EX04 異世界0日 灰魔術師入門その2
「この世界の生き物についてお話しましょう」
と、師匠が教えてくれたことを俺なりに噛み砕いてみると。
まず、この世界には物質世界より誕生した生き物と魔力世界に近い生き物がいるらしい。
物質世界の生き物というのは、俺達人間、ドワーフやエルフ、それに獣人などの亜人と呼ばれる人たち。ちなみに人と亜人という区別は人間が勝手に彼らを蔑視して呼んでいるだけ。
人族はこの世界では圧倒的に数が多いらしい。俺もこの世界にきて一月ほどだか、まだこの世界では人しか見たことはない。
あと獣人と一括りにしているが、彼らの中では更に種族が細かく分かれていて、本人たちはその種族名を最大単位として呼んでいる。つまり獣人という呼び方も蔑称なのだという。日本のライトノベルなんかでも普通に使われていて、差別意識なんてなかったが確かに『獣』呼ばわりするのは失礼かもなぁ。昔でいうところの倭人みたいなものか。
物質世界の生き物はこの人類以外に、獣つまり動植物がいて、この辺りは地球文明と変わりはない。
やはりこの世界の特徴なのは、魔力世界の生き物だろう。
魔力世界という表現だとわかりにくいな。俺が師匠から聞いた感じだと『魔力を起源としている生物』だ。
『魔力は万物を産む力である』
とは、魔術のもっとも基本的な大原則の理だ。
当然魔力は生命も生み出す。
つまり物質起源の生命体はタンパク質だか、リボ核酸だかから生まれた地球での生命体と同じ存在だろう。
それとは別に、この世界特有の、魔力を起源とする生命がいる。
もちろん俺の知識では地球でも物質を素とする生命の起源はなんだったかまだ分かっていない。この世界の物質世界の人間などは、神様の体の破片がこぼれ落ちた存在というのが人間の起源であると言われている。随分傲慢だな。
魔力生命体と聞くと、俺は精霊やゴースト的な存在を思い浮かべる。勿論彼らも魔力起源の生命体にカテゴライズされるのだが、それ以外にも長い年月を得て、ほとんど物質起源の生命体と変わらないものも存在するのだそうだ。魔力起源の生命のうち、人類なら魔人、獣なら魔獣と呼ばれる。これらの総称を魔族と呼ぶ。対義語、つまり物質起源の生命体は『現方』とか魔導士は言うらしいが普通は人間とか、人類とか、こちらの世界の生き物とか呼ぶ。
彼ら『魔族』と俺たち『現方』との違いは、時が経過する、歴史が長くなるほどその差異は小さくなっていくらしい。
この魔族というのは、俺の聞いた限りだと日本でいうところの付喪神とか土地神とかいう存在なのかもしれない。正確なところの意味を知っているわけではないので違うかもしれないけど。
彼らは人間のように汎用性がなく、人類のように進化の根を縦横無尽に張ることはできない。その代わりにある条件下のもとでは『神』に近い力を発揮する者もいるという。
で、時の経過による俺たち人間との差異の減少とはどういうことか。彼らの進化というのは次の二点に枝分かれする。
一つは彼らが誕生した時のように、時が経つに連れ、『存在意義が固定化』して、より一層特定条件下での力が強まっていくという『特異化』の道。
この進化の過程に入った魔族は存在意義がなくなるまで力を蓄え続ける。そして、その存在意義が消滅すれば、彼らも滅びる。
例えば、ある街。そうだな、このサウスギルベナと仮定する。
そのサウスギルベナで特定の現象が長い年月繰り返される。
何がいいか? えー、お米? あるのか知らないがとにかくお米の名産地だとしようじゃないか。
するとやがてそこに魔族が誕生する。
それは幽体の煙くらいから始まり、そしてどんどん進化し、生命体として固定化が進む。
サウスギルベナで稲作が続けられる限り力は強くなっていき、やがて生物となる。その形がどんなものかは知らないが、人としよう。つまり魔人、稲穂魔人だ。
彼の能力は……実ったお米が美味しくなる魔法が使えるとか? 変? 例えなんだからなんでもいいじゃないか。
一旦生物となると、そこで先程言った二つの道に別れるのだが、『特異化』の進化の道に入った稲穂魔人は、これまでと同じくサウスギルベナで稲作が行われる限り、その時間と比例して力を増していく。
ただし、彼らは基本的に生殖行動を行うことはできない。『サウスギルベナでの稲作』が無くなってしまえば、彼らも亡くなる。一代限りの存在だ。
もう一つの進化の道は、現方、物質生命体に近づいていくという進化。
この進化の道に入った魔族は生殖行動を行うことができ、子孫を残すことができる。そのうえ、『サウスギルベナでの稲作』という存在意義が無くなった後も存在続けられる。
ただし、この進化を続けると、物質世界の理に縛られることとなり、元々持っていた能力、今回の例だと『お米が美味しくなる』という固有魔法はどんどんと力を弱まっていき、やがて人と魔人の区別がつかないようになる。こうなると長い時間が経過すれば我々と魔族の違いはその起源のみということになる。
「では、お二人は……どちらの進化を辿ってきた魔族なんですか?」
師匠からの説明をうけた俺は、ウカさんとヤーシャさんに顔を向けた。
「我らは、もと司神だ」
ウカさんの言葉に首をかしげる。
司神、それは存在意義があるかぎり成長し続けるタイプの魔族ということか?
「ウカはトウガと呼ばれる魔族で、ヤーシャはダキニでした。どちらも狐の魔族です」
「『元』と『でした』っていうのは?」
「魂面になると、魔族は元の意味を失ってしまいます。つまりトウガであったウカなら農作業を司る魔族でしたし、ダキニのヤーシャは堕落を司る魔族でしたが、私と契約を交わしたことで、輪環から逸れ力を得ることはできなくなっています。もちろん元の性質は色濃く残ってはいますが」
師匠の言葉に少し俺は考え込んだ。
どうも、魔族側のメリットがわからないんだが。
「えっと、それで魂面の契約っていうのは? 灰魔術師なら誰とでも結べるもんなんですか?」
「私としては、それほど難しいとは思わなかったんですがね。しかし、二百五十年前までの私の弟子の中では魂面を得た者は極々数人でしたね」
「んーで、魂面って結局何なんですか?」
灰魔術師の魂面。
それは術者にとっての半身のような存在なんだという。
実際の効力としては灰魔術師の召喚獣といったところか。
自身の魂の一部に住まわせる為に、一般的な召喚獣よりも簡単に使役できる。
おまけに自分自身でもあるので、悪魔の召喚や使い魔などとも違い、扱いやすく、自分を裏切ることもない。
一般的な召喚獣と言ったが、黒魔術にしろ、白魔術にしろ、召喚術は超高等技術らしいので、それを簡単迅速に扱える魂面は強力な技術だろう。
魂面として契約できるものは別に魔族である必要はなく、現方の存在でも問題はないそうだ。ただ人間や動物ではあまりメリットはないらしい。現方の生き物では体内からの呼び出し(召喚)はできないのだそうだ。記憶の共有なんかはできるそうだが、そういったものならゴーレムや使い魔で十分らしいのでやはり魂面は魔族、しかもより霊的な特異化の進化をしている魔族が普通なんだという。というか、師匠はそれが普通だと思っていたらしい。
灰魔術師にとってはかなりおいしい存在の魂面だが、その契約を結ぶのはかなり難しい。
理由は簡単で、相手の立場、つまり魂面となる魔族の方からしたらデメリットだけでメリットがないからだ。
司神と呼ばれる特異化の進化をするタイプの魔族にとって、自身の持つ存在意義というのはそれこそ文字通り命そのものであり、それを捨てて新しい存在意義に乗り換えるというのはまずありえない。おまけに特別な契約事項を書き加えるか、書き換えない限り、術者本人の死亡は魂面の死にも繋がる。そんな条件で何が悲しくてわざわざ弱者である人間の半身である魂面にならにゃならんのだという話なんだろう。
じゃあ、どうしたら魂面となる相手(魔族)を見つけることができるのか。
まず一つは灰魔術師自身が超絶な力を持った術者であること。
魂面である魔族にとっては術者自身が強力であればあるほど契約後の自分の力の多寡にも影響するので、強力な灰魔術師であれば契約成功の確率はあがる。
しかし、最も大切で、必要不可欠な要素は相性だ。
それこそ、相手の魔族にそれまでの存在意義、つまり命を捨てても一緒になりたいという愛や恋や忠誠心だか。俺にはよくわからんがとにかく曽根崎心中かロミジュリかをやらかすくらいに相手に惚れてもらうことが必要なんだそうである。
「人と違い、我等魔族にとっては何のために生きるのか、それがなくては存在もできぬからな」
ウカさんがきっぱりと言った。サーシャさんはその言葉を聞いて誇らしげに微笑んでいる。
ふーん。まぁモテる人達の話しなんて俺には分からんし、そういうことなら一生魂面と縁はなさそうだけど。
などと考えていたら、
「別に人が普通に考えるような美醜とはあまり関係がありませんよ」
と師匠。
ああ、そうですか。なら俺にも可能性はありますね。ハハハハ……てね。




