十二話「勇者ミゼの歴史」
仕事が終わった僕は、疲れた体を引きずって自室へ戻る。ベッドに寝転んで、今日一日の出来事を思いだす。雑巾掛け勝負は結局僕のせいで勝負つかなかったし、調理場での仕事は中々楽しかった。やっぱ料理っていいもんだよなー。
「あ、そうだ」
歴史書を朝ベッドの上に置いたままだった。僕は書庫から拝借した何冊かの本の上に、ベッドの上に放ってあった歴史書を重ねようとして、ふと手を止める。適当に歴史書の棚から本を拝借してきたのでタイトルまではよく見ていなかった。歴史書の中に、「勇者ミゼの歴史」と書かれた本が混じっていることに気づく。
そう言えば、フラワーウィドルでは「ミゼ」は勇者の証って青宮が言ってたっけ……。この本に、初代勇者であるミゼのことが書かれているのか。そう思うとワクワクして、眠気も疲れもふっ跳んだ。僕は「勇者ミゼの真実」と言う本を手に取って、ベッドに腰かけページをめくる。
その昔、四つの大陸にそれぞれ魔王が誕生した。誕生させたのは創造主である、イザナ。彼は敵のいない中人間たちが平和ボケしていくのを見ていて退屈に……げふん。試練を与えなければと創造主としての使命に目覚めたのである。そこで、四つの大陸に一人ずつ魔王を誕生させた。
東のフラワーウィドルに蒼魔女。南のフェモリスに幻獣魔王。西のグロテイルに紅の魔王。北のウェザーに影の魔王をそれぞれ作りだした。
ここまで読んで、一旦本を閉じる。
「平和ボケなんて理由でお手軽に魔王誕生させんなよイザナさん!」
思わず、いない相手に突っ込みを入れてしまった。本を書いてるほうもほうだけど、平和ボケしてる人間つまらーん、よっしゃ魔王作ったるぜ。オラワクワクすっぞ! とか考える創造主なんて嫌だ。絶対嫌だ。
とりあえず深呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻してから、また本を開く。
魔王の誕生により、イザナのおもわ……げふん。人間たちは魔王に恐怖した。魔王たちは好き勝手に暴れ放題やりたい放題。作りだした張本人のイザナが「ちょ、おま、それはアカンやろ!」と思うほどの暴れっぷりだった。魔王によってどんどん減って行く人口。そこでイザナは慌ててフラワーウィドルの魔術師たちに神のお告げとして「召喚術で勇者を呼び出せ」と偉そうに言って、魔術師たちが召喚術を使ったその瞬間、タイミングよく別の世界からミゼと言う男を釣りあげたのである。
パタン、本を閉じる音が部屋に響く。
「イザナさんって……関西弁使うんだ。て言うかこの本書いてるヤツは誰なんだよ世界のこと知りすぎだろ」
先程までの切れはないものの、思わず突っ込みを入れてしまう。
作者のところを見ると、何も書かれていなかった。もしかしなくても作者ってイザナさん本人じゃ……。て言うか釣りあげたって何? 勇者って釣りの感覚で呼び出されるもんなの? てかそしたらもしかして僕たちも召喚術で呼び出されたわけじゃなくて、第二の勇者としてイザナさんに釣りあげられたってことか? つまり、魔術じゃない? イコール、僕たち帰る方法ない? ……落ち着け落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない。この歴史書だけがおふざけで書かれているだけなのかもしれない。真実は別にあって……。
僕は「勇者ミゼの歴史」と書かれた本をベッドに置いて、書庫から持ってきた本を積んである棚に近寄って一冊一冊よく見てみる。しかし、真面目に書かれていても内容はほとんど同じだった。と言うか真面目に書かれている分むしろ突っ込みどころ満載だった。
「何なんだ、ホント。ほかの歴史書のほうがイザナさんディスってるって一体どう言うことなんだ」
真面目に書いているように見せかけて「ちくしょうイザナの野郎よくも魔王誕生させやがったな」と言う恨みがこめられている気がする。
僕はほかの歴史書を漁ることを諦め、「勇者ミゼの歴史」を読むことに集中する。
勇者ミゼは魔王も驚くほどのそれはそれは目つきの悪い男だった。しかも、第一声が「やんのかコラ」と言う実に不良らしい不良……そう、彼は不良だったのである。イザナに釣りあげ……召喚術で呼び出された彼は機嫌が悪かった。「魔王から我らをお助けください、勇者様」、と言われても「元の世界に戻せや。やんのかアアン?」と言う不良っぷり。しかしそこはこう、うまくやって何とか彼……ミゼを勇者にすることができたのである。
南の幻獣魔王はハーレムを作りだした女好きの最低屑野郎だった。西の紅の魔王は血で血を洗う戦場大好きな頭のネジが何本か抜けてそうな戦闘狂だった。北の影の魔王は影が薄すぎるヤツだった。不憫。そんな三人の魔王を打ち取った勇者ミゼは、最後に東の蒼魔女の元へ向かう。そして蒼魔女を打ち取ったミゼは、「元の世界に戻さないとこの世界ぶち壊す」と言う脅しの元、イザナの手によって元の世界へ帰された。世界に平和が戻ったのだ。
しかし、歴史は繰り返されるもの。ミゼがこの世界を去ってから何百年と絶ち、第二の魔王が誕生した。南に、西に、北に。しかし、一つだけ違うことがあった。それは、東の蒼魔女は二代目ではなく、初代だと言うことだ。そう、ミゼは蒼魔女を打ち取らなかった。何の気まぐれか、今ではもう確かめようもない――。
そこで、「勇者ミゼの歴史」は終わっていた。あの蒼魔女が……何百年も生きる本物の魔女だと言うことはわかった。ならば余計に、魔王と対峙するフラグはへし折るべきだ。見た目が可愛らしい少女でも、中身は化け物なのだから。
「そろそろ……寝るか」
僕は、「勇者ミゼの歴史」を積み重ねた本の一番上に重ねて、部屋の電気を消して眠りについた。積み重ねられた本が煌々と光っていることに、気づきもせずに。