3:海
海か。最後に行ったのはいつだったか。
基本的に王宮からは出られない生活が続いていた。時々なにかの行事で町に出ることはあっても、さすがにフラウから外に出ることはなかった。
それがどうだろう。今ではランという術師と、サザンカという少女と、シロツメさんという長身の男性と一緒に、普通に旅をしている。
「ラベンダは、何でランに付いて行くんだい」
テーブルの向かいからシロツメさんが声を掛けてくる。
今は、フロウ国西海岸の北部に当たる海岸の浜辺に建っている、ログハウスの中にいる。たぶんどこかの貴族の別荘なのだろう。
「前にも言いましたけど、ただの好奇心ですよ」
「ただの好奇心で、王宮を出られるとは思わないな」
実は、それは僕も気になっていた事だった。
「確かにそうです。誰かが追いかけて来てもおかしくは無いと思います。ですが」
僕は、ここで軽く言葉を切った。
「ですが、僕が言えるのは、僕はただ単にランへの好奇心が掻き立てられた、だけです」
「確か、町長に話していたけれど、王宮でランの事が噂になってた、と言っていたよね」
「ええ、僕はそれで彼女の存在を知りました」
シロツメさんは、そうか、と言ったきりガラスのある窓から外を見て考え込んでしまった。
黒く長い髪をポニーテイルにしているので、顔や体の細さがより際立っている。だがその中身はもっと、否、非常にしっかりしたものだろう。舞踏会を開いた日、シロツメさんに図書館から講堂までおぶられていたが、腕の力が只者ではない事がよく分かった。
考え込んでいると扉が開いて、外の潮の匂いが流れ込んできた。
「終わったよ。次は男性陣、どうぞ」
そう言われて、僕とシロツメは外に出た。
私はなんでランに付いて来ているのだろう、と時々思う事がある。
もちろん、彼女は私の親友だ。親友だから一緒に付いていく。
だが何かが違うような気がしてならない。もしかしたら、私はランの術にしか興味が無いのではないだろうか。そんな気もする。
「あれ、サザンカ、どうしたの、難しい顔して」
ランにじっと見られていた事に気付いて、少しだけ慌てた。だが顔には出さない。
「なんでもないよ。海は広いなって思ってただけよ」
「そうそう、本当に広いよね。どこまで続くんだろう」
テューダ海と呼ばれる海でこのフロウ国は三方を囲まれている。
「あの海の向こうには、アカンス国があったかしら」
「アカンス国か。行ってみたいな」
「ランが行きたい所に行くのがいいわよ。皆賛成するでしょ」
「そうだね。それじゃあ目的地は、アカンス国に決定、という事で、どうやって行くの?」
知識は、人伝か本か学校しかないのだから、知らないのも無理は無いだろう。
「それなら、世界地図を書いてあげるよ」
カバンから紙を一枚と黒炭を取り出す。そこの右半分に一筆でこのプラナ大陸を書く。その右端にいくつかの島を書き、その島の下部にいくらか離して大き目の島を書く。今度は大陸の左側に小さな島を三つほど書き、そこからいくらか離してオダマキ大陸を描く――読者には、イギリスを中心とした一般的な世界地図を思い浮かべてもらえばよいだろう――。
「上が北、下が南。右が東で左が西。それでこの右側のが、今私達がいるプラナ大陸。プラナ大陸は、北西部、南西部、東部の三つに分けられてるわ。通貨単位が違うの。それで、左側のがオダマキ大陸。北部はほとんどオダマキ国で、南部はまだ未開発と言われてるわ。まあ世界地図はこんな感じかな」
「へえ、そんなふうになってたんだ。私たちはどこにいるの?」
「私たちは、ここ」
そう言って、北西部と南西部に挟まれた海に突き出ている、細長い半島の北東部――イタリアのヴェネチアより少し南――を指で指した。
「それで、アカンス国は、ここ」
今度は、その海の北東部に接する部分――ギリシア――を指で指す。
「だから、海に沿って歩いて行くのが一番速いわ」
「何日ぐらいで行けるのかな」
「それは分からないわね。だいたい140キロピンチだから、一日に6キロピンチ歩いたとしても、20日近くかかるわ」
「一日に6キロピンチって、大変?」
「そうね。例えば、1キロピンチを100分で歩いたとすると、600分、つまり10時間もかかるのよ」
「なんだ。それくらいなら、大丈夫なんじゃない」
「でも、これを一ヶ月も続けるのよ。ラベンダも、45キロピンチが8日掛かったって言ってたわ」
そう言って、首都フラウ――ローマの事――と現在地で指を行ったり来たりさせる。
「45キロピンチで8日掛かったら、140キロピンチだとだいたい25日も掛かるのよ」
「大変そうだね」
ランが呟いたが、実際に大変なのだ。
私はフラウからボタンまで歩いた事があったが、安全といわれるその道ですら魔物が出てきて危険にさらされた事がある。あの時は旅団に剣士の人が数人いたからすぐに進めたのだ。
「でも、アカンスには行く。やってみないと、何が起こるかなんて分からないんだから」
ランは元気良くそう言った。




