実験1日目ー6-
ありさは少年と式場を出て道路の縁のコンクリートの塊に腰かけていた。
朝から降り続いていた雨はいつの間にか止んでいて、昼間はうだるような暑さだったのに日が沈んでしまった九月は少しだけ暑さが和らいでいて、雨で冷やされたコンクリートはひんやりとしていて心地がよかった。
さっきから二人とも言葉を交わさずに10分以上が経過していた。
式はもう始まってしまっていて、お坊さんの抑揚のない声が聞こえている。
こうして座っているのはいいけれど、凄く気まずい。ありさは、目の前で、式場の前を走っている車を眺め続けている少年をこっそり見ながら思った。
しかし、ありさから喋ることはなにもなかった。
知らない人と話をするのは、何から話せばいいか分からないし、まず、この少年が私のことを呼び出したんだから、向こうから喋るのが普通だ。ありさは思った。
少年はずっと走っている車を眺めているだけで、一向に喋り出す気配はない。
何を考えているのかありさには分からなかった。
走っている車をずっと眺めて、何が楽しいのだろうか。
はあ、ありさは短くため息を吐いて空を仰ぎ見た。
日が沈んで、夕焼けの赤に近いオレンジと、夜を告げる青に近い黒が混じり合い、その境目はなんともいえない綺麗な紫色に染まっている。
この紫色が好きだと、とっさにありさは感じた。
理由は分からなかったが、境目の紫色が何だか次元の境目のような、自分がいるこの世界と違う世界。
別の世界の狭間の色がこちらに少し顔を見せている。
そんな特別な感じがした。
この色を何と呼ぶんだろう。ありさは思った。
朝の白っぽい青色と赤色の空は朝焼け、真っ赤なオレンジ色に空を燃やすのが夕焼け。
じゃあ、この紫にはなんという名前があるのだろうか。
焼けるような赤いオレンジ、黒のような特別な青。
その二つが混ざり合ってるのだから、「紫」なんていう平凡な名前では表されないはずだ。
車を見るより、この空を眺めている方がよっぽど価値があるのに…。
沈んでいく太陽、オレンジ色を攻めていく黒のような青色、自然が生み出した紫色は人工的な無車の色よりずっと神秘的だ。
「貴方の名前は、雪さんのご両親から先ほど聞きました。」
少年が、体をありさの方にむけ、やっと口を開いた。
空はもう殆ど黒と青が埋め尽くし、オレンジ色は空の隅っこに追いやられていた。
相変わらず無表情で、丁寧な言葉で喋った。
「僕は、昔、雪さんと仲良くさせて頂いていた者です。」
ありさを見る瞳はやはり闇のように真っ暗だった。