06 私の名前はクレオリア・オヴリガン。見ての通りただの幼女だ
クレオリア・オヴリガン。
それが私の名前だ。
上郡美姫。
それも私の名前だ。
前者が今世での名前で、後者が前世での名前。
腰まで伸びた金髪に蒼い目の白人幼女が今世の姿。
腰まで伸びた黒髪に茶の目の女子高生が前世の姿。
顔立ちはまだ六歳なのであまり凹凸の激しいところはない。一応左右対称には整っている。
前世でもわりと背が高くて、目鼻立ちがはっきりしていたのでハーフと間違えられることもあったからそれほど違和感はない。というか六年も経つといい加減に慣れてきた。
金髪碧眼というとなにやらド派手なイメージだが、この国では一般的なセットだと思う。人間どころかドワーフやエルフもいれば、紫や青の髪の毛なんて存在もおば様だけでなくナチュラルに存在するのだから。
現代日本人の感覚だと可愛らしい顔つきだと手前味噌ながら思うのだが、時代どころか住んでいる星まで違うこの世界では単なる自己満足だ。
周りの大人達には可愛いだとか、美人だとか言われているが、言ってくれるのは家族とか、お父様の部下だとかなのでかなりのバイアスがかかっていることは想像に難くない。
可愛く無いと言われるよりはいいんだけどね。心の底からあって欲しいとそう願うよ。美人にこしたことはないんだからさ。ハーバードあたりの研究だと美人はお得度一割増しだそうだし。
美意識というと、どうなんだろうと思わなくもない。
エルフの男女が美形だという認識はこの世界でもあるみたい。絵本に出てくるエルフもたいていそういう役回りだ。逆にゴブリンとかは醜い者の代表のように書かれている。
ただ、獣人という亜人もこの世界には存在するらしいけど、彼らは差別の対象になることもあるが、性的な対象として見られることもあるそうだ。私はワン子やにゃん子な亜人は見たことがないのでどういう獣人がセクシーと思わるのかはわからない。大人もそんなことは教えてくれないし。半魚人みたいなのがモテてたらちょっとピンチか?
人間を対象に限ると、
お母様は帝都でも評判の美人だったらしい。お父様はメタボのカワイイおじさんだ。
でも私はどちらにも似ていない。
十三歳年上のオーランドお兄様はイケメンだという噂で、私もそう思うのだが、これまた金髪碧眼というだけであまり似ていない。
七歳年上のウェントアースお兄様は母上似の赤毛(茶髪)の美少年だが、やはり似ていない。
私の感覚で美形だと思う三人が世間でも魅力的だと評判なのだからそれほどセンスが外れてはいないのかもしれない。とはいえ六歳児の顔の造形などこれからの行い次第でどうとでも変わる。
ま、些細な問題ではないが、重大な問題でもないか。
体つきの方で言うと、私の身長は六歳の時点で百二十センチを超えた。
年の割に高いほうかもしれないが、比較対象が年上しかいないのでわからない。
巨人族と呼ばれる亜人は外見上は普通の一般人と変わらないが。だが、背は三メートル近く背丈があるらしい。逆にドワーフは背が低い。だからあんまりこれといった統一基準がない。
体つきは一八歳の時と比べれば悲しくなるほどストンとしているが、これも六歳なので判断しようがない。だから太ってはいないのでOKだとしている。
前世以上に鍛えているがあまり筋肉はほとんどついていない。が、その割には力は強い。これは武術の訓練を年上の少年や大人につけてもらっているので六歳女子にしては優秀だと分かる。ただ、そんなものがこの殺伐とした世界でどれほどの効果があるのかは分からないので精進あるのみである。
いかに強くなるか。
それこそが私にとって最も大切なことだ。
今更だが、私は前世の記憶を持っている。
前世、前世と繰り返し言っているのは何も電波的な立ち位置を狙っているわけではない。
本当にクレオリアという存在に生まれ変わる前の記憶を持っているのだ。
いや、わたし的には一八歳の上郡美姫が、異世界に零歳児として迷い込んでしまったと思っている。
ゼロ歳の生まれた直後からハッキリとした意識があり、それは前世での記憶とハッキリとつながっているから、そういう捉え方のほうが正確だと思う。
今年で日本では二四歳。大学も卒業している筈の歳だけれどあまりその実感はない。意外と六歳であることの違和感はないから、肉体に精神が引っ張られている部分もあるのだろう。
つまり私は転生者だ。
そのことを私は誰にも喋っていない。
家族にも、誰にもだ。
信じてもらえないとか、
頭のおかしい妄言だとか、
子供特有の気を引きたいがための嘘だとか、
下手をすれば命の危険だってあるとか
色々理由は考えられるが、反対に正直に打ち明ける必要も、理由も、メリットもないからだ。
私は日本に帰るつもりでいる。
先程も言ったが、記憶は完全に前世とつながっていて、情報としての記憶という感じは全くない。
流石に六年もするとこの体にも慣れたんだけど、それは元の上郡美姫としての体に戻れば同じだと思う。
ここは私の世界じゃない。
帰ることが正しい選択だというのは六年経った今でも変わらない考えだった。
そのことを考えると、今世の家族にとってはいきなり私がいなくなることになるかもしれない。
しかしそれは些細な問題だと思っているし、具体的な方法を見つけた時に打ち明ければいいことだ。大体いきなり居なくなったというなら、日本にいる家族だってそうなんだから、どちらかを選択しなければならないなら、異常で不自然な状況を解消するべきだ。
日本に帰る方法はまだわかっていない。
しかし、そのヒントを持っている人はいる。そしてそこに行くには力が必要だった。
魔物もいれば、悪人もいる。地球で身一つで紛争地域に行くくらいには危険だろう。
幸いなことに、私にはその力がある。今は六歳なので正確にはないが、その才能はあるらしい。
具体的に挙げるなら、例えば『恩恵』という資格なのか、能力なのかはしらないが、『恩恵持ち』とかそんなふうに言われている人間だ。そして私が『太陽神の恩恵』持ちだということも秘密である。
『恩恵』。
それは超常の存在に愛された証だという。
この世界には神の意志があり、魔物が跋扈し、魔法が存在する世界。
その世界で『太陽神の恩恵』とは、文字通り太陽神の加護を意味し、この『恩恵』を持つものは、他者に秀でた才能を授かる。
例を上げれば、この国を作った千年前の始皇帝と呼ばれる人物も、三百年前にこのギルベナと呼ばれる土地に封じられた英雄も、この『太陽神の恩恵』の持ち主だったという。
ちなみに二人共私のご先祖様である。
私の家族も、私も太陽神の信者というわけではない。それどころかお父様は大地母神教団という太陽神教団を目の敵にしている宗教の教会に熱心に通っている。
私自身は大地母神教団も信じてはいない。
それどころか六年前の事件以来かなり警戒心を持っている。かといって太陽神教団の神殿などこのギルベナ地方にはないし、私もなんの思い入れもない。
そういう訳で、日本人の精神を持つ無神論者の私に『太陽神の恩恵』があるのは、単純に遺伝のせいだろう。
六年前の事件が、この『恩恵』を持っているせいだったこともあって、私は自分が『太陽神の恩恵』所持者であることを家族にも秘密にしているのだ。なんでも三百年前の歴史的事件がキッカケで、それ以来、この『太陽神の恩恵』を持っている人間は、この国の最大主教組織の秘密結社から異端者として命を狙われるらしい。
このことに関しては、知っている人間は何人かいるのだが、この六年間は何事も無く過ごせた。
正確なことを言えば、私が転生者であることも知っている人間はいる。
私が現代日本からの転生者であることを知っているのは二人。
一人は三百年前にこの世界にやってきた転移者。
霊体となって三百年間、西の大山脈にいる灰魔術師。
千年前の日本人でもあるセドリック・アルベルトさんだ。
見た目はまるっきり烏帽子姿の平安貴族(実際にそうだったらしいが)のセドリックさんに『私達』は六年前に助けられた。
そして、彼こそが日本に帰るためのヒントを持っている人物だ。
もう一人。
前世では四月から同じ大学に通うことになっていた母校のクラスメイト。
私と同じ時に、同じ金色の爆発に巻き込まれてこの世界に転生した日本人の少年。
エドゥアルド・ウォルコット。
エド。それが今の名前だ。
彼は今、同じ街、このサウスギルベナで暮らしている。
ソルヴ・アーガンソンというこの街一番の権力者がおり、その人物が経営する商会がある。そこの奉公人の養子として暮らしている筈だ。
そして同時に、セドリックさんから灰魔術師の後継者としての修行を受けている筈だ。
私の目的は彼と一緒に、日本に帰ること。
それだけを考えて六年という時間を過ごしてきた。
必死にこの世界の言葉を学び、そして書物を読み漁った。
体を鍛え、魔法について独学した。
全ては日本に帰るためだ。
六年前。唯一の理解者である二人と別れ、日本人のいない世界で生きてきた。
六年後に再会することを約束して。
秘密を抱えて、誰にも打ち明けることもできず、日本のことを思い出して胸が苦しい時も一人で我慢してきた。
そして、やっとこの年がやってきた。
彼が、エドが私を迎えに来てくれる年だ。
その筈の年だ。彼が死んでいなければ。
年が明けて数ヶ月。まだ彼は現れない。




