閑話
「うはよーっす」
「挨拶はキチンとしてください、幻獣魔王」
「相変わらずキチキチしてんなぁ、影の魔王よ」
それにしても、とリッツは考えた。あいつを見て彼女は大丈夫だろうか、なんて柄にもなく心配をして、頭を振った。影の魔王に不審そうな目で見られるが、気にしちゃいられない。今頭の中は彼らのことでいっぱいなのだから。
ギイイ、と重厚な扉が音を立てて開かれる。開けたのは、東の蒼魔女と呼ばれる女――リザリーフェネッツェ。見た目は十七、八歳程度の少女だが、中身は何百年と生きる……化け物だ。今日集まる魔王たちは、基本的に二代目だが、蒼魔女だけは違う。初代だ。魔力も桁違いだし、従えている精霊の数も俺たちとは比べものにならない。彼女は魔王の中で最強であり最悪の魔王なのだ。
リッツはフカフカの椅子に座りながら、次にやってくるであろう人物のことを考えてハラハラしていた、
蒼魔女が来たとき同様に、音を立てて扉が開かれる。そこに立っていたのは――歴史書の中でしか見たことのないはずの男……初代勇者ミゼの姿が。今は紅の魔王と名乗っているわけだが……予想通りと言うか、隣に座っていた蒼魔女がガタリと音を立てて立ち上がる。その青色の目は驚愕のあまり見開かれており、口は酸素をあえぐように開閉している。
「なん……で。あなたが」
ようやく、蒼魔女から絞り出された言葉はそれだけだった。紅の魔王が、不審そうに目を細める。その目にかつて愛した女性が映っているとは露知らず、紅の魔王は疑問をそのまま口に出した。
「あんたが東の蒼魔女か、噂は聞いている。ところで、俺とあんたは初対面のはずだけど……?」
紅の魔王のあまりに残酷な言葉に、蒼魔女が言葉を失う。あーあーあー、だからこの会談には出たくなかったんだよ、クソッ。リッツは内心舌打ちをした。
この中で唯一事情を知っているのは、精霊の目を持つリッツだけだ。リッツは渋々と言った様子で言葉を失っている蒼魔女に声をかける。
「おい、会談が終わった後このことで話がある」
「お前……何か、知って――」
パン、乾いた音が部屋に鳴り響いた。音の主は影の魔王だ。両手を合わせて音を立てたのだ。その顔は何が何だかさっぱりわからない、と言った様子だが、進行役は影の魔王の役目なのでそれを果たすつもりなのだろう。途中で言葉を遮られた蒼魔女は不機嫌そうに椅子に座り直し、紅の魔王は不思議そうに首をかしげた。
「で、紅の魔王が彼である理由をお前は知っているのね?」
「俺が……と言うより、精霊たちがな。お前の従えている精霊たちも知っているはずだ、何なら聞けばいい」
リッツの言葉を訝しんでいた蒼魔女は、従えている精霊に話しかける。自分が話しかける相手がリッツに見えていることに、不快そうに顔を顰めながら。
リッツの目は、特別だ。昔、狩人の放った弓で片方の目を失明したりッツ。そんな彼の目になると一人の精霊が名乗り出て、以来リッツは精霊が入ったほうの目でなら、魔法を使わなくとも精霊の姿を見ることができる。おまけに、精霊の力で相手の過去が見える。
「あなたたち、何か知ってるの?」
「ええっとぉ……」
「そのー……」
精霊たちの言いにくそうな態度に、何かを察したのか蒼魔女が普段は見せない優し気な顔で、精霊たちに話しかける。
「怒らないから、話してごらん」
「……あのね、リザリー様」
精霊たちの言葉に、再び言葉を失う蒼魔女。白い顔は真っ青になって、ブルブルと震えながら両手で口元を抑えている。
「彼が……ミゼが私に会いにくるために空間を捻じ曲げてこの世界にきたなんて……しかもその反動で記憶喪失? 嘘でしょ……」
瞳は目一杯見開かれ、その青色の目は今にも涙が零れ落ちそうなほど潤んでいる。信じたくないのも無理はないだろう、かつでの恋人が自分を忘れることなく、生まれ変わりを繰り返して空間を捻じ曲げるだけの魔力をためにためてようやくこの世界に戻ってきたと思ったら反動で記憶喪失になっていたなんて。
「ああ、ミゼ……どうして……」
蒼魔女が、ついに目から涙をこぼして嗚咽をもらす。すでに会談室の中に紅の魔王と影の魔王の姿はない。紅の魔王が蒼魔女の泣いている姿を見たら、少しは何か思い出しただろうか。そんなことが、リッツの頭に浮かんだ。




