らしかったサラは、たとえ厳しくても任務を果たそうと懸命になった。


「ホッホッホ、力持ちじゃなあ」


 そう言って、サンタがサラを褒めたと同時、どこからともなく、


 シャンシャンシャンシャン……


 と、たくさんの鈴が鳴る音が。


「おやおや、お迎えが来たようじゃの」


 天を仰いだサンタはそう言った。

 同じようにサラも空を見上げると、

 そりを引くトナカイが、優雅に遊覧飛行をしつつ、こちらに降りてきていた。


「それではのう。また来年、会えると良いのう」


「あっ、あのっ!」


 この時のサラの心の中には、既に決意が固まっていた。あとはそれが、実現する可能性が少しでもあるのか──それだけが気がかりだった。


「わ、わたしもっ、サンタさんになれますか」


 そりに足を一歩掛けた状態で、サンタは微笑みながら答えた。


「勿論じゃ。君もいつか、サンタさんになって、子どもたちにプレゼントを届けたまえ!」


 ホッホッホ、口癖のようにそう笑いながら、そりに乗り込むサンタ。


「メリークリスマース!」


 手綱(たづな)を握ると、そりは空に飛び立っていった。

 サラはそれを、積み上がったプレゼントと共に見上げていた──。



 脳裏に蘇る思い出と共に仕事をこなし、気がつくと今日の分は終わっていた。


「仕事が早いわね、サラ」


 背後から、シェリルが彼女を褒めた。


「今日はもう終わっていいよ」


「わかりました!あ、」


 シェリルに言われ、真っ直ぐ更衣室に向かいかけたサラだったが、

 一歩踏み出した時点で何かを思い出して、身体ごと後ろに向き直ると、まだ残りの作業をせっせと行うフェアリーたちに向かい言った。


「今日はありがとうございました!フェアリーさんたち!」


 “目上の人に対しては、必ず礼を言う”。

 孤児院で言われ続けてきたことは、サラの身に刷り込まれていた──。



 更衣室に戻ると、朝に思っていたことを不意に思い出した。

 シェリルのロッカーは何処だろう。

 他のフェアリーたちのロッカーも見ながら、彼女はその目的のものを探す。


「……あった!」


 小さな声でそう言うサラ。

 シェリルのロッカーの中身を、罪悪感を半ば抱きながら漁る。

 ブランドもののバッグを発見。

 恐らくだがここに、

 例の親友との写真がある。

 見たところでどうということもないが、あそこまで言うのだから見ておきたい。

 そして一、二分後、

 サラは何かを見つけた。


 しかしそれは、

 彼女自身が想像していたものとは違った。


「……何……これ……!?」


 それは、シェリルの姿などはなく、

 二人の男女が写った写真が、


 ビリビリに破かれたモノの欠片だった──。

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