EX end secret 破ノ壱
灰の雲を超え、青い空へと変わり、今度は青い海へと変わる。
決戦が行われていた地から遥か南。
その海岸線に軍艦が停泊していた。
甲板上に人の姿は見えない。
停泊している桟橋から、崖の側を石階段が走っているのが見える。
その崖の上には大きく真っ白な建物があった。
神殿のようである。
大きな真っ白い神殿の前方には街が広がっていのがわかる。
軍艦は町の裏側に当たる、神殿のための停留場に停まっているのだ。
辺りは、神殿は、静けさに満ちていた。
ただ、白い神殿には不釣り合いの、毒々しい黒煙がところどころ上がっている。
まっすぐにその黒煙は天へと昇っている。
風もなくただ静かにまっすぐと。
誰もいないのか?
早朝ということもあって、誰も起きだしていないのか?
そうではない。
人の姿はあった。
神殿の内部にあったのだ。
カツカツと大理石の薄暗い廊下に足音が響く。
歩くのは二人の人物。
白の神殿には不似合いな格好の二人だ。
一人は騎士である。
全身甲冑に槍を携えている。剣も腰に差している。
面当を下ろし、長い髪を背中に流している。
だが、その全てが黒だった。
まるで影が浮き上がっているかのよう。
甲冑は全身を覆っているが、白兵戦用のものであるらしく、槍は持っているがランスレストがつけられていない。下に着ている服も見えていたが、それすらも黒色だった。
もう一人はよくわからない人物だった。
こちらも黒い服装ではある。
外套の様にも見えるゆったりとした服を着ていた。
こちらの人物は一切鎧の類をつけておらず、剣さえも持っていない。ただその手に風変わりな扇、これも黒に金のラインが施されたものを持っているだけである。
こちらの人物は鎧をつけてはいないために、顔を見ることができた。
白い短髪の青年であった。
瞳の色は赤。どちらもそれほど珍しい色ではない。
珍しさということであれば青年の表情の方だろう。
まるで縁日を歩く子供のようで、鼻歌でも歌い出しそうなほどだ。
年の頃は二十代に見えるがいまいち年齢はわからない。
黒の外套は、かなり高価なものに違いない。布地も着心地だけでなく、高い魔法効果のあるものである。しかも黒地に紅い刺繍が施されているのだが、それも魔力を持った印であった。
この神殿の者達の何人が分かるかは知れないが、それは魔導衣であった。
魔力を持った印と蛇と兎の文様が紅い糸で刺繍されている。
それだけを見れば黒魔術師、しかも闇魔術師の類に思える。
だが黒魔術師たちのローブとは形も、刺繍されている呪詞も違う。
もちろん白魔術師たちの使う祝詞でもない。
扇に衣服の形を見ればもしかしたら分かる人間もいるかもしれなかった。
それは灰魔術師と呼ばれる魔術師であることを。
灰魔術師とはなにか。
他の魔術に比べて、歴史の浅い。新魔術とも呼ばれるものだが、正式名称の『積道』と呼ばれることは少なく、黒魔道士達が名づけた灰魔術と呼ばれることが多い。
全ての根源に魔力がある。
無から有を生み出すエネルギーである。
人の体内で生成されるのもこの魔力である。
黒魔術はこの魔力を利用する技術である。
白魔術師も灰魔術師も、魔術の起動に利用する力であるのだが、この力の特徴はこの世界の理をねじ曲げる、または無視する力があることだ。
無から火を、水を、風を、土を、命を、闇を、光を、万物を具現化する力なのだ。
この世界の起源はこの魔力からであると考えられている。
魔素がある。
魔力と同じく、自然に存在するものながら、何の意味も持たずにただ存在するだけの力。
蒸留水のように味気のない力である。
水にあれば水のために、土にあれば土のためにある。
白魔術師が利用するのがこの力である。
ただ、それがそれであるために存在する力である。
魔粒子がある。
魔素が自然サイクルの中に取り込まれた蒸留された無味無臭の力であるならば、
魔粒子は意味づけされた力である。
汚染されているとも言うし、呪われていると呼ぶこともある。
魔粒子は歳月とともに降り積もる埃のようなものだ。
年月によって意味づけされ、生命の情念によって意味付けされた力である。
生物が死ぬ時、人が人を恨む時、愛する時、幾百もの年月をそこにある時、それは生まれる。
灰魔術師達が利用するのはこの魔粒子なのだ。
魔力がこの世界に歪みをもたらし、魔粒子という澱となり、自然に帰され魔素になって、再び誰かの、何かにとっての意味のある魔力となる。
これが世界と生命の循環構造である。
この白い髪の青年はその一端に座する灰魔術師。
その魔導衣を着る者。
だが、それでもやはり首をかしげる人もいただろう。
灰魔術師の魔導衣というものは通常、白地に朱か紺の紐を通したものだ。特定の模様や呪詞を刺繍したりはしない。純白であるということは魔術的にも意味のあることのなのだ。
だから、その黒い魔導衣は灰魔術師のものとしては外連味に過ぎる格好で、果たして本当にこの青年が灰魔術師なのか疑問に思うかもしれない。
だが、彼は紛れも無く灰魔術師であった。
彼を知るもので、彼を灰魔術師かどうかを疑う者はいない。
もっとも著名な灰魔術師と言ってもいいだろう。
やがて黒騎士と黒衣の灰魔術師は神殿内のある一画に行き着いた。