11 糞溜惨華
執筆BGMはAvrilの『Wish you were here』『Rock'n roll』『Knocking on heaven's door』をエンドレス。
アレルは空を見上げる。
小さな白い塊が降ってきた。何百何千何万、次から次へ。
小さなまだ五歳になったばかりの彼も、四歳になったばかりの妹も、それを見上げて綺麗だなと言うくらいの感受性は残されていた。
この街の、この場所では、雪なんて降ってもいいことなんて一つもない。
大人になると、雪は命を奪っていくだけの存在だ。
まだ五歳のアレルとその妹のレアナにはまだ物珍しく空を見上げる甘さが残っていた。彼ら兄妹がこの貧民街という場所で生まれた、わりかし珍しい存在だったが、それでも数度目の雪景色は、曇天の冬の中で心を少し踊らせた。
確か去年は、彼ら兄妹は忘れてしまっているが、酷く寒さで辛い思いをしたのに、降りだしたこの瞬間はそれを思い出せなかった。
自身の危機的状況も忘れていた。
雪が忘れさせてくれたと言ってもいいかもしれない。
覚えていても、忘れていても、五歳と四歳にはどうすることもできない状況だった。
アレルとレアナはサウスギルベナという帝国最南端の辺境の街、その街の中にある貧民街という最貧困地区に生まれた。そして五歳と四歳になった。それはそれなりに貴重な存在だった。
生まれる命は夏の虫のようだが、消える命も虫けらのような世界だったから。
彼らは両親を、その顔も覚えていない内に失った。何のために生まれたのか、愛されていたのか、快楽の結果なのか、実験の結果なのか、彼ら自身も知らないし、誰も知らない。多分恐らく、それほど大した理由もなく生まれたのだろう。それは糞をひり出すのと大差なく。そして今の彼らも彼らの見た全ての世界での価値でもそれはそれほど大差はない。
彼らは寄生虫として生きていた。
誰か大人に頼ったり、誰か年長の子供たちに頼ったり。それは頼るというより、搾取されるだけのように見えたが、とりあえず物心つくまでは気がつくまでは誰かに頼っていたのだろう。
まさにこの街では奇跡のような存在だった。
奇跡のような存在だが、彼らは、少なくとも彼はそれを感謝などしていなかった。
憎んでもいなかった。ずっとこうだったのだ。きっとこの先もこうなのだ。
寄食と呼ばれる共同生活体を追い出された。それ自体は珍しいことでもない。今までたった五歳という人生の中でも何十回も繰り返されたことだったからだ。特に冬の終わりにはよく起こることだった。
幼い二人が食べていくには、ゴミ漁りでもすればなんとかなるとアレルは今までの短い経験でわかっていた。それは間違っているのだが。それは今日明日の命を食いつなぐことはできるが、一月後一年後の命を永らえさせてはくれない。
今まで幼い兄弟が生きてこれたのはまったくもって完全に偶然という奇跡だった。
それでも今までそうだったから、食いつなぐことはできると彼は直感していた。
問題なのは寝るための場所だ。
貧民街は盗賊ギルドの構成員と、それ以外の者と、それ以外の者以外の者とに別れ、明文化されていないのに、明確に縄張りがあった。
新参者が居心地は良くなくとも、寒さを凌げる場所を確保出来る余地は、三百年という歴史のあるこの貧民街には残っていない。
どこの集団にも属していないアレルとレアナはそれ以外の者以外の者であって、この街では一番死亡率の高い状態だった。
一刻も早くやらなければいけないのは大人たちの共同生活体である寄食か、子供たちだけの生活共同体である組を探すか、盗賊ギルドに入れてもらうしか無い。
けれど、この中で、盗賊ギルドだけはアレルは今まで拒否して避けて逃げてきた。
彼らが欲しいのは今も自分の手をギュッと握って離さない妹だからだ。
彼らの仲間に入れば、なぜかはアレルには分からないけれど、妹と引き離されると分かっていた。
雪を眺めていた。ずっとやることがないから。
だが、体が心から冷えてきて、妹の手を引っ張って、どこかの集団のネグラに入れてもらえないか歩きまわることにした。
冬の終わりということもあって、なかなか入れてくれる寄食も組も見つからない。雪を凌げる場所で幼い兄妹が眠ることさえも、この地区の住民は許してくれなかった。
けれどアレルは恨みもしなかった。そんなことより今日こそは妹を屋根のある場所で眠らせてやりたかったからだ。
足が動かなくなるまで貧民街を歩きまわる。動かなくなったらどうなるかは考えていなかった。
それは遠い話ではないだろう。アレルの足はゴミ捨て場で踏んだ端材やらなにやらで傷つきドス黒く変色していた。最初はズキリと傷んでいた足裏も、今では痛みも消えていた。変色している様子を見れば、どこをどうみても良くはなっていないが、今はどうでもいい。
「……お兄ちゃん」
妹の引っ張る力でアレルは立ち止まった。振り向くとレアナがその場にしゃがみ込んでいた。
「ほら、もうちょっとだから」
と優しく呼びかけるが、妹は動かない。アレルには分かっていた。動かないのではない、動けないのだ。もうすっかりアレルも疲れていたから、一歳年下のレアナが動けなくなってもそれは当然のことだった。
「どうした坊主たち」
珍しく、それは本当にこの場所では珍しく、道路にしゃがみ込んでいた二人の幼子に声を掛けてくれた大人の声がした。
大体の場合はそれは良からぬことを考えている人間だが。
アレルはその男を見上げて、青ざめた。
粗末だが、貧民街の中ではそれなりに身なりの良い格好をしている。市街地の中にいても貧民街の住民だとはわからないほどだ。つまり、それはこの男が盗賊ギルドの構成員だということだ。
「な、なんでもないよ!」
アレルは男を追っ払おうと手を振り回した。男の方は、過剰とも言える少年の姿を面白そうにニヤけながら見ている。
「どうした? 行くところがないのか?」
男が尋ねる。アレルは違うと語気を強めて怒鳴るように返事をする。だが、それが嘘だというのは男の方にも分かっていた。二人の兄妹の状況は、この街ではとてもよくある光景だったからだ。
男はふと気づいたように、首をおもいっきり横に曲げて覗きこむようにしてアレルの黒く変色している足裏を見た。
「……」
男は暫く何かを考えているようだったが、そのまま無言で近くの荒屋の中に消えていった。
なんだろうと、アレルが不思議に思っていると、男が小屋から出てきた。
小さな人を伴って。
年齢や性別がわからないのは、その小さな人が、全身をダブついた白い服を着て、布で顔を覆っていたからだ。手にも手袋状にした布で覆っている。
ただし、元は白かったはずのその衣服は今は真っ赤に、斑模様というのか、赤と白のコントラストの衣装に変わっていた。
明らかにそれは血だった。
異様な風体のその小さな人はアレルとレアナを見ると、不思議そうに隣の男を見上げた。
「なんです? コレ」
ポタポタと指の先から血を滴らせながら『少年』が言った。その声は確かに少年だった。
「行き倒れみたいだ」
男が答えると、少年は「で?」と再び男に尋ね返した。
「助けてやれば?」と男が言うが、少年は再び「なんで?」と返す。
「妹の方は娼館に売れるし、兄貴の方も炭鉱へ売れねぇかな?」
男が少年に訪ねている。少年の身長や声はどうみてもアレルとそれほど変わりがない。そんな少年にそんなことを尋ねてどうするのかと他に大人がこの場にいれば思っただろう。
しかし、少年は答えた。
「無理でしょう。どちらもまだ幼すぎますよ。娼館の方は少なくとも七歳くらいからじゃないっすか。後、炭鉱業者もこんな死にかけ雇わんでしょうよ」
少年はそう答えてアレル達を覗きこむ。
無価値だと答えながらも赤い瞳がクルクルと二人の幼子を値踏みするように観察している。
アレルは妹を庇うように、少年を睨んで威嚇する。妹のレアナの方は不思議そうに白と赤の少年を見つめていた。意識が朦朧としているのかもしれない。
「助けて欲しいかい?」
少年が兄の方に向かって言った。アレルは少年の言葉の意味がわからずジッと見つめたままにしていた。
「助けて欲しいかい?」
もう一度、少年が言った。
「……助けて欲しい」
その言葉の意味を理解して、その言葉の裏を考えること無く口にしていた。
その言葉に、布で顔を覆った少年が嗤った気がした。
「どっちを?」
少年が当然の様に尋ねる。
横にいた男が「おいおい」と言うが、あまり咎める感じでもなかった。
「どっちを助けて欲しい。自分か妹のどっちを助けて欲しい?」
その口調は多分に底意地の悪い感情を含んでいたが、五歳のアレルは、いや年齢に関係なく兄のアレルは即答した。
「妹を! 妹を助けて!」
少年はその言葉に「ふーん」と答えた。そして覗きこんでいた顔を上げる。
「え? それだけ」
と拍子抜けしたように言ったのは隣の男だった。
「別にどっちって聞いただけで、助けてあげるとは言ってませんよ」
アレルは呆然と少年を見上げていた。その顔に少年は答える。
「僕これからオヤツ喰って、本職の仕事に戻らないといけないんで、悪いね」
「オヤツってあの中で食う気かよ!」
男が驚いたように言うが、少年は気にした様子もない。
しばらく、二人の兄妹を眺めていたが、
「うーん幼い兄妹ってのも珍しい検体ではあるけど」
男を見上げて顎で荒屋の方を指す。
「兄ちゃんの方を小屋の中へ」
ずっと自分より年下にも関わらず、自分から提案したことだからか素直に男がアレルを担ぎ上げる。
「はなせ!」
アレルは暴れるが、小さな子どもの力ではどう抗しようもない。ヒョイッとばかりに担ぎ上げられる。
暴れる兄のほうを見て、
「中に入ったら縄で縛り上げてください」
と、少年は言うと、残された妹の傍にしゃがみ込むと、その体を抱き上げた。
よいしょっと掛け声を掛けたが、それほど重そうな様子も見せずに抱き上げる。
栄養失調で軽いレアナの体と言っても、少年の方もそれほど体が大きいわけではないのにだ。
「妹をはなせ!」
という兄の言葉に、少年は「バーカ」と言ってから「こんな雪の中に妹ちゃんを置いとく気か」と答えた。
「今、オヤツに暖かい物飲ませてあげるからね」
と兄に対してとはうって変わった声色で腕の中の妹に呼びかける。
アレルは荒屋の中に入って、そしてその中の光景に息を飲んだ。悲鳴をあげなかったのは、単純にあげられなかったからだ。
血だらけだった。狭い小屋には数人の大人たちが寝かされており、ピクリとも動かない。
壁中に血が飛び散っている。寝かされている大人たちも血だらけだ。布が巻かれている腕が不自然に短くなっている者もいる。
ムッとする生臭い臭いが、アレルの鼻孔に侵入してきて、それが合図になったかのように、少年は泣き叫び始めた。今まで妹の手前弱いところを見せまいとしていたアレルは体の底からくる震えに泣き叫んだ。
マスクで顔を覆った赤目の少年が入ってくる。妹は連れていなかったが、アレルにはそれに気を配る余裕もなかった。
「やれやれ」
と少年はアレルの様子を見て呆れる。
「これだから子供って嫌なんですよ」
「お前も子供だろ」
という男のツッコミには
「いえ、もう六歳ですから」
と答え、男が更に
「いや、六歳も充分子供だから」
と被せる。
一連のやりとりに満足したのか、泣き叫ぶアレルを無視して、赤目の少年は部屋の隅で起こされていた火のそばに行き、そこに掛けてある鍋で何やら始める。
小さな薄い金属カップを取り出すと、その中に何か粉末状の物を入れて、鍋の中の液体をそのカップに注いだ。どうやら鍋の中見はただのお湯のようだ。
「じゃあ、お兄ちゃんの縛り上げお願いしますね。その間に僕は妹ちゃんに薬湯あげるんで」
と少年は片手にパンの欠片のような物、もう片手にカップを持って小屋から出て行った。
「ああ、もう五月蝿えな」
男が面倒くさそうに、泣き叫ぶアレルを身動きできないようにグルグル巻にしていく。
縛り上げてもまだ叫んでいる少年に男は耳を抑えて顔を顰めた。
男もこの光景を見れば無理もないと思う。
血だらけで寝かされている男達はこの貧民街の住民だ。盗賊ギルドの構成員ではない。
男の方はアレルの推測どおり盗賊ギルドの構成員だ。
男の仕事は貧民街の住民に対する医者の斡旋である。もちろん、まともな医者ではない。闇医者のたぐいだ。
そして赤目の少年は、六歳の少年は、当然医者ではない。闇医者ですら無い。言うならお医者さんごっこをする少年だ。
この少年は半年ほど前にこの場所に現れた。帝国でも有数の危険地帯であるサウスギルベナの貧民街を六歳の少年(当時はまだ五歳だ)が歩きまわるのは、自殺行為でしかない。が、この少年に限ってはその身の安全が盗賊ギルドによって保証されていた。この少年はこの街の絶対狂者にして、普遍的な強者の一員であるからだ。盗賊ギルドの比較的新しい掟によって『不可侵』と定められている組織の一員だからだ。
この少年は何でも黒魔術師の弟子で、その研究のためにこの貧民街に来ているらしい。
その研究の一つがこの血だらけの『お医者さんごっこ』だ。
少年は何やら小難しいことを男に言ったが、その十分の一でさえ理解はしていない。この半年でわかったのは少なくとも『治療らしきもの』を施せる技術はあるということだ。
男は闇医者にさえかかれない患者を紹介する。少年は無料で自作の薬を使って治療の『真似事』をする。
男の方は薪や布など備品の類を少年に提供しておりほとんど儲けはない。だが、治療して『たまたま』完治した患者の身柄を引き受け、それを娼館や炭鉱業者などに売り払って金を稼いでいる。
少年の治療の『たまたま』加減は、最近では闇医者とそうかわらない。しかも紹介している患者はここにいる男達のように死にかけている場合がほとんどなので、実際は闇医者より腕は確かなのかもしれない。
男としては少年の仲介人となれたのは幸運だったし、少年としても『薬』や『外科手術』の『実験体』を確保できるのだから双方にとって良好な関係だと言えるだろう。それを思えば少年がまだ六歳である不可解さや、あっと言う間に貧民街で『気狂い童子』などと言われていてもどうでもいいことだった。知識もないので、黒魔術師というのはそういうもんだろうと気にしていない。
そうこうしているうちに、少年が戻ってきた。やはり今度も妹の方は連れてきていない。さすがに少年もこの凄惨な光景を小さな女の子に見せないだけの配慮はできるらしい。
「わああああ!!」
まだ叫び続けている兄のほうを見て、少年は、
「やっぱり縛り上げて正解でしたね」
そう言って、少年の足元にしゃがみ込む。その傍には布製の道具袋がおかれていた。メスやペンチなどが小さなポケットの中に収められている。
「こっちはどうする?」
男がアレルではなく寝かされている男達の方を見た。
「駄目ですね。死体と一緒にこの小屋も燃やしてください」
「燃料がもったいねぇな。埋めて済ますわけにはいかねぇの?」
「何回言われても毎回同じ答えですけど、焼却しないと瘴気が溜まってアンデットや魔物が発生しますよ。上の人から怒られたくないでしょ?」
少年は道具袋からペンチを取り出す。
「じゃあ足の上に乗っかるようにして、暴れないように抑えていてください」
「こうか?」
男が少年の足首を掴み、足の上に馬乗りになって下半身を固定する。上半身はすでに縄でグルグル巻になっているので腹筋運動くらいしかできない状態になった。
「そうそう。蹴っ飛ばされたくないですからしっかり抑えていてください」
少年はペンチをカチカチと鳴らし、少年の足の裏を覗きこんだ。
そして徐ろに、黒く変色している皮膚の中でも、よりいっそうドス黒くなっている傷の部分にペンチをねじ込んだ。
「ぎぃ!」
それまで泣き叫んでいたアレルは、突然襲った鋭利な痛みに叫び声を急停止する。あまりの痛みに息が吸えない。赤目の少年はそんなアレルにはお構いなしにグリグリとペンチを傷の中に入れて、
「うん、あった」
と、言ってから引き抜いた。血に染まったペンチが小さな破片を掴みだす。
赤目の少年はそれを片方五、六回、両足とも淡々と続けた。
アレルはその行為が終わる頃には声を失って虚ろな表情で涙を流していた。
だが、再び、
「ぎゃあああ!!」
子供らしくない叫びが上がって、足裏にまるで齧り取られたような激痛が走り、そこから何かが足の中をはい登ってくるような痛みがきた。
「はーい、消毒完了。よかったですねぇ」
まるで馬鹿にしたように少年の声がするが、アレルは痛みでそれどころではなかった。
そのあとも何か塗られる度に痛みが走ったが最悪の波は過ぎたようだった。
ぐったりとしたアレルの足には布が巻かれている。
仲介役の男は流石にピクピクするアレルを見て、それから少年の方を見た。
「えっと、コレどうすんだ?」
言われた少年の方もビックリしたように男を見つめ返す。
「え? それを僕に聞きます」
たしかに少年の言うとおりだ。少年は『治療』するまでが仕事で、その後の身柄を引き受けるのは男の『取り分』だったからだ。
しかし、売り物にもなりそうにもない兄妹だ。ためしに妹の方は娼館に売却を持ちかけるにしても、弟の方はなにかの価値を生み出す可能性すらない。
「うーん」
と男は悩んだ後、
「通りに放り出しておくか?」
思わず助けてしまったが、その後の展望も思い浮かばなかったのでそう口にする。できることはやってやったから罪悪感というものはまるでない。ここまでしてくれる人間はたとえ途中で放り出したとしてもここでは善人の類に入る。
「じゃあ」
赤目の少年は特段男を非難した様子も見せずに、別の提案をする。
「僕の方で、引き取りましょうか?」
「あ?」
男が少年の提案の意味がわからずに短い返事を返す。
「ほら、以前治療したお婆さんいたでしょ」
「どの婆さんだ」
婆さんもたくさんいるのでそれだけではわからない。
「あの、三月ほど前に魔病の治療したお婆さんですよ」
「うーん」
三月も前となると記憶も怪しいが、
「ああ、まだ回収できてない婆さんな」
と、何とか思い出した。そこで赤目の少年の言いたいことがわかった。
「婆さんに世話させるのか」
「ええ」
二人の話しているのは、貧民街にある小さな寄食をまとめている老婆のことだ。寄食といっても大人はその老婆だけ。彼女は子供たちを自分の寄食に引き取り、機会を見て売り飛ばすことでずっとこの貧民街で生活している人物だった。つまり男と同じような仕事をしている。男の方は盗賊ギルドの後ろ盾があるから、商売敵というより子会社のような存在だ。
「まだお婆さんの病気が治っていないので、その世話をできる人間が欲しかったんですよ。あそこはいま子供が一人だけでしたしね」
「なるほど、そりゃいい考えかもな」
納得して頷いている男を尻目に、少年は手早く道具を袋に巻いて仕舞うと、それを置いてあった肩掛けカバンに入れる。
「じゃあ、そういうわけで僕はこれにて」
「え? 俺が一人で連れて行くのか?」
「当たり前でしょう。僕はこれでも仕事があるんですから」
男の方もまさに仕事の真っ最中なのだが、その辺りはビジネスライクな関係なのであまりしつこく言うつもりもなかった。
少年は小屋の外に目をやった。
「もう冬も終わるってのに、いやな天気ですねぇ」
と降り止む様子もない雪に不平を漏らす。
「じゃあ、妹ちゃんが外に出しっぱなしなので早々にお願いしますね」
なら手伝ってくれよ、とは男は言わなかった。
「それから、さっき言ったとおりこの小屋と死体の焼却処分もくれぐれも忘れずに」
「はいはい」
若干鬱陶しそうに男は答えたが、今度は少年のほうが気にせずに雪を眺めている。
「こんな寒い中歩いて帰りたくないですねぇ。オヤツもあげちゃったし」
そう言って肩掛けカバンを背負う。そこで男が気がついて声を掛けた。
「おい、その格好で帰るつもりか?」
「え?」
言われて少年は自分の姿を見た。白い衣服に白い布を巻いた顔、それが血だらけに染まっている格好だ。
「ああっと、ありがとうございます」
そう言って少年は肩掛けカバンを再び下ろすと、手早く血に汚れた衣類を体から剥ぎ取った。
血に染まった白い衣類から現れたのは、外の雪と同じく白い髪を坊主頭にした、赤い瞳の少年だった。
少年は剥ぎとった血染めの布の塊を、すでに物言わぬ死体の方へ投げる。
そして、少年は血だらけで死体だらけの部屋の中で、まるで学校から帰るように気軽な感じで、
「じゃあ、また明日」
そう言って、雪景色の中に消えていった。




