09.鉱山の魔物
鉱山を登って行く。
岩が突き出し、至るところに穴が開いている。
岩肌が露出していて、足元の砂利が音を立てる。
どこに魔物がいるのか分からないので、辺りに注意をしながらゆっくりと移動をする。
警戒をしながら、一度装備を確かめる。
腰には魔猪の牙でつくられた剣。逆側には直剣が吊るされている。
瓶に入った油と少し長めの縄。
右足にはいつでも抜けるよう短剣を差している。
左腕に小型の丸い盾。
あの後聞いたが、魔猪の毛皮はそれなりの防具になるらしいので、被っている。
結局、使い慣れた剣と似ていた直剣。こちらのほうが長く、鋭い。しかし魔鉱石ではなく鉄と鋼で出来ているのでこれでは魔術は使えない。魔術を使うなら魔猪の剣でないと。
動きの邪魔にならないように小盾は持つのではなく、腕に括り付けている。中央が少し膨らんで、受け流せるようになっている。
短剣は足に革帯を付けて外れないように止めてある。
腰袋には油と縄と少しの食料が入っている。油は魔術で引火させることも出来るし、色々と使い道がある。縄も同じだ。万が一町に戻れなかった時のために食料も用意した。
これらを店で買ってもらい。その後、鉱山への道を案内された。
見張りがいて道は閉鎖されていたが、クルーガーが魔物の調査のためだというと通してくれた。
クルーガーは入口の近くで待つといって戻ったが、いくつか助言はしてくれた。
しばらく歩いていると、作業場だろう広い場所に出た。
右奥には坑道の入り口があり、近くにトロッコや作業道具が置かれていた。
左側は大きな窪みになっていて、かなりの広さがあった。
魔猪の剣を抜き、『魔力感知』を発動する。
『魔力感知』はその名前の通り周辺の魔力を感じることができる。
その範囲や精度は使うものの技量によって変わる。熟練したものなら数百メートル感知したり、魔力が分かるだけでなくその強さや濃さといったものもわかるらしい。
初級の魔術だが、その汎用性は広くある一点に特化して伸ばすものもいるらしい。
俺はまだそこまでは使えないが、精々数メートルの範囲の魔力が感知できる程度だ。しかし、毎日クルーガーの魔力を見ていたおかげか、魔力の強弱を知る事が出来る。
自分を中心に円状に魔力の波が広がっていき、その範囲の魔力の有無を教えてくれる。
足元や周りの岩からは微弱な魔力を感じる。これは岩に含まれる微量の魔鉱石の魔力だろうか。
今分かる範囲に大きな魔力はない……。
少なくともいきなり奇襲を受ける事態にはならなさそうで、安心した。
『魔力感知』を発動したままで移動をする。
坑道はもし襲われると一本道で逃げることが難しく、無暗に移動すれば迷う可能性もあるので魔物がいないか覗いて確かめるだけにしておく。
見てわかる範囲には魔物は見えないし、反応もない。
坑道から離れると、大きな窪みに近づく。窪みは段々の構造になっていていくつかの段には横穴が開いている。一番下の広く平らな部分にはひと際大きな岩が転がっている。
注意をしながら窪みを降りて行き、周辺を調べる。
鉱山……特に魔鉱石が採掘できる場所は魔物が生まれやすい場所だ。
迷い込んだりした動物が、魔鉱石に含まれている魔力に興味を示し、時には取り込んでしまう。
そうした動物が魔鉱石の魔力で魔物になってしまう場合が多いためだ。
自然に魔力を手に入れたわけではないためか。鉱石という特徴を反映するかのように、そういった魔物は鉱物のような鉄の鱗や、鋼の肉体を持つものに変化することが多いそうだ。
その硬度は並みの武器では傷つけられず、太刀打ちできない。
しかし、一方で魔術や奇跡には弱いらしく。簡単な攻撃でも痛手を与えることができる。
ただし、多量の魔力を手に入れた上位の魔物は魔力に対する耐性が強く、武器が効かないばかりではなく、一定以下の魔術や奇跡を無効化できるそうだから注意しなくてはいけない。
ここにはそんな上位の魔物は生まれる可能性はないらしいが……。
窪みの最下層に近づいてくると、まばらにある小さい魔力の反応とはまるで違う。大きな魔力を感知した。
その場所は最下層部分にある、あの岩から感じられた。
岩に塊で魔鉱石があるのか、それともその周辺に魔物がいるのか。
先程、クルーガーから一部の魔物は巧妙にその姿を溶け込ませて風景の一部となるものもいると教えられたので、その可能性も考える。
些細なことでも見逃さないように警戒心を強めて、岩を観察する。
じっと見ていても特に変なところもないが……確かに魔力は感じられる。
もし魔物が周囲……地下などに潜んでいる場合や。岩に擬態をしている場合はうかつに近づくのは危険なので、確かめることにした。
足元に転がっている石を左手で拾い、岩に向かって投げつける!
……石がぶつかる硬い音を響かせたが、岩に変化はない。
二、三回同じことを繰り返すが、同様に何も変化はなかった。
次に、剣を構えて、『火球』を発動させる。
刀身の周りに拳程度の大きさの、三つの火の玉と呼ぶようなものが現れる。
『火球』は『発火』の応用魔術で、発生させる火を球状になるように安定させ、それを相手に向かって放つ魔術だ。
それほど魔力を込めていないので威力は然程ないが、もし魔物なら魔術には敏感なはずだ。
そう考えて、『火球』を岩に向かって放つ。
『火球』は先程の石と変わらない速度で岩に向かって飛んでいき、着弾すると小さな爆発を起こす。
さすがに石投げとは威力が違うようで、岩をわずかに削り、吹き飛ばしていた。
……すると、岩がにわかに震えだす。それと同時に辺りに小さい揺れが発生し、だんだんと大きくなっていく。
足元がふらつき、真っ直ぐに立っていられなくなり腰を落として膝をつく。剣を握りしめて、何が起きても対処できるようにしておく。
あきらかに異常事態だ。振動で揺れる視界の中、岩が動くのを見た。
地面に埋まっていた筈の岩がせり上がり、地面から何かが這い出てくる。
鋭い灰色の爪を光らせて、巨大で太い腕が伸びる。その後ろからは同様の……いや、もうひと回りは大きい足が出てくる。最後に長くしなやかな尻尾を跳ねさせて、地面を叩く。
――その姿はまるで巨大な、巨大な蜥蜴だった。
小山のようと表現すればいいのだろうか。最下層まではまだ数メートルはあったはずなのにその背中に貼りついている岩の位置は同じ目線くらいまで上がっている。
鱗は暗い鉄色で、その全身を鈍く光らせている。
四本の足から伸びる爪は一本一本が魔猪の牙のようだ。
背中と尻尾にいくつかの岩を貼りつかせたまま、悠然と佇んでいる。
……すると、おもむろに蜥蜴がこちらを振り向いた。
鋭い牙が生えそろった口を開き、赤い舌を覗かせている。その中でも一際目立つのが、額の部分にある蒼く輝く宝石のような結晶だ。
全身から魔力を感じるが、その結晶の部分からは特に強力な魔力を感じた。
蜥蜴はこちらの姿を確認したのか、黄金色の瞳をこちらに合わせて低い鳴き声を上げた――