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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第二章 MOB男の人言奸計と片隅の原始星
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33 美幼女イリュージョンで話が入ってきません







「では、姫様行きますよ?」


 ギルベナ領主の治副司ちそえのつかさクレア・ホーキンスは後ろを振り返って声をかけた。

 そこにいるのは一人の幼女。腰まである黄金の髪と煌めく蒼い瞳が印象的な美少女だ。

 公爵家の令嬢、クレオリア・オヴリガンである。


「それでは、お父様、お母様行ってまいりますね」

 クレオリアは玄関に立っている両親、つまりはスコット公爵とニレーナ夫人に挨拶をした。スコットはそれをハラハラしたように見守っているし、ニレーナはニッコリと微笑んでいる。


「やっぱり付いていこうか?」

 スコットの言葉にクレオリアはウンザリしたように睨みつける。玄関から出るまで何度も繰り返された言葉だったからだ。

「あなたはお仕事してください」

 ニレーナがピシャリと言って、クレオリアに早く行くように視線を送る。


 クレオリアは母親に感謝の意を視線で示して、待っているクレアの側まで走っていった。

「待たせてごめん、クレア」

 クレアの方を見ると、これまた緊張しているのが分かったが、とにかく促して家から離れる。


「クレア、教会まで行くだけなんだから心配ないわよ」

 緊張を解すようにクレオリアが言う。


 二人は大地母神教団の教会に向かっている。

 教会で主催されている勉強会に出席するためだ。

 クレオリアは今回から初めて参加するし、クレアは治副司として一度教会の勉強会というものを見学しておきたいと思い、今回に限ってクレオリアの付き添いをすることになった。


 教会はサウスギルベナの中央部にある。官庁街のある南地区北寄りにあるオヴリガン公爵邸からは大人が歩いて十五分ほど。サウスギルベナでも二番目に治安の良いところだ。一番目はアーガンソン商会の邸宅がある山手だが、あそこが治安がいいのはこの辺りの理由とはちょっとちがう。繁華街で不用心に置いたバッグが何故か盗まれない場合があるのと同じだ。


 とはいえ、クレアとしては全体的には治安の悪い街で、十七歳の女である自分と、六歳で、しかもとんでもない美少女であるクレオリアだけで街なかを歩くことに不安を覚えていたのだ。

 次回からはニレーナ夫人が付き添うことになっている。その際にも馬車は呼ばずに歩いて行くらしいので、目立つ二人が非武装で歩くよりも、帯剣しているクレアの付き添いの方が安全ではある。しかし、土地勘がいまいちのクレアとしては心配は尽きない。


 クレオリアの方は微塵も身の安全を気にしている様子はない。

「サウスギルベナじゃ、貴族は最も安全な身分なのよ。盗賊ギルドも貴族は襲わないのが暗黙の約束なの」

 その言葉に、クレアは初めて(家を出てから初めて)、何気なくクレオリアを見た。


「は!?」

 クレアはその場に立ち止まった。いやそれどころか尻もちを着きそうになった。

 そこに、視線を少し下げたところに立っていたのは、見たこともないような人物だったからだ。


 別に幼女が大人になっていた、とかいう話ではない。

 よく見ても、どう見ても、出会った日から変わらない美少女の姿だったはずだ。

 しかし、今眼の前に立っているのは、見たこともないほどの『オーラ』を発している少女だった。その美しさは、人というより顕現した女神のように神々しく、最後の審判をもたらす天使のような畏れがあった。


「? どうしたの?」

 クレオリアがクレアの様子に訝しげに眉を寄せる。

「え!? は? ええ!?」

 その発した声に余計にクレアは心臓が鷲掴みにされるような衝撃を受けていた。


 パンっ。

 あまりにも呆然としているクレアに、クレオリアが気付けをするように目の前で手を叩いた。

 効果があったらしい。それでようやくクレアはなんとか冷静さを取り戻した。動悸までは収まらないが。


「く、クレオリア様?」

「はあい。ってなに?」

「い、いえ。クレオリア様ならそれでいいんですけど……」

 呆けたようなクレアに、公爵令嬢は苛々としているが、逆にその様子がいつものクレオリアを思い浮かばせてくれた。


 クレアは何度か首を振って、正気に戻す。

「いいえ、すいません。ええっとなんでしたっけ?」

「ほんとにもう、具合が悪いなら言ってちょうだいね」

「ええ、すいません。お話は……」

「なんで盗賊ギルドが貴族を襲わないのかってことよ」


「あ、ああ。そうそう。で、なんでですか?」

 この違和感をなかったコトにして話に耳を傾ける。相分からず目の前に移る姫君は異様に圧迫感があった。


 クレオリアは眉をひそめたまま、しかし話を続けた。

「サウスギルベナの貴族は数が行政組織を運営するギリギリの人数しかいないのはクレアが一番良くわかってるでしょ」


 それはもちろんクレアが身にしみて分かっている。常備兵においては十五名で、しかも彼らは貴族ではない。ギルベナにいる貴族は十名にも足りないほどしかいない。家の数で言えばもっと少ない。さらにはシクロップ家のように、貴族位はあるが鍛冶師を生業にしているように行政に関わっていない者も含んでいる。その人数でこのギルベナ地方を運営しているのだ。行政判断の面で言えばクレアが一手に担っている。スコットの仕事嫌いがどれほど罪深いか分かろうというものだ、と思わず愚痴をこぼす方に思考が向かいそうになった。


「つまり、貴族に手を出したらこの街の機能が死んじゃうわけ。サウスギルベナの盗賊ギルドは帝国でも大きい方の組織らしいけど、別に彼らだって独立をしたいわけじゃないしね。ここの盗賊ギルドは歴史も古くて、この街の裏社会をずっと仕切ってきたらしい。だから盗賊ギルドの意向に逆らって悪さをする人間もいないわ。そんなことをすれば即命で償うって話になるからね」

 ははぁ、とクレアは変な意味で感心した。貧乏すぎると泥棒も入らないということの見本みたいな街だ。


「でも、どうして勉強会に行く気になったんです?」

 クレアとしては当然の疑問だ。ニレーナ夫人などは同世代の子供達と交わる良い機会になると喜んでいるが、クレアは釈然としない。こういっては何だが六歳にしては大人びすぎているクレオリアが急に子供用の勉強会に参加したいと言い出したのは合点がいかない。友だちがいなくて寂しいという風には見えない。勉強に関しても、六歳にしてオヴリガン公爵家の蔵書を片っ端から読破した彼女に、教会で教える勉強が満足の行く水準にあるとも思えない。それが判断できない神童でもないだろう。


「うーん、そうね」

 クレオリアの方は、その質問になんと答えるか少し考えを巡らせていた。


 本当の理由は、当然のことながらエドとのコンタクトを図るためである。

 シクロップの姉弟にもエドを連れてくるように頼んではいるが、気ままなソニアに任せていたらいつになるかわからない。弟のサイロはきっと気に留めてくれているだろうが、姉を引っ張っていくほどの甲斐性はないだろう。

 じっと待っていてもいいが、打てる手は打って損はない筈だ。


 教会に参加しているアーガンソン商会の子供の中にエドが含まれていると限ったわけではないが、可能性はかなり高い。教会での勉強会はいままで二月ほどあったらしいから、クレオリアは今年度の途中からの参加になる。別に勉強をするつもりもないのでエドと接触できて、必要がなければすぐに辞めるつもりだ。先日勉強会にアーガンソン商会の子供達が参加している話を聞かなければずっと気にもとめなかっただろう。


 そういう訳なのだが、その理由をそのまま言うわけにもいかないし。なので、

「どうも、アーガンソン商会に天才児がいるらしいわ」

 以前ソニアに言った理由を使うことにした。

「天才児、ですか?」

「ええ、その子に会ってみたくてね。ウォルコット兄弟って言うんだけど知ってる?」

「さあ」

 さすがにクレアも子育て世代の親や子供達の間で噂になる程度の兄弟のことまでは耳に入ってこない。クレオリアのように貴族で、話題性のある子どもなら別なのだが。


「その子に会いたいのが理由ですか?」

「そうよ、可愛らしい理由でしょ?」

 自分で言ってりゃ世話ないのだが、クレアは彼女が他人に興味を持ったなら、それはクレオリアにとって良いことなのだろうとのんきに考えていた。

 というか、理由なんて目の前の突然変異したようにしか思えない存在の姫君に比べれば、どうでもいいことだった。





 大地母神教団の教会は白い壁に、群青の屋根を持つ建物だった。

 勉強会に使われているこの建物は、サウスギルベナ大地母神教団の中央地区分所という位置付けだ。

 教団関係者達が住み込みで働いている本所は少し離れたところにあり、こちらは催しに際して使われる、貸会場として使われていた。


 建物前には、中年のふくよかな女性が受付をするために机を出して、座っている。

 服装から見ると修道女ではなく、一般管理職員といったところだろう。

 子供の姿が見えないのを見ると、もう中に入っているのかもしれない。


「教室の受付はここですか?」

「ええ」

 職員を勤めている中年女性がニッコリとクレアの質問に答えてくれる。 聞けばもう大半の子どもたちは中に入っているらしい。遅かったのかと尋ねたところ、そんなことはなく、生徒のかなりの割合を占めるアーガンソン商会の子どもたちが集団行動で来ているからという理由だった。


「ええっと、こちらは」

 少し戸惑ったような声で、クレアの隣にいる存在に目を向けた。

 クレアもその気持は良く分かっているが、どうしてやることもできない。


「……お、オヴリガン公爵家のクレオリア様ですね。き、今日からの参加と聞いていますよ」

 助け舟を出す前に紹介しようとしたら先に言われてしまった。初回からではなく途中参加だから、誰であったかわかったのだろう。


「私は領主の補佐官をしています、クレア・ホーキンスです。今回は視察も兼ねて私が付き添いましたが次回からは夫人が付き添うことになります」

「ええ、ニレーナ様なら上の二人のご子息も通っていたからよく知っています。それでは補佐官様はどういたしますか? 司祭様は授業をしていますから、宜しければ私が施設を案内しますが?」

 

 言われてクレアは教会を眺めた。

 小さな建物なので、それほど見るべきものはないだろう。


「いえ、授業の風景を見学させていただければそれで結構です」

 職員の女性は頷くと、今度はクレオリアのほうに恐る恐る手で指し示して、机の前に座るように薦めた。


「で、では、クレオリア様? 今からいくつか問題を解いていただきます。その結果でどんな内容を教えるか決めますからね」

 クレオリアは大人しく机に座って、目の前にある紙を眺める。

「授業の内容が変わるって、そんなに教室が分かれているの?」


 クレオリアの言葉に、クレアはもう一度教会を眺めた。クレオリアの疑問の通り、それほど教室があるようには思えない。その言葉を職員も肯定する。

「いいえ、教室はみんな同じ所で学びます。勉強会は問題を解きながら、分からない所があればそれを先生に訊くという形式です」

 小さな女の子にまるで皇帝に謁見しているように畏まって話している。


 クレアはその様子に逆に落ち着いて、先生という言葉にひっかかって尋ねる。

「先生役はどなたなんですか?」

「司祭様です」

「司祭様というと……」

 クレアは資料にあった大地母神教団ギルベナ教区の司祭の名を思い出した。

「び、えっと、ビアーセ司祭でしたか」

「ええ、五年前にいらっしゃいました。当時は助祭でしたが、二年前に正式に司祭におなりなられました」

「そう言えば、まだ教団には伺っていなかったですね」

「ああ、でしたらちょうどいい機会ですから今日お話なさってはどうですか? お歳も近いですし、同じ女性だから話も弾むと思います」


「ええっと、失礼ですが司祭様はお幾つなんですか?」

 資料には名前だけだったので年までは知らなかった。ギルベナのような治安の悪い教区に派遣されるのだからきっと年かさの司祭が派遣されたのだろうと思っていた。ビアーセという名前から女性であることは知っていたが。


「司祭様は、たしか十九でしたか。まだ二十歳にはなっておられませんでしたよ」

 ということは、クレアより二歳年上になる。しかし派遣されたのが五年前ということになると十四歳ということだ。まだクレアが帝都の学院で学生をしていた年齢である。


「随分若いうちから……こういってはなんですが、ギルベナのような……」

 一応領主の補佐官としては口にするのがはばかれるが、女性職員はクレアの言いたいことを汲み取ってくれた。

「ええ、当時は騎士団から数名の神殿騎士様が派遣されていましたから、身の安全はそれほど問題にはなりませんでした。三年前からは教会の規模も縮小されて、騎士様達も引き上げてしまったので大変でしたが」


「三年前……」

 三年前ということは、例の魔病騒ぎがきっかけになったのだろう。司祭、その当時は助祭以外の幹部職員が引き上げたのに、彼女はこの地に残ったことになる。それが善行為から来たものか、政治的な力学によるものかは今の話からはわからない。この職員に聞いてもさすがにそんなことを教えてはくれないだろう。


「ねえ」

 少し考えていたら、クレオリアが声を上げた。

「とっくに終わってるんだけど、いつまで待てばいいわけ?」

 ヒラヒラと試験用紙をかざす。


「ひぃ!、ゴメンナサイ!!」

 クレオリアから受け取った紙を素早く女性職員が大慌てで答え合わせしていく。

「さすがオヴリガン家のお子です! 全問正解です!!」

 壮年の女性に大げさに褒められたクレオリアだが、短く返事をしただけで、特に嬉しそうな顔も見せない。幼児用の試験問題など彼女にすれば試験にすらなっていないのだろう。

 クレアとしては女性の気持ちはよくわかったのだが。


「じゃあ、中に入っても?」

 さっさと椅子から降りて、すたすたと扉の方へ歩いて行く。

 クレアは慌てて小さな背中を追いかけた。







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