5:カタバミ町
それから5分間は震えていたと思う。
サザンカによると、人間の感情は5分経つと消えるのだそうだ。
震えがおさまってから、元の道に出て先を進んだ。
それからカタバミに着くまで、私はずっとサザンカの手を握っていたと思う。このあたりの記憶は曖昧だった。
カタバミ町に着いたのはだいたい5時だった。それから宿に入って夕食を食べ、その後部屋でカブリサのことを聞いて、何事も無かったかのようにぐっすりと寝た。
カブリサとは、魔物の一種。サザンカによると、多くの学者は階数というものを魔物につけていて、カブリサは階数1なのだそうだ。階数が低い程知能が低い。さらにまた一部の学者は人間も魔物の一種であるとして、階数10を与えているらしい。人間も魔物なのかな。
カブリサの系統は、狼と同じものと考えられており、発生年数はスパチュラ暦1600年頃、今年は3450年だから1850年前、と考えられていて、現在発生年数が確認されている魔物の中では、最古のものだそうだ。カミツレ国――位置はロシアの東半分に相当――に住んでいた狼の一種が、突如として高い知能を持ったのだという。
いつの間にか朝になっていたらしく、目を開けると部屋は明るくなっていた。
階下の食堂へ行ってみると、ラベンダが一人で座っていた。
「お、起きたか。おはよう」
「うん、おはよう」
ラベンダの向かいに座る。
「他の二人は?」
「町に行ってるよ。買い出しだとさ。朝食は、あの人に言えば作ってくれるから」
「ありがとう」
お礼を言って立ち上がり、カウンターの奥にいる宿の人に話し掛けた。
すぐに作ってくれるそうで、座っていれば持ってきてくれるそうだ。
ラベンダは何かを読んでいた。
「何読んでるの?」
そう言いながら、さっきの場所に座る。
ラベンダは無言で表紙を見せてくれた。
そこには『料理日誌2』と書かれている。
「お店の人が貸してくれた」
ラベンダが料理をするなんて意外だった。王宮では、専任の料理人がやってくれると聞いている。
「ただの暇潰しの趣味だ」
誤解されないように続けたらしいが、逆効果になる。
「趣味で料理か。女の子みたい」
「あのな、料理人は男が多いんだ。一般家庭だと女が作るらしいが、店だとたいてい男が作るんだ」
「へぇ」
感心していると、料理が運ばれてきた。宿の人は簡単に説明をする。
「それは、この辺りの郷土料理よ」
「私、よく食べてました」
「そうなの。それは良かったわ」
微笑みながら、宿の人は戻っていった。
昨日魔物に襲われたのが夢のようだった。今こうしていつもの食事をしている。それがまるで奇跡のように感じられると、涙が溢れてきた。
「おい、どうした?」
「何でもない」
ラベンダは私の涙を見て慌てたようだ。
心配させちゃったな。ランやシロツメさんも同じように心配してるだろうな。
「私も、頑張るから」
ラベンダは何か言いたげだったが、結局は何も言わなかった。
部屋に戻って休んでいると、扉がノックされた。
「どうぞ」
そう言うとラベンダが中に入ってきて、近くの椅子に座った。
「何しに来たの?」
「いや、ちょっと考えてることがあってな」
ラベンダはじっとこっちを見ていたので少し恥ずかしくなり、窓をみた。空に白い月が浮かんでいた。
「ランには、強くなってほしい」
突然そう言われた。私が振り向くと、ラベンダは続けた。
「もしかしたら、僕とシロツメさんだけだと、君達二人を守り切れないかもしれない」
「どうしてなの。昨日はあれ程強かったのに」
「シロツメさんの目を、見なかったか?」
目。思い出しただけで、背筋が凍った。
「見たようだな。あれは危険だ。あれは普通の戦い方じゃなかった。あれは」
ラベンダは躊躇ったが、しかし、しばらくしてから続けた。
「殺しを、楽しんでいる」
予想できたはずのことだったが、シロツメさんがそんなことをするはずが無い、と思い込んでいた。
だが、ラベンダの言葉で、それは事実として理解してしまった。
そんな私の心境を知ってか知らずか、ラベンダは話を変えた。
「それと、早く強くなるのだったら、ランの術が良いと思う」
「術?」
何のことか、すぐに分からない。
「魔法みたいな、ランの術だよ」
「魔法じゃない」
魔法は好きではない。昔の嫌な思い出が思い出される。
「ごめん。まあその術を練習すれば、魔物ぐらいなら自分で倒せるようになるよ」
一度も考えたことがなかった。術を武器にする。
「でも私、魔物を飛ばすことしかできないよ」
「別に、相手を飛ばす必要なんてないだろ。石とかでも、充分怯ませることはできる」
石を飛ばすのか。
「まあランの術がどんなのか詳しくは分からないけど、沢山飛ばせるようになると、こっちの援護もできるからな」
みんなの役に立てるのか。
「まあ術だけじゃなくて、精神の方も強くならないとな」
そう言うと、ラベンダは部屋をあとにした。
「練習、か」
そう呟き、テーブルの上にある二つのカバンを持ち上げてみる。
だが、どちらか一方しか持ち上がらなかった。




