プロローグ6
これだから、ランは困る。
ちょっとした事で、すぐに怒り出すのだ。
「ラン、止まれー」
振り返った。私の声にはなんとか反応するようだ。
「何?」
「外に出ない方が良いよ」
これは本当だ。舞踏会の会場である講堂とこの図書館は近い。しかも舞踏会に行った女性達のほとんどが、あの王子目当てだ。よって、今外に出て姿を見られたら大騒ぎになる。
「こっそり見てごらん」
ランが扉に手をかけて、わずかに開け、すぐに閉められた。
「人がいっぱいだよ」
やはり、そうだったか。止まってくれてよかった。
「だから、開けるね」
しかし、ランはそう言うと、扉を開け放した。
講堂の周りにいた女たちがこっちを振り向き、ラン、私、シロツメさん、そして王子を見止めると、次々と駆け寄ってきた。
すっかり失念していた。
ランは悪戯が大好きなのだった。
シロツメさんは王子を抱えて、とてつもない速さで裏口から出て行った。
その後どうなったかは聞いていないが、たぶんあのシロツメさんのことだろう、無事逃げ切れたに違いない。それにあの後、無事に舞踏会が執り行われ、定刻に終わったようだったから。
怒り気味のランは自分の家に戻って、旅の支度をしているだろう。明後日出発だ。
本当は明日だったのだが、王子のせいで一日ずれる事になった。まあ、目的地すら曖昧な旅なのだ。いつ出発しても問題は無いだろうとは思うが。
その目的とは、ランの魔法――当人は否定しているが、魔法と定義しても良いだろう――の存在理由を調べる事だ。
自分が成人したらすぐに出発する、とよくランは言っていたものだ。それが明後日に実現のものとなる。
最初は私と二人で行く予定だったのだけど、町長がシロツメさんを同行させてくれると聞いて、お言葉に甘える事にした。シロツメさんがいれば道中は安全だろう。
すでに準備が終わっていた私は、机の上に置いてある『物質の原子説』という本を手に取る。
これが読んでみるとなかなか面白い。
たとえば、鉄を精製するときに必要となる炭素と、発生する気体を、こう考えれば理解できるそうだ。鉄をI(オダマキ語でIronの頭文字)という原子の集まり、炭素をC(オダマキ語でCarbonの頭文字)という原子の集まり、あと何かもうひとつの原子Aがあるとすると、最初は分子IAというものがあって、それを高温高圧下で炭素と合わせる事で、AがIから離れてCにくっつく。そうすると、IとCAというものができる。CAが気体ならば、精製機内の炭素が減っている説明にもなるし、鉄が軽くなった事の説明にもなるわけだ。
原子説は本質を突いているのかもしれない。
そんな事を考えながら、サザンカは眠りについた。




