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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第二章 MOB男の人言奸計と片隅の原始星
72/132

28 エド灰魔術を放つ3








「どうです?」

 術を終了したエドが聞いてくる。


「そっちは大したもんだ」

 ナイジェルが素直に褒めたが、エドはまた不満気な顔をした。

「そっちですか。いいですよ、自分の魔力量は痛いくらい分かってますから」

「まあ、ガキのうちからあんまり人外でもそれはそれで面倒になるからいいじゃねえか」

「はあ」


「あとは、知識面だな。貧民街で出会った時のことを考えりゃいいんだろ?」

「知ってるのは鬼門道と天文道の基礎は押さえてますけど、さっきの鬼門道に比べたら、天文道は知識だけしかありませんよ。それに復習の意味も兼ねて、知識面は基礎の基礎から教えてください」


「まぁ、それはしょうがないな」

 ナイジェルはエドに対してここに来るまでに話したが、現代積道つまり宗家の育成方針はある程度、つまり『霊行』の階位を修めるまでは、天文道の実践的な修行は行われない。これは『霊行』の証、鬼門道が天文道の呪術的基礎技術となっているからだ。


「僕自身、あんまり星とか興味ないんですよね」

 エドにとって天文道が扱う、統計学や易学は身近な生活とは縁遠い存在に思われてそれほど興味がわかなかったのだ。


「あー、俺は逆だな。ガキの頃から星をみてたせいか天文道の方が学ぶのは楽だったわ。あと、お前あれだな、完全な近距離型魔術師だな」

 ナイジェルは一番最初にエドが見せた『気撃フォース』を思い出していた。


「近距離型? それは魔力量が少ないから射程距離の長い魔術は苦手ってことですか?」

 エドは興味深そうに尋ねてきた。というのも、そんなことを言われたのは初めてだったからだ。セドリックとはずっと修行して貰っているが、自分の魔術の射程距離を指摘されたことはなかった。


「いや、それだけじゃない。俺も魔力量は高くないが、完全な遠距離型だしな。魔力量もそりゃ大事だが、それよりは遠隔操作ができる感性があるか、そのための『目』があるかどうか、そういった事のほうが大事だな」


「遠隔用の『目』ですか?」

「ああ、お前も俺も、魔粒子エーテルを把握できる『目』は持ってるが、お前のは遠方の物を見るのには向いてない」


「わかるんですか?」

 エドの魔力耐性値は他のパッとしない能力に比べて飛び抜けて高い。そのためエドに『魔力感知ディテクトマジック』はまず効かない。ナイジェルがよほど強力な魔術を使わない限りエドの魔力について調べることはできないはずだ。

 当然そんな強力な魔術が向けられればエドも気がつくが、そういったことはなかった筈だ。今、ナイジェルが使っている『魔力感知ディテクトマジック』程度ではエドの魔力耐性値を破ってくるほどの威力はない。


「お前、魔術師ギルドに入る前に中に人がいることに気がついたが、それはあの魔女の魔力を把握したからじゃないだろ?」

「魔女ってギニーお姉さんですか? そりゃそうですよ。弱くても魔術障壁の施された外壁を通して中の魔力を感じるなんて僕にはまだ無理です。入口が妙にすっきり掃除されてた気がしたもんですから。

んー? つまり障害物や距離のある魔力を感じれなかったからですか? でもそれは遠距離型って言ってるナイジェルさんも同じですよね?」


 ナイジェルは首を横に振った。

「お前くらいの高性能な『目』で見れないってことは、近距離型だと思うぜ?」

「高性能ってどの部分がですか? 遠くのものは感知できないんでしょ?」

「遠くが見えるかどうかは適正、個性だからしょうがねぇよ。逆に俺はお前みたいにそこら辺の魔粒子エーテルを拾って魔術を作るなんてできないからな」


「え!? そうなんですか。真宮ですよね?」

「真宮でもムリなものはムリ。新しい魔術を作れるのは完全に才能だよ」

 ナイジェルが言っているのは灰魔術師に限ったことではない。

 これは使用者である魔術師と開発者である魔導師の違いだ。


 いくらタイピングが速くても、プログラミングが出来るわけでもない。

 F1レーサーが、車を作れるわけではない。そういうことか?

 前世の知識を引っ張りだして、エドは納得した。


 ナイジェルはエドと比べて魔力の量も、魔術の有効射程距離も長い。それは修業年数の差もあるが、特性の差もある。

 そのかわりにナイジェルはエドのようにその場で即席に魔粒子エーテルを『すくう』ことはできない。決められた材料を用意して、決められた手順を踏んでようやく道具に魔粒子エーテルを篭めることができる。これは魔粒子エーテルを見るということまでは同じでも、エドはそれがどういう意味付けをされた魔力残滓であるかを読み取ることができるからだ。


 つまりナイジェルはほとんど料理のレシピ通りに作るしかできない。修行時代に教わったことを基礎としてやっているだけなのである。逆にエドはそのレシピの意味まで理解しているから、即席でアレンジすることもできるし、新しい料理を創作することもできる。


「なーるー。でも冒険者とかだったらやっぱり遠隔操作型魔術師のほうがいいですよね?」

「なんだ? 冒険者に憧れてるのか」

 やっぱり子供かと思っていたら、エドが否定する。

「いやいや、遠距離、近距離の違いってそういう時くらいしかでなさそうだなって」

「ああ、まあ、真っ当に生きてりゃどっちでもいいっちゃいいわな。でもお前の場合は近距離型で魔粒子エーテルを詳細に見ることができてよかったと思うぜ」


「うーん」

 そう言えばそうかもしれない。

 実は灰魔術は魔粒子エーテルを使うだけではない。魔術というからには万能エネルギーである魔力も利用する。


 魔粒子エーテル主体型なら、手間はかかる上に、使い道が限定されるが自身の魔力はほとんど消費しない。種火として使うくらいですむ。


 逆に魔力を主体にすれば、必要なのは魔力とその手順だけ。才能があれば手ぶらで良い。それだけでどんな現象も論理的には起こすことができる。そのかわり自身の体を竃として使うために燃料である魔力は大量に消費する。

 エドは魔力量が少ないので、確かに魔粒子エーテル主体型であるのは合っている。


 エドの灰魔術師の『目』は、遠くの魔力を見ることには向いていないが、近くの魔力を分析するのには長けているそういうことだ。天体望遠鏡と電子顕微鏡の違いと言える。



「では、いままでのことを整理すると」

 言いながら、椅子に戻る。六歳児には大きすぎる椅子によじ登るように座ろうとしていた。

 見かねたナイジェルが抱え上げて、座らせる。

「ありがとうございます。えーと」


 エドはナイジェルに向かって指を一本ずつ立てて見せながら、自分の灰魔術師としての評価を整理し始めた。

「まず、魔術師としての魔法能力は魔力が少なく、遠くの魔法物質を感知できない。できるのは視認できる範囲。そのかわりに近くの魔法物質は深く詳細に見ることができる」


 エドがもう一本指を立てる。

「発現技術、印と咒詞ミーンの発音は問題なし」

 そこでナイジェルが手を上げてエドの言葉を止める。

「いいか?」

「はいどうぞ」

 空いた手で発言を許可する。


「わかってると思うが、お前の印も咒詞ミーンの発音も問題はないが、さっきの術はまだ改良の余地はあるぞ」

 その言葉にエドは素直に頷いた。


 エドがナイジェルに見せた『子鬼パペット』は、エドが初めて覚え使った役鬼の術、つまり灰魔術の魔法人工生命体だ。

 ナイジェルの言っている改良の余地というのは、発動までの時間のことだろう。エドは『子鬼パペット』を発動するのに、式紙、印、それに咒詞ミーンの三つを使った。だが、あの程度の術を行使するなら式紙と印、それか咒詞ミーンのどれか二つだけ。しかも印も咒詞ミーンもまだまだ無駄が多い。おそらく完成させるなら五分の一ほどに手順を簡略化しなければならないとエドも思っていた。


「あと知識面ですが、僕の知識の大半は原始積道、それに黒魔術の錬金術。ナイジェルさんにやって欲しいのは現代積道の知識を一から教えることと、魔術研究を一緒にやって欲しいんです」

 ナイジェルが露骨に顔を顰める。

「寝てりゃいいって話じゃなかったか?」

「基礎を教えてくれる以外は別に寝ててもいいですよ。ただ研究結果に関してはナイジェルさん名義の成果にすることもあるので説明できるくらいは研究内容について知って貰う必要があります」

「それって理由は……」

「目立ちたくないからです」


「なぁ、あんまり深く立ち入りたくは無いんだけどよ。本当の理由ってやつはなんなわけ?」

 ナイジェルも実際に出会っている。だから物騒なアーガンソン商会の連中に利用されないために、自分の本当の才能を隠したいというエドの考えは分かる。

 六歳児にしては賢しい考えすぎる気もするが、ナイジェルはエドが六歳児であることをもうそれほどは疑ってはいなかった。悪魔(的な存在)が子供に化けているということもない気がする。

 というのも、エドは自分の才能を隠そうとしているわりに、その片鱗を見せているし、それを指摘されると表情に出す。要するに猫かぶりが上手くできていないのだ。


 ただの、というのもおかしな表現だが、ただの天才児かもしれない。

 ナイジェルは現時点でエドをそう評価していた。


「なんか目的があるんじゃねえのか? 俺が手伝うとは言わねえけどよ」


 エドの灰魔術としての才能は類まれなるものがあるだろう。魔力量は少ないがそれは必ずしも灰魔術師として大成しないことを意味しない。それよりも魔粒子エーテルの色を見ることのできる『目』、知識を吸収することのできる頭脳、魔粒子エーテルに汚染されないだけの異常な魔力耐性値。これらの価値のほうがなまじ魔力量があることよりも得難い才能である。


 だが、ナイジェル自身も灰魔術師として厳しい修行をしていた。それに目の前の少年よりも人生経験はある。目の前の少年が得た実力が才能だけで得られたもののはずがないことはすぐに分かった。


 そしてそれを得るためには、ただ単に遊びの延長上で修行したからといって積み上がっていくものではないだろう。

 印を結ぶことひとつとっても、あれくらい淀みなく、素早く行うのはそれは面倒くさく、辛いものだ。


「そこは言ってくれれば手伝うとかじゃないんですか?」

 呆れた風を装いながら、エドの方は返答に困っていた。

「聞きもしないで、いい加減なことは言えねえよ」


 まいったな。

 エドは脳内で考えを巡らす。

 

 やはりナイジェルに対して、自分の魔術師としての実力を隠す理由が、『目立ちたくないから』の一点張りでは無理な気がしてきた。

 ナイジェルが特別、感が鋭いからというわけではない。ナイジェルの立場は、エドの秘密を偽装するための協力者というものだ。その人間に対しての信用を得るためには今の理由では薄いのだ。


 とはいえ、もちろん自分が異世界人の転生者であることを話すつもりはない。

 エドにとっては日本人であることは理由もあって、もうかなりどうでもいいことだった。


 日本に帰るため。

 それはもうエドの目的ではなくなっていた。というより可能性としてはかなり低くなってきた。

 クレオリアを日本に帰す。それは目的だが、当然話すことはできない。


 エド自身が成し遂げたい目的は別にあった。

 それを話せば理解を得られる気がする。もちろん協力してくれるなどと甘い希望を抱く気はないが、現代積道の基礎を教えてもらうのはもっとスムーズになるだろう。


 問題はこのナイジェル・グラフという灰魔術師がその目的を打ち明けるだけの信用のできる人物なのかということ。それだけの価値があるのかということ。


 そしてもうひとつ、相反するようだが、エドはこの汚い金髪のだらしない灰魔術師を好きになっていた。歳は離れていても気が合うのである。


 だが理由を話せば、巻き込むことになるかもしれない。その時は駒として扱うことになる。

 駒として扱えばいざという時、この男を使い捨てることになるかもしれない。


 それをする覚悟はあるか?


 この世界に生まれて六年。

 前世ではまったく必要のなかったことだけに、二十四歳という精神は何の役にも立たなかった。


「はぁ」

 ため息をついて、丸坊主の白い頭をガシガシと掻いた。

 それからエドは顔を上げて、ナイジェルの目を見つめる。


 そして、話すことに決めた。

 それは、覚悟ができたからではない。それは、後悔の告白だった。

 エドは、口を開いた。



「あれは、一年前のことです」







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