「かれら」
私はある超大国の指導者。
日々世界の平和を保つ為に奮迅している。
一昨日は敵国のスパイを捕まえたし、昨日なんて地球に攻め込んできたエイリアンを私自ら撃退した。
国民の支持率は100%に近いし、敵国は今や崩壊寸前。
正に望月の欠けたることも無しと思えば、というやつだ。
そんな私だが、昨日エイリアンを撃退し職務を終えた後倒れるように眠りについてしまったようで、眠りにつく前の記憶が無い。
目を覚ますと恐らく病院の、手術台の上だった。
オーダーメイドのスッとしたスーツを着ていたはずが、体には粗末な青い手術着1枚、脇腹には恐らくマジックで書かれたであろう丸いマーク。
毎朝最高の技術を用いたメディカル・チェックを受けているので、急病で倒れて緊急手術というのは有り得ない。
一体全体どうしたものかと周りを見つめていると、先程まで壁だと思っていた場所が突然開き、術衣を着た医師と看護師らしき人物の一団がドタドタと入ってきた。
「これはどういうことだ!君たち、私の顔を知らないはずはあるまいね?」
と言うと、医師らしき人物が滑らかな声で答えた。
「大統領、ご安心ください。我々の検査の結果大統領の体の中に腫瘍が見つかりましたので、今からそれを取り除きます。失敗など有り得ません。」
聡明な知能と大国の指導者としての経験を持つ私はこの言葉の中に嘘の匂いを感じた。
私にはわかるのだ。
「なぜ私に嘘をつく?私は私の一存で君を路頭に迷わせる事も出来る権限を持っている。心して答えたまえ!」
いつもの調子で自身たっぷりに、それでいて得意げにいつもの文句を言って見せた。
予想外に男は私の言葉を気にもとめず、周りの部下に指示をし、何やら管が着いたフェイスマスクを手に取り私の方に向かってきた。
私は恐怖を感じ、手術台の上から逃げようとしたが、この時始めて体がほとんど動かない事に気づいた。
「やめろ!!私を誰だと思っている!!私は、私は・・・」
乱雑に被せられたマスクから麻酔が流れ、男の意識が戻ることは二度となかった。
── 「話半分には聞いていたが、まさか本当に私のクローンが作られているなんてな・・・お陰で助かった訳だが・・・」
「影武者としての役割も果たせる様、日頃から教育しておりましたが本来はこういう役割の為に“かれら”は存在するのです。お気になさらず・・・」
20××年、科学が倫理を超えた時代。
特権階級の人々は秘密裏に自らのクローンを作り出し、病に伏せた時には免疫反応を起こさず移植出来る臓器移植用として、死を公に出来ない場合は人知れず影武者として利用していた。
自らの複製と自分を区別する為、生み出されたクローンは「かれら」と呼ばれ、名前を与えられず、また本人も自分がクローンだということを悟ることなく、文字通り「飼われて」いるのだ。