013 姫と貴族とmob。新たな性癖が発現しました。
どうも、新生児のエドゥアルド・ウォルコットです。
本日は、日本で同級生だった時のニックネームが「姫様」で、
転生先では本当のお姫様になっていた、
上郡美姫さん改め、クレオリア・オヴリガン嬢の夢枕にお邪魔しております。
「つまり私達は、あの爆発でなぜだがこの世界に生まれ変わって、今現在赤ちゃんの状態ってわけ?」
前世で名ばかりの同級生、上郡さんこと、クレオリアちゃんは胡散臭そうな目で、俺を睨んでいる。信じられないのも無理はない。しかし口調が砕けた感じと言うか、粗雑な感じと言うか。
上郡美姫。
前世では「姫様」の二つ名を持っていた元同級生。我が母校が誇る文武両道、才色兼備、無敵の美少女。
ニックネームが「姫様」からも分かるとおり、高校時代は、俺のような最下層には醸し出せない上品オーラを発しておられた。その時の印象は、誰に対しても礼儀正しく、微笑を絶やさないまさに「美少女・オブ・ザ・上流階級」だったのだが……。
外見は夢の世界だけあって、元の「お姫様」キャラだ。長い艶やかな黒髪に、体つきは、色白で長身だがガラス細工の如き繊細で、胸だけが自己主張している奇跡体型。顔立ちは正直同じ日本人とは思えない目鼻立ちの整った癒し系。
さすがにこれだけ高スペックだと手を出そうという男子生徒は、一握りのイケメン達のみだったが、オカズとしてお世話になった奴は数知れず。まさに「お前がオカズなら俺はどんぶりで50杯はいけるよ」の世界である。
ちなみにおかずって変な意味のオカズです。おいどんも男なわけで、富良野は寒いわけで、はい、お腹一杯食べました。
あ、恋愛感情はなかったです。眩しすぎたんでね。自分が惨めになるだけだと分かっていますから、単純にお腹を充たすためだけにご利用してました。
それでいいんですかって? いいんですよ。いいんですよ。わたしが選んだ道ですから。
そんな夜ご飯の献立話は置いときまして、なんだかキャラがちょっと違うような。
学校ではもっと大人しいお嬢様で「あら、そうなんですか。うふふ」って感じだったんだが、
しかし、夢の中ということを考えれば、こっちの砕けた感じが素か?
あ、でも良く考えたら俺、彼女の性格まではよく知らないわ。同じ高校でも住む世界が違っていたのでね。
「で、エドは、セドリックさんの魔法の力を借りて、私の夢の中にやって来たと」
あれ? 俺だけ呼び捨て。でも、なんだろう、この美少女に呼び捨てにされる感じ。
嫌いじゃない。嫌いじゃないよ。
心中の悶えは見せずに、上郡さんに頷き返す。
「そっか……」
俺の返事に、上郡さんはじっと目を閉じて、眉間に皺を寄せていたが、やおらしゃがみ込むと、その長い髪で顔を覆って、丸くなってしまった。
なんだ? と思ってよく見ると、体が震えている。
泣いてる? しばらくすると嗚咽が漏れてきた。
わー! 女の子が目の前で泣いているぅ!
ど、どうすれば!? あれか? 抱きしめればいいのか!?
俺がワチャワチャうろたえていると、師匠がそっとしておいてあげましょうとばかり、俺に側を離れるように手で告げる。
し、しかし、ここは一つ抱きしめるのが男の甲斐性ではないかと。
と思ったが、そんな度胸はこれっぽっちも持ち合わせていないので、師匠が言うとおり、上郡さんが落ち着くまで側を離れる。そこに以前と同じように畳と卓袱台に座布団を出現させて、彼女を待つことにした。
ただ待っているのも手持ち無沙汰なので、転生してからこれまでの俺の状況説明など。
新生児室に入り、夢の中で灰魔術なんかの修行をしている俺だが、状況自体に変わりはない。相変わらず、目はほとんど見えないし、特段体が動くようになったということもない。いくら赤ん坊の成長が早かろうが、一週間やそこらで変化が体感できるわけもない。
灰魔術の修行の方も基礎訓練が始まったばかり、体内魔力の量が凡人レベルらしいので魔術師として生きていくならかなりの修行が必要だということだ。魔力量は成長によっても自然に増えていくのだそうだが、その量も一般人のレベルではないかとの話。つつましく生きていけと言うことか? 前世も凡人だったのでそんなにショックは受けていない。
状況の変化ではないが、以前と違うことというと、外の世界の様子も知ることができるようになった。
目が見えないのにどうしているかというと、
「そうだ、師匠。かみご……クレオリアさんのところにも『目』の出力先を設置しときませんか」
「ふむ、そうですね。どうせ必要なものですから今のうちに済ませておくことにしましょう。エドは例の『板』を出しておいてください」
師匠の言葉に、俺は頷くと、畳が敷かれている場所から見える位置に200インチの『液晶ディスプレイ』を作り出した。この『液晶ディスプレイ』は、師匠が灰魔術で現実社会に飛ばした『目』。いうなれば監視カメラのような術で見たものを、夢の世界の俺たちが共有して見るために俺がイメージ化したものだ。
最初は師匠が鏡を作り出していたのだが、それならこちらの方がいいだろうと俺が提案して作った。たぶんホログラムみたいなものも作れるんだろうけれど、イメージ化しやすかったので『液晶ディスプレイ』の形にしたのだ。ちなみに200インチに意味はない。大きい方がいいだろうと思ったので。逆に200インチ以上だと大きすぎるし。夢の世界に貧富の差はないのさ。
まだ上郡さんが回復してくる様子はないので、『液晶ディスプレイ』は黒いまま、いわゆるオフっている状態にしておく。
この外界を見る『目』は、師匠の灰魔術なんだが、起点は俺になっている。師匠の実体(正確には霊体なので実体とは言わないが)は、西の深山に縛られているので現実社会に影響を及ぼすような術は使えないらしい。せいぜいが俺を起点にして、五感を強化するような術が使えるくらいだそうだ。
そう言えば、なぜ俺たちが上郡さんの夢の中に来たのかというと、
現実社会で起こった、俺と上郡さん、つまりエドゥアルドとクレオリアが誘拐されたという事件がきっかけだった。
師匠は、『目』を飛ばし、辺りの状況を探っていたんだが、その際、俺と一緒に誘拐された赤ん坊を調べたところ、魂の波動みたいなものが日本人のものであると分かった。異世界に日本人の赤ん坊なんているわけないし、クレオリアちゃんはどこからどうみても金髪白人。となると俺と同じ日本からの転生者の可能性大。そこで俺は一緒に爆発に巻き込まれた上郡さんではないかと思ったわけだ。転生のきっかけになった爆発に巻き込まれたのはもう一人、上郡さんの彼氏もいたんだが、女の子なら『姫様』だろうと。
そう言えば、転生してもまた俺が男に生まれるとは限らなかったんだよな。前世で散々男の処理を学んだ身としては、今更乙女として生きてイケといわれても困る。
で、実際、夢の中に入ってみると、俺の予想通り『姫様』だったわけ。
そういう理由でやって来たので、俺たち二人は未だ誘拐中。
誘拐したのは小汚そうなおっさん達。多分盗賊団とか強盗団とかだろう。
だから、あまりのんびりしている時間もないのだが、この先、上郡さんと協力してやっていくには待つしかない。この夢の中に入るという灰魔術なんだが、いくつか発動条件があるからだ。
まず、かなり厄介、というか、制限になっている条件。
それは一番頼りになりそうなセドリック師匠が現在、西の深山に縛られているということ。
幽霊イケメンの師匠だが、実体は今は遥か遠くの地で動くことはできない。夢を通すことで意思疎通を図っているだけだ。
そんな師匠が深山から遠隔で発動できる限られた灰魔法が『夢見』系統の術だ。
一つは、対象者に映像や言葉を夢として伝える『夢凪』の術。
もう一つは対象者の夢の中に擬似世界を作る『箱庭』の術だ。
今俺たちがいるこの暗闇の世界が、『箱庭』で作った場所なのである。
この『箱庭』の世界の中からであれば、ある程度術の行使が可能になり、現実世界にも影響を及ぼすことができる。以前俺がこの世界での戦闘訓練で傷を負ったときに、現実世界の赤ん坊のエドゥアルドが出血したのがそれだ。
この夢の中に入る『夢見』系統の術は、入る対象が拒否をしないことが大前提。
精神攻撃系の術で強制的に対象者に夢を見させる術もあるらしいが、今は関係ないので横においておく。
伝達術である『夢見』系統の条件。
それは、一番最初に師匠が俺の夢に入った際に行ったように、対象者が夢に入ることを許可しなくても入ることはできる。あれは俺が生まれた家に防御結界が張ってあったからで、そういう障害がなければ術者から他人の夢に勝手に入ることができる。ただし、この『夢見』の強制力はかなり弱く、対象者が拒否の感情を持てば、簡単に夢の中から弾かれてしまうのだ。つまり、上郡さんの精神が不安定な状態で、無理やり話を聞かせようとしても「うるさい! 出て行け!」 となれば、俺たちは簡単に弾かれてしまうということだ。
なので、こちらとしては、上郡さんが落ち着くまで待つしかない。
とはいえ、時間はそれほどなく、その理由が先ほどの誘拐されている真っ最中ということが一番大きいのだが、他にもある。
それは、最初に言った、師匠は実際はここにはいないという問題だ。
だから師匠は自分の力で術を発動することができない。かろうじてできるのは『灰魔術師としての資質』があるという俺に対して『夢見』系統術をかけることだけ。そう言えば『灰魔術師としての資質』とやらがなんなのかは聞いていなかった。後で聞いてみよう。もしかしたら『灰魔術師はイケメンでなければならない』とかかもしれないし。いや、冗談ですよ。そうですよ。
んーでだ。
師匠が行ったのは、コンタクトの取れる俺の夢の中にまず『箱庭』で擬似世界を作り出し、そこを中継地点にして、さらに俺の魔力を借りることで外界に術を行使しているわけだ。俺は生まれたての赤ん坊で、しかも魔力保有量は凡人らしいので、大した術をかけることはできない。もうしわけない。
で、何が問題かというとまず、夢の中に入る術ということは、俺と上郡さんが目を覚ませば当然、術は強制的に解ける。
今はなんだか薬で眠らされているらしいので心配はないが、それもいつまで持つかわからない。
さらに上郡さんにかけた『箱庭』の術を維持するにはさらに条件がある。
師匠は俺を起点に術をかけている。その起点からの距離だ。上郡さんの夢の中に入るには俺と上郡さんが近くにいなければならないのだそうだ。その距離は大体50センチほど。それ以上離れると、上郡さんの夢からは追い出される。さらにさらに、師匠が俺を起点にしているということは、上郡さんの夢が覚めなくても、俺の目が覚めれば二人にかけられた術もやはり強制的に解けてしまうのだ。
『夢凪』の術の射程距離は数十メートルと、こちらも微妙に厳しい条件。
そういうわけで、一刻も早く、今後のことを話し合いたいのだが、先ほども言ったように、精神状態が落ち着くまでは慎重にする必要がある。
ちらりと上郡さんの方を見ると、声は収まってきたが、まだしゃがみ込んだまま体を丸めて、震わせている。
「しかし、意外とショックが大きかったみたいですね」
聞こえないとは思うが、ひそひそ声で師匠に言った。
「多分、助かっていたことの安堵感が大きいでしょう。エドも最初はかなり動揺したでしょう?」
「はい、どちらかと言えば諦めが早い俺でも、最初に寝たきりになったと思ったときにはショックでしたもん。助かったと知った時にはかなり脱力しましたよ。転生が助かったと言えるかは微妙ですけど」
「でしょうね。彼女の場合はエドよりも状況把握ができるまでの期間が長かったから尚更です」
そこまで言って師匠は扇を取り出すと、閉じたままで手を二三度軽く打つ。
「ふむ。異世界の転生者を見たのは、エドとクレオリアさんの二人だけですが、もしかしたら今回のことが異世界の転生者がほとんど存在しない理由なのかもしれませんね」
ん? どういうことか分からなかったので師匠に尋ねる。
「生まれて10日ほどの彼女があれだけ衰弱していたでしょう。普通転生者と言うのは本人が自分で、少なくとも承諾して転生の儀式を行い、転生後の準備をしています」
「転生後の準備?」
「はい。人の場合は前世の記憶が戻るのが、自分で動けるようになってからに設定しておくことが多いのですよ。生後すぐに活動できる竜種などの魔獣とは違い、人間の赤ん坊は無力ですからね。しかし、エド達の様子を見れば、やはり自発的でない転生というのは致命的だということが分かります。いきなり目が覚めれば、異世界に放り出されており、しかも自分が赤ん坊になっているという事態の把握さえできない」
なるほど、確かに、そうだった。目が見えないし、体は動かないし、それで異世界に転生したかどうか分かるわけがない。しかも当然言葉は分かんないしな。
「で、それがなんで異世界の転生者がいない理由なんです?」
「心が保たないでしょう。10日ほどであれほど衰弱するなら、五感と四肢が満足に発達して状況が把握できるようになるまで数年と考えれば……。事例が少なすぎるのでなんとも言えないところではありますが」
「赤ん坊の目が見えないなんて、なってみて初めて知りましたからね」
「赤ちゃんは生後半年くらいまでほとんど目が見えないの」
答えてくれた声に振り向くと、上郡さんが立ってた。目を真っ赤に腫らし、グズグズと鼻を言わしているが、目力は随分しっかりとなっていた。
「へー、そうなんだ。あ、どうぞ、座って」
俺は上郡さんに席を勧める。彼女は黙ったままだが、素直に俺と師匠の対角線に腰を下ろした。
「まだ、気持ちの整理が付かないだろうけどさ。俺たち誘拐されているらしいから、そのことについて話し合いたいんだ」
話は主に俺からすることにした。師匠はイケメンだが、知らない人間なわけで、それよりは同級生の俺が説明した方がいいと思った。名前も知られていなかったのでどれほど効果があるのかわからなかったが。
それから俺は、時々師匠に補足してもらいながら、現状の認識。俺たちの生まれや、犯人についてなど知りうる限り、できるだけ丁寧に説明したつもりだ。
クレオリアこと上郡さんは、じっと口を挟まず聞いていた。正直、頭が混乱しているだろうし、ちゃんと聞いているか分からなかったが、俺の説明がひと段落すると、彼女の方から口を開いた。
「……時間のリミット。私たちが目を覚ますまでの時間は?」
目は真っ赤に腫れているが、上郡さんの口調はしっかりとしていたので正直言って驚いた。さすが高スペック女子。
「使われたのは、恐らく白魔術の眠り香ですから、専門外の我々には薬の効果時間は分かりませんが、二人の生命波動をみるにもう暫くすれば目は覚めますね。
しかし、それに関しては、こうやって事情を説明できた時点で、それほど心配する必要はありません。貴方達は赤子ですから、すぐに眠くなりますし、非常事態の時は、体内魔力を枯渇させればなおさらすぐに眠くなります。エドは既にできますが、その方法をクレオリアさんに学んでもらいます。なに、簡単です。貴方の才能なら説明だけでできる筈ですよ」
そう、上郡美姫も前世では高スペックだったが、今世でのクレオリア・オヴリガンは高スペックを越えて、チートな存在らしい。だからこそ、夢の中に入って上郡さんにコンタクトをとったのだ。体内魔力の保有量は、生まれたばかりにもかかわらず、クレオリアは質も量も一人前の黒魔術師クラスらしい。そんな彼女の『箱庭』を構築維持できれば、行使できる術のレベルは俺の比ではない。
「とは言え、貴方の保持魔力は我々の切り札ですから、枯渇されては困りますが、あくまで緊急用に覚えて置いてください。時間がないので外の様子を見ながら説明します」
エリック師匠はそう言ってから、扇を一振りした。200インチ液晶がオンになり、外の状況を映し出した。
画面が発光し、やがてそこに外界の様子が映る。
どうやらそこは、どこかの倉庫の中のようだった。