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黒い炎を胸に抱く者  作者: インデックス
プロローグ
5/25

05.特訓(前)

 

 猪の魔物を仕留めた喜びが落ち着いてくると、ふと疑問に思った。

 この巨体をどうやって運ぶかだ……。

 まさか引き摺っていくわけにもいかないし、そんな力も体力も残っていない。

 どうしようかと考えていると、背後から声が聞こえた。


「この阿呆、森の中で叫ぶな。他の魔物が寄って来るぞ」

「……クルーガー、なんで此処に……?」

「その服には『探知』の魔術陣が刻んである。お前の居場所はすぐにわかるわ」


 クルーガーはそう言うと、俺に近づいてきた。

 そして懐から小瓶を取り出す。中には緑色の液体が入っていた。

 蓋を外すとそれを俺に向かって振りかけてきた。


「回復薬だ。その程度の怪我ならすぐに動けるようになる。……それと、こいつを忘れずに持っていけ」


 そういって右手に持っていたものを渡してくる。

 ……それは俺が仕留めた狐だった。

 呆気にとられていると、クルーガーはそのまま俺が殺した猪の元まで行き。何かを確認しているようだった。


「……ふむ。素材の質としては合格といったところか。もう少し苦戦すると思ったが以外とすんなり倒したようだな」


「俺は死に掛けながら必死に倒したんだが……」

「その剣には儂が『強化』の魔術をかけた。上手く使えばこの程度の魔物は容易く斬れる。まぁ、成り立ての魔物だ。普通の毛の部分を狙えば今のお前でも殺せただろう……?」


 そう言いながら右手を前に突き出すと、クルーガーの身体から、あの杖から感じたような気配を感じた。

 いや、これはあの気配よりも強い……純粋に強力な何か、だと感じる。


 そうして見ていると、まるで何かに掴まれているかのように無造作に、猪の巨体が浮き上がった……。

 クルーガーはこちらを振り向くと、


「これは『見えない手』という魔術だ。使用者の魔力によって動かせる物は変化するがな……今のお前が使っても石を動かす程度だろう。――帰るぞ。」


 後ろに猪を浮かばせながら、クルーガーは森を歩いて行ってしまう。

 俺は慌てて追いかけようと立ち上がり、身体の痛みが消えていることに気が付いた。

 これが、回復薬とやらの効果なのかと驚いたが、どんどん猪の巨体が遠ざかっていき。このままでは置いて行かれると思い、剣を持ち、狐を拾って追いかけて行った……。




 ♢♢♢




 小屋まで戻ってくると、猪の巨体は支えを失ったように落下し、軽く地面を揺らした。


 クルーガーは、用意してあったのだろう……木の枝を組み合わせて作った支柱の間に鍋が吊るされている。その前に座り、鍋の下に置いてある薪に手を翳すと、火が点いた。

 一瞬だったので、よくわからなかったが森の中で猪を浮かせた時のような気配を感じた……。

 一体何なのか考えていると、クルーガーが横に置いてあるナイフと木の板を指して言った。


「その狐をこれで捌け。肉を切ったら鍋の中に入れて煮ろ。……それがお前の飯だ」


 それきり何をやっているのかわからないが、木を削ったり、いくつかの色の石を並べたりと、作業をしていた。


 俺はそちらは気にしないようにして、狐を捌く事にした。

 まず、背中にナイフを差し込み毛皮を切っていく。

 そのまま背中を開き、左右に毛皮を剥ぎながら解体をしていく……。


 毛皮を剥いだ後は、肉を切り分けていく……。

 内臓を取り出し、これも部位事に分けて置いておく。


 慣れない作業だったので、おそらく一時間ほどかかっただろうか……。

 切り分けた肉と内臓を鍋に入れて、煮る。


 そしてしばらくしてから鍋を見ると、なんとか喰えそうな見た目になっていた……。


「そろそろ喰えそうなんだけど、あんたの分はいいのか?」

「……いらん。お前だけで喰え。儂の方は気にせんでいい」


 クルーガーはこちらに視線を向けず、手元の石を一つずつ比べながら言った……。


 鍋から肉を取り出し、器に入れ。解体に使用したナイフで刺して口に運ぶ。

 そして肉を噛むが、ひどく獣臭い……。

 普段ならとてもではないが食べられないだろう。


 しかし、今日は朝から何も食べていない。森の中を走り回り、魔物と交戦した疲労は回復薬のお蔭かほとんど無いが。

 ……精神的な疲労は残っている。

 空腹で味覚を誤魔化しながら、なんとか食べることが出来た。


 顔を顰めながら肉を食べていると、作業が終わったのかクルーガーが近くに歩いて来て、腰を降ろした。

 そしてこちらを見ると話し始めた。


「魔物についてはもうわかってると思うが、お前の仕留めたあの猪……魔猪で媒介として使える部分は牙と毛皮だ。毛皮は一部だけだから牙を使った方がいいだろう」

「使うとは言ってもどうするんだ? まさか牙のまま握って使う訳じゃないだろ?」


「当然加工はする。……媒介について話してやろう。魔術の発動方法は明日説明するが、その発動に使うのが媒介だ。

 媒介は身体の内にある魔力を魔術として形作るために必須のものだ。魔術は位階が高くなるほど必要な魔力が増える。それに耐えられるだけの容量をもった媒介でなければ魔術は発動できん。あの魔猪の牙は[初級]程度なら十分だろうが、[中級]以上は無理だ。

 また、媒介……魔物の一部や魔力石などはそのままでは媒介としては不十分だ。媒介として機能するようにするには加工する。

 牙なら装飾品や武器に、魔鉱石は装備品に、といったようにな。媒介に決まりはない……、魔力が籠められるものならば実は何でもいい。

 あの牙は儂が加工をしてやろう。加工にも特別な技術がいる……、まだお前には早いからな……」


 そう言うと話は終わったのか立ち上がり、猪の魔物――いや、魔猪か。――の方に向かってしまった。


 俺は残っていた肉を平らげると、明日に備えて寝ることにした。言葉から考えると、明日は魔術をやる可能性が高い。

 今日の事で分かったが、クルーガーはかなりの無茶でも平気で行う。

 いきなり魔物と戦わされたんだ、明日も何をさせられるか分からない。

 少しでも長く休んで、体調を整えないと……。


 俺は小屋の中に入り、床に横になって眠ることにした……。




 ♢♢♢




 …………目を覚ますと、小屋の入り口が開いていた。


 小屋から出ると、昨日魔猪が置いてあった場所には肉の塊が置いてあった。

 よく見ると肉は切られているようで。干し肉にでもするのか、手頃な大きさになっていた。


 クルーガーを探すと、すぐ近くの湖で何かをやっている。

 俺の事に気付いたのか、こちらを振り向くと歩いてきた。

 その手には、歪な形の剣のようなものが握られている。先端からは湖のものだろう水が滴り落ちている。


「起きたか。顔でも洗って来い、そしたら魔術を教えてやる……」


 俺はクルーガーの横を通り過ぎて湖に向かい、顔を洗った。

 そして、水を補給してからクルーガーの元に向かう。


 クルーガーは石に腰掛けながら、魔術についての説明を始めた。


「……魔術を発動させるためには、まず魔力を扱えなければ話にもならん。魔術の前にまずは魔力について教える」

「魔力について……?」

「そんな難しいものではない。魔力を感じられればそれでいい……、最もお前はそれはもう出来ているがな。

 最初に儂に会った時に杖から何か感じただろう。それが魔力だ。あの魔猪も身体から放っていたぞ」

「あれが……、魔力なのか……」


 あの杖から感じた不快な気配。あれが魔力だと言われれば、魔力についてはなんとなく分かった。

 あの魔猪から最初に感じたものや、昨日魔術を使うときにクルーガーから感じたのが魔力なんだろう。

 ……たしかにあの杖から感じたものと、クルーガーから感じたものは違うものだったが、元となる部分は同じ――力の塊のようなもの――だと思った。


「魔術の発動までには、魔力の認識から始まり……自覚、移動、集中、放出といった順に変化させていく。次は自分の身体にある魔力を自覚してみろ」

「俺の身体にある魔力……」


 俺にもあんな気配……力があるのかと思い。それを感じようとする。


「……分からない」


 ひっそりと呟いた。

 そもそも、他から感じたものを自分にも感じろということがわからない。

 どう感じればいいのかが全く分からず。俺には魔力がある、と念じながらそれを感じようとするが一向に出来る予感がしない。


「……出来るまでは次には進めんぞ。まあ、魔力の認識と自覚が一番難しい。普通の者なら認識するだけで数か月はかかる」


 クルーガーが何か言っているが、魔力を感じようと集中している俺にはほとんど耳に入らなかった。



 

 一時間、二時間と時間が過ぎていく……。


 太陽が真上に昇った頃、限界がきた。

 体勢を変えたり、座ったりしながらも試してみたが、自分の魔力が分かる気配はまるでない。

 気づけば滝のような汗を流し、疲労していた。


 この魔力の自覚とやらが出来なければ、魔術は使えない。しかも、自覚してもその先があるのだ……そう考えたら気が遠くなった。

 幸い、クルーガーは出来るようになるまでは他には何もやらせないようだ。


 俺は用意されていた飯――あの魔猪の肉だろう――を食べると、日が落ちるまで魔力を感じることに集中していた。




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