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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第一章 MOB男な新生児は他業無得の零才子
24/132

024 思惑の種

 オヴリガン公爵令嬢誘拐事件が無事に解決してから2日。

 治副司ちそえのつかさラウールはソルヴ・アーガンソンの邸宅に足を運んでいた。

 アーガンソン商会の党首であるソルヴはサウスギルベナを留守にしているので、この屋敷の主はいない。

 今、ラウールの前に座っているのは、ソルヴの代行であるジガ。


「今回の誘拐事件の犯人は、流入民の盗賊団達。動機は産婦施設特別新生児室に入室していた富裕層の子息を誘拐した身代金目的。被害は逃亡した誘拐犯達により、教団信者が1名、教会責任者の司祭、神殿警護の兵が10名死亡、神殿施設への放火。犯人達は神殿騎士リガリオ殿によって6名全員が討ち取られた。誘拐されていた赤ん坊達は無事保護」


 ラウールは手元の書類から顔を上げた。

「以上が、帝都への正式な報告の概要となります」

 ジガはラウールの報告に満足げに頷いた。

「しかし、神殿騎士のリガリオだけを生かしておいたのは何故です?」

 今回の黒幕である黒月のうち、神殿兵士だったカネリ、ギルベナ教区司祭、神殿騎士リガリオ、警備の兵に紛れ込んでいた者達。この中で、今も生きているのはリガリオのみ。おそらく司祭の命を奪ったのもジガたちアーガンソン商会であったはずだ。彼らは今回の真相を知る者を全員亡き者にしたことになる。だが、そのなかで、ジガは神殿騎士であったリガリオだけを生かしておいた。


「まぁ、あの男は利で動くからの、命を助けてやる代わりに帝都黒月への偽装報告に使ったのじゃ」

「信用できますか? そもそもそれで情報を封じ込められますか?」

 ラウールの疑問にジガは頷いて答える。

「もうあの男はワシ等に逆らえん。頭の中に呪瘍を埋めといたからの。せいぜいワシらのために働いて貰おう」


 ラウールは溜息を付いた。

「あなたたちは今回のことをすべて知っていたんですね?」

 恐らく今回の事件で、アーガンソン商会は黒月の動きも、誘拐の実行犯の動きも掴んでいただろう。その気になれば事件を未然に防げたはずだ。当然のことながら、アーガンソン商会が今回の事件を裏で操っていたと考えても不自然ではない。それをラウールはあえて口にしなかったのは、そうであったとしても恐らく証拠はつかめないだろうと考えたからだ。


 だが、ジガはラウールの考えを推察できたらしく自分から言及してきた。

「そうじゃな。今回の事件の全容をおぬしには言っておいた方がいいじゃろう」


「まず、ワシらはクレオリアが『太陽神の恩恵』持ちだと知ったのはリガリオを捕まえてからじゃ。黒月が動いておることに気が付いてはいたが、何のために動いていたのかはわからんかった」

 今回の誘拐事件の真相は、身代金目的ではなく、大地母神教団の秘密暗殺部隊、黒月による『太陽神の恩恵』を持つクレオリア暗殺だった。そのことを知ったのはジガは事件が終わってからだったと言っているのだ。


「ではなぜ事前に諜報活動を行っていたんですか? 何を根拠に?」

「ワシらが掴んでいたのは余所者が特別室の子供を誘拐しようとしていたことと、その背後に黒月が暗躍していたことだけじゃ」

「なるほど、ではエドゥアルドが標的かもしれないと思っていたのですね」

「ああ。普通に考えてお人よしで金に苦労しておるスコットボウヤよりも、うちの総帥の方が狙われる可能性は高いだろうからな。だがすぐに標的はクレオリアだと判明した。なぜかは分からんかったが放っておいてもよかった。が、ワシらは一応、実行犯の中に間者を送り込み、黒月の動きを監視した」


「そこには、二つ疑問があります。目的がエドゥアルドでなく、クレオリアだと判明したのならエドゥアルドを特別室から移動させれば済む事でしょう。そしてなぜ貴方のいったとおり放っておかなかったのですか?」

 いかにアーガンソン商会と言えど、帝国最大組織である大地母神教団と対立するのは大きなリスクがあったはずだ。それなのにジガたちはサウスギルベナにいる黒月の一派を全滅させるという行為に出た。標的がエドゥアルドではなく、クレオリアと判明した時点で、その危険を冒すだけの理由が無いはずだった。


「ワシらも対立したくなどない。それは大地母神教団に限らず、帝都の魔道士ギルドや、おぬしの主殿ともな。しかし、黒月はワシらも把握できん邪魔な存在であったことも確かじゃ。だからこそ今回の事件にワシらは関わることにした」

 ジガが意外なことを言ってきた。対立したくないから黒月を全滅させたというのか。

 ラウールの表情で疑問を察したのか、ジガはそのまま話を続ける。


「ワシらは以前からこの地に黒月の一味が入り込んでおることは知っておった。邪魔には思っておったが誰が黒月なのかも分からんかったから下手に手もだせん。だが、今回の事件はな、帝都の大地母神教団や、黒月本体が画策したことではない。あの司祭が功名に走ってやったことだとわかった」

「司祭の独断専行だったと?」

「うむ。まぁ、理由はわからんでもない。普通の人間ならギルベナへの出向は左遷じゃからな。よほどの変わり者でなければここで腰を下ろしていたいとはおもわんだろう。大方のところ、『太陽神の恩恵』持ちであるクレオリアを殺害し、自分の手柄にして帝都へ凱旋したかったんじゃろ。黒月であっても組織人の悲しい性じゃな」


「で?」

「司祭の独断ということは、今回のことは帝都にはまったく知らされていないということじゃ。そこでワシらは黒月に手を突っ込むことにした。とはいえあの狂信者集団じゃからな、捕らえたとて素直に言うことを聞くとは思えん。だから言うことを聞きそうなリガリオ以外は退場願ったというわけだ。最初はあの少女兵をこちらのスパイに仕立て上げるつもりだったんだがの。黒月の暗殺者であるあの童には既に裏切り防止の仕掛けが施してあったから、仕方なくリガリオを選んだというわけじゃ」


「つまり、黒月を炙りだす為に泳がせていたと?」

 ジガは頷いた。その答えにラウールは一つの考えを思いつく。

「もしかして、あのエドゥアルド・ウォルコットという子供は……」

 途中まで言って、ラウールは言葉を切った。自分の言ったことが間違っていると気が付いたからだ。今回黒月が動いたのは、クレオリアが『太陽神の恩恵』を持っていたからだ。そうでなければ黒月が殺害を企てることもなかっただろう。だからエドゥアルドが黒月を吊り上げるためのエサだったと言うことはない。


 だから、ラウールは途中で質問を変えた。

「では、もしもエドゥアルドが標的だったならどうするつもりだったんですか?」

「そのときは、仕方ないの。何せ後見人じゃからな。全力で守ってやらねばなるまい、っと今は言っておこう」

 何とも煙に巻いた答えが返ってきたが、ジガはその後に言葉を続けた。


「何やら憶測を生んでおるが、ソルヴはエドをできるかぎり普通の庶民として育てるつもりじゃ。出自がどうであれ、あの子はこの先も、名も無い町民として生きていくことをソルヴは望んでおる。お主がクレオリアをその様に望んでいるのと同じでな」


 そういわれると、ラウールも弱いところではある。今回の事件について、帝都への報告はジガが作ったシナリオ通りであり、クレオリアが『太陽神の恩恵』持ちであることは、ラウールの胸の内に留めておくことにした。それは自身の主に対する背信行為でもあった。だが、ラウールは政治に携わる者として、始皇帝の血を引き、始皇帝と同じ『恩恵』を持つ女児の存在は、この帝国にとってとんでもない爆弾になりかねないことを知っていた。ジガのいうとおり、名も無くこのギルベナで静かに暮らしてくれることが一番だ。自分は政治的な判断でそうしたのだ。ラウールはそう思っていた。


 それに今回のことでラウールにリスクは無い。報告はアーガンソン商会の工作によって捻じ曲げられたものだが、形式的にはまったく正当な手続で上がってきた情報を纏めただけで、工作にラウールは全く関与していない。『恩恵』や黒月のこともラウールがそのことを知っていたかどうかなど証明のしようがないのだ。


「そう言えば、子供達はどうしています」

 ラウールは話題を変えた。今、この屋敷にはクレオリアとエドゥアルド、それに公爵夫人が療養している。あんな事件の後ということもあり、クレオリアたちの身柄をアーガンソン商会が保護しているのだ。このサウスギルベナでここほど安全な場所もないだろう。


「元気にしとるよ。あんなことがあったから心配しておったのだが、ようやく落ち着いてきたようだ」

「そう言えば、クレオリア様の容態がよくなっていましたね。なにかきっかけがあったのでしょうか?」

 そう。産婦施設にいた時のクレオリアはいかにも病弱そうで、無事に成人になれるかどうか、スコットの手前口には出さなかったが、そう噂されていた筈の赤ん坊が、無事に戻ってきた時には肌艶や、食欲も元気な赤ん坊のそれに変わっていたのだ。


「ふーむ。確かにあんなに衰弱しておったのが嘘のようじゃな。原因は分からんがまさか盗賊達がなにかをしたとも思えんし、潜り込んでいた間者の話でもそんなことは無かったといっておったよ。スコット坊やは大地母神の奇跡とか言っておったが、まぁ、クレオリアの『あれ』のことを思えばそんなこともなかろう」

「確かにスコット様は随分感銘されて教団への寄進を提案されていましたね。財政的な理由で却下しておきましたが。……では、他の可能性としてはあのシリィとかいう産婦施設の世話人が何かしたのですか?」


 シリィは今回の事件で命を落とした教団信者だった。ラウール達は彼女も誘拐犯の一人だと知っていたが、今回のジガが書いたシナリオでは大地母神教団は被害者側にいるために、シリィは身を挺して赤ん坊達を救った女性と言うことになっている。実際彼女をオヴリガン公爵が発見した時には、赤ん坊を庇うように死んでいたからそこに不自然さはない。彼女にはオヴリガン公爵から勲章が贈られることになった。これは彼女に身寄りも無かったために、その恩に報いるには名誉を与えるしかなかったからだ。


「あの女にそんな技術はあるまい。子供を連れ出した経緯を聞くとなんともやり切れん話じゃがな。案外本当に神の奇跡かもしれんよ」

 ジガの言葉がラウールには意外だった、ジガ達にとっては彼女が子供を連れ出したせいで、エドゥアルドが一時的にせよ危険に晒されたのだ。なのにジガの口調にはシリィを哀れむような色をにじませていた。ラウールの表情からそれを察したのだろうジガは小さく苦笑いを浮かべたが何も言わなかった。


「それでは、報告も終わりましたので、私はこれで」

 そう言って、ラウールは席を立った。

「なんじゃ忙しい男じゃな。茶ぐらい飲んでいけ、グウィネスの奴も喜ぶじゃろう」

「おかげさまで益々忙しくなってきましてね」

 ラウールは扉の前まで来ると、ドアノブに手を掛けたままで、ジガのほうを振り返った。

「……」

「なんじゃ?」

 ラウールはジガの顔を黙った暫く見つめていたが、やがて小さく首を横に振った。

「いえ。それではまた」


 ジガの執務室を出て、向かいながら、ラウールは心の中の違和感の正体を探っていた。

 ジガの話は筋が通っていると思う。

 だが、根本的な部分で何か違和感があった。

「やれやれ」

 ラウールは溜息をついた。違和感の正体はきっと知ることはないだろう。恐らくあと一年ほどでラウールは再び帝都に戻ることになるだろうからだ。その間に霧が晴れることもあるまい。もしかしたらこの違和感の全容を掴む時、この帝国が激震に見舞われることになるのではないか、そんな気がした。

 願わくば、オヴリガン家が、貧しくとも健やかに過ごせるように。

 治副司ラウールは窓の外に目をやりながら、そう思った。









 帝都まで50キロほどにある街道。

 そこを一台の馬車が走っていた。

 黒塗りで、金属板によって補強されたその馬車の前後を、武装した騎馬兵達が固めている。


 馬車の中には二人の男。そして一羽の黒い鴉がいた。

「……というわけで、神殿騎士には司祭が私欲に走った末の仲間割れであったことを伝えさせました」

 喋っているのは鴉だ。遠方にいるはずの魔術師ジガの使い魔である。


 それを聞いているのは体格のよい壮年の男。アーガンソン商会の総帥ソルヴ・アーガンソンであった。

「で、賊を眠らせて女を手引きしたという灰魔術師と司祭に電撃の魔法を放ったという者の正体は掴めたか?」


「いえ、灰魔術師の方は一度だけ灰魔術を使ったという痕跡がありましたが、それ以外には情報網にもかかりませんでしたな。司祭のほうは一応尋問と『記憶強奪パイレートメモリー』の魔法を使いましたが、直近の記憶が壊れていて引き出せませんでした。本人もすっかり壊れてましたからな、廃棄しておきましたぞ」


「灰魔術師ということはオヴリガン家の縁ある者でしょうか」

 ソルヴの向かい合わせに座っている男が口を挟んだ。浅黒く日焼した精悍な男、アベルである。

「ジガ婆、倉庫の灰魔術師と教会で司祭を気絶させたのは同一人物か?」


「どうでしょうかな? 教会の方は時間が立っていたので魔力の残滓探知はできませんでしたから本当に電撃の魔術を使ったかはわからんが、灰魔術にも雷撃の魔法は確かにありますのう。ただしそれほど高位の鬼門術を行使できるのは宗家の者くらいしか思い浮かびません。オヴリガン家が宗家と繋がりがあるとは思えませぬし、スコット公爵自身にも問いただしましたが、質問の意味事態を分かっておりませんでしたな。オヴリガン家が独自に呼寄せた可能性は低いかと。灰魔術でも鬼門術の使い手となると、もしかしたら冒険者をしている者の方が優れた使い手がいる可能性はありまする」


「どうやら特定は難しいようだ」

 ソルヴはクッションの効いた背もたれに体を預けた。

「だが、何か組織の者というより個人的な繋がりで助けたようにも思えるが、そうなるとやはりオヴリガン家の縁者が公爵には何も知らせず勝手に助けたというのか」

「まあ、あの家の支援者にはシクロップ家を始め、変わった連中がおりますからな」


 ジガの言葉にソルヴは短く頷いた。

「ん。今は捨て置こう、用があれば向こうから現れるだろう。帝都への情報封鎖もジガ婆の話を聞く限りは問題もなさそうだ。となると、やはり注目すべきはクレオリアだな」


「太陽神の『恩恵』ですか?」

 アベルはそう言って、ソルヴの顔色を伺った。ソルヴは逞しい自身の顎を指先で撫ぜている。彼が思案に耽っているときの癖だ。アベルは主人が考えを纏めるまで黙ってその顔を見つめていた。


「『四天』ビスマルク家の血を引くエドゥアルドがそうだと思っていたが、太陽神の『恩恵』持ちであるならクレオリアもそうなのかもしれないな」


「『闇星』ですか。『回天の書』には『闇星の御子』が一人とは限定しておりませんでしたから、どちらか一人と決まったわけでもありませんがなぁ」


「ジガ婆、クレオリアが太陽神の『恩恵』を持っていることは間違いないな?」

「はい。今、クレオリアの身柄は当家で押さえておりますゆえ、すでにワシが直に調べておりまする。確かにクレオリアは太陽神の『恩恵』を持っておりますな。おまけに零歳児の現時点で保有する魔力は訓練した魔術師と遜色ありませぬ。普通に育ったとしても天才魔術師か英雄とは呼ばれそうですぞ」

 鴉の口を通して、しゃがれた笑い声が聞こえた。


「エドに魔術が効かない原因は?」

「ああ、クレオリアがあまりにも規格外なので言うのを忘れておりましたな。原因は分かりましたぞ。エドゥアルドに魔術が効かないのは、あの子の魔力耐性値が普通の赤ん坊よりも異常に高いせいでした。」

「魔力耐性値、たしか魔術効果に対する抵抗力だったか。高い理由はわかったか?」


「いえ、ほかに特異な点はありませんでしたな。もしかすればビスマルク家の血のせいかもしれませんが、他の数値は平々凡々な赤ん坊と言うことを考えれば、単なる特異体質という可能性が一番高そうですじゃ。強めの魔力を篭めてなんとか調べましたが、特に『恩恵』も持っておりませんでしたしの」


「エドは『闇星』ではないのかもな。そうなればエリスの願いどおりにしてやれるか……。で、ジガ婆。魔力耐性が高いと、どういう使い道がありそうだ?」

「エドゥアルドは他の数値は平凡ですからなぁ。しかし闇魔術師としては魔力耐性値の高い人間は『器』として使えますから、貴重な存在とは言えますぞ?」


「『器』ですか?」

 疑問を挟んだのはアベルだ。

「その通り、邪神との契約など儀式魔法には一時的に魔を光臨させる『器』が必要不可欠じゃ。そして『器』の強度が硬いほど高位の存在を呼ぶことができる。その『器』としての強度は魔力耐性値に依存しておるからな。エドゥアルドが成長してこの先どこまで魔力耐性値が高くなるかはわからん。もしかしたら今が頂点で、この先もこれ以上は高くなることはないかもしれんが、今のままでもワシならエドゥアルドを使って中位悪魔くらい召喚できるな」


「それほどの『器』となることができたとしても、エドゥアルドが『闇星』でないこともありえるというのだな」

 確認するようにソルヴが尋ねる。

「能力があまりにも歪ですからなぁ。ビスマルク家の血を引いていなければ間違いなく候補者には上げませんな」


「わかった。まあエドはこの先も手の内にあるのだから今結論を出すこともあるまい。クレオリアの方も今回のことでオヴリガン家と親交を深めて監視すればいいだろう。幸いにしてうちにはクレオリアと同い年の子供がいるし、乳姉妹に薦めるのもいいかもしれん」

「それはいい考えかもしれませんな」


 ソルヴは馬車の窓を開けて外の空気を入れる。ジガの使い魔である鴉は二三度ピョんピョんと跳ねて窓のサッシに足を掛けた。そしてそのまま外へと飛んでいった。


 ソルヴは使い魔が飛び立った後もそのまま窓を開け、外の景色を眺めていた。

 視線の先には長閑な平野が広がるのみ。

「……」

 暫く眺めていたが、やがてソルヴは窓を閉める。

 再び外から馬車の中の様子は分からなくなった。

 鴉は空高く舞い上がり、街道の先を目指す。

 その遠く先に、巨大な帝都の姿が見えていた。









 セドリック・アルベルトは帝国西の深山にいた。

 もうこの地に来て250年経つ。

 殆ど人が足を踏み入れることのない魔境。

 

 300年前。日本人として朝廷の役人を務めていたセドリックは突然この世界に転移させれられた。

 そこは当時、建国したばかりの王国。

 セドリックは王国から逃げ出し、この国にやって来た。

 そして、一人の友と出会う。


 だが、その友も、政争に破れ、セドリックは再び居場所を失うことになった。

 流れ着いた地、ギルベナ。

 その未開の地に、友がその有限の生を終えるまで側で支えた。

 

 セドリックはその時に一冊の魔道書を書き上げる。

 セドリックが元の世界、日ノ本にいた時に身に着けた呪術と、この世界の魔術を組み合わせて生み出した新魔術、積道。一般的には灰魔術と呼ばれているそれは、二つの魔術から成り立っている。


 一つは、呪いや自然科学を基にした鬼門道。

 一つは、天文学や易学を基にした天文道。


 その魔道書は天文道を基に書かれた暗号だった。

 帝国の歴史の流れる先を占った言葉。

 名を『千八女の詩』と言った。


 『回天の書』はセドリックが天文道で導き出した『千八女の詩』を基に、弟子達が解読した書物である。


 セドリックは積道を極め、有限の肉体がもたらす制限から逃れた。

 代償として、この誰も訪れることのない深山に縛られることになったが、不満には思わなかった。

 ただ一心に積道を極めることに没頭した。


 そして250年が経ち、セドリックは二人の少年と少女に出会う。

 一人は250年間で、積み上げた自身の道の先を譲ることのできる少年。

 一人は250年前に、分かれた友の血と才能を受け継いだ少女。


 その出会いは奇跡だったのだろうか。


 それは違う。

 セドリックは知っていたのだ。この地に『闇星』と呼ばれる子供が生まれることを。

 『闇星』。それは帝国と王国の流れ、その渦巻く歴史の流れを終わりに導き、新時代の黒点となるべく存在する宿星。


 ただそれが、積道の才能を持った少年と、友の血を引く少女というあの日の自分達と同じ組み合わせで、自身と同じ故郷から転生した魂の持ち主だったことは、セドリックにとって縁を感じずにはいられない。


 だが、この僥倖に焦りをみせる必要は無い。

 星の輝きはまだ小さく儚い。

 慌てることなく、この小さな灯りを心をこめて育てればよい。



 さて、それでは始めよう。


 300年前の幻の続きを。


 王国と帝国への、復讐の産声があがった。



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