02.老魔術師
ローブの老人の眼に気圧されたのか、それとも、杖から感じる気配のせいなのか、何の反応もしないでいる僕を見て、老人が一つ溜息を吐いた。
それはまるで、期待が外れたような、それか、少し呆れたような感情を伴っていたように見えた。
その後、徐に右手に持っている杖を手の中で一回転がした。その瞬間、辺りに漂っていたあの粘りつくような不快な気配が霧散したかのように消えて無くなった。
僕の頭は、いきなりの事で混乱をしていたのかも知れない。あの杖は何なのか。そこから発せられたあの気配は……。そもそも、このローブの老人は誰なのか。ここは何処なのか。……そうだ。僕は確か甲冑の男に殺される寸前で――
少しずつ思い出してきた……爆発だ。爆発が起きたんだ。僕は吹き飛ばされて、訳も分からないまま気を失ったんではなかったのか……。より詳細に思い出そうとしていると、ローブの老人が呆れたような声で、それでいて、とても面倒くさそうに僕に話しかけてきた。
「それで? 身体の具合はどうだ? 応急処置程度しかしてないからな……」
その言葉を聞いて、僕は思考を中断した。そうして、改めて老人の姿をじっと見る――
よく見ると、着ているローブは黒いだけでなく。黒い布にさらに細い……何かは分からないが、黒い糸で刺繍がされている様だった。その刺繍は模様を描いているようにも見えるし、無秩序に張り巡らされている様にも見える……そんな不思議な刺繍がされたローブだった。
右手に持っている木の杖は、今はさっきの気配は感じられないが、その代わりに、何か神聖なものを感じられる気がして、さっきは恐ろしいモノに見えていたのが嘘のようである。
杖を持っている手も、指にいくつか指輪が嵌められている。人差し指には青い石が嵌め込まれてた指輪を、中指には黄色い石が嵌め込まれた指輪を着けている。
左腕や足元はローブで隠されていて見えない。そこまで確認をしてから僕は口を開いた。
「まだ少し痛みますけど……。あなたが手当てをしてくれたんですか?」
「ああ、そうだ。……それだけ人の事をジロジロと見れるんなら大丈夫だな」
老人は少し強めの口調で、こちら少し睨むように言った。
そのまま、老人はこちらに歩いてくる。ほとんど音がしない。まるで宙に浮いているかのような、そんな歩き方だった……。
僕の目の前まで来ると、老人は腰を落とし、胡坐になって座った。少し杖に寄りかかるように右に傾いた状態でこちらを見ると、胸元から左手をゆっくりとローブの外に出した。その手には、拳大の大きさのパンが握られていた。パンはよく見る、いつも食べていた黒パンだった。時間が経つと固まって、まるで石のような硬さになってしまうし、使われている麦も粗悪なものばかりでほとんど味がしなかったり、不味かったりする。
老人はそのパンをこちらに差し出してきた。
「腹も減っているだろう……喰え。喰ったらあそこで何があったのか、教えてもらうぞ……」
そう言われると、不意にお腹が減ったような気がしてきた。いや、実際に減っているんだろう。あれが起きたのは、晩御飯前だったのだから――
僕は恐る恐る手を伸ばし、パンを掴むと、口に運んだ。
やはりパンは硬く、噛み千切るのにも苦労する。そのくせ、顎に力を入れると身体が痛み、傷が開くのではないかと心配になる。痛みを無視しながら、ようやっと一口噛み千切り、口の中で咀嚼をする。唾液もほとんど出ていないのに、口内の水分を容赦なく奪っていくが、自覚をしたせいで、何でもいいから腹に入れたいと思っていた。苦労しながら飲み込むと、案の定、喉に引っかかり、咽た。
すると、目の前に木で出来た簡素な入れ物が差し出された。中には水が入っている。僕は咽ながらそれを掴むと、一息に水を飲みほした。
それから、パンを食べ切るまでいくらかの時間を費やしたが、老人はこちらを見るだけで何も言ってはこなかった。
最後の一切れを飲み込むと、それまで黙っていた老人が口を開いた。
「何があった? あそこで、あの日」
「……。……僕には何も分かりません。家で両親の帰りを待っていたら、いきなり爆発が起きて。町は炎に包まれていて。……甲冑の男が王様の命令だと言いながら、人を殺していました。
僕は殺される寸前で爆発に巻き込まれて……気づいたら此処です。」
両親を殺された事についてはあえて言わなかった。言う必要が無いと思ったし、何よりも言ったら怒りを抑えられなくなりそうだったからだ。
老人はそれを聞くと、何か分かったのか、下を向いて考えているようだった。
「先に言っておこう――。町は壊滅状態になっていた。儂は、運よく瓦礫の隙間にいたお前を見つけて運び出した。恐らくだが……他に生き残りはいないだろう。それほど酷い有り様だったよ」
それを聞いて、改めて現実を突きつけられて――。もう両親にも……誰にも会えないんだと知った。悲しみで胸が張り裂けそうになる。意識せず、涙が零れていた。一度壊れた涙腺は、止めようと思っても止まらなく、どこからこんなに涙が出るのかと思うほど、大量の涙を流し続けた。しかし、決して声は上げまいと思った。声を出したらあの……甲冑の男に負けたような気がしたのだ。
少し時間が経って、涙が収まってきたころに老人に聞かれた。
「それで、どうする? 行く当てが無いなら、儂が近くの町まで連れて行ってやろう」
「……強くなりたい」
知らず……言葉が漏れていた。
「ぼ……俺は、強くなりたい。強くなりたいんだ――」
僕と言うのはやめた。僕という存在はあの時に死んだ。
俺は、強くなると決めた。強くなってある事をしてやると、今、決意をした……。
老人の恰好を思い出し、ある事を思い出していた。時々町に来る行商人……その護衛だ。老人と同じ様なローブを着て、杖を持っていた。そして、不思議な現象を起こしていた。
俺はこの老人に何が何でも教えを受けると決めた。頼れるのは自分の力だけだと、思い知った。しかし、どうすれば強くなれるのかまだ分からない。今は、この老人しか方法を教えて貰えそうな人物はいない。強くなるためには、この老人に教えて貰うしかない……。そして……絶対に、成し遂げてやる――
そうして俺は10歳の時に、復讐を誓った――
5000文字とか書けない。今後の課題です。