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第六章 罠

 

 第六章 罠

    

    1

 

 黒岩は役員室に籠った。架空口座問題はどうする。

 普段の正岡がこの秘密を暴露するとは思えない。が、薬を飲まされた時の正岡は別人だ。何を喋るかわからない。

 しかし俺のいないところでこの秘密を口にしても話を取り繕うことが出来ないわけではない。

 最悪のシナリオは王と俺の目の前で、裏金作りと香港にある架空口座の関係を漏らすことだ。

 そうなると俺がいくら否定しても、王は納得するまで、正岡に問い続けるだろう。彼が初めから本当のことをいうとは限らない。が、王は俺と彼を交互に問い質し、事実へと焦点を合わせていくに違いない。

 王は関口が個人口座を持っていた銀行、アパートや事務所に近い銀行等に部下を差し向けて調査を始めるのは確実だ。

 香港の銀行員が架空口座を教えるか。顧客情報秘匿を標榜しているスイスの銀行でも、終身雇用の日本の銀行でもない。銀行員が札束を目の前にして、口を割らない保証はない。

 王が架空口座に辿り着くのは時間の問題と考えるべきだ。そうなってからでは遅い。俺と王と正岡の三人が一緒にならないようにするにはどうすべきか。

 正岡を帰国させる前に旗振り役を降りた方がよさそうだ。だが念願の専務昇格は見送られるかもしれない。

 社員としての退職金は取締役就任時に受取っている。役員退職金も出るだろう。引退後も金に困る事はない。

 インドネシア直接取引の本当の責任者は自分だ。それにも拘らず、湯本と正岡を踏み台にして生き延びてきたのだ。今や六十二歳だ。常務にならなければ、内規により六十歳で退任だった。ここまで持てば文句は言えない。  

 森山電機と東京クレストの間で、三代の社長を東京クレストの生え抜きにするという契約が成立する前は、上り詰めても常務までだ、と思っていたのだ。

 後任の旗振り役は誰がよいか。武田以外にいない。

 裏金作りと架空口座は俺がゼネラル・オーディオ事業部長だったころの産物だ。事前に事業部次長だった武田に相談をしている。

 俺が順調に社業を発展させ、他部門へ栄転することを願っていたのか、武田は積極的だった。その後、希望通り事業部長に昇進し、出世の足掛かりを作ったのだ。完全な共犯者だ。今さら知らないとは言わせない。旗振り役と一緒に本件の責任も、引き継いで貰おう。 

 正岡が裏金作りと香港にある架空口座を口にしても、上手く言い繕ってくれるに違いない。

 俺が弁解すると嘘だ、と思う奴がいるだろうが、他人の口を借りれば、真実味が増そうというものだ。

 最近、正岡潰しで評判が悪くなっているようだ。俺だって人の子だ。他人に悪く思われたくない。

 誰か他の奴のせいにできないか。ふと、格好の人物を思いついた。山友商事で旗振り役を演じた常務取締役オーディオ部長だ。

 社長の安田に圧力をかけて首にする。その後で、あいつがいい加減な報告をしたために俺が泥をかぶることになった、と喧伝すれば、非難は軽減されようというものだ。

 安田はかばうかもしれないが、そうはさせない。有無を言わせず承知させる。その文句は頭の中で出来ている。

「あいつは常務にまで昇進している。あんたは随分と面倒をみているじゃあないか。

 正岡君を見てごらん。あれほど会社のために尽くしたが、恵まれていないだろう。ところが、あいつは女事務員を使って強姦までやらせた。そんなことまで誰がやれと言ったんだ? 責任を取る理由は十二分にあると思うよ」

 しかしここで正岡を手懐けるつもりはない。彼が地位と人事権を握れば、今まで催眠薬Hの投与に協力したゼネラル・オーディオ事業部の部員、アメリカ現地法人の日本人マネージャー達に復讐する。

 最大の問題は、俺への恨みを晴らすために息子を会社からいびり出すだろうということだ。

 翌日、黒岩は武田を自室に呼んだ。

「今後の正岡君の扱いは君に任せたい。僕は後ろから見させてもらうつもりだ。進藤社長にはその旨報告する」

 武田は「はい」と二つ返事だ。

 黒岩は内心、面従腹背を地で行くような男だと思っているが、顔を笑みで繕った。

「頼んだぞ」

 黒岩は直ぐに社長の進藤のアポを取り、社長室に出向いた。

「正岡君を武田君に預けたいと思います」 

 進藤は書類に目を通していたが、鼈甲べっこうの老眼鏡を外し、机の上に置いた。背もたれの長い椅子に身体を預けて、怪訝そうな顔を向けてきた。

「そうか、嫌か。鬼の黒岩が仏心か?」

「いや、そういう訳ではありませんが」

「まあ、いいさ。武田君だけでは可哀想だ。人事部に手伝わせるよ」

 

    2


 昭和六十一年十月、武田はゼネラル・オーディオ事業部長兼オーディオ事業部長の辞令を受け取った。

 昭和六十二年四月、オーディオ事業部は正岡がアジア、アフリカ担当を外れて以来、赤字に転落していたゼネラル・オーディオ事業部を吸収合併した。

 五月中旬の決算役員会で、野村が次期社長に決まった。それと同時に、進藤の会長昇格、武田他三名の新取締役を含む役員人事が発表された。

 

 六月、武田は株主総会終了後、社長の野村に呼び止められて、社長室に入った。

 野村が笑顔で話し出した。

「こう言っては何だが、君は赤字事業部の責任者だ。周囲への配慮で末席にしたが、取締役は取締役だ。これで終わるわけじゃあない。まだ上がある。

 サラリーマンには二つの節目がある。課長と取締役だ。課長にならずに部長にはなれない。取締役にならずして社長になれない。君は社長への切符を手にしたのだ。頑張ってほしい。

 俺としては正岡君の件を次の社長に引き継いで貰うことになる。しかしあんな犯罪行為を一から説明したくない。細大漏らさず承知している君に社長を譲りたいが、名古屋(森山電機)がなかなかうんと言わないんだ」

 武田は言葉を失い、視線を落とした。

 野村は苦笑いを浮かべた。

「まあ、そんなに心配するな。後継社長の選任権はクレストにある。

 君はゼネラル・オーディオの事業部長時代に、酔っぱらって、名古屋の部品営業部員の頭を叩いたことがあるだろう? 

 部品を買っているから自分は客だと思っていたんだろうが、相手は親会社だ。酒癖が悪いと噂されているそうだ。自重することだな」

 武田は「はい」としおらしげな声を出した。

「ところで、三代の社長をクレストから出す事を条件にした一件では、佐橋常務は名古屋の心胆を寒からしめたようだしな」 

「佐橋さんは頭のいい方ですからね」

「有能すぎるんだ。佐橋君の場合は、社長三代の件だけじゃあない。俺がテレビ事業部長のころ、会長、社長の代理戦争事件があったろう?」

「はい、はい」

「国内営業本部長の長田さんは営業マンをぼろ雑巾になるまでこき使っている、と労働組合が騒ぎ出した。それが事件の発端となった」

「聞き及んでおります」

「そのころ、本社の人事課長だった佐橋君は、一緒に警察庁から来た人事担当専務が退任した直後で、精神的な居場所をなくしていた。 

 そこで、乾坤一擲けんこんいってきの大勝負に出た。組合と手を握り長田さんを攻撃し始めたというわけだ」

「そんな裏話があったんですか?」

「君はそのころ何をしていたんだ?」

「技術部員でした」

「事業部の技術部員か。それじゃあ知らないのも無理ないな。

 当時の社長は名古屋の国内営業出身で長田さんを信頼していた。当然のように擁護した。慌てた佐橋君は社長と不仲だった銀行出身の会長に援けを求めた。

 この会長は君も知っているように、ただの会長じゃあない。名古屋が東京クレストを買収した直後、森山名誉会長が三顧の礼をとって社長に招いたご仁だ。クレストはその後、成長路線を驀進した。会長就任後、東京クレスト中興の祖という世評が定着したほどの実力者だ」

「そうですね。大物会長でしたね」

「佐橋君の思惑通り、会長は長田さんを毛嫌いし始め、俺の目の黒い内は取締役にしない、と公言した。

 一年後、会長は引退を表明し、その二年後に社長は退任した。世間体を憚って同時解任を避けただけで、実質は喧嘩両成敗だった。会長は過去の業績もあって勇退ということになっているが、社長に会長就任の話は全く出なかったそうだ」

「それはお気の毒ですね」

「長田さんは一年ほど閑職に甘んじたが、貿易担当の取締役に昇進した。そして常務を最後に退社されている。佐橋君も喧嘩両成敗でテレビ事業部人事部の参事に左遷された」

「そのころのことはよく承知しております」

「佐橋君に手を差し伸べたのが、事業部長だった俺だ。テレビ事業部の人事部長にしたんだ。その後、佐橋君は本社の人事部長に昇格し、今日に至っている。

 名古屋からみれば、一介の人事課長が実力者会長を担ぎ、送り込んだ社長を葬り去ろうとしたと映ったようだ。

 同じ男が親会社の足元を見て、三代のクレスト出身の社長を押しつけた。しかもだ、三代目は自分自身を想定しているようだ。これは我慢ならん、と。

 だから名古屋は中途入社の佐橋君を外すために三代の社長は生え抜きに限るという条件を付けたんだ。

 長田さんは森山名誉会長と国内営業について議論を交わしたが、一歩も引かなかったという話だ。我が社の営業、管理部門の役員、社員の独立心、敵愾心を名古屋は警戒しているんだ。植民地の独立運動を警戒する宗主国のような思いに違いない。

 そんなこんなで、俺の後の社長も技術系が良いと言いだした」

「技術系は御しやすいと?」 

 野村は「今までに、名古屋に反旗をひるがえした技術屋はいない。まあ、せいぜい、酔って営業部員の頭を叩く柄の悪い事業部長がいる程度さ」と言うと「ふっ、ふっ、ふっ」と笑った。

 武田は思わず目を伏せ、右手で頭髪の残る後頭部を掻いた。

 

    3


 オーディオ事業部長席は立川工場の二階の奥にあり、人事部、経理部、国内営業部、海外営業部が見渡せる。

 武田は自席で、銀座のバーの名前入りの燐寸箱を取り出し、ハイライトに火をつけた。

 ゼネラル・オーディオ時代に、黒岩がショートホープを吸っているのを見て、吸い始めたのが、少し安いハイライトだった。野村の知遇を得た後も、黒岩の目を意識して用心深くハイライトを吸っている。煙を燻らせながら、考える事は社長昇進と正岡の扱いばかりだ。

 経営幹部や本社の人事部との合意事項だが、正岡が東京クレストとその子会社及び関連会社にいる限り、人事権は俺が握っている。それが最大の強みであると同時に、最大のリスクでもある。

 野村社長に不測の事態が発生しない限り、次の社長の本命は俺だ。正岡になぜ催眠薬Hを飲ませるのだ、などという同情論が噴出すれば、野村は会長への花道が断たれると心配している。その一方で、黒岩を潰す為に仕掛けた罠に嵌ったのが、正岡だということに同情して、余り酷いことはするな、と繰り返し口を出してくる。

 気がついてみれば、俺が正岡潰しの先頭に立っている。社長にはなりたいが、悪事の前面には立ちたくない。今まで二言目には黒岩の名前を盾にし、陰に隠れようとしてきたが、これからはそんな逃げは難しい。

正岡がシンガポールの白文徳から賄賂を受け取っておれば、話は簡単だった。

解雇はしないが、脅して屈服させる。昇進、昇給は論外だ。会社を辞めるにも許可を必要とする、いわば隷属を受け入れさせるつもりだった。が、そんなへまはしていない。その上に、催眠薬Hと芝居で弱気にさせて山友商事へ追い出す作戦は失敗した。

 出世街道から外し、干し上げた。けれども、会社の金に手をつけるようなこともない。代理店などの取引先と癒着事件を起こす事もない。不倫騒ぎもない。ひょっとして俺に何とかして欲しい、と泣きついてくるかも知れないと期待した。が、そんな素振りも見せない。

 武田は腹心の製造部長を役員室に呼んだ。

「ここだけの話だが、俺は二年後技術本部に転出する予定だ。後任のオーディオ事業部長には君を考えている」

 製造部長は満面に喜色を浮かべて椅子から立ち上がり、「ありがとうございます」と恭しく頭を下げた。

 武田は嬉しくなった。親しい人物を取り立てることができる。これが出世のだいご味の一つである。

「まあ、まあ、座ってくれ。ところで、海外営業部長の磯部君だが、君が事業部長になる前に、貿易本部に副本部長で出すつもりだ」

 製造部長は着座したまま低頭した。 

「色々お心配りいただき、ありがとうございます」

「ところで、君はゼネラル・オーディオ事業部の海外営業部長だった南原君と同期入社だったな?」

「はい。大学は違いますが」

「南原君は貿易本部の欧州部付の部長に決まった」

「左遷ですか?」

「いや。そうじゃあない。二ヵ月後、イギリスの社長になる。それまで止まり木で羽を休めて貰うということだ」

 製造部長はほっとした顔をした。

「それは、それは」

「二、三年、イギリスで無難に仕事をすれば、次はアメリカの社長だ」

「皆、出世しますね。これも事業部長のおかげです」

「皆ではない。正岡は別だ」

「何か悪いことをしたんですか?」

 武田は首を横に振った。

 製造部長は不審そうな面持ちだ。

「それじゃあ、どうしてですか?」

 武田は一瞬、言葉に窮した。ひとたび、この事件を説明しはじめると、インドネシア直接取引に始まり、王と親会社の森山電機の契約違反、正岡をスケープゴートにした理由、社長と役員の人事、さらに黒岩が山友商事の社員やアメリカの駐在員を使い、正岡に記憶を植え込んで、マインドコントロールをしようとした事まで説明することになる。

 黒岩は常務取締役で上役である。しかも数多くの先輩を押しのけて、事業部次長にしてくれた恩人だ。黒岩の子飼いの一人である製造部長の前で体面を傷つけるような発言は慎まなければならない。

「今は言えない」

「薬を飲ませたのは、正岡君が疑惑を持たれていたのだと思いましたが、違うんですか?」

 武田は製造部長を見詰めて、黙り込んだ。

 製造部長は食い下がった。

「私はてっきりそう思い込んで、薬を飲ませるお手伝いをしました。あれだけの実績のある男だ、疑惑が晴れれば、これからも会社を背負っていくものと」

「それが、そうとは限らない」

「どういうことですか?」

「正岡の処遇はまだ決まっていない」

「それはないでしょう。正岡君は私より会社に貢献しています。何とかなりませんか?」

 武田は製造部長が磯部や南原に配慮して、私より会社に貢献している、と言換えたことぐらい分かっていた。黙って横を向いた。

 製造部長は悲しげな声を出した。

「私の昇進のお話が嬉しくなくなりました」

 武田は小太りで見るからに好人物の製造部長の顔を見詰めた。黒岩が事業部長の時代、事業部内で密かに鬼の黒岩に対し、仏と呼ばれていた男だ。

 武田は「同情で会社は経営できない」と言い切ったが、心中は穏やかではない。

 製造部長が席に戻った後、あれこれと思案した。

「どうしようか」

 吸い掛けのハイライトを灰皿にこすりつけた。

「そうだ」

 武田は社内電話で海外営業部長の磯部を自席に呼んだ。磯部はオーディオ事業部がゼネラル・オーディオ事業部を吸収合併した後の正岡の事実上の上司である。

「来週の日曜日にアメリカへ行く。ポータブル・オーディオの旧型モデルの在庫処理を打ち合わせたい」

「ご冗談でしょう。事業部長お一人で在庫処理の打ち合わせですか。本当の目的は?」

「正岡の首だ。飛行場の出迎えは、芹沢君に頼んで貰いたい。晩飯を食べながら事前の打ち合せがしたい」

「分かりました。芹沢君に連絡しておきます」

 武田は自席に戻る磯部の背中を見遣ると、電話に手を伸ばしてメモリーボタンを押した。

 正岡の明るい声が聞こえた。

 やけに愛想がいいな。だが俺はお前の首を貰いに行くんだぞと胸の内で呟いた。次の瞬間、心を過った罪悪感を振り払った。

「君は俺をエアポートで出迎える必要はない。芹沢君に頼んだ。翌朝のホテルの出迎えは君に頼む」

 

 武田は取締役就任後はじめて、ニューヨークの土を踏んだ。会社役員として初めての海外出張でもあった。

 翌朝、正岡の車で、米国東京クレストの本社へ向かった。会議にはポータブル・オーディオ担当のアメリカ人のナショナル・セールスマネージャーが同席した。

 武田は正岡に切り出した。

「在庫が多いね」

「輸送途中分を含め、販売の三ヵ月以下です。会社のガイドラインには収まっています」

「旧型の在庫が多い。在庫消化に予算を回すから、直ぐに処分しなさい」

「金を使わなくても、新機種が出るまでに在庫消化できます」

 武田はこの野郎、格好をつけているのか、と苛立ったが、金を要らないという奴に受け取れと強要するのは難しい。言葉に窮し、言わずもがなの一言を発した。

「予算が余っているんだ」

 正岡はじろっとこちらを睨んだが、何も言わない。

 武田は正岡の顔をまじまじと見た。かつての人懐っこい笑顔は影を潜めている。頭部には白髪が交じり、顔には年輪を思わす皺が刻まれ、星霜を経た人間が持つ猜疑心と、強かさがにじみ出ていた。何かをつかみかけているのではないか、これは手ごわいぞ、と内心で思わず舌打ちをした。

 ナショナル・セールスマネージャーが正岡に話しかけた。議事内容を質問しているようだ。

 現地法人の社員の前で、一度でも口にした金の話を引っ込めるようなみっともない事は出来ない。

「在庫消化のための価格対策費を送金する」と言って目の前の資料を畳んだ。

 会議室を出しなに、「マンハッタンの電気店を見たいね」と正岡に頼んだ。社外に連れ出す口実である。

 正岡は武田を駐車場に案内した。

 武田は「今日はここにするか」と言いながら、正岡の車の助手席に乗り込んだ。マンハッタンへ向かう途中、滞在するホテルが目に入った。

「ホテルで車を止めてくれ」

 正岡は不審そうな顔をしたが、ホテルの駐車場に車を停めた。武田は深呼吸をした。しばし、窓外の景色を見て気を静めた。

 こいつは催眠薬Hで東京クレストを嫌になっているはずだ。倍額の退職金に釣られる可能性は高い。不足なら三倍出しても良い。金額は折り合いがつくとして、用心深い男だ。米国にいては、就職先が見つからない、と言うかもしれない。そんな言葉を口にすれば、しめたものだ。

 就職先は俺が見つけてやる、と懇意にしている部品会社へ送り出す。払える給与に限度はあるが、肩書に金がかかるわけではない。その望みは出来るだけ叶えてやる。

「正岡、取引しよう」

「何の取引ですか?」

 武田は条件次第です、と言うのではないかと期待していた。予想外の反応に思わず押し黙った。ワイシャツのポケットからハイライト取り出した。ライターで間合いを取りながら火をつけた。正岡に腹の中を悟られたくないと思った。前方に目を留めたままで、「正岡さん。会社というところは、退職金の倍位の金を払うことは、よくあるのですよ」と探りを入れた。

 だが正岡は「私の退職金は幾らですかね。考えたこともないですね」と、にべもない。

 武田はここで最後の一手を出した。

「三年ほど前、銀座でシンガポールの白さんを接待した時、ACケーブルの製造会社の社長をしている俺の友達と一緒になったことがあるだろう。あの社長はえらく君のことを買っていて、できる男だと言っていたぞ」

 ところが、正岡は口を噤み視線を合わせない。

 その夜、武田は芹沢、正岡、他の日本人駐在員達と、米国東京クレストの本社の近くにある日本料理店で会食した。

 デザートが出てくると、正岡を見て侮蔑するような笑いを浮かべながら、「お前を殺すのは簡単だ。所詮、俺のたなごころを抜けられないだけの男よ」と挑発した。

 だが正岡は暴言を吐くようなミスは犯さない。無言で睨みつけてきた。


    4


 昼食時、正岡は二人の日本人マネージャーと一緒に、フォートリーの日本料理店へ一緒に出かけるため車に乗り込んだ。

 人事部次長の西尾が車に走り寄り、ウインドーを叩いた。

「たまには一緒に昼飯を食べよう」

 食事中、西尾は最新人事情報を口にした。

「デンマークに誰が行くか、話題になっているんだよ。職位は機密事項になっているから言えないけどね」

 正岡は無関心を装い、料理に箸を進めた。

 西尾はお茶を口に入れると正岡の横顔をチラッと見た。

「デンマークへ行けと言われたらどうしますか?」

 正岡は惚けて怪訝そうな顔を作った。駐在任期は五年だが、まだ二年にも満たない。普通であれば、次の駐在の話が出る時期ではない。が、周りの様子から任期一杯まで米国に駐在している可能性は低いと感じている。情報だけは集めることにした。

「日本人学校はあるの?」

 西尾はニヤッと笑った。

「ありません」

 正岡は西尾の様子がおかしいとは思ったが、明言することにした。

「それでは無理だなあ。次男は現地校に一年余り通学した後、日本人学校に入っていますが、それからまだ四ヵ月なんですよ。現地校では先生に随分と苛められてね。現地校アレルギーになってしまったんで、日本人学校のない国には駐在できないね」

 

 一ヵ月半後、正岡は武田の電話を受けた。

「デンマークに社長で行かないか?」

「現地校アレルギーになった子供が日本人学校に移ったばかりです。デンマークには日本人学校がないと聞いています。子供の教育に問題がある国には駐在できません」

「単身赴任でどうだ? 任期は三年だ」

 正岡はむっとした。

「それはないでしょう。前任者の奥さんが癌だというので、アメリカに来たのです。今度は単身赴任ですか」

 

二週間後、武田と海外営業部長の磯部がアメリカに出張して来た。正岡は二人を米国東京クレストの応接室に案内した。彼らの緊張した面持ちが、室内に気まずい雰囲気を醸し出した。

 それを振り払うかのように、武田が「もう一度聞くが、デンマークに行かないか?」と口火を切った。

 正岡は丁重に辞退した。

「日本人学校のあるところなら何処でも行きます。デンマークは勘弁してください」

 磯部が「電話で武田さんがお前と話した時だが、俺は傍に居たんだ。何であんな言い方をするんだ。あれでは転勤拒否になるぞ」

「転勤拒否はしておりません。単身赴任はしないと云っただけです」

「まあ、いい。俺が転勤拒否にならないように取り計らっておく。

 それより、お前はどう思っているのか知らんがデンマークの社長は昇格だぞ。いいのか?」と言って睨んだ。

 正岡はこんな脅しに屈する訳には行かないと思い、毅然と答えた。

「日本人学校のない国には行けません」


 三週間後、正岡は帰国の内示を受けた。配属先は貿易本部アジア部で職位は課長だ。帰国は一ヵ月後である。

 多くの私立の小中学校は、帰国子女枠を設けている。ただし、二年以上の海外経験が条件だ。だが息子達はアメリカに来て一年九ヵ月しかたっていない。この特典を受ける資格はない。

 小学生が外国語の授業を理解できるようになるには、早くて二年というのが定説である。しかし長男は三ヵ月、次男は一年二カ月、現地の小学校で良く理解できないアメリカ英語の授業を受けている。その時間は二度と取り戻せないのだ。

 まさに踏んだり蹴ったりである。

 帰国直前に、子供のいないアジア部課長に日本人学校があるノルウエーの社長の辞令が出た。ノルウエーとデンマークは市場規模では大差がなく、両国の社長は同格である。

 東京クレストは事情の許す限り、駐在員の子供の教育に最大限の配慮をして来た。赴任に伴って、見知らぬ外国へ行くことになるからだ。 

 ところが、二人の子供を持つ正岡に、日本人学校のない国への駐在を繰り返して迫る一方で、子供のいない社員に日本人学校のある国に駐在命令を出しているのだ。

 更に欧州勤務に単身赴任を打診した話は聞いたこともない。

 

    5


 昭和六十二年十月十九日月曜日、ニューヨーク株式市場のダウ三十種平均の終値は五百八ドル安、下落率二十二・六%で、過去最大級の暴落となった。ブラックマンデーである。だが株価暴落が実体経済へ波及することはなく収束に向かった。

 

 十一月末、正岡は家族と共に帰国し、久しぶりに立川の自宅に戻った。君津勤務とアメリカ駐在で十年間近くの間、弟に貸していた家だが、思ったより綺麗な状態にほっとした。 

 風雪に耐えた家を眺めると、身辺の激変に晒された日々を思い起こし、俺も四十四歳か、歳を取ったな、などと妙な感慨に浸った。

 その翌日、貿易本部アジア部に出社した。

 上司、同僚の見る目が劇的に変化していた。蔑むような視線を送る者、目を合わせないようにする者、変化の軽微な者、人様々であるが、共通しているのは羨望の眼差しが消えたことだ。

 若い部下達は何を吹き込まれたのか、正岡の実績など無関係、無関心のごとく接してくる。全く別の会社に入社したかのような錯覚を起こした。

 

 年明け後、正岡をさらに驚かせるような情報が入った。日本の私立大学が付属の中等部、高等部をデンマークに作り、四月には開校だ。海外へ進出する学校は大企業には必ず開校の案内をするはずだ。駐在員の子女教育は海外校設立目的の一つだからである。武田も人事部次長の西尾もその情報をわざと俺に与えなかったということだ。 

 全身の血が逆流するような怒りを覚えた。

 ――畜生、子供の教育を質に取るような汚い手を使って、俺を嵌めやがったな。武田と磯部は人事部と筋書きを作ってデンマーク駐在を断るように仕向けたんだ。これが東京クレストのやり方か。


    6 


 昭和六十三年五月中旬、東京滞在中の王は、新聞で東京クレストの役員人事の記事を目にした。

 黒岩が常務取締役貿易担当から専務取締役営業担当に、取締役貿易本部長だった雨宮が貿易本部長兼務のまま常務取締役に、武田が常務取締役オーディオ事業部長に、それぞれ昇進していた。

 

 翌週の月曜日、アジア部長の広田に電話を入れた。

「新聞で新人事を知ったが、貿易の責任者は誰になったの?」

「黒岩専務は営業の総責任者ですが、主に国内営業を担当します。雨宮常務が貿易の責任者です」

「明日午後三時、雨宮常務のご都合がよろしければ、ご挨拶に伺いたい」

 翌日、王は女子社員の案内で東京クレストの本社ビルの二階にある貿易本部の会議室に向かった。ドアが開くと雨宮と広田が、笑顔を浮かべて出迎えた。雨宮には黒岩と一緒に会ったことがあるが、言葉は殆ど交わしたことがない。初対面に近い人物である。まずは当たり障りのない会話から入るのが定石である。雨宮に常務昇進の祝いを述べた。雨宮は謝意を表して丁重に腰を折った。 

 王は今回訪問の最大の関心事に触れた。

「正岡君をそろそろ自由にしてやろうと思いまして」

 広田が雨宮に代わって答えた。

「黒岩専務に伺いましたが、森山電機は正岡君をアメリカの社長にするなと言っているそうです」

 王は日頃、広田にぞんざいな口をきくが、横にいる雨宮の人となりを知らない。この日は、用心深く言葉遣いに気を付けることにした。

「それはまた、どうしてですか?」

「正岡君はアメリカ駐在二年でゼネラル・オーディオ部門の販売を二倍近くに増やしました。これが思いもよらぬ問題を引き起こしまして」

「うん?」

「カー・オーディオの売上は二倍をはるかに上回り、マーケット・シェアーで森山電機の上になってしまったのです。

 森山電機は現在のシェアーを営々と二十五年かけて築いたそうです。ところが発売開始後六年そこそこのクレストに追い越されてしまった。

 特にこの二年間の販売の伸びは驚異的だ、販売担当は誰だ、と問い合わせが来ました。正岡君だと回答したところ大騒ぎになりました。

 正岡君は大手電気店やカー・オーディオ・スペシャリト・ディーラーだけでなく、欧州車の代理店、いわゆる二次純正分野に食い込んだ。

 一次(自動車メーカー)、二次を問わず純正市場は、過去の実績を重視する。そんな市場に一年や二年で食い込むとは神がかり的だ。あと数年もすれば、森山電機の積年の願いであったビッグスリー(米自動車大手三社)に食い込むかも知れない。そんなことにでもなれば、天と地がひっくり返る。

 現在、森山電機が納めている日本車の純正市場でも最大のライバルになりかねない。

 クレストのカー・オーディオ商品を徹底的に分析したが、商品力では負ける理由が見つからない、と結論付けたそうです。

 森山電機はラジカセの実績をフロックぐらいにしか考えていなかったが、正岡君は凄腕だ。アメリカの社長になって、森山電機のアメリカでの売上を追い越すことにでもなれば、親会社の面目は丸つぶれではないか、と」

「何でそれが問題ですか? 私は森山電機、東京クレスト両社の代理店だ。どちらが成長しても構わない」

 広田がにやりと笑った。

「実は……、湯本君は責任を取って退社したわけではないのです」

 王は声を張り上げた。 

「首になったと聞いたぞ。俺を騙したのか?」 

「湯本君が首にするなら、薬の一件を週刊誌にばらすと息巻いたそうです。やむなく黒岩専務が森山電機にお願いして、森山家の御親戚が経営する飛田製薬の孫会社の社長で送り出した次第でして」

「社長だと。そんな話は聞いていない。湯本君が責任を取らないなら、正岡君を首にするのが筋というものじゃあないですか?」

「実は専務のご家族に不幸が続きまして」

 急な話の転換に王は戸惑いを覚えた。

 広田は続けた。 

「最近、奥様がお亡くなりになりました」

「お幾つですか?」

「五十五歳です」

「それはお気の毒に。ご病気ですか?」

「子宮癌だそうです。一昨年は我が社のビデオ事業部にいる長男が、交通事故で脳挫傷を負ったばかりです」

「ほおお?」

「専務は正岡君に呪いをかけられたのではないか、と気にしています」

「どういうことですか?」

「アメリカに送り出す理由を、前任者の奥さんが乳がんになり、帰国させることになったため、としたのです。

 その話が嘘だと知った正岡君が、専務の家族に呪いをかけたのではないかと」

「本当ですか?」 

「正岡君は日頃から藁人形云々を口にしていたそうです」

 王は他の中国人と同様に迷信深く、怨霊、怨念の類に弱い。昔見た日本の映画の一シーンが脳裏を駆け巡った。

 丑三つ時、白装束の若い女が、神社の境内に現れた。頭には五徳の脚がのり、その上に点火した三本の蝋燭が揺らめいている。女は大木に藁人形を取り付け、怨念に満ちた形相で五寸釘を打ち込み始めたのだ。

「あいつはそんなに薄気味の悪い男だったんですか?」

「そういうわけで、あまり正岡君には関わらない方がよろしいのではないかと専務は申しております」

 王はこんな与太話に振り回されて堪るかと思い直した。

「冗談じゃあない。そんなことで納得できるか。見せしめが必要なんだ。正岡を首にしたらどうなんだ」

「日本の労働基準法では悪い事をしていない社員を首には出来ないのです」

 憤然とした王は、大声を出した。

「それじゃあ、誰も責任を取らないのか?」

 広田はおびえた表情を浮かべて、押し黙った。

 王はむっとした。この野郎、都合が悪くなるといつも無言だ。沈黙がかならずしも金とは限らんぞ、と新手を繰り出した。

「では、私の会社であいつを引き取る」

 雨宮がぎょっとした顔をした。

「その後で、首にするおつもりですか?」

 王は無言で薄笑いを浮かべた。

 雨宮は言いにくそうな口調だ。

「正岡君が自分の意思で御社に転職するのであれば、私共に何の問題もありませんが……」 

 王は雨宮に提案した。 

「正岡の本音を聞かせてもらえませんか」

 雨宮は広田に目配せした。

 広田は電話機を取ると女子社員に指示した。 

「正岡君にこちらに来るように伝えてくれる? それから例のものを医務室の看護婦から貰ってきてください」

 正岡が会議室に現れた。笑顔を浮かべて低頭すると背もたれのない補助椅子に腰を下ろした。

 王は鷹揚に会釈した。

「どうだった。アメリカは?」

「まあ、まあです」

 正岡の視線が王に向けられた隙に、女子社員が正岡に配った茶碗に催眠薬Hを入れた。

 薬が効いて来ると、雨宮が心配そうに広田に声をかけた。

「おい。大丈夫か、彼……倒れるんじゃあないか?」

「大丈夫です。その前に私が後ろから支えます」と広田は言って、心配そうに正岡を見ていた。

 しかしどうバランスを取っているのか分からないが、正岡は倒れるようなことはない。

 王が問い詰め始めた。

「お前は会社の人間を呪祖したのか?」

「呪詛などしたことがない」

「日頃、藁人形に五寸釘を打って呪ってやると言っていたそうじゃあないか?」

「あれは冗談だ。意外に受けたのでその後も使っている」 

 王はそんなことかと失笑した。

「お前は王さんの会社で働くんだ」

 これには正岡は直ちに反応した。 

「何であんな変な奴の会社で働かなくちゃあならないんだ?」

 王はここ何十年もの間、面前で悪口雑言を言われたことはない。怒りをそのまま正岡にぶつけた。

「お前は首だ」

 正岡は怒りをあらわにした。

「何だと。俺がどんな悪い事をしたんだ。首にしてみろ、訴えてやる」

王は気色ばんだ。

「こんな奴と話をしたくない」

 雨宮が王をなだめた。

「今後の事はお任せください。結果は逐次報告させていただきます」

 王は大きく深呼吸を繰り返して、怒りを鎮めた。

「この会社にはもう来ない」

 雨宮の顔に驚きの色が広がった。

「本当ですか?」

 王は正岡に視線を移し、吐き捨てた。

「商売上の交渉は九龍電業有限公司の社長と担当役員に任せる。この男のことは電話連絡で充分だろう」

 しばらくして、正岡が催眠薬から覚醒したが、王は顔を伏せたまま腰を上げた。

 広田と正岡が玄関先まで見送りに出てきた。

 東京クレスト本社ビル前の大通りに、正岡が手配したハイヤーが停まっていた。

 王は広田にだけ笑顔で手を振り、本社ビルに背を向けた。

 

    7


 王の元に森山電機の香港駐在事務所長を通じ、朗報が届いた。秋の叙勲で、勲三等瑞宝章を授かるというのだ。

 叙勲理由は日本、香港間の文化、経済交流への長年の貢献である。

 王は人生の絶頂期を感じた。日本人の子供達の苛めにあった屈辱の日々から半世紀余り、長いような短いような年月が思い起こされた。

 独り立ちしたあと、普通の人の倍働いた。食べたいものも食べず、家賃を節約するため、狭い部屋に数人で一緒に住んだ。全員が足を伸ばすと誰かが食み出し、交代でハンモックに寝た。

 事業を始めた後は、トントン拍子に進んだ。事業が金を、金が金を生み、貯まり続けた。

 他の金持ちと同様、資産の分散管理を進めている。不動産は香港島の市街地にある本宅とビクトリアピークの別宅、東京千代田区のマンション以外に、カナダ、アメリカ等で所有している。株式、債券、預貯金等の動産は数カ国に分散して管理している。

 社業は順調である。妻との関係は円満だ。子供は二男、三女と恵まれている。

 自分の商才には絶対的な自信を持っている。シンガポール、マレーシア、インドネシア何れの土地に生まれようと、成功を勝ち得たと信じている。ただ共産主義の中国で生まれなかったことが最大の幸運で、東南アジアで所得税が最も低い香港で事業をスタート出来たことが第二の幸運である。今は何でも手に入る。ないのは名誉だけだ。

 代理店とはある意味では因果な仕事である。森山電機でついこの間まで課長だった男が、何時の間にか、部長を経て取締役に昇格し、代理店である自分を管理する立場になる。しかるに、俺はいつまでたっても代理店のままだ。他人は実業家だ、社長だ、金持ちだ、と持ち上げてくれるが、どこか空しい。

 しかし勲章が貰えるとなれば、話は別だ。それも経済大国日本の勲章である。香港に大商人と呼ばれる人間は数多いるが、勲章とは無縁だ。金が商人の勲章だと信じている人間が多い。が、俺は違う。日本にいたことがある。知らないうちに、日本人の価値観の影響を受けているのかもしれない。勲章は素直に嬉しい。子々孫々にまで語り継ぐ快挙だ。喜びが胸いっぱいに広がった。これからは受章者に相応しい仕事をしなければならない。

 その途端、背筋に落雷を受けたような衝撃が走った。正岡だ。あれはまずい。何とかせんといかん。勲章を受けた人間が、人の弱みに付け込んで取引先の社員に賄賂の疑いを掛け、催眠薬Hを飲ませて調べるように強要した。そしてその社員が賄賂を受け取っていないことが分かっても、他に誰も首にできないと知るや、見せしめが必要だ、責任者の代わりに首にしろと迫った、などいう話が表沙汰になれば、中国人社会の笑いものになる。最悪の場合、日本政府が勲章を返せというかもしれない。そんなことにでもなると新聞記者に追いまわされる。

 加えて、だんだん正岡が気味悪くなってきた。香港駐在事務所長の石山の長男が交通事故で他界し、夫人が一粒種を失ったショックから鬱病にかかり自殺したのだ。

 悪いことには悪いことが重なると言うが、黒岩と石山の長男、夫人が立て続けに不運、不幸に見舞われる確率は、低いはずだ。これ以上痛めつけると俺の家族にも累が及ぶかもしれない。

 さりとて、正岡を許すなどとは言えない。話の辻褄を合わせるためには、もう一度東京クレストに出向く必要があるが、行き掛かり上、あの会社には行きたくない。面子に関わる。

 しかし振り上げた拳は下ろしたい。悩んだ末に、かねてから「正岡の本音をもう一度聞きたい」と主張していた夫人を使う事を思いついた。

 

 その翌日、広田に電話で頼んだ。

「家内が正岡君に聞きたい事があるようだ。一席設けてくれんか?」

「奥様はどんな料理がお好きですか?」

「そうだな、しゃぶしゃぶ、だな」

「分かりました。直ぐに手配します。出席者は奥様だけですか?」

「そちらは何人?」

「私と正岡それと女子社員の三名になると思います」

「女子社員?」

「酒に薬を入れる仕事をさせます」

「そうか。それでは、こちらからも三人にするかな。後で一人、二人増えても大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。座敷を予約しておきますので」

 王は電話を切った。

 問題は誰を妻のお供にするかである。

 今、日本に出張で来ている部下は香港電業有限公司の宣伝担当取締役ひとりだけだ。誰か信頼の置ける人間を選ぶ必要がある。ふと、頭に名古屋市中区の宣伝会社社長の顔が浮んだ。

 まだ二人だ。女は味方の数が多いほど落ち着けるはずだ。

 王は森山電機貿易社長の大山に電話で頼んだ。

「大山さん。お宅からも誰か出してくれませんか?」

「それでは我が社からも香港課の主事を出しましょう」


 広田が正岡との会食の席を設けた日の夜、王は帰宅した妻からその日の一部始終を聞いた。

「一時はどうなるかと思ったのよ」

「どうしたんだ?」

「宣伝会社の社長さんが急に怒り出したのよ」

「なんで?」

「最初、社長さんは東京クレストの部長を紹介して貰えると聞いて、東京クレストと商売を始めるチャンスだと思って此処へ来たと説明していたの。

 王さんの取引先を横取りした課長に自白剤のような薬を飲ませる事になって、どんな話が飛び出すか興味津々だったが、聞いてみれば上役の指示で始めた取引じゃあないか、と言うのよ。

 指示した仕事の責任を社員に被せる様な会社とは此方から願い下げだ。注文通りに仕事しても難癖をつけて、何を言い出すか分かったもんじゃあない、って言い出したの」

「ふうーん」

「広田さんがこれは例外です、って一生懸命説明したんだけど、頑強に首を振って、嫌だ、って言うの」

「それで、広田君はどうした?」

「黙り込んじゃったわ」

「それでお前は?」

「東京クレストは正岡さんに全責任を被せる決定をしたのよ。それでいいじゃあない、って言ったんだけど……」

「なかなかうんとは言わない?」

「そうなの」

「しぶとい男だな。それは手練手管だぜ」

「そうじゃあないみたいよ。顔を真っ赤にして怒っていたから」  

「そうか」

「それにしても東京クレストのやり方があくど過ぎると言うのよ」

「どこが?」

「浮気もしたことのない男を取引先の女を使って強姦させたなど胸糞が悪くなるような話だ、って言っていたわ」

「誰がそんな事を教えたんだ?」

「私よ。正岡さんをからかったみたの。貴方は何れ王さんの会社に入社する事になっているの。奥さんは貴方に相手をさせると言っているけど、って」

「何でそんな馬鹿な話をしたんだ?」

「貴方にも事前に話していたじゃあない。うちに会社に入った後で、この話の記憶が蘇ったとき、正岡さんがどんな反応をするか見てみたいって」

「正岡はなんて言っていた?」

「俺は耳を削ぎ落とされるのは嫌だって」

 王は不動産会社のオーナーを思い出した。彼は還暦を過ぎていたが、女性と関係を持つ機会を決して逃さない無類の女好きとして有名で、友人の奥さんに手を出した。やがて二人の関係は友人の知るところとなった。友人に詫びを入れ、高額の慰謝料でその場をしのいだ。

 だが再び友人の奥さんとの関係が発覚した。激怒した友人はもう金では片を付けない、しきたり従って右耳を差し出せと迫った。オーナーは他の条件での決着を図った。が、受け入れて貰えない。やむなく懇意にしている外科医に頼んで右耳をそぎ落とした。

 ところが、また女房に手を出しみろ、次は左の耳だぞ、と友人に追い撃ちをかけられたそうだ。以後、不動産会社のオーナーは年齢に不相応な長髪で耳を隠している。

「ふうーん。あいつはそんなことまで知っているのか」

「それでね。薬を飲まされて犯されるかもしれないわよ、って言ってみたの。

 そんなことをしたら許さない、ですって。それで、私は言ってやったのよ。貴方は山友商事の女にやられたのよって。だけど何も出来ないじゃあないって。でも正岡さんは覚えていないみたいだったわ」

「それはもういいよ。その後、宣伝会社の社長はどうした?」

「私は必死に説得したわよ。貴方が逃げ出したんでは話が進まない。森山電機の仕事は単発ではなく継続的に回す、だから降りないでよ、って。

 そしたらこんな真面目な日本人の社員を助けないで、言っては何だが、外国人に味方するのは情において忍びない、って言い出したの」

 王は「ふん」と鼻で笑った。

「森山電機の仕事だけでなく、薬品の仕事も回す、って約束したの。それで、あの人はしぶしぶ引き受けたわよ」

「そうか。まあ、受けたんならいいとしよう」

 妻は「そうね」と言ってため息をついた。

 王は予想外の展開に慌てながらも必死の思いで話をつけた妻のがんばりに胸の内で感謝した。

「他には?」

「正岡さんは別宅で私を綺麗だと言った事を覚えていない、と言っていたわ」

「ふうん」

「それでね。王さんの奥さんは綺麗と思うか、と聞き直したのよ。そしたらなんて言ったと思う? 普通だって言うのよ」

「あの野郎。その場、その場で言う事が違うようだ。虚言癖があるのかも知れんな」

「それじゃあ、別宅で会った他の女の人はどうなの、と聞いてみたの」

「それで?」

「ブスばっかりだ、と言うのよ」

 王は思わず苦笑した。

「それは酷いな。でも話の辻褄は合っている訳だ」

「どうしてよ?」

「あの時に居た女の中では君が一番綺麗だということになる」

 妻は憤然とした。

「そんなの冗談じゃあないわよ。

 私は頭にきて、王さんは貴方を首にする、と言っているけど、と脅してみたの。あの人は首にしてみろ、訴えてやる、と凄んでいたわ。

 首にするのは危険じゃないかなと思ったので、出世をしない場合は、と聞いたの。出世するかどうかは会社が決めることだ、と言っていたわ」

 妻が疲れた、と言って寝室に入った。

 王はどうしたものかと考え込んだ。東京クレストが正岡を首にできないのであれば、俺の会社で引き取って一、二年後に首にしてやろう、と思った。しかし勲章を貰う人間が、そんな騙まし討ちみたいな事をすべきではない。  

 俺の会社に入社しないかと誘っても、次長や部長では「お受けします」とは言いそうもない。山友商事が次長で誘ったが、正岡は歯牙にかけなかった、と聞いた。

 いっそのこと取締役にしたらどうだ。森山電機グループに俺の度量の大きさを見せ付けることができる。正岡に「実績を上げれば社長にしてやる」と発破を掛けて、牛馬のごとく働かせてみるのも面白そうだ。

 

 翌日、王は広田に電話をした。

「正岡君は香港で催眠薬Hを飲ませたときの会話を覚えていないようだ。覚えていない以上、あの時の会話の信憑性を確認できない。

 基本的には、正岡君の件は東京クレストに任せるつもりだ。しかし正岡君はアメリカの社長になりたがっているようだが、そこまでは無理だ。

 場合によっては、俺の会社で引き取ってもいい。

 まあ、言ってみれば、代理店と現地法人は同格だ。香港電業の取締役は無理だが、東京クレスト製品だけを販売する九龍電業有限公司の取締役にする用意がある。現在の社長は高齢だ。息子を社長にするまでの繋ぎの人材が欲しいと思っている」

 広田は納得できない口振りだ。

「本気ですか。王さんは正岡を嫌っていると思いましたが?」

「嫌いではない。俺の権益を犯した人間に責任を取らせたかっただけだ。

 よく考えて見れば、悪いのは正岡ではない。それと正岡は長年中国人と取引をしていても金を受け取っていない。信用できる」


    8


 武田は本社人事部の役員室にいた。

 人事部は本社ビルの九階を占めている。その上の十階では、奥から会長、社長、専務の順に部屋が割り振られており、出入り口近くに秘書室と役員会議室がある。

 本社人事部の次長が報告した。

「貿易関係者を使って正岡君に催眠薬Hを飲ませました。帰国後の様子を聞きだしたところ、正岡君は大手の人材紹介会社に求職登録していました。幸い、我が社の取引先でしたので、条件的に受け入れられないような案件以外は紹介しないように依頼しました」 

 武田は焦った。正岡が勝手に転職すると生え抜き三代目社長の椅子は消えてなくなる。思わず大声を出した。

「別の人材紹介会社に登録するかもしれんぞ」

「定期的に催眠薬Hを飲ませれば、会社名は直ぐに割れます。現在、大きな人材紹介会社は、ほんの数社しかありません。クレストと取引がなくても、森山電機グループのどこかが取引をしています。取引関係のないところに登録をすれば、取引を持ちかけます。しかしあちこちに妨害を要請すると、噂が立つかもしれません。

 そこで、近々海外に駐在させるつもりだ、本人の為にも求人案件を紹介しないようにして欲しい、と言えば、簡単に承諾するはずです」

「人材会社に登録するときに、どんな書類を出すんだ?」

「履歴書、身上書と職務経歴書です」

「実績などを書く欄があるのか?」

「普通は職務経歴書に書きます」

「うむ。正岡の販売実績に目を留める会社が出てきたら厄介なことになる。面接まで行くと薬云々を言い出すぞ」

 本社人事部の次長はうなずいた。


    9


 正岡は武田の呼び出しを受け、オーディオ事業部に出向いた。人事部の女子社員が席から立ち上がり、人事部長席の右隣にある役員室に案内した。

 間もなく、武田が笑みを浮かべて役員室に入ってきた。正岡は腰を上げて挨拶をした。

 武田は工場の制服の胸ポケットからハイライトを取り出した。口の左端に銜えて卓上ライターで火をつけた。煙を大きく吸い込み、ふっと吐き出した。ゆっくりとソファーに背をもたれて、正岡を見た。

「シンガポールの社長にしてやろうか?」

 正岡は訝った。俺は貿易本部の所属だ。駐在の話が出るとすれば、雨宮常務か、副本部長に昇格した磯部のはずだ。可能性は少ないが、黒岩専務までは理解できる。

 なぜオーディオ事業部長の武田常務からだ。沈黙を守り、相手の出方を見ることにした。 

 武田は眉間に皺を寄せた。

「どうだ?」

「常務はオーディオ事業部長でしょ?」

 武田は背をピンと伸ばし、胸を反らせた。

「それがどうした?」

 正岡は慎重に言葉を選んだ。

「私は貿易本部の所属ですが」

「正岡に仕事を、と運動してやろうという話だ」

「有難うございます。しかし……、しばらく考えさせていただけますか?」

 武田は不快感を顔に出したが、正岡がひるまないと見てとったのか、言葉は肯定的になった。

 暫らく雑談した後、正岡は腰を上げた。

 

 帰宅後、居間のソファーに坐ると、武田の話を吟味した。幾ら考えても、シンガポール駐在の話が貿易本部以外の人物から出てくるのは、組織論からしておかしい。

「シンガポールの社長にしてやろうか?」という問いに「お願いします」と答えれば、直属部門の上司である磯部や雨宮をないがしろにしたとトラブルの種にならないか。 

 自分の昇進の為に任期の残る現職の社長を追い出した、などと言われるのは不名誉だし、そうまでしてなりたい役職でもない。

 デンマーク駐在を断った時に、日本人学校のあるところであれば、どこでも駐在しますと言ったが、武田は帰国命令を出した。それが今になってなぜ、東南アジアで最大級の日本人学校があるシンガポールの駐在を持ち掛けたのか。 

 武田には既にアメリカ駐在で、煮え湯を飲まされているのだ。二度も同じ奴に騙されて堪るか。彼のなまずのような前頭部を思い出し、虫酸が走る思いがした。もう沢山だ。彼は直属部門の上司ではない。正々堂々と断れる話だ。

 正岡は決心した。

 

 三日後、正岡は立川工場にいる武田を訪ねた。

「先日頂いたお話ですが、シンガポールは今の社長が頑張っていますので、任期一杯やらせてやって頂けますか?」

 その瞬間、武田の顔が醜く歪んだ。そして見る見るうちに、熟れたトマトのように赤く染まり始めた。

 顔の変化を驚きながら見ていると、鼻が膨らみ、がなり声が部屋中に響いた。

「ばーか。嫌ならいいよ。別にお前が適任だとは思っとらん」

 正岡は胸の内で毒づいた。

 適任だと思わないのであれば、なぜそんな話を俺に持ちかけたんだ、と。

 武田は頬を膨らませ、正岡を見据えるや否や、声を張り上げた。

「お前の考えている事は分かっている。シンガポールの社長が後輩だからだろう。あんな奴の後では、嫌だと言いたいんだろう?」

 武田は部下を騙す事を恥ともしない、共食いの習性がある鯰のような奴だ。その恥曝しが顔を真っ赤にして、必死に挑発しているのだ。

 正岡は身の危険を察知した。長居は無用と、腰を上げ軽く頭を下げた。

「失礼します」と言って立ち上がった。

 武田が顔を引き攣らせ、射るような視線を浴びせてきたが、躊躇することなく背を向けて役員室のドアを開けた。

 自席で口を開けて見つめる人事部長の顔が、目に飛び込んできた。が、その前を無言で通り過ぎた。ただ自分のペースを守ることだけに注意を払った。

 

 その翌々日、磯部が正岡の席の前に立った。「会議室に来てくれ」と言うと足早に歩き始めた。

 正岡は急いで彼の後を追い、会議室のドアを閉めた。

 磯部はソファーに腰を下ろしていた。

「まあ座れよ。武田さんから聞いたが、シンガポールの社長の話を断ったそうだね。貿易本部以外のルートで出た話なので気にはしてないけどね」

「別にシンガポールの社長を断った訳ではありません。任期中は今の社長にやらせてやって欲しいと言っただけです」

 磯部は顔を歪めた。その数秒後、貧乏揺すりを始めた。

 日本人の標準を下回る脚が上下に振動している。言い難い事を言う時の癖だ。ただならぬ気配を感じ取った正岡は、不安を抱きつつ言葉を待った。

 磯部は緊張した面持ちで口を開いた。声は震えていた。

「今度は正規ルートの話だ。西ドイツに取締役営業部長で駐在しないか?」

「何時ですか?」

 磯部の貧乏揺すりが止まった。

「来年早々だ」

「三ヵ月後ですね。二、三日考えさせていただけますか?」

 

 帰宅後、正岡は妻の康子と相談した。自宅近くの中学校に入れた長男の成績が急降下していた。中学一年二学期中途での帰国と苛めが原因だった。

 ヨーロッパには寄宿舎付きの日本の高等学校が幾つも進出していた。ドイツ東京クレストの本社があるフランクフルトには日本人学校がある。子供達の教育に有利と思ったが、逡巡した。

 未だ転職の希望を捨てきれていないのだ。人材紹介会社に求職登録したが、紹介された案件は現在の給与のほぼ半分だ。それも一件だけだ。会社の規模は東京クレストに及ぶべくもない。それでも心が動いた。何といっても薬とは無縁の生活が送れるのだ。

 だがこんな条件で転職すると会社は何を言い触らすか分からない。本社の人事部が転職先に妨害電話を入れたという噂が、脳裏を過った。

 そうか、あの人事部のことだ。人材紹介会社に手をまわしていたに違いない、と思い到った。再就職活動は困難だと判断した。そうなれば子供の教育が最優先だ。

 二日後、磯部に「西ドイツに駐在します」と申し出た。


 二ヵ月半後、ドイツ東京クレスト社長の中根が日本に出張してきた。

 中根は入社後、子会社の一つである関東東京クレスト販売株式会社の営業所にセールスマンとして配属された。麻雀、競馬が大好きな男で、麻雀の負けが込んだ時、集金に手をつけた。ところが、金を支払った相手に営業所長、営業課長が含まれていた。そこで経理課長の加賀が事件を内々に処理した。中根を経理課に配転させ、自分の目の届く範囲内で債権管理をさせた。恩に着た中根は加賀に仲人を頼んだ。一歳上の加賀は高卒だが、中根は有名私大卒だ。それ以来、二人の蜜月関係は続いた。加賀が全社の経理社員を統括する本社経理部の次長に昇格したことで、中根も昇進を重ねた。

 

 正岡は中根に呼ばれ、貿易本部の商談室に入った。

 中根は約十分間、西ドイツの市況、現地法人の近況を説明した。突然、「君の役職は営業部次長だ」と言い出した。

 正岡はまたしても騙し打ちか、とはらわたが煮えくり返る思いがしたが、冷静を装った。

「磯部副本部長から取締役営業部長と伺っておりますが?」

「あの人が何を言ったのか知らんが、営業部次長だ」

 正岡は磯部に直談判すべきかどうか悩んだ。アメリカでの職位を騙されて以来、黒岩、武田、磯部の旧ゼネラル・オーディオ・ラインに不信感を持っている。これはどうやら磯部と中根の猿芝居だ。まだ人事部のほうが信頼できると判断した。人事部が人事で社員を騙すようでは、社員は会社を信用しなくなるからだ。

 正岡は話が違う、と貿易本部の人事部長に談じ込んだ。

「現在のドイツ人営業部長に引導を渡す予定だが、今直ぐという訳には行かない。しばらくお待ちください」

 不安だったが、人事部を信用するしかない。会社を辞めて、シンガポールの白文徳と事業を始める案も頭には浮かんだ。が、白は会社の圧力を受ければ、会社と俺を天秤にかけるに違いない。だからと言って、武田に助けを求めるのは危険だし御免だ。この状況では、西ドイツへ行かざるを得ないと腹を括った。

 長男は転勤などに伴い、転校を繰り返していた。在籍数は幼稚園三園、小学校四校、中学校二校に及んだ。これ以上の転校は避けさせたいと、長男が中学を卒業するまでは家族を日本に留める事にし、単身赴任することに決めた。

 

 昭和六十三年十二月末、正岡は西ドイツ駐在の辞令を受取った。



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