三話「勇者とその一行」
「ちょ、ちょっと部屋出てもらっていいですか。友人たちと話がしたいので……」
僕の言葉に、レティさんはニッコリと微笑んで言った。
「わかりました。では、終わったら呼びにきてくださいね、ソラモリ様」
「俺のことは名前でいいって。てか、木崎だけ名前呼びはズルいから全員名前呼びでいいじゃん」
空森、異世界でもパシリ扱いされてる……。こいつ、女の子にモテたいがために女の子のアッシー君になってたんだよなぁ。パシられてるのに嬉しそうだったから、こいつは変態だと思った覚えがある。
空森が唇を尖らせて子供のように言うと、レティさんはクスクスと笑う。
「では、よろしくお願いしますね、アオイ様。それでは、ミゼ様、シュウ様、カズハ様」
コツコツと靴を鳴らして部屋を出て行く。ヒールの音が遠のいたのを確認してから、三人がさっと僕の座っているベッドに集まる。
「お姫様、可愛かったなぁ」
「胸でかかったよな」
「お前ら……」
「木崎、色ボケコンビは相手にしなくていい。それよりここって、もしかしてお前のお気に入りの小説のまおたびとか言う世界じゃないのか?」
何が楽しくて男四人でひそひそ話をしなければならないのか。しかし、僕たちには彼女どころか女友達さえもいないので仕方がない。僕は青宮の言葉に少し迷いながらも頷いた。青宮は流石と言うか、聡い。僕がいかにあおたびの世界が素晴らしいか青宮の耳にタコができるんじゃないかってぐらい語ったおかげだろうか。
「多分、そうだと思う。僕、蒼魔女に会ってきたし」
「マジで? 美人だった?」
「とりあえず空森は黙れ。で、どんなヤツだった」
女なら魔女でも何でもいいのか、空森よ。厳しく青宮に突っ込まれてもへこたれないその精神はぜひ見習いたいものだけどな。
青宮の言葉に、自然と眉間にシワが寄って険しい顔になる。思いだすだけでも腹が立つ。あの蒼魔女の人を小バカにしたようなあの言葉……。
「最悪なヤツだよ。僕に毒を盛ったあげく「強くなって精々私を楽しませておくれ」なんて言いやがった。蒼魔女は、僕たちが自分にかなうわけがないと思ってる」
「いいなぁ、女王様系かもごもご」
空森の変態発言は青宮の手によって物理的にふさがれた。青宮が呆れたように空森を見るが、空森は会ったことのない蒼魔女に思いを馳せている。「女王様系魔女かぁ、いいね」と何かいい顔で呟いてた。やっぱバカだ、こいつ。僕は毒を盛られたって言うのに、呑気なヤツ……。
「俺は美人でも毒盛る女は勘弁だ」
同じく色ボケの葛城が珍しく顔を顰めて言った。流石に空森ほどじゃないな。あいつは女の子なら誰でもいいってヤツだから、いつか女に刺されるんじゃないかと空森を除く三人でよく話していたものだ。今は、そんな日々が懐かしい。
「それより、僕はどれだけ眠ってたんだ? 何で蒼魔女の森からこんな豪華な部屋に……」
「それは俺が説明する。まず、お前は丸二日眠ってた。んで、俺たちは恐らく雷にうたれてここ……異世界に召喚されたんだろう。俺たちが召喚されたのは王城の一室だ。ところが、いざ召喚されると木崎、お前だけいなかった。順番に名前を聞かれたから名乗ったら、勇者がいないって騒ぎになった。この国ではミゼって名前が勇者の証らしい。で、城の人間が探しに行って、蒼魔女の住む森の入り口で倒れてるお前を発見した」
青宮の説明は実に無駄がなくわかりやすかった。流石、僕たちの中で一番成績優秀なだけあるな。関係ないか?
ところで、王城って言ったな。そしてさっきのレティさん。やっぱりここは、僕の知ってるまおたびの世界のようだ。だけど、勇者だけ蒼魔女の住む森に召喚されたり、小説とは少し違うところもあるな。
あの小説は大のお気に入りで、毎日のように読み返していたから内容はほとんど頭に入っている。あとはどうやってうまく、魔王と対峙するのを回避するか……だ。そのためにはまず、魔王を倒しに行くフラグをへし折って行かないといけない。そのためには、本来発生するはずの恋愛イベントのフラグも心苦しいけどへし折るしかない。
小説では、ミゼは獣人の少女からエルフの女性から色んな女の人に好きになられてハーレムになる。もちろん、仲間である友人たちにもそれぞれ恋人ができる。でも、それは魔王を倒して行くからできるのであって、僕に魔王を倒す意志などない。よって、恋愛フラグもへし折り決定。
このことを空森や葛城に話したら「よっしゃ、魔王倒しに行こうぜ!(女の子のために)」となること間違いないので、言わないでおくことにする。
「とりあえず、王城から抜け出そう」
僕が小さな声で言うと、全員驚いたように目を見張った。空森が口を開けようとしたので、慌てて両手でふさぐ。多分こいつ、口ふさがなかったら「何言ってんだ木崎!」とか大声で言ってたに違いない。その声でレティさんが駆けつけ、逃げるのが無理になることは目に見える。
僕は空森の口をふさいだまま、小さな声で言う。
「ここに留まっていたら、僕たちは魔王と命がけの戦いを強いられる。それは勘弁したいだろ? と、言うわけで逃げるぞ」
「どうやって」
青宮の渋い顔を見て、僕はニヤリと笑みを浮かべる。
「なぁ、ここ何階だ?」
「え、二階……だけど」
「おっしゃ」
僕はベッドからそろりそろりとおりて、準備運動を始める。「おいっちにー、おいっちにー」と小さな声で言いながら準備運動をしていると、茫然としていた三人のうち青宮が一番早く反応した。
「まさか、木崎……」
「行くぜ」
僕は窓を開けると、下に植え込みがあることを確認してから、若干へっぴり腰だったけど目を瞑って飛び降りた。