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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第三章 MOB男の人言奸計と思春期殺害報告書
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45 噂話でクシャミをするが悪寒の場合にはどうなるんだろう







「さすが、お金持ち。良い葉を使ってるわ」


 クレオリアは少し匂いを嗅いで、それから緋色の液体を眺める。また白いティーカップに入ったそれを口に運んだ。空いた手でテーブルに置かれた本のページをめくる。

 ゆっくりとした手つきでページをめくるが、次のページまでの間隔はかなり短い。


「……しこうていへいかがほくとの、また、またー」

「瞬く」

 クレオリアが本に目を落としたまま、そっと呟く。そのページを捲っている本とは別の本がもう一冊開いた状態で置かれている。


「マタタく夜にお姿を現されたのです……」

 訂正を受けて、相対して座っている幼い少女が言い直した。


 ウェーブがかった黒髪に、まどろみのような白い肌をしている。クレオリアの造形美の極値のような鼻筋の高さとは違った、突出してぴょんと細く伸びた鼻が特徴的だった。本人はバカっぽくて直したいということだったが、クレオリアはそれはそれで愛嬌があって可愛らしいと言っておいた。


 懸命に手元の教科書を目で追いながら、読んでいるが、時間が経過するに従って猫背になっていく。その度にクレオリアが「姿勢」と注意して直させていた。一度立ち上がって手でグッと背筋を直したが、妙な叫びを上げて、緊張しはじめたので、今は言葉で直している。まだまだ打ち解けていないということかもしれない。


 今、黒髪の令嬢、アーガンソン商会の一人娘ナタリーが読んでいるのは、貴族の子供たちが学ぶ歴史書としては基本中の基本のものだ。歴史書というより、童話や神話に近いが。

 千年前にこの国を建国した始皇帝についての本である。


 クレオリアからすれば、どこかの独裁国家かカルト宗教の書物のように始皇帝を礼賛した内容であり失笑ものの、面白くもなんともない内容だ。しかし史実がどうかというのはあまり関係なく、貴族としては内容を知っておかなかればならない本でもある。


「別に一言一句暗記する必要なんてないけれど、帝国の言葉を学ぶにはすごくいい本ね」

 一旦、音読を休憩しながら、クレオリアはナタリーに言って聞かせる。

 ナタリーといえば同い年の少女の言葉に真剣に耳を傾けて、ふむふむと頷いていた。


 まぁ、可愛らしいものね。


 自分と違って素直な六歳の女の子のなんと愛らしいことかと、クレオリアはお茶を時々口に運びながら、二冊の別々の種類の本に目を通しながら話を続ける。


「この本は口語体で書かれているけれど、それはそのまま貴族が普段使う言い回しや語句、硬軟具合までの基本になっているわ。硬軟具合って砕けているか、礼儀正しいかっていう意味よ」

「あのぉ」

「なに?」


 ナタリーがこちらを伺うように上目遣いで見てくる。白木の椅子に座っているが、座った状態ではそれほど身長差があるわけではない。それでも立てばクレオリアの方が十五センチは高いし、体格も良い。立った時ほどではないが、クレオリアの方が明らかに大きかった。休憩中なので注意しないが猫背になっているのでさらに小さく見えるのだ。


「クレオリアさまもこの本を使っておべんきょうしたのですか?」

「この本だけじゃないけれど、そうね。私が読んだのはこれより随分古い版のものだけれど、この本が一番正しい言葉遣いが学べると思うわ」

 クレオリアは片手でカップを持ったまま、空いた手で机に置かれているほうの本をつまみ上げた。


 太さとしては二センチくらいだが、製本や印刷技術の関係もあるので内容としては三十ページほどしかない。それでも六歳児には少し難しい言葉遣いがある本ではある。

 さすが豪商アーガンソン家だけあって、借りたこの本は二年前に出版されたものだ。毎年増刷されているわけではないからおそらく最新版だろう。


「さっき見せてもらった教本の中では一番これを音読するのがいいでしょうね。いい? 声に出して読むのよ。黙って読むより、喉を使って誰かに聞いてもらいなさいな。アーガンソン家なら帝都社交界の発音で喋れる人もいるだろうから、その人に直してもらいなさい」


「はい、わかりました」

 深く頷いてナタリーはブツブツと手元の本に目をやっている。素直で真面目なのは好感が持てるのだが、

「ねぇ、ナタリー」

「はい、なんですか? クレオリア様」


 パッと本を閉じて、こちらを見つめてくる。その様子にクレオリアは溜息をついた。

 今日、このアーガンソン商会に来たのは、数日前に教会の勉強会でした約束の実行のためである。つまりナタリーに「勉強を教えてあげる」というためにだ。


 もちろんクレオリアの本心は、これをきっかけにアーガンソン商会の敷地内に住んでいるエドと再会するのが目的である。


 結果を言うと、エドとは今日会うことはできなかった。悪いことに、明日来たとしてもまた会うことはできないだろう。なぜなら数日前からエドは日中外に働きに出かけているということだった。帰ってくるのは夕方なので、勉強会だけでは、そんな時間までいることはできない。


 最近エドは、ある灰魔術師の弟子になったそうだ。一年ほど前からは貧民街の方へとコッソリと足を運んでなにやら評判の悪いことをやっているようだ。元気そうで何よりである。


 あの馬鹿!


 だったら、貧民街に行く前にやることがあるだろう。


 クレオリアは内心の悪態を、ナタリーには見せないように気をつけて、

「あら、そうなの?」

 と、別段気にしていない風を装って、早速ナタリーに勉強を教えることにした。それが今の状態だ。


 内心の憤りや、落胆を見せなかったのは、ナタリーに気を使ったからである。

 それは本人も自覚していた。

 好ましい人に、好ましくない態度をとることの必要性はないのだ。


 勉強を教えてあげるといったのが、実は他の子に会いたいがための言い訳に使われたと知ったなら控えめに言っても気分のいいものではないだろうから。

 エドと会うためという目的で出来た縁だが、それをぞんざいに扱うこともない。

 つまり、クレオリアはナタリーのことを気に入ったのだ。

 エドに対する怒りを、ナタリーで癒しているとも言える。


 真面目で、謙虚な、委員長タイプの同性というのはこちらでは初めて出会うタイプだ。

 田舎のお金持ちのお嬢様だからもっとわがままになっても良さそうなものだが、ナタリーは見たとおり素直で礼儀もしっかりしている。しかもクレオリアの前世がそうだったような世渡りのため人当たりの良さとも違う。


 おまけに頭もいい。勉強ができるというのではなくだが。六歳にしては情緒の抑制がよくできている。前世での自分がどうだったかは思い出せないし、身近に年の近い子供もいないので確かではないが、六歳というともっとキンキンと喧しく落ち着かないものでないのだろうか。


 クレオリアだって同い年で、ナタリー以上に年不相応な性格気質だが、こっちは特殊事情なので同列には語れない。とにかくこれが日本での六歳児のようにキャンキャンと煩かったならクレオリアは関わりを持ちたいと思わなかったに違いない。


「ねぇ、ナタリー」

 もう一度、クレオリアは自分より背の低い女の子に話しかける。

「はい。なんでしょうクレオリア様」

「それ」

 クレオリアは人差し指をそっとナタリーの唇に向かって突きつける。


「どれですか?」

 きょとんと見つめてくるナタリーに、クレオリアは突きつけた指先をゆらゆらと振る。

「それよ。その言葉遣い。なんとかならない? 何かこうよそよそしいというか、疎外感を感じるわ」

「ソガ?」

「友達同士としては、もっとタメ口で話してくれないかしらってことよ」


「ええぇっと、それは……むりです。そんなこわいことできません~」

 ナタリーが真っ青になって両手を振っているのを見ると本心なのだろう。

「怖い?」

「えっと、あの、わるい意味じゃなくって……その、ですね。こうしゃくけのおじょう様ですから、あの、なんだろう?」

 悪い意味以外なんだというのかとか、なんだろうとはこっちのセリフだとか、ツッコミどころはあるが、六歳児に言ってもしょうがない。


「あのね、ナタリー。私は公爵家の人間だけど、あなただってこの街一番の権力者、ソルヴ・アーガンソン氏の娘なのよ。あなたがどう思っていたとしても、私達はこの先も関係を持っていかなきゃならないわ」

 大人が子供に言い聞かすような言葉に、ナタリーは頷く。


 公爵家令嬢クレオリア・オヴリガンと地方豪商の一人娘ナタリー・アンガーソンの社会的、政治的な立ち位置は、本人たちもずっと言われてきたことでわかっている。

 この街で、表向きの公的な権力者は、オブリガン公爵家であり、それに公的に準ずる、そして実質的に最大の権力者はアーガンソン商会だ。もう一つの権力組織である盗賊ギルドは表立って認められたものではない。


 その一族であるクレオリアとナタリーは、お互いを無視できない、この先もずっと付き合っていかなければならない間柄なのだ。そのことはナタリーも家の者から当たり前に言われている。今回、クレオリアが家に来ることも、その一つである。教会の勉強会でクレオリアが、口に出したことに、周りのアーガンソン商会の子供たちが、ナタリー以上にすぐに乗り気になったのもそのためだ。


「それに私達は同い年で、同性、女の子同士なんだから、私としてはお友達になって、仲良くしたいと思っているわ」

「わ、わたしもです!」

 ナタリーは真っ赤になって、前のめりに頷く。真っ青になったり、真っ赤になったり、忙しい子だ。クレオリアは冷静な顔でお茶をまた口に運んだ。


「だったら、もっとお友達ぽい感じでいいんじゃない?」

「お、おともだちっぽい?」

「ええ、公式の場所や、大人たちの前では丁寧な言葉で話さなきゃならないけど、こういう二人だけの時はもっと砕けた感じでしゃべりましょうよ」


 クレオリアは、ナタリーの後ろ、壁際に立っているメイドを見た。

 まだ年若いだろうそのメイドはクレオリアの発言にまったく反応を見せていない。貴族社会では、メイドは「いないもの」として人数に含まない。つまり今は「ふたりっきり」で間違いはないのだ。もちろん身分の違いはあっても、メイドが「人間ではない」といっているわけでなく、あくまで行儀習俗としての「いないものとして扱う」という意味だ。


 そのメイドだが、年の頃は十代前半。ナタリーにずっと付き添っているところを見ると、彼女付きの侍女なのだろうか? オヴリガン公爵家には使用人はいないのでよくわからないが、アーガンソン家くらいなら、サウスギルベナでも専用の侍女をつけられるのかもしれない。ちなみにオヴリガン公爵家にもゲコウという執事がいるが、あれは使用人と呼べる存在かは微妙なところだ。


 女中少女は赤髪の白人だ。ほっそりとはしているが、背は高い。

 クレオリアの視線に気がつくと、にっこりと微笑んだ。

「クレオリア様の言うとおり、ふたりっきりの時ならもっとお友達らしく喋ってみてもいいのではないでしょうか」


 声や顔立ちは少し冷たい感じもするが、立ち振舞などは随分砕けているようだ。こういうのも田舎の気質なのだろうか。今のことも場所や人によっては使用人の分際で口を挟むとは何事かと言われてもおかしくない。だが、クレオリアも自分で視線を向けたので気にはならないし、ナタリーも気にしていないようだ。


「ええ!? そんなのむりぃ」

 随分甘えた口調でナタリーが答えているところを見ると、やはり専任の侍女なのかもしれない。


「まあ、無理にそうしろとは言わないわ。むやみやたらと偉そうな態度を取られても、私ってぶん殴りたくなるほどだし。でも、ナタリーは見たところそんなカッコ悪いことはしないだろうし、少しくらいわがままを言ってもいいくらいかもね。私達は対等な関係であるべきだし、私自身そう思っているわ。今のところね。だから私はあなたに対して砕けた感じで喋るし、ナタリーにダメなところがあれば注意するし、あなたにもして欲しいわね。そしてそれが悪口にならないように、もっと親密になる必要があると思わない? 私は客観的に見て、自分が物怖じする人間でもないし、気にはしないけれど、ナタリーは少し大人しい性格のようだから、もう少し打ち解ける必要があるでしょうね」


 そこでナタリーの顔を見たが、あまりよくわかっていない様子で頷いている。少し話が長かったか。


「つまり、私はもっとナタリーに親しみの湧く話し方をして欲しいと思ってるってこと。そして急がせる気はないからナタリーがそうしたいと思った時にそうしてちょうだい」

 クレオリアは目の前に置かれている本を二冊とも閉じた。

「もう少し勉強しようと思ったけれど、初日だし今日のところは少し外に出てみない?」

「おそとに、ですか?」

「ええ、お外にといっても邸内だけど、案内してくれない?」


 向かうところは一つしか無いとも言える。それしか思い浮かばない、外の人間であるからだ。

「ウォルコット兄弟に会いたいと、ここに来た時に言ったでしょう」

 ナタリーがコクンと小さな頭を縦に振る。

「弟のエドゥアルドはいないらしいけれど、ヴェルンド君とやらはいるんでしょう? 紹介してくれない?」


「ウォルコット兄弟?」

 そう呟きを漏らしたのは、ナタリーではなく赤髪のメイド少女だった。クレオリアは意外な呟きを聞き逃さずにそちらに目を向ける。

「私の友人に、シクロップの姉弟がいてね。姉のほうへの土産話にもなりそうだったから」


 その言葉に嘘はない。特に外に行ってみると言っても他に思い浮かばなかっただけだ。

 エドも居ないことだし、会いに行ってもしょうがない気もしたが。

「噂を少し聞いただけだから、もしよければで構わないわ。他にナタリーのオススメの場所があればそちらの方がいいけれど。どこかある?」


「ええっと」

 突然話が振られて、ナタリーは考えこんでいる。その時間を待つように、再びクレオリアは赤毛のメイドに目を戻した。

「お仕事の邪魔になりそうなら、そう言ってね。貴族の気まぐれで迷惑をかけるのは本意ではないから」

 赤毛の少女がブンブンと手を振って否定する。

「あ、いえ! 迷惑だなんてそんな。お嬢様がいっしょなら問題はないでしょうけど。クレオリア様はうちの弟達のことを知っているのですか?」


「『うちの弟』ってことは、あなたはウォルコット兄弟の姉なの?」

「は……い。姫様の仰っているのが、エドゥアルドとヴェルンド・ウォルコットなら、そうですね」

「へぇ」

 クレオリアはつと、瞳を少しだけ大きくしてメイドを見つめた。年齢の割に鋭利すぎる瞳は、多少大きく見開いたところで柔和な雰囲気はない。ただそれ以上何も言わずに、どうして知っているかも説明せずに、ナタリーの方へと視線を移した。


「どこかおすすめの場所はある?」

 ある程度考えが固まったであろうことを読み取って、ナタリーに発言を促す。

「えっと、わたしの、お部屋とか?」

 その答えに、クレオリアはニッコリと微笑んだ。子供らしさはあまりないが、親しみは感じさせる笑顔だ。


「あら、嬉しい提案ね。私をあなたの私室に招待してくれるなんて」

 そう言ったがクレオリアは柔らかい口調を心がけて、別の提案を求めた。

「魅力的なお誘いではあるけれど、勉強の息抜きとしては、外の空気を吸うのがいいわ。仕事場の見学はなにか問題があるの?」


「えっと、なんていうか」

 言い淀んだナタリーの言葉に、クレオリアは頷いた。

「ああ、苦手なのね」

 そう言って、クレオリアはメイド少女の方を見ると、案の定頷いてくれた。


「なら、テラスみたいな場所でお日様にあたりながら、お話でもしましょうか。でも少し寒いかしらね?」

「あの……」


 ナタリーが答える前に、メイド少女が口を開いた。クレオリアは笑顔を消して、黙ってメイドを見つめる。

「わ、私はうちの兄弟に会って頂きたいのですが」

「私はナタリーの気がのらないことをする気はないのよ」

 理由は聞かずに、視線も外して、公爵令嬢はナタリーに目を戻す。


「そうね。せっかく誘ってくれたのだし、お部屋に行きましょうか。外は少しまだ寒いものね」

 クレオリアは促すように立ち上がった。

「あ、の、クレオリア様」

「なぁに」

 見上げてきた少女の決心を鈍らせないように、クレオリアはできるだけ柔らかく返事をした。


「クレオリア様が一緒に会ってくれるなら、一緒にいきたいです」

 後半は大分尻切れトンボになりかかった言葉に、クレオリアは眉を顰める。

「もしかして、あなたその兄弟になにか意地悪でもされているの? だったら」

「いえ!そんなこと」

「まさか!」

 同時に声を上げたナタリーと少女メイド。


「ふーん、そうなの? どのみちエドゥアルドの方は殴るつもりだったから構わないんだけれど」

「えっと、ウチの弟がなにか?」

 クレオリアは肩をすくめた。

「ヴェルンドと違って弟の方は変態だってきいたものだから。変態は叩いて治すのが領主の娘としての義務だもの」

「……」

 微妙な、何が言いたいのかわからない赤毛少女メイドの表情に興味は示さず、クレオリアはナタリーの側まで歩いた。


「さ、行きましょうナタリー」

 手を差し出すと、ナタリーはぎゅっと腕の方に掴まってきた。クレオリアは苦笑したものの、そのまま部屋の外へと向かう。


「ほんと、エドが居なくて残念だわ。ボコボコにしてやろうかと思っていたのに」







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