第一話
私立紅田実業高等学校ーー東京都でも指折りの名門校である。最近まで男子校だったが、少子化の波に押されて二年前に共学となった。流石に女子生徒の割合はまだ圧倒的に少ないものの、数少ない共学の私立進学校として、人気をさらに高めつつある。
佐藤踊子はこの通称紅高を第一希望とし、晴れて合格して入学式の日を迎えた生徒の一人であった。実は生まれてこの方、彼女は「ようこ」と呼ばれたことはほとんど、親からでさえもなかった。なぜならばーー
「おどる!」
元気よく声をかけたのは幼なじみの佐藤遥子である。家がマンションの隣同士であり、幼稚園から中学まで双子のように通っていた。「さとうようこ」というありふれた名前を持ってしまった二人は、双方の家族から「おどる」「はるか」と呼び分けられていた。
「はるちゃん」
「もう、襟立ってる」
「ほんとだ……へへ、ありがと」
「まったく高校生になったんだから……そんなんでアレ、抜けるつもりだったの?」
はるかは溜め息をつきながら、進路の方を指差した。入学式後、校門までの通路は、異様なまでの熱気に満ちた群衆で埋まっている。通路の両脇には校章である紅い烏が印刷されたテントがずらっと並んでいた。
「噂には聞いていたけど、テント列、すごいねぇ」
「紅高の全部活が勧誘しに来てるのよ。特に女子はどこも足りてないから、あんたみたいなのは気を抜くと全部のテントに入る羽目になるわ」
「別にいいけど……」
「だめよ。日が暮れちゃう」
今日ははるかの家で両佐藤家合同の入学祝いが行われる予定だった。18時には始めるからね、と言われていたのを思い出す。
「守衛さんに言えば裏門から帰してもらえるでしょ」
「なるほど!はるちゃん頭いいね」
「あんたがぼーっとしすぎてるだけよ。偏差値ならあんたの方がずっと上なのに」
おどるはにへらと顔を弛ませながら、はるかに腕を引かれるがままになっていた。守衛に事情を説明して、裏門から帰ろうとした、まさにその時。
「待ってぇぇぇぇぇ」
二人の動きにブレーキが掛かった。声のした方を振り向くと、小柄な女子生徒が、全速力でこちらに迫ってくる。
「はるちゃんあの人知ってる?」
「いや……人違いでしょ」
「そだね!」
「いやいやいや!!!君たちです!!!」
女子生徒は二人の前に立ちはだかる。制服ではなく、何かのスポーツのユニフォームなのか、鮮やかな紅色の半袖シャツに、黒の短いフレアスカートという出で立ちである。息も絶え絶えだが、茶髪のポニーテールがよく似合う、小柄で端正な顔立ちをした少女であった。
「ちょっと時間もらってもいい?怪しいやつではないので」
「ちょっとだったらいいよね?はるちゃん」
「おどるもうちょっと考えてから発言して……ここでだったらいいですよ」
「よし!!ありがとう。改めて、まずは挨拶ね」
女子生徒はにっこりと笑いながらチラシを2枚差し出す。
「わたしは紅高卓球部女子主将の、仲村環です。たま先輩でよろしく!」