08.鉱山の町
風が頬を撫でる感触がして、目が覚めた。
寒さを凌ぐために包まっていた毛皮を外し、起き上がる。
毛皮は大きく、俺の身体ならすっぽりと覆う事が出来る。――それは魔猪の毛皮だった。
しっかりと鞣された毛皮は暖かく、寒空の下でも安心感を与えてくれた。
いつの間に加工したのか。荷物の中に入っていたこれは、夜を凌ぐのに丁度よかった。
隣ではもう起きていたのか、クルーガーが座ったまま杖に魔力を込めている。
集中しているようで、俺が起きたことにも気づいていないようだった。
……しばらくすればあれは終わるし、それまでに準備をしていよう。
それは、もう見慣れた朝の風景だった。
朝飯を食べ終わると、荷物をまとめて、陣に使っていた石を回収する。
幸いにも、夜の間に野盗や動物の襲来もなく寝ることが出来た。
全身を確認してから荷物を持ち、町に向かって歩き始める。
♢♢♢
太陽が頂点にさしかかった頃。
――町が見えてきた。
地図で見たように、周りには山が見える。鉱山の町という名称からして、あの山は鉱山なのだろう。
町を囲むように外壁があり、正面に門がある。今は開門しているようで、行商人だろうか。ちらほらと荷馬車が入っていくのが見えた。
一週間歩き続けてようやく見えたその光景に、何とも言えない充足感を感じていると――
「行くぞ。あまりキョロキョロするなよ、怪しまれる」
「……分かってるよ」
門の前まで来ると、左右に兵士が立っている。
見張りだろうか。通る人を確認し、時には荷馬車を止めさせ、荷を検めている。
なるべく自然に通過しようとするが。クルーガーは黒いローブを目深に被ったままだ。
客観的に見ても、まず怪しい人物である。
「おい! そこの黒いローブの者、止まれ!」
案の定、兵士が声をかけてくる。
「何者だ。何の用があってここにきた」
するとクルーガーが舌打ちをして「面倒くさいのぅ」と小声で呟いた。
ぞんざいにローブを降ろし、顔を見せると。兵士は一瞬だが、その眼光に怯んだような反応を見せた。
「儂は魔術師じゃよ。後ろの子供は連れだ。……そいつの装備でも整えようと思ってな」
「魔術師か……一応言っておくが問題は起こすなよ。それと、確かにその子供は軽装すぎるな。胸当てでも買ってやるといい。
……まあいいだろう。通って良し!」
そう言って兵士はまた持ち場に戻っていった。
「何だったんだ? あれ」
「ただの警告じゃよ。この程度でいちいち捕まえられたりはせん」
「それより、さっきのは本当なのか?」
「いや、その場の嘘だ。必要になったら最低限は揃えてやるがな。今はいらん」
「だと思ったよ……」
門を抜け、町に入ると。雰囲気は一変した。
家々が立ち並び、石造りの道が広がる。
人々が通りを行き交い、どこからか槌の音が響く。遠くには、流れの者か、武器を持った者もいる。
すれ違った人の何気ない表情や、路上で談笑している男達を見て……胸が痛んだ気がした。
「まずは飯だ。町に入って飯を食うなら酒場にいくのがいい……。
いつでも開いてるし、外から来た者もいる。そして、情報収集も行えると便利な場所だ」
そう言うと、酒場の場所は知っているのか。迷いのない足取りで通りを移動する。
途中いくつか鍛冶屋を見かけたが。どこもあまり商品を置いていないように思えた。店に置いてある商品が少ない。
しばらくして、酒場に着いたのか。少し錆びた看板が目立つ、木造の小さな店に入っていった。
「いらっしゃい……」
店の中にはあまり人は居らず、いくつかのテーブルとイスがまばらに置かれ、何人かが座っているだけだった。
酒場の主人だろう。頭髪の無い頭が特徴の男が言った。しかし、服の上からでも分かる程その肉体は鍛えられていた。
「酒と何か食事をもらおうか。飯は二人分だ」
「あいよ。ちょっと待ってな」
そう言って男は奥の方へと消えていった。
クルーガーは近くにあったイスに腰掛けている。俺も適当にイスを掴むと、引き寄せて座った。
「知っている場所みたいだけど、うまいのか……ここ?」
「特に可もなく不可もない普通の味じゃよ。しかし、この酒場は情報を集めるなら最適じゃよ。これでもそれなりに人気の酒場……だったんだが」
「今は閑古鳥が鳴いてるみたいだな」
「……ふうむ。町も昔より活気がない。戦の火種でもとんできたか、それとも……」
そんなことを話していると、奥から男が戻ってきた。
こちらに来ると、手に持っていた料理を置いていった。
簡素な皿に入っていたのは、野菜と肉が入った汁と手ごろな大きさに切られたパンだった。
暖かいのか、汁からはうっすらと湯気が立ち上っている。
土を焼いたような杯がそれぞれ置かれ、酒と水が入っている。
「お待ちどう。……旅人みたいだが、時期が悪かったな。今はどこも景気が悪い」
「ほう。何かあったのか?」
クルーガーが酒を飲みながら聞くと、酒場の主人は頭を軽く振り息を吐いた。
「ここ最近鉱山に魔物が出てな。妨害されるせいで採掘が滞ってるんだよ。……それに、戦も近づいてきてる。検問も少し……厳しくなった」
「……なるほどのぅ」
それで、店に商品が少なかったのか。
鉱山に現れた魔物。狭い坑道や採掘しているときにあの猪に突進されることを想像して、背筋が震えた。
「しかし、そんな重要な案件をいつまでも放置はしておかぬだろう?」
「ああ……。腕利きとかを集めてるところだ。あと一週間もすれば、討伐に行けるだろう。腕に覚えがあるなら参加してくれないか。
見たところ、そのローブと杖は魔術師だろう。魔術師の援助があれば助かる」
「儂は参加する気はないぞ。そんなに長居もしないでな……」
クルーガーはあっさりとそう言った。
主人は残念そうに一度息を吐くと、戻っていった。
その後、久々のまともな飯を食べたが、確かに……言う通り普通の味だった。
でも、味付けのされている料理に感動してすぐに食べ切ってしまった。
水を飲んで、少し落ち着くと、クルーガーから提案をされた。
「鉱山に現れたという魔物、お前が倒しにいけ……」
「……え、何を言ってるんだよ?」
「魔術を使えるようになっただろう。都合よく相手がいるんだ、試しに倒してこい。
修行じゃよ。修行。そうすれば町のためにもなる、お前は実戦経験が出来る」
「……それなら、討伐隊に参加してやればいいだろう」
「それでは修行にならんだろう。わざわざ人を集めているのは、その魔物が強大か、数がいるからだ。
ここの鉱山からはそこまで強力な魔力石や鉱物は採れん。魔物は数が多いだけだろう。それなら今のお前でもなんとかなる。
せいぜいがあの魔猪と同じくらいの奴しか居らんよ……」
そう言ってクルーガーは立ち上がり、主人に金を渡すと店を出ていく。
後を追っていくと、どうやら鍛冶屋に入るようだ。
店の中に入ると、やはり品揃えは少なかった。しかし、見るからに頑丈で造りのいいものばかりが置いてある。
それを見ただけで、ここの店主が相当な腕を持った鍛冶師だろうと、想像ができた。
「鉱山で魔物になったならその肉体は鉄も同義だろう。
鎧のひとつもあればいいんだろうが、そんなもの渡しても満足に動けず餌になるのがオチじゃ。
盾と……念のため予備の剣を買ってやる。他にも必要だと思うものがあれば選んでみろ」
「いいのか?」
「言っただろう。必要なら最低限は揃えてやると」
店内を改めて見回す。
頑丈そうな戦斧。鋭い穂先の槍。鋭利な直剣。
鉄に革が張られた小ぶりな盾。丸く大きい円盾。
胸を保護するだけのものから全身を覆えるものまで幅広い種類の鎧。
あまり目立たないが、縄や油、ナイフといった補助品まで置いてある。
弓はないようだが、その代わりに鉄や鋼で出来たものがある。
しばらく考えて、結論を出した。