END-1 Just the way you are. ( I'll take you )
「うぁああああああ!」
叫び声が狭い部屋に響き渡った。
誰の声とは僕の声。
エドことエドゥアルド・ウォルコットだ。
僕は飛び上がろうとしたが、額をアイアンクロー状態で抑えられて枕に押し付けられる。
ギリギリと爪が食い込む。
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
僕は抵抗するが、
「煩い」
と冷たい声で言われて、すぐに黙った。
早朝、おそらくまだ午前四時にならないくらい。
当然まだ暗い。暗いというか、まだ夜だ。
「ど、どうした!?」
父ちゃんの声がする。どうしたと言われても僕にも何が何だか分からない。
夢でないのだとしたら、薄暗い部屋の中に、輝く髪を持ったその人は、あの人に間違いがない。
姫様ことクレオリア・オヴリガン。
昨日あんな別れ方をして、どうみても僕らは決別したと思った。
考えられるとしたら、あれだけボコボコにしたのに、まだ死足りないのか。
なぜクレオリア姫が僕の前に現れたのか、心当たりがなさすぎて、引っかかるものさえない。
ちょっと反り返ってみるが、頭を押さえられているだけで横にも動けない。ジャングルの王者ター○ゃんみたいに不格好に腰を突き出すだけだったので諦めた。
押して駄目なら引いてみろ、じゃないけれど大人しくしてたら額からすっと指が離れた。
「……」
「……」
クレオリアは、それは間違いなく闇の中で彼女は、何も言わずにボクの顔を見つめていた。いや睨んでいた。僕はなにかまずいことを口走らないように黙っている。
相変わらず美しい顔がそこにあった。
闇の中でも分かる。
前世からずっとそうだ。人生の主人公に相応しい魅力を持った存在。
そんな人が、何をいまさらこの僕に用があるのだろうと、いくら考えても分からずに、考えれば考える程に気持ちはドロリと冷めていく。
「えっと」
とどちらかともなく口を開いた。だが、
「なにぃ~?」
寝ていたミラ姉ちゃんが上がらない瞼を擦って、体を起こした。そりゃ当然だ。こんな騒がしくして起きてこないわけがない。これでも寝ていられるのは隣のヴィくらいだ。逆にすげぇなコイツ。
両親も異口同音に「大丈夫か!?」と兄弟の部屋までやって来ている。
だが、中までは入ってこれないようだ。いや、ソロリと入ってきたが最初の勢いは完全になくなっている。
「姫さん?」
父ちゃんが恐る恐るといった感じで暗闇で一人輝くように存在する人影に尋ねている。
んん? 面識があったのか?
という疑問も一瞬挟んだが、それはすぐに緊張感でかき消された。
「ウォルボルト。朝早くから悪いわね」
と姫様の冷たい有無を言わせぬ声色。
「悪いついでに、息子をちょっと借りて行くわよ」
悪いとも絶対に思っていない、返事を聞く気も無いに違いない。
寝たままの僕の襟首が掴まれる。
「ぐぅ!? 苦しい!」
バンバンと首元を掴まれた手を叩くが、立ち上がるまで容赦なく上に上がった。
「迷惑だから外で話しましょう」
どの口が! などとはやっぱり言えない。
そのまま、襟首を掴んだまま外へと連れだされる。
いやだ。などと言う勇気も僕にはなかった。両親にも、まだ寝ぼけているミラ姉ちゃんにもなかった。まだ寝ているヴィは当然だ。コイツ踏んだろか。
一名を除き、起きているにもかかわらず硬直している家族に見送られ? そのまま僕らは家の外に出た。
夜の冷気が全身を舐めあげる。もう冬のような寒さは和らいだが、それでもまだまだ空気は冷たい。
星空が店じまいして、朝陽が昇ってくるまでの間の時間だ。空の様子はやっぱり午前四時。
このお姫様がどれだけ非常識な時間に押しかけて、いや襲撃してきたかわかるだろう。どうやってアーガンソン邸の内部に入ってきたのか。ただこの時は僕にそんな疑問は浮かばなかった。余裕がなかった。
「正座」
戸外に突き飛ばすようにして腕を離された僕に冷たい声が届く。
思わず上を見た。
「星座?」
「せ・い・ざ!」
「あだう!」
ローキックが飛んできた!
僕は大急ぎで言った言葉を理解して、ピョンとばかりに正座する。硬くて冷たい地面に正座はちょっとした虐待だ。同い年なので、この場合はいじめか。
「……」
人を野外で正座させた姫様は、何か言いたそうに、少し唸りながら僕の周りをウロウロと歩きまわっている。その凄みは幼女ではとてもなくて、腹を空かせた月輪熊に見える。あ、当然心の中でそう思った。
何度かこちらをチラチラと見ていたが、やがて姫様は僕の真正面に立った。
僕は正座なので、位置的に大変危険な状態だ。もしケリでも飛んできた日には、首から上が消し飛ぶだろう。昨日の取っ組み合いを思い出してそう思う。
「で?」
と短い言葉が飛んできた。相変わらず零下の声色。
で?
で? ってなんだ?
これって選択肢間違うと怒鳴られるパターンじゃね?
まだ、突然現れたことにも対処できてないのに、そもそも選択肢がわからん。
なんて答えりゃいいの? 頭のなかは空回り。
答えを無意味に探るうちに、さらに言葉が重ねられる。
「何か言うことない?」
今にも膝か、踵が飛んできそうで冷や汗が流れる。
なに? 言うこと? なんだ? そもそも質問するのはそっちなのか?
「……お」
「お?」
「あ、いえ、なんでも」
思わず「おはようございます」と言いそうになって、無理やり自分の喉に急ブレーキをかける。
絶対違う。
100%『 How will I die? 』だ。
くそ、夜討ち朝駆けとは、頭が回らん。
「……」
「……」
また沈黙が始まる。
なんなんだ? 言いたいことがあるなら言えよ。
と思ってたら、
「何で隠してたの?」
予想もしていなかったので、当然予想外の言葉。いや、時間など関係のない言葉。
僕の頭から血が一気に下がっていったのは、何も起き抜けのせいだけじゃない。
「何で相談しなかったの?」
「い、一体、なんのことやら、でしょうか?」
確信的な疑惑を無理やり抑えこんで答えた僕の両肩を、姫様は掴んだ。
「?」
近い、近い。顔が近い。
姫様の完璧な造形がすぐ目の前に迫る。
キスする気じゃないよね?
どう見ても男らしい持ち方で女の子からする作法に適っていない。というか両肩に掛かる圧力はそんな力加減じゃない。
「え?」
灰魔術師の高感度の『目』が、姫様の体を巡る不穏な魔力の循環を捉えた。
「え? え? え?」
うそ、うそ、マジで?
世にも珍しい『太陽神の恩恵』持ち、公爵令嬢クレオリア・オヴリガン。
流刑皇子と帝国始皇帝の血を引く、彼女の持つ生まれながらのスキル。
雷の力。
『目』に映る事象に、記憶が結びつく。
嫌な予感しかない。つーか嫌な要因しかない。
僕の『目』は条件反射的に自動でそれを判別し、僕の口は心情を素直に現す。つまり叫び声を上げた。
「ああああぁぁぁ! ストップストっぷすとっぷぅ!!」
僕はこの後にくるモノをその『目』に映し、必死で腕を引き剥がそうと掴むが、がっちり抑えこまれてビクリともしない。
パリパリと静電気で彼女の美しく長い金髪が宙を舞う。
なんか全身が青白く光ってないか!?
明らかに『充電完了』状態。
「ああああああああああああはははははははははははははhhhぁ!」
笑っているわけではない。この後に来る恐怖に笑っているように聞こえるだけだ。
お仕置きだべぇ。
とは言わなかったが、灰魔術師の『目』にはハッキリと瞬きに『ソレ』が流れてくるのが分かった。
「ははははははああああいやややぁぁぁぁぁああああ! ダタたたたたったたったたたた!」
『ソレ』がきた。
「いたい! いたい! いたいいたい!! きつい! きつい! きついきつい!!」
バリバリバリバババババと音はしなかったが、確実に彼女の体を通って僕の体を流れる『太陽神』の電撃。
ガッチリ掴まれた両腕から流し込まれる電流は、一旦具現化されれば物理現象であり、僕の異常な魔力耐性値など考慮も遠慮もしない。もちろん魔力耐性値のおかげで姫様の両手から出た途端に魔力の制御を失って、自然法則に従うが、そんなものは肌が接しているゼロ距離である以上何の意味もない。あとは僕の潤いあふれたお肌が頑張って抵抗するだけだ。
「死ぬすしヌシぬ死しっししすぬぅ!!」
なんかロケットみたいに飛んでいきそうな振動が体中を駆け巡っている。
「体に害のない低周波を使用しております」
冷静な目で覗き込みながら、声色の変わらない冷たい声が絶対嘘だろってことをのたまう。
バラエティのテロップかよ!
「無理無理無理無理無理無理! キツイわ!!!!」
「答えなさいよ!!」
必死に怒鳴ったら、怒鳴り返された。
ええ!? なんなのこの理不尽?
ようやく電流が止んで、肩を掴んでいた手が離れる。
僕は地面に突っ伏した。だがのたうち回ることもできずにその場で固まっていた。
おおおおおおお。未知の体験。
物理的にガクブルしている僕はまるで土下座しているようだ。
その僕の肩を押すように、足の裏でコロンと蹴られる。
降参した犬みたいな格好で仰向けになった。やっぱりまだ痙攣していた。
「正座して答えなさいよ」
あまりに横暴な言葉に、「できるか!」と答えたいが、
「で、でで、で」
と顎全体がバイブレーションして言葉が出てこない。
そんな僕を冷たい目で見下ろしながら、
「どうして病気のことを黙っていたのよ」
冷たい声で問うてくる。
クソ! 誰だ、チクりやがったのは!
「き、君にはかけ、関係ない」
ちょっと噛みながらも虚勢を張ってみせる。
こっちとしても、あれからそれなりに考えて出した答えだ。
魔力耐性値の異常上昇によって、魔力供給ができなくなり、閉じて切り離されやがて……死ぬ。
それより前に、灰魔術師としての魔力高感度センサーである『目』も失うだろう。失明まではわからない。
だがこれはあくまで僕の問題だ。
僕と姫様の道は別れた。
彼女は立ち止まってる場合じゃない。それが僕のためなんて無駄以外のナニモノでもない。
電撃で強張った体を、無理矢理に動かしながら、彼女を睨む。
睨んでいるが、正座と言われたので正座し直す。今はこれが精一杯。
睨んだけれど、睨み返されて思わず下を向きそうになったが、無い根性を絞り出してそこだけは踏ん張る。
「関係ないワケが無いでしょうがぁ!」
ドスの聞いた視線と声が返される。電撃で足腰立たないおかげで逃げ出さずにすんだ。
完璧な公用語を操る姫様にしては珍しい巻き舌の崩れた発音。
「誰が、いつ、何時何分何曜日、地球が何周周った時に、関係ないって言ったのよ!!」
言っていることはまるで子供だ。
いや、子供なんだけど。いやいや、ここは地球じゃないんだけど。
こういうタイプだったっけ?
「六年前の約束なんて、僕には……」
ああ、そこまで言いかけて僕は止めた。彼女は知っている。少なくとも僕の言い訳が嘘だってことくらいは。
チクショウ。どこのどいつだ。と思って犯人を内心探す。
僕のこの体のことを知っているのは、師匠、ギニー姉さん、ジガ婆、ソルヴ総帥だけのはずだ。ガーランドも知っているか。でも両親姉兄も、ナイジェルさんも知らない。ジャックさんは微妙。師匠から連絡をとる手段は無いはずだ。少なくとも昨日の今日で姫様に伝わるはずがない。
あと知ってそうなのは……いたな。
オルガ。
僕の脳裏に、自称姉を名乗っていた金髪美女の顔が浮かんだ。
闘志の固まりのような魔粒子を纏っていた血の匂いのする亜人。
吸血鬼らしいが、それにしては陰の気のない。底抜けの単純さを持つあの女だ。
吸血鬼の最上級種。完璧な吸血鬼。なんだ完璧な吸血鬼ってよ!
よくよく思い返してみるとガーランドや師匠と同じ感じ、自分や姫様に近い気配。
あの時はすぐ側に、姫様がいたせいで気にしてなかったが。
師匠に何者か尋ねてりゃよかった。まさかこんな朝早くに来襲されるとは思わなかたっけど。
ああ、クソ。気になることはすぐに確かめるべきだった。いや、こんなの予想できっこなかったし。
とにかく僕と姫様と会っていて、なにやら思わせぶりなことを言っていた、あの電波ババァだ。
これでも、記憶力だけは自信がある。
チ、っクショウ。アイツか! 要らないことを教えやがったのは。
内心の憤りにグヌヌヌとなっていると、
「勝手に決めて、勝手に嘘を吐いて、勝手なことをして、君は何をしてるの!?」
彼女の言いたいことは何となくだけど分かる。
迷惑だよな。そういう奴って。
でもさ、
あの日、君はいなかったじゃ無いか。
ホウ・レン・ソウって言ったって。
僕が自分で決めるしか無いじゃないか。
あの日の気持を思い出す。
僕の運命が知らされた時。僕の余命が告げられた日。
怖い、怖い、怖い、怖い。
たった十年しかないなんて、酷すぎる。
息苦しい。目の前が真っ暗になった。
これは、今のこの気持は僕が僕なりに、あの日から考えて決めた気持ちだ。
選んだ選択だ。
息苦しくて、鼻から息を吸い込んで、俯いて足掻いて、祈って悩んだ。
君に置いて行かれることを選んだ。
僕の選択だ。
描かれなかった話だ。君に再会するまでに決意した話だ。
一世一代、俯きながらも、僕が僕だけで決めたことだ。
僕が唯一自分で自発的に独力で決断した記念日。
正解している自信など皆無だけれど、決断しただけ自分を褒めたい記念日だ。
「なんで、言わなかったのよ。なんで話してくれなかったのよ!」
姉さんの病死。兄さんの殺害。そんなの君には関係のないことで、話せば長いことで、もう随分前の話だ。
「何やってんのよ! 諦めないでよ! 物分かりのいいこと言ってんじゃないわよ! 何カッコつけてんのよ!」
腰抜けと言われている。青二才と言われている。中二病と言われている。言い訳だけのカッコつけだと思われている。
それ、正解。いちいちごもっとも。
息苦しくなるほど、ぐうの音も出ないほど、正解。
「無理だよ……。僕には先がない」
だから、僕は、こんな僕によって彼女の物語が駄作にならないように、早々に退場することを決めた。
「僕に、こんな僕に、構ってる時間なんて、余裕なんて君にはないだろ?」
その言葉に彼女は一層、叫ぶように罵声を浴びせてきた。
「ふざけんな!」
と、
「私のことを勝手に決めるな!」
と。
「欲張りなさいよ! 君の居場所がこの世界にあろうが、日本にあろうが」
「僕は…ぼ、僕は、君にだけは、迷惑かけたくなくて……でも」
本当はかっこ悪くて、平凡な僕を見せたくないだけの虚栄心だってことを、彼女は正確無比に言い当てていた。
酷い。
彼女のような人に、それをズバリ言われるなんて。
こんな格好悪いこと無い。
今日も、また、昨日と同じように彼女は怒り。僕は嘘をつきそうになっている。
きっとそれは間違っているのに。その選択肢に収まっていく。
昨日と同じだ。
気持ちがささくれだって、暴力的に汚く、投げやりな感情が満たしていく。
いいとかわるいとか、ただしいとかまちがっているとか、そういったことは希薄になっていく。
「あ……」
僕はまた間違った選択の言葉を吐き出そうと口を開いた。
でも、
目の前を人が通った。僕と姫様の間に、無関係で場違いな人影が突然に。
「……え?」
「……?」
僕も姫様も、その闖入者に目の前を横切るまで気が付かずに、呆然と見送った。
「ヴィ?」
マットブラウンの尖った毛先。散髪しているのはミラ姉ちゃん。
血の繋がらない僕ら三人兄弟の真ん中。五人兄弟の下から二番目。
それは、その人影は、間違いなく僕の同い年の兄、ヴェルンドだった。
ヴェルンドは僕達の視線などには気が付かずに、ボーとしたまま僕らの間を横切って、家の近くの草むらに歩いて行った。
自然と僕と姫様は今までの空気を無視した存在に、目が惹きつけられる。
ヴェルンドはゴソゴソと草むらの前でズボンをいじっている。
まさか、コイツ。
僕の予想通り、しばらくして、ジョロロロという、生温かい音だけが夜の空気に響いた。
僕は思う。
そこはトイレじゃねえ。
信じられない。なんて空気の読めない男だ。
自分のことじゃないから恥ずかしくはないが、どういう態度をとっていいかわからないから、いたたまれないよ。
「ブフっ!」
僕の首を曲げた横顔に、吹き出した笑いが届いた。
僕は意外そうな顔をしていただろうか。不思議そうな顔なのか。信じられないものを見たような表情というほどには、そこまで劇的な表情はしていなかっただろうけど。
彼女が笑っていた。お腹を抱えて。
いや、いや。
立ちション見て笑うって、女子としてどうなのよ。それともそんなことは童貞の幻想かしら。
「アハハハ。しょーもない」
笑いながら彼女が言う。
しょうもないのに彼女は笑う。憑き物が落ちたように笑う。
僕はというと、少し置いてけぼりを喰らわされた気分で姫様と、そして生理的欲求を満たす我が兄を交互に見た。
何か違和感、納得出来ないものをこの空気に感じていたのは僕がやっぱり凡人だからか。
でも、確実にホッとした空気が流れた。
まるでこの場を満たしていた闇が、いつもの夜に戻ったように。
「しょーもないね」
もう一度彼女が言ったから、僕は姫様にフォーカスを合した。
姫様もしばらく僕を見つめる。見つめるというよりは少し柔らかに僕を眺める。
その綺麗な瞳に涙が溜まっている。笑い過ぎだよ。きっと、笑い過ぎだ。
「こだわり過ぎだ。君も、私も」
何についてかは推測できない。でも僕はその言葉に、全身を固めていた力を抜いた。
そうすると、より一層彼女がよく見えた。
そこにいるのは小さな女の子。
黒髪でもない。日本人でもない金髪で碧眼の幼女。彼女の六年間がそこにあった。
だったらきっと、彼女の目に映る僕も、どこの誰だか知らない六年間の僕だ。
僕らがお互いに知らない六年間が個々にあるはずだ。
「話してよ」
残念ながら、
「それは無理だよ」
六年間のすべてを語って、僕がどう変わったかなんて時間の都合上無理な話だ。
「無理でも良いからやってみてよ」
時間があったって、六年間のすべてを等価値に述べたなら、それはきっと説明にはならないだろう。でも六年間のすべてを知らなければ、誤解なく伝えることなんてできないだろう。
魔術を使えば記憶は全て伝えることはできても、それを僕がどう思ったかまでは伝えることはできない。それはこの世界だけじゃなく、デジタルな日本であっても同じことだ。
だからやっぱり無理な話なんだけど、君がやれというなら、
「また嘘を吐くかもしれないよ?」
僕が選択した六年間の話をするしかないのだ。
「いいわ」
嘘つけ。
「いいわ。話だけは聞いてあげる」
話だけかよ。
僕らの関係性を表しているとも言える。僕が取捨選択の捨した関係。
君はそれを再考するという。珍しいセカンドチャンスだ。
それだけでも、価値のある出来事かもしれない。
だから素直に、僕はこの機会にいつもどおり流されるまま乗っかることにした。
「僕には、無理だ」
今度はしっかりと、同じ意味の言葉を、しかし今度は間違えずに言えた。
結果も選択肢も同じなのに、不思議なもんだね。
「僕には、無理だ」
僕は僕の六年間の、偏向されたダイジェスト版を彼女に話し始めた。
次回完結です。
MOB男の物語はここで一旦の区切りとさせていただきます。
お付き合い下さり、ありがとうございました。
またMOB男のお話を披露できるその日まで、しばしお別れです。
*この世界の続き自体は別主人公、別作品、別ジャンルにて連載開始しています。作者作品一覧からどうぞ。
*第2章、第3章の番外編・後日談はシリーズリンク『Mushup』にて公開予定。
最後にもう一度読者の皆様、
ホントにホントに、ここまで読んでいただきありがとうございました。――豆腐小僧。