十一話「お仕事始めました」
僕たちが仕事をしたいと言いだしたころはリッツも驚いていたけど、旅をするのに金が必要だと言ったら喜んで仕事を探してくれた。ずっと城にいればいいと言ってくれたけど、友人としてはずっと養われてるわけにはいかないから……と言ったら納得してくれた。そして無事城内の雑業と言う仕事が与えられた僕たちは、今まさに雑巾掛けと言う男同士の戦いの火ぶたが切られようとしていた。
「恨みっこなしの一本勝負な」
「俺を誰だと心得る……?」
「空森黙れ。じゃぁせーので」
「オッケー。行くぜ」
僕、青宮、葛城、空森がスタート地点に雑巾掛けの体制で構える。「せーの」で一斉にダッシュ。この長い長い廊下の戦いを制するのは果たして誰なのか……!
廊下の三分の一まで行ったところで……。
「あ、シェラちゃーん!」
……空森、離脱。原因、女好き。空森の離脱に一瞬かたまる僕たちだったけど、すぐに空森を除いた三人で勝負は再開された。
一番先頭を行くのは葛城。その顔はすでに勝利を目前とした顔だった。しかし、青宮も負けじと追い上げる。この勝負は最早二人だけのものになったかと思われたが……僕の本領を発揮する時がきたようだ……。そう、僕は小学校六年間と中学の三年間、学校の掃除の時間はずっと雑巾掛け係りだったのである! 夏の暑い日も冬の寒い日も、僕は雑巾掛けをし続けた! そしてその九年間で磨いたこの腕を、今こそ振るうべきだろう。
「な、何? 木崎が追い上げて……」
「早い、地味なくせに無駄にはえぇ!」
葛城、さりげなく僕を地味とかディスったな……あとで覚えておけよ。ちなみにディスするとは、ネットスラング言葉であり相手を貶すと言った意味だ。
「ふははは! 僕の実力を思い知ったか!」
「あ、くそう。抜かれた!」
「あいつ完全に悪役っぽくなってるぞ……」
これで僕の勝利は確実! 後ろから、青宮の声が上がった。
「木崎、前ー!」
「え?」
何と言うことだろうか、勢いよく走る僕の目の前に水がなみなみと入れられたバケツが立ちはだかったのである! 僕は勢いのままバケツに頭突きする形で突っ込み、バケツの水をぶちまけた。当然のように、廊下の雑巾掛けはやり直し。おまけにシェラに「勝負とか訳の分からないことしてないでキチンとやれ」と怒られてしまった僕たちなのであった……。
「木崎ー、何かどんどん身が削れていくんだけど……」
青宮の声に、何だ何だと見に行くとじゃがいもの皮を削っていたはずの青宮は皮ごとじゃがいもの身も削り落とし、青宮の手の中に残されたじゃがいもは拳サイズから小さな欠片となっていた。ダメだこいつ……不器用にもほどがある。家事とかしなかったのかな。……しないかぁ、家庭科の授業でも周りの女の子たちが勝手にやってくれるもんな。
「青宮は別の仕事に回れ、お前に任せるとじゃがいもが可哀想だ」
「わりぃ、任せた」
青宮が離脱してからは実にスムーズだった。じゃがいもは皮ごと身を削られることもないし、青宮が今にも指を切りそうな包丁さばきにハラハラする必要もないし。
「きゃぁ、キザキ様ってば器用なんですねー!」
「じゃがいもの皮がリンゴの皮のようにするするむけてるわ!」
周りの女の子に騒がれ、僕は悪い気がしなかった。いや、ものすごく嬉しかった。こう見えても僕は一人暮らしで家事は得意なほうだ。節約のためにご飯はほとんど自炊だったから、料理も当然上手くなる。対する青宮は一人暮らしだけどご飯は親衛隊の女の子たちが作ってくれるし、部屋の片づけも世話焼きな親衛隊の女の子がやっちゃうし、唯一残された洗濯も洗剤を一箱ぶち込んで洗濯機を壊すと言う始末。
ある日「木崎、何か洗濯機が泡立ってるんだけどどうしたらいい?」と言う電話がかかってきた時には僕も頭を抱えて悩んだ。まずは超絶不器用な青宮をどうにかするべきだと思ったんだが、親衛隊の女の子たちが許してくれなかったのだ。理由は単純に、青宮が家事できるようになると自分たちが青宮の世話を焼けなくなるから。それで将来困るのは青宮のほうなんだけどな……と思った記憶がある。
「きゃ、アオミヤ様! 火は使わないほうがよろしいのでは?」
「そうですよ! アオミヤ様は椅子に座って休んでいてください!」
これは青宮がイケメンだから優遇されていると言うわけではなく、この短時間で調理場の侍女さんたちは青宮が不器用なことに気づいたのだ。だから、何もさせないようにしている。包丁とか火とか使わせたら危ないもんな。
でも、何もさせないと成長しないのが人ってものだ。また、時間のある時にでも調理場を借りて青宮に料理を教えてやろう。その前にまずは、包丁の持ち方の練習からかな……。
ちなみに葛城は真面目に与えられた仕事を黙々とこなし、空森は隙あらば侍女さんたちをナンパしては座ってボヘーっとしている青宮に叩かれていた。