九話「お泊りの定番」
「なぁ、枕投げしねぇ?」
こんなことを言いだすのは大抵、空森に決まっている。この時も、空森が言いだした。風呂上がりの空森は頬を上気させ嬉しそうに話す。葛城もつられたのか「面白そうじゃん」と言った。
「この年で枕投げかよ」
「いいじゃん。お泊りと言ったら枕投げだろ! やろーぜ」
僕は早く自室に戻って本が読みたかったので、多数決で決めることになった。「せーの」で全員手を挙げる。手を挙げたのは当たり前だけど空森、そして葛城、さらに意外や意外、青宮も。結局多数決で僕だけ挙げなかったのでぶーぶー言われた(主に空森から)けど、枕投げをすることになった。ちなみに僕たちには一人ずつ部屋が与えられてるんだけど……。
僕の部屋にはリッツから借りた本が積んであるのでダメ。青宮の部屋は整理整頓されすぎてて荒らすの何か気が引けるからダメ。葛城の部屋は汚すぎてダメ。消去法から枕投げをする部屋は空森の部屋に決定した。
与えられた部屋のベッドはやたらとでかくて、枕もたくさん置いてあるので各部屋から枕を空森の部屋に持ち込んで枕投げ開始。
「それ」
「ほい」
「おりゃ」
「ぶへぇっ」
あ、やべ。偶然が重なったのか、僕、青宮、葛城の三人の枕が空森の顔面に吸い込まれて行った。空森はベッドから転げ落ちる。流石空森、揺るぎない立場。
空森は復活すると、三個ぐらい枕を持って僕たちに向かって投げてくる。全力で投げてくるので、結構痛い。青宮は華麗に避けているので、主に当たっているのは僕と葛城だ。僕たちも負けじと応戦する。わーわー騒ぎながら枕を投げまくっていると、ノックもなしに部屋の扉が開く。その時、部屋の扉に向かって一つの枕が投げられた。
「ぶっ」
部屋の扉を開けたのは、シェラを連れたリッツだった。一つの枕が、リッツの顔面に見事に当たる。
場は静寂に包まれた。どうしよう、やっちまったよ僕たち。いくらリッツが懐の広い男だとしても、部屋の扉開けた瞬間問答無用で枕顔面にぶつけられたら流石に怒るよな。僕たち追い出され決定? 目と目で四人が通じ合う。
「あ、主殿によくも……!」
やべぇ、シェラが先に怒った。さぁどうなる僕たちの運命!
空森の部屋が緊迫した空気に包まれた時、笑い声があがった。リッツだ。笑っているのだ。もしかして怒りすぎて怒りのパラメーターが振り切れておかしくなったか?
「くっくくく、ホントおっもしれーのな、お前ら。なぁ、これ何て遊び?」
「へ?」
「は……」
思わず、間抜けな声が僕と空森からもれる。葛城は固まったままだし、青宮は警戒するように枕を手に持ってる。っておいおい、枕と魔王じゃ戦いにならないだろう、青宮。青宮も大分混乱している模様。
「えっと、これは枕投げって言って……まんま枕投げ合って遊ぶだけ」
「面白そうじゃん! よし、俺も混ぜろ」
「……どうするよ」
「リッツがいいならいんじゃね?」
と、言うわけで枕投げにリッツが加わった。ただ枕を投げ合うだけなのに、枕投げとはどうしてこうもテンションが上がるのか。テンションが上がりまくった空森が叫ぶ。
「ここは戦場だ。敵に情けは無用! ってー!」
空森の声に、僕たち三人の枕が一斉にリッツの顔面に向かって放たれる。しかし、そこは流石魔王。って関係ないか? 三つともくねくねと体をくねらせて避けて反撃してくる。
「あああ主殿、あまり無理はなさらないほうが……」
オロオロしているシェラの言葉などリッツにはもう耳に届いていないようだ。楽しそうに笑いながら枕を投げてくる。僕たちも応戦して枕を投げる。
「つか。俺だけ敵ぃ?」
「戦場は己以外は皆敵に決まっておろう! っつーわけで反撃開始じゃぁぁ!」
何か口調変わっちゃってる空森がリッツと一緒に僕たちに向けて枕を投げてくる。僕たち三人も枕を全力投球。
部屋の中が、笑い声に包まれた夜だった。