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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第一章 MOB男な新生児は他業無得の零才子
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EX04 異世界0日 灰魔術師入門その3






「ヤーシャは君の魔術修行を、ウカは体術の相手を主にしてもらいます」


「はぁ、で、どちらから」


 できればウカさんからがいいなぁ。好きなものは後に残しておきたいタイプなのだ。

 別にウカさんが嫌いなわけじゃないけどな。ウカさんにはオッパイないものね。


「私からだ」


 とウカさんがかっちょええ声で少し離れている場所にいく。

 別に俺の顔色を読んでくれたわけではなく、最初から決まっていたんだろう。


「あのぉ~」

 とちょっと濃い顔立ちで強面のウカさんの背中に声をかける。


「……なんだ?」

「俺は魔術師の修行をするんですよ、ね?」


 最後の語尾のところで師匠の方に顔を向ける。

 セドリック師匠は勿論と頷いた。


「ええっと、魔術師なのに、体術を学ぶんですか?」


「魔術は体内の魔力を操作する術ですからね。最初は体も一緒に動かしながら魔力操作を学んでいきます。魔術は術者の肉体自身も魔力操作に適合させる必要もありますから、肉体の鍛錬は重要です。それに、」


「それに?」


 セドリック師匠はそこで言葉を切って、ウカさんを見た。


「……」

 無言で佇んでいるウカさん。


「?」


 なんだ? と思った次の瞬間。


 二メートルほど離れていたウカさんが目の前にいた。

 いや、目の前にいたというより、ウカさんの意外にゴッツイ拳が目の前に突きつけられていた。

 思いっきり握りこまれている。

 鼻に触れるか触れないかという寸前で止められた拳から風が顔の横を通り過ぎていった。


 ウカさんの黒い外套カフタンがフワリと舞い上がり、また遅れてフワリと沈んだ。

 俺はストンと、その場にへたり込む。本能が告げる、「死」という言葉に思考が停止していた。


「魔術師が戦うとなれば、相手は十中八九距離を詰めての接近戦を挑んできます。距離をとれればいいですが、懐に入られた場合は体術を行使する場合があります」


 師匠の言葉が耳に届いているが、頭には全く入らなかった。


「魔術師の懐に入った場合にありえるのは一撃で急所を狙ってくるか、素手の場合は喉を潰した後に拘束してくる。今の攻撃くらいは反応できないと話にならないな」


 ウカさんの話はようやく耳に届いたが、承服はしかねる。

 

 いやいやいやいや。

 ジェイ○ン・ボーンじゃないんだから、無理無理無理。

 

 俺の表情で何を考えているのかわかったらしいウカさんは、少し溜息をついた。


「別にいきなり出来る必要はない。何事も積み重ねだし、戦いはなるべく避けるのが肝要だ。どんな強者も勝ち続けることはできない。そんなことが出きるのは天下無双、つまり一人だけだからな」


 俺はその言葉に、何度も頷く。

 争い事を避けていいっていうのなら、全力で逃げさせていただく。


「それにエドに今から教えるのは『導引』という積道師の型です。別に殴ったり蹴ったりをするわけではないので安心してください」


 あ、なんだ。それなら先にそう言ってくださいよ~。


「しかし、ゆくゆくはウカと組手を行ってもらいますが」


 Oh、ポカホンタス……。


「では、まずは呼吸法からだ」


 俺のショックな憂いを無視して、ウカさんがドンドン先に進んでいく。

 メランコリックな十八歳としては寂しい限りだ。


「その中でも『外気法』を学んでもらう」

「ガイキホー?」


「体外に漂う魔素を取り込むことです。魔術師の初歩の初歩。体内での魔力操作である『内気法』と合わせて、これが人という種族にとって、すべての系統の魔術師の基本です。地味に思えますが、この鍛錬をしっかりとやるかどうかで、後々の魔術師の『格』が変わります。クレオリアさんに手渡した魔導書もこの『内気法』と『外気法』という導引について書いてあるものです」


「では、まず私のやる動作を見て、同じようにやってみろ」


 ウカさんと俺は正対して立つ。


 肩幅に足を開いてピンと背筋を伸ばして立つウカさん。俺もできるだけ背筋を伸ばしてみる。普段猫背な方なので、不慣れな俺がやると爪先立ちしそうになる。


 ウカさんが掌を上に向けて、腰より少し上のところで静止する。まるでそこに球体の何かが存在するようにだ。


 俺もソレを見よう見まねで真似てみる。


「いいか、漂う魔素を感じ取れ。まずはそこからだ」


 んー? 魔素? 

 PM2.5みたいな空気中の埃を想像してみる。

 そういや、俺って花粉症もないし、どちらかというと鈍感なんだよね。大丈夫なのかな?


 ……べつに何も感じないけど?


 俺はクンクンと何度も匂いをかぐように鼻をヒクつかせるが、特に何の香りもない。

 いや、ヤーシャさんの果実みたいな匂いがまだ漂っている。


 ウヒヒ。


「おい」

 と思っていたら、ウカさんの強面が飛び込んできて、緩んでいた顔を引き締める。

「匂いじゃない。感じるんだ」


そんなブ○ース・リーみたいなこと言われてもわかりません。


 なんだか宙に綿菓子みたいなものを想像してみるのだが、存在はまったく感じれない。


「……まったく何も、感じないんですが?」

 素直に言ってみる。


「そんなに簡単に感じられれば苦労はない」

 と、素直に返された。


「ですよねー」


 人生そんなに上手い話はないだろうから、その言葉には素直に納得する。

 この感じだと何年かかるか分かんないな。


「エドの場合は魔力耐性値が格段に高いですからね。普通はそれほど影響しないが貴方の場合は、その普通からはみ出ていますからね」


 魔力耐性値が高いと、感受性も鈍るのかしら?


「なんかあんまり魔力耐性値が高くてもいいことなさそうですね」


「そんなことはありません」

 即座に師匠が否定する。


 まぁ、確かに? 魔力耐性値が呪いや魔術に対して、または魔粒子を操る灰魔術師が持つデメリット、『念』による汚染に対する抵抗値も依存している。


 でも、実際のところは具現化された炎や水などに対しては関係がない。つまり精霊魔法なんかに対する抵抗値はないということだ。精霊魔法なんてエルフでもなけりゃ使えないらしいが。


「お?」

 俺は微かに違和感を感じて、目をパチパチと瞬く。


「どうしました?」

「なんか、視界が切り替わって霧みたいなモヤっとしたものが見える……ような?」


 意識すればするほど、視界が変わる。


 暗闇といっても、視界自体はクリアな風景が、朧気な墨で書いたような変な視界に時々変わる。

 墨だと黒一色だが、俺が見えているソレは日本画みたいだが、所々汚い前衛美術のような毒々しい感じがある。


「ああ、それは魔力と魔粒子ですね。いくらなんでもいきなり魔素が見えたりはしませんよ。魔素は『自然にある力』ですから視認できる人間は殆どいません。一人前の積道師でも視認はできないでしょう。魔素は精霊力とも呼ばれている、少し毛色の違う力ですからね」


「え? これが魔力?」


 こんな毒々しい色味なんだ……。

 そんな感想を素直に漏らすと、師匠は苦笑いした。


「それは魔粒子のほうですね。積道では『念』と読んでいますが、その色が魔粒子のそれぞれの『忌み』で、その『忌み』に合わせた術を行使するのが積道師(灰魔術師)です。魔力が墨のように感じるのはここが貴方の精神世界で高濃度の魔力があるせいでしょう」


「けれど『念』をこんなにはやく見えるようになるなんて、若君は将来が楽しみだわ」

 

 えへへ。

 ヤーシャさんのお褒めの言葉に喜んでいたら、ウカさんの渋い声が遮る。


「馬鹿を言うな。我が君の後継者が自分の体内で魔力に浸りながらいるのだから見えて当然だ。言っておくが今は自分の体内で外気法の導引の練習をしているだけで、実際にはできていないのだぞ。現し世に戻った時に『外気法』を自分で鍛錬するための型を教えているのだからな」


「????」

 あんまりにも意味不明な言葉に俺はウカさんの方を?だらけの顔で見る。


 見かねたのか師匠が補足してくれた。


「今やっているのは、この『箱庭』という貴方の精神世界で、貴方の体内魔力を使って『外気法』の訓練をしています。ここの魔法力をいくら取り込んでも、それは正確には『内気法』に過ぎませんからね。実際の外気法は貴方が目を覚ました時に、一人でやってみる必要があります」


 ああ、そうなんだ。

 ということはいくら気を探っても魔素なんてわからないってこと?

 そういうことは先に言ってよ。今までの苦労はなんだったのよ。


「でしょうね。ここにあるのはほとんど魔力。それに魔粒子です。魔素は殆ど魔力に変換されて残っていないでしょうから。さすがにそんな微量な魔素をいきなり感知はできないでしょう」


 フーン。


 俺は時々ウカさんに姿勢を注意されながらも、吸引の型である『外気法』の姿勢を続けた。視界が魔力感知と肉眼(正確には違うが)に切り替わるのを調整しながら、一時間ほどひと通り動作を教わったが、結局魔素とやらを見ることはおろか、感じることもなかった。


 特に何も起こることなくウカさんの修行は終わる。


 ま、そんなもんだべ。







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