07.王国と帝国
――道を歩く。
地面の砂や土がむき出しになっただけの道だ。
大分昔からあるのだろう、踏み固められた固い感触が伝わってくる。
辺りには何もなく、もし襲撃があってもその姿を晒さずに近づくことは出来ないだろう。
前を往くクルーガーは、最初に会った時のようにフードを目深に被り、その表情は窺い知れない。
そろそろ陽が落ちる。どこか休める場所を見つけなければいけない。
夜は危険だ。何が起こるか分からない。
俺はどうしてこうなったかを思い出し、溜息をついた。
♢♢♢
初めて魔術を使ってから数日、毎日陽が昇り始めてから沈むまで魔術の特訓をさせられた。
宣言通り、倒れても回復薬を飲まされて強制的に回復をさせられ、また倒れるまで魔術を使う。
休憩は飯を食べている時だけだった……。
しかし、その御蔭で魔力の量は増え、初級の魔術をいくつか使えるようになった。
魔力の移動も上達して『発火』なら数秒で発動出来る。
魔術は、剣からしか発生出来なかったが、剣を介して手でも使えるようになった。
何も考えずに手から火を出して火傷をしてしまい、クルーガーに呆れられたが……。
火傷はもう治っている。だが、火を見ていると不意にあの日の事を思い出す。
あの出来事のせいか俺は火や炎を想像することは容易いようで、『発火』の応用も出来るようになり、このまま鍛えて行けばそう遠くないうちに「炎」を発生させられるだろう。
甲冑の男の姿を思い出し、――今度会った時は必ず殺す――と、手を握りしめながら呟いた。
その日はいつもと違った。
朝から魔術の特訓もせず、クルーガーに言われて荷物をまとめている。
「食料がなくなる。お前も初級ならある程度使えるようにはなった。元々此処には一時的にしか留まるつもりはなかったのでな、移動するぞ」
「移動って、何処に行くんだよ?」
「この近くにある町に行く。今度はそこにしばらく留まる。…………言ってなかったが、儂は各地を転々としているのでな。一か所にずっとは居らん」
そう言われて納得した。
準備を終えるとクルーガーは何かの魔術を使い、小屋やその周囲を移動する。
通った跡は、まるで長い間放置でもされていたかのような状態になり、先程まで人が居たとは思えない状態になった。
「……これでいい。では、いくぞ。近いとはいっても一週間はかかる。
足りない分の食料は現地調達だ。お前の修行も兼ねるからな……お前が狩って来い」
「もし何も捕れなかったら……?」
「一週間なら、まあ死にはしないだろう」
「…………」
♢♢♢
旅に慣れさせるためか、移動中の行動はほとんどをやらされた。
何処で休憩するのか。寝る場所は。獲物はどうするのか等々……。
もう困らない程度には覚えたが、一日目は散々だった……。
なんとか獲物は捕らえられたので、食料がないという最悪の事態は避けられた。
小屋を発ってから、明日で一週間だ。クルーガーが言うには順調だそうだから、明日には町が見えるだろう。
「……今日は此処で休もう。もう陽が落ちる」
「ふむ……わかった。飯はどうする?」
「一昨日仕留めた獣の肉がある。俺は陣をつくるよ……」
荷物を降ろし、中から小さい石を数個取り出す。
この石は魔力石の破片だ。陣――用途は色々あるが、今回は感知のためのもの――をつくるのに必要な物だ。
より上の結界なら障壁の役目も持つがまだ使えないので、陣を敷き、侵入する生物を察知する。
石を円を描くようにして等間隔に置いて行き、最後の石を置いたらそれに魔力を込める。
石から魔力の糸が伸びていき……石同士が繋がって境界になる。
境界を一定以上の大きさの生物が越えると感知するようにして、陣を完成させる。
一度石が光ると、反応は治まり、遠目で見ても陣があることは分からないはずだ。
「ぎりぎり及第点といったところだな……。だが、まあ良く出来ている」
様子を見ていたクルーガーからそんな言葉が聞こえた。
最初の時はボロボロに言われたので、比べればマシになったはずだ。
飯の準備……とはいえ、焼いて乾燥させた肉を取り出すだけだが。
硬い肉を齧っていると、クルーガーが懐から紙を取り出した。
広げるとそれは、どうやら地図のようだった。
かなり詳細に描かれているようで、各地に町の名前らしきものが見える。
山や森といったものまであり、所々に印が付けられていた。
「町に入る前に、国について説明してやろう。
まず、今儂らがいる国はハインリヒ王国という。
奇跡を信仰し、魔術を嫌っている。……が、それは一部の者、王都周辺の者や貴族だけだ。
奇跡を実戦で使えるものはそう多くない。
最たる例は神官だ。奴らは中級以上の奇跡を使えるもので構成されている。……騎士もいるが、奇跡を使えるものは王都の護りについて外には出ん。
だから各地の兵士には魔術と奇跡を使える者達が混在しているし、王都から離れるほど町でも魔術を見かけるようになる」
そう話しながら地図の右側を指さした。
そこがハインリヒ王国らしい。国境を示すのだろう線は大きく、かなりの大きさの国だとわかる。
「次に、敵対している国がある。その名をシュライム帝国という。
こちらは逆に、奇跡を嫌い、魔術を広く認めている。
簡単に言えば、この国は国の力になるなら何でも取り込み吸収していく……。
奇跡をそうしないのは、教会が煩いからだ。奇跡を認めると教会が出張ってくる。すると、布教だお布施だと煩わしくなり、魔術は悪魔の術だから廃止しろと言いだしてくる……」
指を動かして反対側を示す。
そこに描かれていたのは、ハインリヒ王国よりもさらに広い国土をもった国だった。
「帝国にはあらゆる技術が存在するとも言われている。それほどに貪欲な国だ。
……国力でいえば帝国が圧倒的に勝っている。
それでも王国が敵対を続けられるのは、王国の王にのみ伝えられる、ある秘法の御蔭だ……。
その御蔭で、今だ王国は王都まで侵攻を許したことはないが、国境付近では小競り合いが続いている。
お前の居た町はその辺りだ」
指が地図の上を滑り、ある場所を示す。
それは、二つの国の国境を表す線がぶつかるすぐ近く。
町の名前を消すように線が引かれた……その場所を指していた。
「お前の町は国境に近い。おそらく近くで起きた戦闘に巻き込まれたのだろう」
地図のその場所をじっと見つめる。
……その場所を忘れないように。
「そして……今居る場所が、この辺りだ。この町に向かっている」
少し場所が移動をする。
さほど離れていない場所だ。地図上では。
周りの地形を見ると、すぐ傍に森があった。あの近くが小屋のあった場所だろう。
かなりの距離を歩いたと思っていたが、こうして見ると、思っていたよりも短く感じる。
これから行く町は、マイン、と書かれていた。
近くには山がいくつもある。その山に囲まれるようにして、町があった。
「町の名はマイン、別名を鉱山の町という。
国境にほど近いので魔術も奇跡も使われている。むしろ、それらを利用した鍛冶の技術が盛んな町だ」