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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第二章 MOB男の人言奸計と片隅の原始星
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16 休題閑話






 時は少しだけ巻き戻り、少しの間だけその話をしよう。

 場所は帝都。そこにある大きな門だ。


 山帝門ベルグリシは帝都を囲む城壁の西側にある大門である。

 建設は三つの大門の内で一番新しい。新しいと言っても二百年以上は経過しているのだが。


 帝都はこの国の最初の都市で、宮殿ヴァルハラは建国以来千年間、皇帝の居城である。

 もちろん千年の間に建て替えや増築などで様相は全く変わり、三百年前の権天事件での戦乱大火などもあり、千年前の帝都がどんな姿をしていたのかは想像できない。


 帝都は帝国領内の北方アスガルドの最北に位置していた。帝都の背後には人が立ち入れぬ未踏の地、零峰フロストヘブンがそびえ立っている。それ以外の三方には平野か森林部が広がるのみ。各地への移動や物流には便利だが、防衛拠点としては攻めやすいという弱点がある。


 そのため巨大な都市を囲む強大な城壁が建設された。

 ただし広大で、歴史も長い帝都と呼ばれているすべての部分を囲っているわけではない。

 現在の帝都城壁の内側にあるのは、政府施設や有力貴族の居住区それと富裕層の市民の邸宅が中心だ。後は高級な商業施設や学園などである。

 宮殿ヴァルハラはもちろん内街にあるのだか、こちらはさらに小山の上に建てられている為にまた別の地区という意識が帝都民にはある。


 帝都背後の山脈から流れ落ちる水の流れが城壁を囲むように流れ、これが南方メリディナルの方向と東方アフグスタンへと続いている。この大河が近年まで重要な物流航路となっていた。


 その大河の源流と城壁の外側にもまた、市場や市民の家が密集して建てられている。この郭外地区を囲むように再び城壁があるが、こちらはそれほど軍事的な防衛効果のあるものではなく、獣や魔物が入ってこれない程度のものだ。


 西の城壁の大門、山帝門ベルグリシは二百年ほど前、西方に出現した王国ニーグランドに対応するために作られた。国交のない、敵対国家への出兵に使われるために、他の大門などと比べると随分と実利的で無骨な作りとなっている。


「つまり、この山帝門ベルグリシこそ、国家の最後の砦である!」

 大声が件の大門に響き渡る。

 叫んでいるのは大男。巨人族の男だ。チェーンメイルの上から紋章付きのサーコートを羽織っている。紋章の意味成すところは大男が山帝門ベルグリシの守備隊長であることがわかった。


「巨人族なんぞに講釈を垂れられんでも百も承知だ!」

 怒鳴り返している男も騎士姿だった。羽根帽子コカールにたっぷりと袖の膨らんだスラッシュを着ており、その上から胴当てをつけている。胴当てにある紋章は黒獅子。実用性よりも見た目に派手な装備と、後ろに控えている行列からかなりの身分であることが分かった。


「我らは西太王ガルバン様の荷であるぞ!」

「そんなもんは見りゃわかるわい!」

 黒獅子紋章の騎士の方は血管が破裂しそうなほど顔を真赤にして怒鳴っているが、巨人族の騎士は表情を変えずに怒鳴り返している。彼の部下達はこれが地声であることを知っていた。


 ぶっとい指で騎士の紋章を指さす。

「鉄の肌を持つ獅子が王冠を踏みつける紋章。これはまさに西方エスパレラ太守ガルバン王の紋章。そして下部の文字を見りゃ、中布隊だとわかる。さらにその雄鶏みたいな兜と意味の分からん服装を見ればお主が中布隊の隊長だとわかるわ!」

「だったらなぜ我らを中に入れんのだ!!」


 巨人族の騎士はその言葉に背をそって腕を組んだ。

「帝国の重鎮である王の配下であるなら、なおのこと定められた法を守らねばならぬのは当然のこと!!」

 一歩も譲る気はないという態度を見せた巨人に、騎士隊長は眉を上げる。

「貴様、我らがどこのだれかが分かっていながら荷を検めるというのか」

「お主の職務権限の中には、荷検を受けずにすむ権利も、拒否する権利もない!」

「馬鹿か貴様! 上位貴族の中布隊は検査なしで通すのが慣例だろうが!」


 巨人騎士は毛むくじゃらの顔にギョロリとついた目を見開いた。

「陛下より山帝門ベルグリシの守護を仰せつかって十年。このベイトマン、職務に背いたことは一度としてない! お主らの荷は書類に記載してある調度品、嗜好食品にしてはやけに車輪が沈んでおる。書類改竄または禁制品の持ち込みの疑いがある」

 巨人騎士、ベイトマンは一歩踏み出した。


 それを見た騎士隊長がとっさに腰の剣に手をかけた。

「……自分のやっていることが分かっているのか」

 先ほどまでの怒鳴っていた声色から打って変わって低く抑えたものに変わった。そのまま長剣を引き抜く。


 ベイトマンは突きつけられた長剣に少しだけ視線をやったまま、 また一歩踏み出す。ただし騎士の方には向かわずに、荷馬車の方に向かってだ。 

「止まれ! 勝手なことは許さんぞ!」

 騎士隊長は持っている長剣を振り上げた。だが、すぐにあまりにも軽いことに気がついて手の中を見る。あったはずの剣はすっぽりと消えていた。


「検査が終るまで黙って見とれ」

 ベイトマンは人差し指と親指の間に挟んだ長剣を見せる。騎士隊長はポカンと自分の空になった掌と、知らぬ間に移動した長剣とを何度も見比べた。ベイトマンは視線を馬車に向けたまま、その長剣を後ろに控えている部下達の方へ放り投げる。そして荷馬車の後ろに行くと、無造作に扉に手をかけた。荷台は鉄製の扉がつけられて、当然鍵もかかっていた。


「後悔するぞ」

 騎士隊長が憎悪の篭った目でベイトマンを睨みつけている。

 だが、ベイトマンはまるで聞こえていないかのように反応を見せなかった。代わりにメリメリと音が響き渡る。鉄の扉はまるで紙の御札のように剥がれた。






「で、何がでてきたんだい?」


 クッションの聞いた肘掛け椅子に少し斜めになりながら腰掛けているこの部屋の主。

 部屋はビロード色系統に揃えられている。その中で銀の長髪に白い肌の青年は一際目を引いた。


 フリップは冷たいとも言える鋭利な瞳を目の前の男に向けている。顔には笑顔を浮かべながら瞳の奥は笑っていないと言われているが、それは正しい。この国の最大権力者の一人であり、皇帝の最も信頼する宰相。それがフィリップだ。


「ご推察の通りですよ」

 目の前の男、側近の一人であるラウールが簡潔に答える。その言葉にフィップは嘲笑ともいうべき嗤いを浮かべた。

山帝門ベルグリシの守壁士長、悪鬼ベイトマンだったかな? しかしまぁ、なんだってそんなところから通ろうとしたのかね」


「輸送隊の隊長が新任で事情に明るくなかったせいです。いつものように南から回らずに西に直行したのも ガルバン王の名前を出せば押し通せると思っていたのでしょう」

 フィップは呆れたようにほっそりとした指を天に向けてクルリと回した。

「豚王の部下はやはりオツムも豚並か」


 ガルバンはこの帝国でたった二人しか存在しない王の位にある。行政区画として最大範囲である地方ランド以上の支配地域と権限を与えられた貴族だ。この特別位が与えられている理由は明確である。敵性勢力への対応のためだ。


 対王国ニーグランドと対異民族への関となるべき二人の王には、兵権の面でもかなり大きな自由が与えられている。それゆえに皇帝とフィリップ達帝室派の貴族にとっては警戒すべき存在でもある。三百年前の権天事件を端にする内乱、それによる王国ニーグランドの建国が最もわかりやすい例だ。


「カール大将軍と違い、ガルバン王は野心家ですからね。あちらの間者もまるで虫が湧くように帝都と宮廷に入り込んでいるようです」

「やれやれ、阿呆なだけに悪手であろうが平気でやれるのが強みだね」


「いかがいたしますか?」

 部下の問いにフィップはニッコリと笑った。だがやはりその瞳は鋭いままである。

「なに、餌は元気な方がいい。放っておけ」

「いえ、それはわかりますが、壁士長のほうです。王の方からは彼を処分するように言ってきておりますが」


「ふむ、はねつけても物騒な手段にでるだろうしね。彼の家は……」

「一代貴族の男爵です。東方戦線でマクゲンティ将軍に召し抱えられ、十年前に東方軍から引き抜きました」


「ああ、大掃除の時に入れ替えた人員か。優秀なわけだ。とすれば死なすのも惜しいね」

 フィリップは少しだけ考えている素振りを見せる。

「しかたない。解任して、帝都周辺から所払いにしようか」

「それでは、帝国政府に恨みを持つ者を増やし、野に放つことになりませんか」

 フリィップは鼻で笑う。

「もちろん、ガルバン王の名前を使わせてもらうさ。伝える時はせいぜい我々が悪党ガルバン王に抗したが、力及ばなかったと涙ながらに伝えてくれたまえ。腐っていても、いい肥やしにはなるものさ」


 ラウールは軽く頭を下げただけで、表情が変わることはなかった。

「了解しました。……では些事ではありますが、オヴリガン公爵家の令嬢とアーガンソン商会の少年に推薦状を発行する件ですが、期日も迫っております」

 その言葉に先ほどまで気だるげに腰掛けていた椅子から、フィリップが飛び起きる。

「そうだ。それだよ! 実は先日いいことを思いついてね」

 その様子に先ほどまで無表情だったラウールの眉間に皺がよる。


「たしか、ジルと五大家の幼馴染が令嬢と同い年だったはずだね」

「五大家のご友人は存じ上げませんが、ジュール様は確かにクレオリア姫と同じ六歳です」

 フィリップが本当に嬉しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「やはり、許嫁となると歳が近いほうがなにかといいだろう? それに宰相たる私が推薦状を出すとなるとそれなりの理由も必要だ。可愛い弟の許嫁ならこれほどの理由はない。だろ?」


 ラウールはハッキリとため息をついた。

「弟君の結婚相手を探す前に、ご自分のお相手を探せばどうです?」

「ハッハッハ、それはお互い様というやつさ。……いや待てよ、私の相手にというのも面白いかもしれないな」


 フィリップはパチリと指を鳴らした。

「一度会ってみようか。噂の美姫にね」







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