6:出発まで
私達が宿に戻ってくると、すでに昼食の時間だった。
朝食もそうだったが、昼食もこの辺りの、私やランやシロツメさんがよく食べていたような郷土料理が出てくる。
ランは食べ終わるとすぐに部屋に行ってしまった。
私は残ったラベンダやシロツメさんとしばらく談笑してから部屋に戻った。
部屋では、ランがカバンを上げていた。
「何をやってるの?」
愚かな質問だと、言ってから気付いた。見れば解る。
ランが顔を上げて答える。
「練習中。二つの物を上げられるように」
そう言いながら、テーブルの上に二つのカバンを置いて、それを術で上げている。
片方は簡単に上げられるようだったが、もう片方で苦戦していた。
そういえば、ボタンから旅立つ時、ラベンダがランに何かやったような気がしたのよね。
「ねえ、ラン。ちょっといい?」
「うん、いいよ」
ランは術を止め、こっちを向いた。
「一つ聞きたいんだけどさ、ボタンを出るとき、ラベンダに何か囁かれていたわよね」
ランは首を縦に振る。
「それで、なんて言われたの?」
「一ヶ所だけを動かそうとしても効かないよ、だってさ」
「それだけ?」
「うん」
一ヶ所だけを動かそうとしても効かない、か。
まず、一ヶ所という言葉から、ランの術はある点に対してだけ力が働いているということ。そして、それはランの思考が引き起こしていることも文脈から推測できる。
それをたった二回、それも突然やられたにもかかわらず、そこまで観察しているとは、さすがだ。
もしラベンダの想定が正しいとするならば、二つの物を動かすのなんて簡単な事だ。
「ねえラン、二つ同時に持ち上げてごらん」
「二つ、一緒?」
「そう。二つを一緒に動かすの。そういう風に、考えてみて」
「わかった。やってみるね」
ランは軽く両手を前に出すと、目を閉じた。
しばらくすると、二つのカバンが同時に上がりはじめた。
「上がった」
ランはそう呟いた。簡単にできて驚いたような感じだ。
「何で?」
私に聞かれてもちょっと困る。ラン自身の方が分かっているはずだけど。
「ランは分からないの?」
「うん。分からないから、聞いてるの」
私は説明を始める。
「まず、今までのランは、術を使うときある一点だけに集中していたの。それで、二つを持ち上げようとすると、どちらか一つしか集中していないから、もう一方は落ちたの。私は、二点を想像するように言った。だから二点ともに集中できたのだと思うわ」
「絵を描いている感じ、だったな」
突然、ランが話し出す。
「なんて言うんだろう。頭の中に描いた通りに、物が動いて、くれた、のかな」
くれた、という所を強調した。
「勝手に動いてくれたの。動かそうとするんじゃなくて、動くんだって思ったらできた」
嬉しそうに言うラン。
「所で、なんでランはその練習をしてたの?」
「ラベンダが、強くなりたいならこの練習をしろ、って言ったから」
彼が、か。まあボタンを出た時点でいつかはこうなることは分かっていた。ラベンダがいてもいなくても、だ。
ただ、あまり攻撃に使ってほしくないと思う。
昨日カブリサに襲われたが、本当は殺してほしくはなかった。魔物も生きている動物だから。
それに、最初に攻撃するのは、いつも人間の方なのだ。
翌日、朝の早い時間に朝食を食べて宿を出発し、町の中で食料を調達する。
基本的には、日持ちのする、乾燥させた物等を買う。
ちなみに私が読む本は昨日の内に買っておいた。読んでしまった本は売ってしまう事で持ち物を増やさないようにしている。もちろん図書館の本は、持ってきたり、ましてや売ろうとはしていない。
ある程度必要な物が揃ったので、適当な食堂で昼食を摂ることになった。
「気になってることがあるんだけど、聞いてもいいか、ラン」
食事を食べながら、ラベンダが聞く。
「いいけど、何?」
「ランは、空を飛べるのか?」
シロツメさんが噴出しそうになる。顔には全く出ていないが、喉がぴくりと動いたのが分かった。
「うん、一応。ずっと前に、真似をして、箒に乗って飛んだ事がある」
ランは魔法使いとは直接言わないで、言外にただよわす。魔法という言葉は、私と会話をしてもほとんど言わないのだ。
「そうか。それなら薪を集めるのが楽できるな、シロツメさん」
「ええ、そうですね。でもわざわざ飛んで取りに行かなくても、ランに術で遠隔的に取ってもらえばいいのですよ」
「あ、そうか」
ラベンダは飛ばなくてもいい事に気付いていなかったようだ。
「そんなに勝手に決めないでよ。枝を折るのって、大変なんだから」
ランは頬を膨らましているが、ラベンダは微笑みながら言い返す。
「まあまあ、練習だと思って、やっておくべきだよ。それに重い物も持ち上げられるようになるしね。ラン、今はどれくらいの重さまで持ち上げられる?」
「だいたい60キロビーク――1ビークは約1.3グラム――くらい。大人の男性なら持ち上げられる」
「でも、ほとんどの魔物は持ち上げられないな。奴らは100キロビークが標準だからな」
店の店員がこっちを怪訝に見ている事に気付きラベンダに声を掛けると、その話はまた後でする事になった。




