十八話「現実とは厳しいもの」
さぁ、ここで僕は一つの選択を選ばなければいけない。目の前の女の人……彼女に、現実の厳しさを叩き付けるべきか、適当に誤魔化すか。しかし捕まった母親のためにわざわざ国境を越えてまで勇者を訪ねにきたのだ。そんな相手に「実は僕が勇者なんです! 魔王と戦いたくないので王城抜け出してぶらぶら旅やってますぐへへ」などと非道なことを誰が言えようか。
しかし、言わなければ言わないで彼女はいつまでも母親を助けてくれる勇者がいると信じ、危険な旅を続けるだろう。ここは心を鬼にするんだ。彼女に真実を伝えるべきなんだ……!
「聞いてほしいんだけど……」
「ハイ、何でしょう」
「実はね、その勇者って……僕のこと」
クリクリしたまん丸い目がさらに丸くなる。そして、その目が喜びに輝きそうになったところで、手で制す。
「待った。実は僕、勇者としての力もってないんだ。つまり……そのー、えっと。つまりね、ただの……一般人なんです」
言った。ついに言ってしまった。捕まった母親を助けたい一心で国境を越えてここまでやってきた彼女に現実と言う厳しさを叩き付けてしまった……。罪悪感で彼女を見れない。スマン、僕のようなヘタレ野郎が勇者に選ばれてしまって……。
「え……。じゃ、じゃぁ、お母さんは? どう、なるの……?」
絶望に満ちた彼女の声が聞こえ、思わず耳をふさぎたくなった。彼女の声は震えていて、いつ泣き出してもおかしくない雰囲気。そうだよな、お母さん助けたい一心でここまできたもんな。だけど申し訳ないけど今の僕には何もできないよ。
次に聞こえたのは、彼女のすすり泣く声だった。うわぁ、ついに泣き出しちゃったよ。予想はしてたけど実際聞くとかなりこたえる。
場は沈黙に包まれた。彼女は声も出さずに静かに泣いているし、僕は気まずくて黙ったまま。
ピロリン。場の空気をわきまえない呑気な音が僕のリュックから聞こえた。携帯の着信音みたいだったけど、携帯なんて持ってたかな? このまま無言で泣いてる彼女を見つめ続けるのも何だか気まずいので、僕はリュックを漁って音を探ることにした。
「これか」
音の正体は、シェラに渡された水晶玉だった。騒がしくピロピロ鳴っている。何なんだ、こっちは今そんな呑気な音響かせてる場合じゃないんだぞ。
「もしもし?」
どうやったら音が止まるのかわからなかったので、とりあえず返事をしてみる。すると、僕を映していた水晶玉がシェラとりっツの姿を映す。おお、まるでビデオ電話みたいだ。
<よう、キザキ。無事青の街にはついたか?>
いい相談相手がきた。よし、魔王繋がりでリっツに彼女のことを相談してみよう。
「実は……」
バスに乗り過ごして青宮たちに置いて行かれたと言うところでは笑っていたリっツも、彼女の話をすると真面目な顔になる。しばらく沈黙して、口を開いた。
<残念だけど、諦めるしかないな。今のキザキたちには勇者としての力がないし、キザキたちも魔王と戦いたくないからこうして旅をしているわけだし……>
リッツの言葉を聞いた彼女が、悲痛な叫び声をあげる。
「じゃぁワタシのお母さんはどうなるの? あの非道な魔王に奴隷にされたまま? そんな……!」
ついに、彼女が声をあげて泣き出す。僕はそれを黙って見つめることしかできない。僕に勇者としての力があれば、彼女の母親を救えただろうか? いや、でも見知らぬ相手の母親を助けるために魔王との戦いに身を投じるなんて、僕にはとてもじゃないけど無理だ。ここはリッツの言う通り、諦めるしか……。
「――! ねぇ、君のお母さんは西の紅の魔王に捕まったんだよね?」
「……? 違うわ。紅の魔王はそんなヤツじゃないもの。捕まったのは別の魔王によ」
「魔王がほかにもいるの?」
「わからない……あいつらが自分で魔王って名乗ってたから、そう呼んでるけど」
これは……イケるかもしれない。僕は、胸がドキドキした。新しい本を買ってきて今まさに読もうとしてる時のような高揚感だ。
「ねぇシェラ。今こそ僕の魔力を使う時じゃないかな」