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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第一章 MOB男な新生児は他業無得の零才子
20/132

020 実験開始へ。でもやることのない若手官僚は物思いに耽る

この回以降、殺害シーンなど少し暴力的な描写があります。


 魔術師ギルドの地下一階。

 ラウールはジガと共に儀式用の部屋に入っていた。


 部屋には半径3メートルほどの魔方陣が描かれ、すでに発光を開始している。

 その中心には台座が置かれ、産婦職員の男が横たえられていた。まったく反応がないところをみると、すでに眠らされているようだ。

 周りを黒ローブ姿の魔道士達が囲っていた。魔術に疎いラウールには分からないが、彼らがカネリ達から記憶を引き出すための補助をする者達なのだろう。全身を黒いローブで覆い、顔はまったく見えないが、なにやら禍々しささえ感じる。


「で、ジガ老。儀式はどれくらいかかりますか?」

「そうじゃの。童を眠らせ、それから術を発動させて幻術を作り出し、必要な場面を再現するとなると、1時間以上はかかるだろうの」

「一時間ですか……」

 正直なところ、今から一時間の浪費は痛い。が、誘拐犯達の情報が見つからない今、もっとも可能性の高い手段であるとラウールにも分かっている。守備兵達も動員して捜索に当たらせるなど、ラウールに打てる手は打っているから、ここはジガの魔術に付き合う方が有益だろう。

「さて、今からお主とあの男の体から魔素を抽出して誘拐事件当時何が起こったのか、誰がいたのかを幻術によって再現するのだが……」

 ジガはカネリに向かって説明している。神殿少女兵士であるカネリはジガの言葉を頷いて聞いていた。ラウールは一人やることもなく立っていたので、ようやく今回の事件について落ち着いて考えることができた。


 誘拐犯達。彼らはジガの言葉から実行犯でしかなく、その後ろに首謀者がいることが予想できる。

 誰だ?

 待つしかできない状況になって、ようやくそのことに考えが及ぶ。

 それはつまりなぜクレオリアを誘拐したのかということだ。


 クレオリアは公爵家の長女。第三子。

 当然のことながら、長男が家督を継ぐことが普通である帝国において、オヴリガン家の後継者としての価値は低い。貧乏公爵家であるゆえ金の可能性もない。あるとすれば初代皇帝の血を受け継いでいる血筋くらいか。


 そう考えると、やはり狙われたのはこの街の一番の権力者であるアーガンソン商会が後見人である、エドゥアルド・ウォルコットの方だと考えるのが自然だ。が、ジガはそれを否定した。そして、黒幕を知っている、いや推測できるとも言った。ではそれは誰だ?

 くそっ。やはり情報が少なすぎる。

 ラウールは内心で舌打ちをした。分からなければジガに聞けばいいのだが、おそらくこの老婆は答えまい。今はお互いに協力し合ってはいるが、治副司であるラウールとソルヴの腹心であるジガは、本来お互いを敵対はしないまでも、牽制し合う間柄。宰相の腹心でもあるラウールにとっては公爵家以上の監視対象なのである。そんな相手が親切に情報を与えてくれると考えるべきではない。


 普通、新生児を誘拐する時はお金が目的だ。なぜなら新生児本人が恨みを買うことなどありえず、社会的な色は縁故によってのみ規定される。しかしジガはクレオリア誘拐は金が目的ではなく、命を奪うことだと言った。ということは必然的にオヴリガン家に恨みを持つものと言うことになるはずだ。

 ん?

 ラウールはそのことに引っかかりを覚えた。

 殺すならなぜワザワザ誘拐するのか? なにか理由があるのか?

 クレオリアの殺害という動機はジガの推測にしか過ぎなかったので、ラウール本人は今回の誘拐の動機は金だと思っていた。だからその疑問が浮かばなかった。しかし、クレオリアの生家であるオヴリガン家は貧乏貴族であるし、エドゥアルドの後見人であるアーガンソン商会は人質交渉など通じる相手ではない。オマケに両者とも誘拐を成功させても、その後のリスクが極めて高い相手だ。だが、それでもラウールには金くらいしか動機が浮かばなかったのである。


 だが、ジガはクレオリアの殺害が目的だと考えている。

 となると、クレオリアの血筋が原因だろうか。しかし、ギルベナ領主の治副司として、オヴリガン家に仕えているラウールには、領主のスコットが恨みを買うほど仕事をしていないことは承知している。

 ラウールも詳しくは知らないが、魔法の儀式には赤ん坊や処女。つまり純粋な存在を生贄にすることがあるという話は聞いたことがあった。建国の英雄始皇帝と異人戦争の英雄オヴリガンの血を引く、女の赤ん坊となると、魔術的には価値が高いのかもしれない。魔術師であるジガはそこから推測したのだろうか。


 しかしそれならなぜエドゥアルドも誘拐したのか?

 血筋ではなく赤ん坊であるということに価値があるのか?

 他に理由が?

 ラウールは馬車で聞いたジガの言葉を反芻して、はたと動きを止めた。

 今回の犯行に使われた香。なんと言ったか……。

 ラウールは思考の流れがまったく他の方向へ向かったのを感じた。

 白魔術に使われる香。

 それをジガはなんと言っていたか、それを思い出して、


「くそっ! しまった」

 思わず口に出して、悪態をついてしまった。

「どうした?」

 声を上げたせいで、カネリに儀式の説明をしていたジガがこちらを振り返える。

「ジガ老。今回使われた香ですが、この街で手に入ると言うなら、それはどこですか?」

 ラウールの問いに、ジガがニヤリと笑ったのを見て、ラウールはジガの推測の跡をかなりの部分追う事ができたと思った。しかし、これはもっと早く、聞いた瞬間に浮かばなければいけない疑問だった。


 希少な眠りの香が使われたのなら、それはどこから手に入れたものなのか?

 当然湧き上がる疑問だったが、白魔術の香が使われたというのはジガの推測でしかなく、何よりも赤ん坊達の身柄を確保することを最優先にしてそこまで頭が回らなかったのだ。


 今回使われた白魔術の香。

 その白魔術というのは、大地母神教団のことだろう。

 そして、黒幕の正体は教団関係者。

 それなら自身が運営する産婦施設内で殺害しなかった理由が分かる。

 

 ただ、それでもなぜクレオリアが狙われたかという理由は解明できない。

 ラウールは大地母神教団内にも狂信的な過激派集団がいることは知っている。

 だが、大地母神教団はこの帝国内で最も権力を持つ組織の一つであり、その力は帝室に迫るものがある。だが、300年前に太陽神教団が排斥された経緯から帝国の権威を損なうようなマネはしない。この300年、大地母神教団が勢力を拡大できたのは、確実に帝国の後ろ盾があったからだ。ならば公爵家の赤ん坊を誘拐して殺害するなどということはすまい。今のオヴリガン家にそのようなリスクを犯す価値はないのだ。


 となると、教団内の誰かが個人的にやったということか。

 何はともあれ、大地母神教団が香を所有しているというなら、その管理がどうなっているかを調べていけば、黒幕の存在にたどり着けるかもしれない。

 ようやくラウールは、納得行くまでの結論に達して、考え込むのを辞めて、儀式の方へと目を移した。

 今はクレオリアの身柄を取り返すことが最優先だということに変わりはなかったわけだ。


 ラウールが顔を上げると、ジガは小さく笑い声を上げ、

「考えはまとまったかの?」

 と、からかう様に言った。ラウールはそのからかいに反応することなく頷き返す。

 ジガはクックと笑いを漏らしながら、カネリのほうに向き直った。

「それでは、童。儀式を開始するぞ。その空いている方の台座に寝転がって貰えるか」


「はい。あっ、では下げている剣が邪魔になるので……」

 カネリが寝転がるのに邪魔な腰の剣を鞘ごと外している音がした。

「うむ、こちらで預か……」

 不意にジガの言葉が途切れ、老婆の小さな体が震えた。


「?」

 背後になっているラウールからは様子が分からない。

「ガフっ」

 ジガが咳き込むような声を発したかと思うと、ラウールから見えるその小さな背中から銀色の剣先が突き出してきた。

 とん、と押されるようにジガの体が後ろに倒れる。その胸には片手剣ショートソードが深々と突き刺さっていた。


「なっ!」

 ラウールは床に倒れて、口から血を溢れ出させているジガから、その前に立っていた少女の方に視線を向けた。

 ラウールは神殿兵士カネリの顔を見て、ぞっと背筋を凍らせる。そこには先ほどまであった、聡明で実直そうな少女の姿はない。まるで仮面を剥ぎ取られた人形のように暗く、魂の感じられない無表情が浮かんでいる。


「お前は……何者だ」

 かろうじて言葉を搾り出す。しかしカネリは暗い目をラウールに向けたままジガに歩み寄ると、その胸を足で踏みつけ、刺さっている剣を握った。そしてそのまま胸に刺さった剣を引き抜く。ジガの口から大量に血が溢れ出て、その小さな体がバタバタと動いた。が、どう見ても命があるようには見えず、反射によって勝手に動いたに過ぎなかった。


 カネリが一歩踏み出してきたのに反応して、ラウールは背後に飛び退り腰に下げている剣を抜いた。それでも、カネリに大きな反応は見られない。

「カネリ、どうして男を殺さない?」

 カネリの背後に立つ黒ローブの者達。ジガの配下であったはずの者達が初めて声を発した。

 どういうことか事態を掴めないラウールの目の前で、魔術師ギルドの魔術師達三人の体がゆっくりと、先ほどのジガと同じように崩れ落ちていった。その背後からやはり全身を黒い衣装に身を包んだ四人の男達が姿を現した。先ほどの声はこの四人だったようだ。


「この男は宰相の腹心。殺していいか、判断は許可されていない」

 何の感情も残していないような声色でカネリが言う。

「殺せ。彼は我等の正体に気が付いている」

 男の一人がそう言うと、カネリは頷くこともしなかった。が、ラウールにもカネリが男の言葉を了承したのは分かった。


 剣を構えたまま、ラウールは横目で上階へ通じる階段に目をやる。誰も間を塞いではいないが、階段までの距離は、ラウールもカネリも大差がない。

 ラウールの視線に気が付いたのかカネリも階段へと目を向け、それから再びラウールへと戻した。その瞳には少し不思議そうな色を浮かべている。

 できると思っているのか?

 そう言われている様で、ラウールは苦渋の呻きを漏らした。


 ラウールは文官である。今回は一応捜査中ということもあり、帯剣してきたが剣の心得などまったくない。気づかれずに魔術士達の命を絶った四人の男達は勿論、まだ少女であるカネリにさえ足元にも及ばないだろう。

 階段まで逃げようにも、恐らくたどり着く前に後ろからばっさりと切られるに違いない。


 ラウールは恐怖で動けなかった。

 そんな様子をまったく気にした様子もなく、無造作にカネリが剣を片手に近づいてくる。

 カネリはまったく警戒する様子もないが、ラウールは動けなかった。ただ、目の前の光景を理解できずにいた。

 カネリはラウールの目の前まで来ると、ゆっくりと剣を振り上げた。


 殺される。

 そう思っても、ラウールの体は動かなかった。

 恐怖で動けない、というよりも、成す術がなかったという方が正しい。いくら足掻いてみるべきだと言われたとしても、どう考えても詰んだ状況下では正しい行動が導き出せなかったのだ。

 後は、カネリの剣が振り下ろされ、ラウールの命を奪うだけだった。


 しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。

 かわりに何かが目の前で爆発して、ラウールの体が後方へ吹き飛ばされる。

 体が宙を飛ぶほどの爆発。ラウールの体は壁に叩きつけられそのまま床へと落ちる。

 爆発の強さと予想外の事態にまったく受身が取れずに、ラウールは激しく咳き込む。意識を失わなかったのは幸運だったのか、不幸だったのか。

 

 目の前。先ほどまでカネリが立っていた場所が燃え上がり、煙を上げているのが見える。

 なんとか視線をズラして、カネリの姿を納める。

 カネリは猫のように軽やかに、横に飛んで今の爆発を避けたようだ。姿勢を低くしているが、まったく今の爆発で怪我をした様子はない。ただ先ほどまで無表情だった瞳に警戒心を浮かべて煙の向こうを睨んでいる。


「あらあら。カンペキに不意を突いたと思ったけれど、さすがは黒月の暗殺者さんといったところかしら?」

 煙の向こうから若い女性の声がした。

 燃え上がっていた炎が、意思を持っているかのように突然消えると、煙も収まっていく。

 階上へ煙が排出されると、台座に男が立っていた。

 先ほどまで台座で眠っていた産婦職員の男だ。


「貴様、何者だ!」

 周りを囲む黒装束の男達が声を上げる。だが、警戒しているのか台座に立つ男には近づこうとしない。

「あらあら。ごめんなさい」

 台座の男は、その外見とまったく異質の若々しい女性の笑い声を上げた。

 そして、男は空中に手で印を刻むと、呪文を唱える。


 ぐにゃりと、男の周りの空間が歪む。そして空間は一瞬に正常に戻ると、そこには若く、美しい女性が立っていた。


 ウェーブのかかった絹糸の束のような艶やかな金の長髪。女性らしい柔らかでほっそりとした曲線と輪郭を描く長身。潤んだ大きな瞳は星蒼玉スターサファイアの青さと光。メイドの服装でなければ由緒正しき貴族の細君とも見える20代半ばの女性だった。


 あまりの変わりように、ラウールだけでなくその場にいる全ての者が言葉を失う。

 彼女はその様子に、クスリと笑うと、膝を折り、スカートの端を摘むと優雅にお辞儀をして見せた。


「『南瓜の魔女パンプキンクィーン』、グウィネスと申します」

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