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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第三章 MOB男の人言奸計と思春期殺害報告書
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EX end secret 破ノ弐






 大きな、この神殿で一番大きな門だ。

 白い門は固く閉ざされ、厚い石造りの扉は中の音を完全に遮断して、内部の様子が分からない。


 門の前には、数十人の姿があった。


 大多数は騎士である。黒騎士と同じく面当の付いた全身甲冑を身につけているが、その甲冑は赤銅色、錆びた血のような色であった。軽歩兵の者などもいたが、共通しているのは顔につけた仮面だった。鬼を思わせる仮面も相まって、邪悪ささえ感じさせる騎士たちだ。だがその威圧感のある風体に反して、彼らの動きは極めて滑らかで、怒号も立てずに己の任務に向かっている。


 門の前に詰めかけていた数十人の仮面騎士たちは、二人の姿に気がつくと、その歩みの先を開けていく。そして黙ったまま頭を垂れた。


 やがて、黒騎士と黒衣の灰魔術師は騎士たちの間を抜けて門の前まで辿り着く。


 門の前には、いかなる神を信仰するものかはわからないが、白魔術師の使い手らしき者数人の姿が見えた。だが彼らは仮面をつけてはいない。

 白魔術師達は、やはり青年の姿を見つけると、黙ったまま頭を下げ、しかしその頭を今度は横に振った。


 その返事に、青年は手に持った扇を顎元に添わせ、ふむと考え込んだ。


「こんなところに閉じこもって、餓死でもするつもりかねぇ?」

 その声は気軽で迫力はない。鬼の面の者共を従え、この神殿を襲ったらしい者とは思えない、善良な一般人の声色だ。


「とは言え、火事場泥棒の我々としては、いつまでも時間がかけられないわけで……そう考えると籠城もなかなか悪くはない手だ」

 周りの者は誰も答えない。青年の方も答えを求めてはいないようだ。


 実際のところ、このまま門の中に籠もられれば、街の方に駐屯している軍も駆けつけるに違いない。立ち上っている黒煙を見つければあとどれだけ時間があるか。別働隊が食い止めるにも限界があるだろう。そうなると捕捉してる互いの戦力を考えるならば、長居はできない。だから、青年の予測も、この門の中に籠城している連中も戦況を正しく理解しているといえる。


 やがて、青年は扇をぞんざいに左右に打ち振り、門の前に陣取っていた白魔術師達を退けた。


 扇を袖に仕舞いこみ、代わって竹筒を取り出す。

 栓を抜いて、中身を門にふりかけた。


 赤い液体が白い石門を汚す。

 それは血のように紅いが、本当に血なのかどうかは判別はつかない。


「だが、魔法の『鍵』は致命的な失敗だよ。予測のしようがないがね」


 青年は赤く汚れた門に手をかざす。


 数秒、そのままの状態で青年の動きが止まった。


「『血壊サブバーシブ』」

 一言呟く。忌みのある言葉を。

 途端に門から金属が切断されるような甲高い音が響き渡った。


 脳に直接響くような不快な音に、騎士たちの何人かが頭を抱えて蹲った。

 黒騎士と青年は門に一番近い位置にいたが、こちらは何もなかったように佇み、青年はゆっくりとかざしていた手をおろす。


 先ほどまで解錠を行なっていた白魔術師たちから驚嘆の呟きが漏れる。

 この大門にかかっていた魔法の封印の強力さは、儀式魔法をこの場で組み上げるか、宝具の類を使うかしなければどうにもできぬだろうと彼ら自身がそう報告したのだ。


 それをこの黒衣の灰魔術師は捩じ切るように、無理矢理『潰して』しまった。

 解錠もクソもない。魔術の執行が行われたとは言え、ほぼ単純なる力押しである。


 勿論彼らはこの灰魔術師の実力をよく知っているつもりだ。だがそれでも実際にその実力を目にすると、賞賛よりも未知への恐ろしさのほうが込み上げてきた。


 黒衣の灰魔術師は、黒騎士の方に視線を送った。


 それを受けて、黒騎士が手を上げて、背後の騎士たちに見えるように掲げると、意外なほどにほっそりとした二本の指を門にゆっくりと振り下ろした。


 それを見た騎士たちが門に、数人がかりで内へと押し開けようととりかかる。

 青年には魔法による封印をあけることはできても、実際に門を開けるには物理的な力が必要なのだ。


 ゆっくりと門が開き、中の暗闇に光が差し込んでいく。


 黒騎士が青年の前に立つと、後ろに下がるように右腕を青年に向け、左脇には黒い槍を抱える。


 門が開く。


 と、同時に中から矢が飛んできた。

 騎士たちは全身甲冑に身を包んでいるが、門を押し開けようとしていた何人かはその矢にさらされ、幾本かは分厚い甲冑を貫いて体に突き刺さっていた。だが騎士たちはそれを気にもとめないかのようにそのまま門を内側へ押し込んでいった。


 門の正面に立っていた灰魔術師にも矢は飛んできた。

 だかそれらは何の脅威も与えることなく、前面に立つ黒騎士の槍によってあっさりと弾かれた。

 そして仮面騎士たちが大盾を構えて青年の前に立ち並ぶ。そのままジリジリと門の中へとにじり寄っていく。


「中には入るな」

 だが、門の中に入る前に、青年の声が飛ぶ。すると盾の仮面騎士たちの歩みはピタリとそこで止まった。

 黒騎士が青年の顔を見た。それに気がついた灰魔術師は肩をすくめる。


「無理に巣に飛び込むことはないさ。中に入り込めば次は神聖魔法が飛んでくる」


 それは弓の射程距離を考えての予測ではない。

 魔法は便利だが、弓矢のように気軽に何発も放てるものでもないという常識を考えての事だった。何人中にいるか知らないが、戦闘魔法の常道はある程度相手を引き込み、必殺の一撃を加えるものだ。更にそれで致命傷にならなかったとしても物理攻撃によって止めをさす。そのためにもある程度敵を引きつける必要はあるのだ。


 とはいえあくまで一般的な話で、相手の魔法の種類や威力などわからないのだからいい加減なものではある。この場において、青年がもっとも権力を持ち、黒騎士との立場の差はハッキリとしたものであるが、そんないい加減な判断で現場指揮に口を出すことは普段ならしない。自分がやるより、隣の黒騎士の用兵能力のほうが優れていると青年は認めていた。だが今回は青年にも打つ手があったために口を出しただけだ。

 青年は盾を構える騎士たちの間から部屋の中をのぞき込んだ。

 暗闇に包まれているが、灰魔術師である彼にはそれほどの障害にはならない。


 そこは礼拝堂のようにも見えたが、なにか魔法儀式のための部屋にも見える。

 その奥にはバリケードが作られ、そこには数十人近い人の姿が見えた。


 人数的にはこちらと変わらないと言えた。だがその大半はこの神殿の修道女シスター達のようだ。男の姿も何人か見え、彼らは部分鎧に身を固めている。弩を放ってきたのも彼らのようだ。

 だが、そこに全身甲冑に身を包んだ神殿騎士の姿はない。


 間隙と陽動による強襲ではあったが、それでもこの神殿に神殿騎士団がいないなどということはありえない。



 この神殿にも確かに神殿騎士達はいた。


 今、青年の後方の廊下からやってくるのがそれだ。

 ただし、それらの全てが物言わぬ骸に変わっていた。


 赤銅色の仮面騎士達に引きずって来られた神殿騎士達の遺体が青年の前に並べられる。

 その数は七人。

 当然もっと人数はいたのだが、その全ての骸をここに持ってこさせるわけにもいかない。


「背中向けに」

 青年は死体を運んできた部下たちに声を掛けて、神殿騎士達の死体をうつ伏せにさせるとそのまま下がらせる。

 そして自身の懐から紙片を死体の数だけ取り出した。


 青年は不可解な言葉を呟きながら、その紙片を一枚一枚死体の背に貼り付けていった。

 そしてまた袖から仕舞っていた扇を取り出すと、

「『死伝舞コマンドコマンド』」

 それを開かぬまま一度死体に向けて打ち払った。


 それを合図に、生命力を失ったはずの神殿騎士たちが再び立ち上がった。

 だが、その瞳は白くにごり、口からは血と涎を垂らしている。一応四肢に欠損のない、程度の良い遺体を選び運ばせたのだが、誰がどう見てもその体に生命が戻って来たようには見えなかった。


 なんのことはない『死霊魔術ネクロマンシー』の一つだ。各魔術で呼び名は違えど簡単に言ってしまえば自立型の死体人形フレッシュゴーレムである。自立型といってもこちらが指定した場所にいる生者にやみくもに襲いかかるというだけのものだ。ゾンビ騎士といったところか。


「……」

 青年が何かを呟いた。周りの者には小声で何を言ったかはよく聞き取れない言葉だったが、ゾンビ騎士達の耳には届いたようだ。青年の言葉とともに、門の内側へと死体とは思えない速度で駆けていった。恐らく生前でさえ、7人の神殿騎士達が全身甲冑を着込んだままあの速度で動くことはできなかっただろう。


 途端に中から悲鳴と怒号が響いてきた。


 青年の使役する死体人形フレッシュゴーレムである。凡百の死霊魔術師ネクロマンサーのそれとは段違いに強力な怪物と化していた。

 だが神殿に対する戦力としては『死霊魔術ネクロマンシー』系統の魔術は当然相性は良くない。返り討ちにあう可能性も低くはなかった。が、青年は気にはしていなかった。


 なんだったら、この神殿ごと消してしまうことだってできる。

 こちらも収集したい情報もあったので、実際はしないが。


 死体はタダである。敵の死体なら尚更だ。

 これでダメでも、外から射掛けるか、発煙筒でもぶち込むか、それこそ黒騎士と配下の仮面騎士達に任せればいい。いずれにしろ門が開いた以上勝負は付いているのだ。

 ただ、かつての仲間の死体を使って、それと戦わせる。

 倫理的にはどうかと思うが、青年はやはり気にはしていなかった。


 青年は門から離れると、思案に耽る。


 時間が経つにつれ中から漏れ出てくる悲鳴がか細く、悲痛なものに変わっているようだった。

 意外と仲間の死体と戦うということは効果があったのかもしれない、それとも中にいるのは神聖魔術も使えない、非戦闘員がほとんどだったのかもしれない。


 だがそれも、青年は勘案すべきこととは思わなかった。


 いけないな、と思う。


 術師の性とでもいうのだろうか。

 より簡単な方法があるにも関わらず、ついつい細々とした術を使いたくなる。


 『彼ら』レベルの術者になれば、極端な話、一つの魔術さえあれば、戦闘では事足りることが多い。

 それらは一撃必殺であり、それをいかに先手を取って当てるか、凌いで当てるか、という話しになるのだ。

 逃げ場のない密室に立て籠もっている時点で青年一人で殲滅するのは難しい話ではない。

 そうは言っても、やはり作戦上そんな術を行使はできないのだが。

 あまりに強力すぎるというのも困ったものだ。


 と、そこまで考えて自身の間違いに気がつく。


 いや、もう『用事』は済んだのだから、一気に『片付け』をすればいいではないか。という単純なことに、気がついた。


 喉を鳴らすだけの笑いが漏れる。


 その笑いに、その場にいた仮面騎士達の視線が一斉に集まる。

 その視線は緊張感に満ち、その緊張感に戸惑いを覚えた白魔術師達も青年に目を向けた。


 さて、どの術を使うかな。

 持てる最強の術を使えば文字通りこの神殿を『なかったことにできる』が。


 しかしそれはあまりに過剰。というか、この密閉空間で使えば青年自体が『なかったこと』になりかねない。

 そもそも術者として『ちょうどいい塩梅』の術を使いたいものである。

 魔導師として数多の術を世に生み出し、その数は把握できないほど(彼に限ってはそんなことはあり得ないが)で、『塩梅』を見極めるのは意外に悩む。


 『消せる』と思われる威力から二、三割オーバーするくらいが見栄えも良い感じかな。


 となると、上から数えて序列五、六番の術だろうか。いや、それなりに大きな建物なので『消し去る』となるともっと上の術が必要だろうか。


 反省したばかりなのにすぐに術者の性が顔を覗かしているが、本人はまったく反省はしていない。


 しばらく、(周りから見るとウキウキしながら)悩んだ後に、青年は黒の魔導衣の袂に手を入れ、中の物を取り出す。

 その掌の上にある物を、確認するようにチャリチャリと鳴らした。


 古銭だ。ただし現存する国家で使用されているものではない。また白魔術師達が見てもそれがなんなのかは分からなかった。この状況で取り出すのだから、何かの魔導具だろうが。


 青年は、三枚の古銭だけを残して、残りを懐に戻した。

 その三枚を目の前に無造作に投げ捨てた。


 そして、

「一気にいこうか」

 青年は手を伸ばし、柏手を打つ、そしてその状態で止まる。


 青年の赤い瞳が輝きを増す。


 それを見た黒騎士は、一瞬青年を止めようと動きかけたが、術の発動に間に合わないと判断、懐から小さな笛を取り出し、鳴らした。


 それを耳にした仮面の騎士たちの行動は素早かった。

 彼らは白魔術師たちを文字通り肩に担ぐと、一気に神殿の出口へと駆け出したのだ。

 その勢いは脱兎のごとく、それまでの統率の取れた動きとは一変した全速力である。


 肩に担がれた白魔術師達は、乱暴な運搬に悲鳴を上げたが、連れて行って貰っただけありがたかっただろう。


 その目に映ったのは、青年とその場に残った黒騎士。

「『……』」

 そして青年の足跡から立ち上る黒い砂塵。

 最早青年の言葉は砂塵の風にかき消されていた。


 あっという間に黒い砂塵は勢いを増し、青年と黒騎士を包む。

 それでは収まらず、爆発的な勢いで荒れ狂い始めた。


 担がれながら運ばれる白魔術師の目に映ったのは、後ろから猛烈な勢いで塗りつぶされていく砂塵の闇。


 やがて白魔術師の視界も黒く染まる。


 それは砂塵に寄るものなのか、意識を喪失したためなのか、本人に確認する余裕はなかった。






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