47 巨人の父娘と小僧と痩男
「僕の専門はなんだかわかります?」
エドが言った。
貧民街で言った。
「なぜサウスギルベナは貧乏なんでしょう?」
エドが言った。
ベイトマンとケイトに向かって言った。
「なにがいいたいのかわからん言い方は、魔導師らしくて結構だがよ」
ナイジェルが言った。
エドに向かって言った。
「人に説明するのにわけがわからんのは、やっぱり問題だとおもわねえか」
エドとナイジェルが、巨人族で元帝都守備隊長のダニエル・ベイトマンと娘のケイトに再会したのは、彼らと出会って、一週間も経たない頃だった。
「しかし、思ったより、予想より元気そうで驚いてます」
名目上の師匠の言葉には答えず、エドは父娘に再会の挨拶を済ませる。
サウスギルベナの貧民街。
帝都で最も南にある都市の片隅にある。そこは娼館とその側を流れる用水路を境に北西に広がっている。貧民街の人口は、全体の人口の六割に達するにも関わらず、貧民街の面積は二割ほどだ。もちろん貧民街の住人の人口調査などされたことはないし、まだ六歳のエドが全体の広さを正確に把握しているわけでもない。そう言われているというだけだ。その気になれば数値で話せる類のものにも関わらず、それをできないのは、貧民街の治安が悪いことの左証でもある。
今、四人がいるのは、四人だけではないが、貧民街の中央部だ。機能的な意味ではなく、地理的な意味で斜めに縦に長い貧民街のちょうど真ん中あたりにいた。ここから西に数百メートル行けば娼館に行き着く。縦に長いので横の面積は歪に狭い。
「ずいぶんと集まりましたね」
エドが並んでいる列を見て言った。列というのは食べ物を受け取るために並んでいる列だ。
食事を配っているのは、ケイト。ケイトだけでなくその隣には、中年の女性が同じように麺麭を配っている。ベイトマンは腕を組んで、その列を監視するように、見渡すように長大な矛を組んだ両腕の間に抱えたまま微動だにしない。
エドとナイジェルはその後ろで何もせずにそれを眺めている。エドは崩れた土壁に腰を下ろし、ナイジェルはその土壁にもたれかかっているだけだ。手伝おうとしないのは部外者だからというのが理由である。他人様の食事準備に首を突っ込むのもおかしな話だからだ。
ベイトマンとケイトは、つまりケイトは食事を貧民街の住人に配っているが、これは慈善事業でもなんでもない、単なる食事風景である。『施し』なんてものはこの街にはない。大地母神教団でさえ行っていない。
並んでいるのは十人ほど、地面に座っている者は五人ほど、手伝う者やそれを囲むように立っている者を含めて計三十人ほどの住民がいる。
その内訳は十才以下の子供が二十人ほど、老人が七人ほど、大人の女性が三人。働き盛りの男は一人もいない。つまり彼らはこの貧民街でさえ弱者になってしまう者達だ。
「すばらしい」
エドはその三十人の弱者を見て、そう漏らした。
「すばらしい。さすがは帝都の守備隊長さんだ。すばらしい統率です」
「そうかね」
まんざらでもない顔で偉そうにベイトマンが答える。偉そうにというかでかい声で。
「なにがだ?」
だが、何を褒められていたかは分かっていないらしい。
エドは食事をすでに受け取った住民たちを指さした。
「ああ」
ナイジェルが頷く。
「?」
ベイトマンはまだ分かっていないようだ。
食事を受け取った者達が、食事を受け取ったにも関わらず、それに口をつけようとしない。
食事を受け取った者はまだ小さな女の子たちだが、彼らは受け取った木製のスープカップと麺麭の載った石製の皿、いや更というより平べったいだけの石、を地面に置くと、また食事を配っているところに行って、同じものを受け取っている。女の子たちは配膳をしているのだ。
配膳する彼女たちよりさらにまだ小さな子たちは、二人の大人の女性が面倒を看ている。その子どもや女性たちの前にもすでに配膳はされているが、まだ口をつけていない。抱えられた小さな子供たちはスープの匂いに刺激されてグズっているが、二人の女性はそれを食べるのを許してはいなかった。
あたたかい食事は、金塊と同価値であるこの貧民街で、それはたしかに驚くべき光景だろう。
並べられた途端に貪り食ってもおかしくない筈だ。
金塊どころか、金貨さえ見た者は彼らの中にはいないが。
まわりを囲んで立っているのは、老人と男の子達だ。棍棒を手にしており五人ほどになる。彼らと、そしてベイトマンは食事中の仲間たちを守るために警戒しているのだ。麺麭はここでは金塊と同じ意味を持っているから。
「一週間も経っていないのに、これだけの人数を集めて、これだけの組織化された集団に仕立てあげたのはすばらしいとしか言えませんよ」
「仕立てあげたわけではない」
ベイトマンがジロリと睨んできた。エドは首を竦めてみせただけで反論も訂正もしなかった。そんなことは瑣末な言葉の違いにすぎない。
「それにこれだけの人数を養う食べ物の在処を教えてくれたのは小僧、お主だろう」
「そりゃそうですが、僕が半年かかってもまともな形にもならなかったんですから、やっぱり大したもんですよ」
確かにベイトマンが言うとおり、食べ物の場所を教えたのはエドだ。別に盗める場所を教えたわけではない。魚を捕れる場所や、食べられる植物の採れる場所、金に変えられる自然資源を教えたに過ぎない。ただし、それをとりに行くには危険な場所に行く必要があり、巨人族の騎士だったベイトマンの武力がなければ実現不可能だったのだ。
あの日、ベイトマンとあった日、エドはケイトに一つの助言を与えておいた。
それは向かうべき場所と、そこにいるだろう貧民街の子供たちの名前だ。
子供たちにエドからの紹介であることを告げるように。そして、もし困ったことがあったなら、その子供たちを自分の元まで走らせるようにと。
「実はもっと面倒事を言ってくるかと思っていたんですが」
エドの予想外に、子供たちは次の日には魔導師ギルドの建物に現れ、そしてその理由は助けを求めることではなかった。単に子供たちがエドに会いに来ただけだったのである。エドにベイトマンとケイトという余所者が、自分たちのグループに入ってくれるようにしてくれたことに対する感謝の言葉だけだった。
困っているなら、値切るのも簡単だったんだけど。だけどまぁ、おおよそ上手く行ってる。
エドは食事の準備が整い、神に感謝する祈りを捧げているのを聞きながら、おおよそどころかやはり予想外に上手くいったことを『認めざる』をえなかった。
ベイトマン達が集めた貧民街の住民は皆一度はエドが助けるか、治療を施した者達だ。共通点は貧民街でさえ社会的弱者である、ということ。
子供たちがエドに会いに来た時、エドは一枚の紙を手渡し、それをベイトマンに渡すように命令した。
それは食べ物の入手が可能な場所であったり、街を安全に出たり入ったりする場所であったりとした助言が主だったが、そこにまた組織化することと、規則のことについても事細かに書いておいた。食事の配膳も、食前の祈りも、全てエドが紙に書いていたことだ。
ベイトマンが短期間のうちにこれほどの人数のグループを集められたのも、養うことができているのも、エドの下準備があったからだし、エドの知恵があったからだ。
しかし、とエドは思わざるを得ない。
実際にそれをやってみせたのはベイトマン父娘だったのだ。それも予想外に上々に。
エドがこの半年ほど『無償の愛』を与え続けたにも関わらず、エドの街での評判は下がるばかりであった。モノになったのはエドに会いに来た三人の子供たちだけだったのに、ベイトマンは一週間も経たないうちに三十人を超すグループのリーダーになっている。
その三人の子たちにしても、ベイトマン達が最初に遭遇するであろう『厄介事』のコストとして、『支払う』ことを覚悟していたし、まさか自分たちの意志で『感謝』してくれるほど懐いているとは思わなかった。
嬉しい誤算であるし、予想外に上々であるが、自分の人望の無さを改めて実感もする。
そんなことは、前世から分かっていたことではあるが。
「ベイトマンさん達は食べないんですか?」
食事が始まったのを見てエドがそう尋ねると、ベイトマンは「後から食べるから心配はない」とやはり大声で答えた。普通に答えた、と言ってもいい。それに別に心配して聞いたのでもないが、それを言う必要はないだろう。
「じゃあ、ベイトマンさん、ケイ。ちょっといいですか」
エドは二人を手招きする。
エドは土壁に座ったままだ。手招きも、自分だけ座ったままなのも年上に対して少し失礼かという自覚はあったのだが、ちょうどこの高さが、六歳のエドが話をするにはいい塩梅だったのである。巨人族であるベイトマンに関してはそれでも視線を下げてもらわなければならないが。
「これからのことについて、いくつか話しておかなければいけないことがあるんです」
それに対して、ケイトが「ああ」となにか思い出したかのように、短く呟いた。
「? なんです?」
自分の話を後に回して、ケイトに先に話すように促す。
「エド君、あのさあ」
と随分くだけた様子で話し始める。
エドの方もケイと呼んでいるし、会うのが二回目にしては打ち解けるのがはやい。やはり父親と違って話が通じる感が心地いいのかもしれない。いやこの父親がいるからそう感じるに違いない。
「そろそろ、拠点を持ちたいなって思ってたんだわ。今はいくつかのグループに分かれているけれど、他の寄食から嫌がらせも出始めてたし、小さな子供も多いからまともな屋根とか窯とかある場所に移ろうと思うんだけど、何かいい考えある?」
『寄食』とはこの街では団体を表す言葉として使われている。子供たちでいうところの『組』に当たるものだ。市民街では『組』は仲良しグループのことで、『寄食』は町内会の組分けのことだ。だが貧民街では生活共同体という意味であり、そこに『組』も、『寄食』も変わりはない。『組』は子供たちだけの場合。『寄食』は大人が混ざっている場合であるというだけだ。
貧しい物資しか回ってこない貧民街では、この『組』や『寄食』は生き延びる上で重要な役割を持っている。もちろん市民街でのそれらだって、このサウスギルベナが田舎の閉鎖社会である以上、住む者にとって害にも益にも影響をおよぼす存在だ。だが、そこに自衛、劫掠といった意味合いを含む貧民街のほうが重要度は高い。
足りない物を、複数の者で取り合うのだから、そこにトラブルが生まれるのは必然である。それが今まで絶対的弱者であった『組』が、街の外に出て腹を満たす術を、正確にはそういう術を持つ存在を寄食中に迎え入れたのだから、尚更だ。
しかしながら、それでさえエドにはまだ予想外だった。この父娘が幸運の持ち主なのではないかと勘違いしそうになる。
「嫌がらせ、ですか。まぁ、予想外に軽微なものですが、早晩嫌がらせじゃすまなくなりますよ」
「嫌なこと言わないでよ」
「ワシがおる限り、そんなことはさせん!」
ベイトマンが今度こそ大雷音を轟かせる。食事中の住民たちも目をパチクリとさせているし、近くの三人にいたっては睨んでいる。
「ケイは運が良かったよ。ベイトマンさんのことだから、絶対にもっと大きな面倒事を起こすと思ってたんだけどね。すんなりと打ち解けたね?」
「そう?」
十歳近く年上の少女が、幼児の言葉に考え込む。
「食べ物を集めるのに必死だったし、この街の暮らしに慣れるのにも忙しかったし、そんな暇がなかっただけかも。街への出入りはエドが教えてくれたコツを参考にしてたからかな?」
「まったく、なぜ儂があんなこそ泥のような真似を」
ベイトマンの嘆きはスルーして、エドは先程のケイトの質問に応えることにした。
「これ以上、寄食の規模を大きくするのは止めたほうがいいです。窯やねぐらも今のままじゃだめですね」
「ああ、それそれ。確かにこれ以上人数を多くするのは問題だって言うのは私もわかるの」
ケイトはチラリと父親の顔を見上げたが、ベイトマンは娘の視線に気がついた様子はない。
父のベイトマンは来るものは拒まずで受け入れているが、これ以上人数が増えてくると、食料が確実に足りなくなる。今でもベイトマンは巨人族に相応しい体格がありながら、食べている量は他の者達と同じだけしか口にしていない。
「でも、住環境を良くするのはいいことでしょ? 父はこれでも野戦経験も豊富だから廃材で簡単な道具は作れるし、力仕事も見たとおり得意だからそんなに難しい話じゃないわ。私てきにはそろそろそういうことも手を付けていこうと思ったんだけど?」
「他の寄食と小さいなりにも面倒事が起きているってことは、そろそろ彼らに目を付けられる頃です」
「彼ら?」
「というより、ベイトマンさんは目立ちますからね。門兵たちと揉めていた時点で、話は伝わっていると思ってたんですが、幸運でしたよ」
「このダニエル・ベイトマン。東方戦線で幾つもの修羅場を超えてきた武頼者。隠密行動も御手のものだ!」
「だったらもっと静かに喋れねえのかよ」
「何を抜かすか。男子たるもの己の意見を述べる時は、こうやってハッキリと相手の心底に届かせようと銘胆しておかなければいかんぞ!」
「声がデカすぎて逆に伝わりにくいんだよ!」
ベイトマンの相手は、ナイジェルに任せておいて、エドはケイトとの話を進める。
「盗賊ギルドの構成員とはもう接触しましたか?」
「盗賊ギルド? うーん、どうだろう。皆には少し話は聞いたけど、何か言ってきた人の中にそれらしいのはいなかったわ」
「監視くらいはもうしてそうですけど」
「父さんから聞いてないから、少なくとも私達の近くにはいないわね。こんな人だけど、そういう危険人物を探し当てるのは得意なのよ」
「へぇ」
大雑把に見えるが、さすが武芸者、いやさすが帝都の大門を守る守備隊長というべきか。
「でも、遅くとも揉めた他の寄食の人間から絶対に話は行ってますね」
腕の立つベイトマンの存在を盗賊ギルドに密告して、小金を稼ごうとするくらいには貧民街に住んでいる連中の中にはいるだろう。いや、金を稼げなくともベイトマン達の『寄食』が上手く行かなくなれば、密告くらいはするはずだ。例えそれが自分の益にならなくても、だ。例え妬みだけの理由でも、だ。
「さっきエドが言っていた厄介事って、その盗賊ギルドってことよね? それが私達の寄食が規模を拡大するのとどう関係があるの?」
「さてさて、それです」




