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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第三章 MOB男の人言奸計と思春期殺害報告書
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最終(独)話 ひとつでありながら位置に無く、ふたつとないので似ていない、三死が無くて誤でもないのに互にあるものなぁんだ(彼)







 なるほど。


 ああ、なるほど。

 

 できるなら膝をポンと叩きたいところだ。


 エドはポツンと闇の中で、一脚の椅子に座ってそう思う。

 実際はそうも高揚した様子ではなく、ボーっとしているようにしか見えない。


 仮想現実世界『箱庭』の底にある、造りかけの塔の傍。

 何もない暗闇に向かって何をするでもなく座っている。


 その後ろでは相変わらずヘッドギアをつけた苺姫エルビーレがデッキチェアに寝転んでいた。

 『渡鴉コモンレイブン』と名付けられた球体オブジェも塔の建設を黙々と続けている。

 誰も声を発する者がいない。いつもは「兄者、兄者」と煩い幼女も、エドを慮ってか黙っていた。


 長い一日が終わって、日課になった『箱庭』の起動時間だ。

 仮想現実世界『箱庭』は起動起点になる対象者(この場合はエド)が眠っているか意識を失っている必要がある。

 寝ている間中、『箱庭』を起動し続けることはできるが、エドは一日の稼働時間を決めている。


 三時間。

 それがエドが夜眠ってから朝目を覚ますまでに『箱庭』で過ごす時間だ。


 『箱庭』で過ごしている間、エドの体は眠っているので、体力の回復は通常の睡眠と同じく行われる。しかし、記憶の整理は行われない。その脳の最適化デフラグ処理のために、毎晩四時間半の完全睡眠を取っていた。


 いつもなら、この三時間を使って、『渡鴉コモンレイブン』のメンテナンスや灰魔術師修行、幼女相手に組手の稽古などを行っているが、今日ばかりは何もせずに椅子に座っていた。


 いつもは休憩がてら投影する仮想幻影の『朝陽の丘』も今日は気分じゃなくて、何もない暗闇を眺めている。


 あれでよかったのか、などと取り返しをつける勇気もないくせに思い悩んでみたが、結局のところどうでも良かったなどとは思えない存在であることを、今更ながら思い知ったので、


 なるほど。


 と思った。


 どこをどうみたって金髪碧眼白人風猛獣的美幼女と書割的粗略型赤目白髪坊主とはまったく、遺伝子レベルから違うと言われても、言われた本人だって納得するはずなのに。

 もう妬ましいとかということさえも思わない。彼女は神様によるとプラス評価で、エドはマイナスでさえ無いのは確定的だ。


 僕と俺を人によって使い分けして、強い者には逆立ちして靴だって舐められるし、弱い者には心の奥底でそっと馬鹿にできるけれど、それを「ああ、それがどうした」と胸を張って、決して徹底して演じることのできない、卑怯で安っぽいプライドを盛りだくさん持っている自分と、違っている彼女は違う。いや例えそうだったとしても、彼女なら格好良く、納得できるようにそれをそういう風に歩いていけるんだろう。こんな風にお互いをアップダウンして考える事自体が、真逆の証明である。


 それでも、エドは彼女にとって、一緒。いや、一緒じゃないと言ったばかりなので、何か。


 何か、なんだ。


 少なくともそれは、彼女を激怒させる。本性を表す。隠すことを忘れるほど。涙を浮かべて、眉間に皺を作って殴られるほどの、蹴っ飛ばされるほどの、ボッコボッコにされるほどの、何かが自分にはあるのだ。


 エドにとってこの世界の石ころと、兄ちゃんと、姉ちゃんと、兄弟と、父ちゃんカーちゃん、その他もろもろ、オッパイのあるなしも含めて。それらが同じになるまでフィルターを引き上げたのに、それでもエドにとって彼女だけは何か、であると同じように、実は彼女にとってもエドは何か、なのかもしれないという、希望的観測すぎると嘲笑する声を押しつぶして、事実真実真理神託風味の感触がまさに舞い降りた。


 エドにとって、エドのような人間にとって、彼女のような人気者ポピュラーなカーストの人間に、「そこにしびれる憧れるぅ!」な何かは感じて当たり前の話ではある。人気者に実際になったら豆腐のように脆く崩れるとしても、太陽の光が眩しすぎて、見つめれば目を潰すとしても。


 でも、逆方向の矢印など、決してありえないと感覚として思っていたのは謙虚謙遜とは言われないだろう。

 その既成概念に則れば、彼女の感じた何かは、恋でも愛でも憧れでも無いはずだ。残念ながら、差し出されても手に余るし、困るものだから。


 そういったものは、お兄さんやご両親や、未来に必ず現れるだろう、イケメン、金持ち、セクシィによるゼクシィな存在に抱くべきだし、抱くだろうし。


 何かが何なのかは重要じゃない。

 何かが何かあることが、何故かあることをどうでもよく思わせてくれる。


 コロコロコロコロ、吹き出す色は変わる。

 何かは、何かであって、未知の物体Xであって、現実世界にどう影響を及ぼすかはまったくもってわかりません。殺意、憎しみ、罵倒、告白、愛、好意。具体的行動の鍵穴に通せば、ヒョッコリと何かは何かでなくなってしまう。


 つまりそれが何故であるかはどうでもいい理由。何か、があるというのは確かだと思うけど、それが密閉容器の蓋を開けた途端に他の何か、になるしかないんだから。


 頭はぶん殴られて、首は蹴っ飛ばされて、体は打ち据えられて、心はラ○ちゃん的あれで、ショックを受けてズキズキいった。でも壊れかけの電化製品が、乱暴にそれで正常に戻るように、まるで無駄な枝葉が剪定されるように、指と指とがつながって、光るように。


 ありがとうございます。と言って、

 ありがとうございました。と言わなきゃいかない。


 どういうつもりだったかは知らないけど、あの変な吸血鬼と乱暴者の元クラスメイトには何度そう言ってもきっと言い足りない。


 金属部品が無理やり元に戻るように、劇痛から激痛に鈍痛を経過して、心が元にもどる。

 クレオリアの怒った顔を思い出すと今でも少し泣いて、決心が鈍りそうだけど。


「ビビんな」

 自分を鼓舞する。


 後はきっちりと幕引きをすればいい。


 彼女はエドを裏切り者と罵り、薄情者と見下すだろうが、それはそんなに的外れではない。

 少し、いいや、かなりエドにとっては、そんな評価はずっしりと、ズキリと心にのしかかって突き刺さるけれど、これまさに自業自得と言わざるをえない。


 なので明日からは、たった十年間ほどの人生を生きていこうと結論づけた。

 それが十年後の世界があるように頑張ろう。

 ちょっとこの街が良くなるように、趣味くらいのつもりで精をだそう。


 それがエドにとって、少しは人間らしい余生だと思う。


 にんげんらしい行いというと、なにかとてもいい言葉のように思えるけれど、そういう時にこそ使う言葉だけれど、考えて見れば見るほどそうではない言葉だと、思っちゃったりなんかして。


 お腹が空いた少女が、最後のパンを他人に分け与える行動も、にんげんらしい。

 自分の命をかけて、赤ん坊を守る母親の姿も、にんげんらしい。

 家族のために、生き方を変えようとした少年の決意も、にんげんらしい。


 けれど、人を騙すことも、殺すことも、殺すことより殺されることに恐怖を感じることも、にんげんらしいといえばにんげんらしい。前世では、前世でさえも、人間を最も殺した生物も、人間を騙した生物も、人間だったんだから。


 だから明日からも、エドはエドらしく精を出して生きていこう。


 十年後に彼女が日本に帰れているのか分からないけれど、

 十年後にエドがこの街を少しは良く変えられているのかは知らないけれど、

 十年以降もエドがこの世界から絶縁状を突きつけられていないかは保証の限りでないけれど、


 人には等しく時間は流れる。


 だから明日からも、彼女が彼女らしく輝いているように祈りながら、

 今日は眠りにつくとしよう。


 エドは椅子から立ち上がる。


「少し早いけど、『落とす』よ」

 幼女と球体オブジェに声をかける。特に反論もないので柏手を打った。


 キューンと、『箱庭』全体に何かが収束するような音が低く響いて、この世界のすべてが闇に飲み込まれていった。

 幼女も、『渡鴉コモンレイブン』も、造りかけの塔も、もちろんエドも全てが闇に崩れて、溶けて、そして意識は暗闇に落ちていった。







 新しい朝が来た。


 希望の朝かは知らないが。


 日曜日なんてものは曜日としてはあるが、休日としてはないので今日も目を覚まさなければならない。

 ちなみに今日は金曜日なので元々関係がない。


 ゆっくりと意識が泥のような闇から浮き上がってくる。

 エドはいつも午前四時半に目を覚ます。かなり早いようだが午後九時には寝ているのでこれでも充分寝ている。


 いつもならそれなりに寝起きはいいのに、今日はぬったりと不快な眠気が残っていた。

 昨日は長い一日だったから、疲れが取れなかったのかもしれない。

 けれど、その原因は、眠りが少し早く覚めてしまったからだ。

 何かの気配を感じて、エドは目を覚ましたのだ。


 そっと、不愉快そうに眠気の乗っかった瞼を開けた。


「……」


 そして閉じた。


 なぜ閉じたのか。二度寝をしようというのではない。


 二度寝は気持ちがいいが、一度してしまうと二度と起きれなくなるという副作用があるので、一度目を覚ましたら、エドは一旦起きるようにしていた。この辺りは受験生としての経験か。いや、そんなことはどうでもいい。目を閉じたのは二度寝のためではなかったのだから。


 なぜまた瞼を閉じたのか。


 まだ寝ていると思ったからだ。どうやら夢を見ていたらしい。『箱庭』とか『夢凪』とかいった灰魔術ではなく普通の夢だ。


 まぁ納得はできる。昨日はあんなことがあったから余程印象に残っていたのだろう。

 だから夢だと思って目を閉じた。なんで夢だと思うと目を閉じるのかはエドにも分からない。

 人はそういう物だと言うしか無い。


「こら」


 短いが確実に自分のものではない、声がした。性別さえ違う。綺麗だが冷水みたいな声だった。

 その声は何故か夢であるはずなのに、自分の体の外から酷くクリアに聞こえる。


 エドは瞼を開けなかった。何故か背中がゾクッとしたからだ。

 ありえないものが、すぐ傍にいる気配がする。


 眠気が急速充電されたように意識がハッキリとしてきた。


 どう考えても自分の体も意識も起きていた。なのに存在する気配があった。

 しかし、これが夢でなかったのだとしたら、先ほど見えたものは幻術魔法の類であるはずだ。

 そんなものは自分には効かないのだけれど。


 エドは若干、少しだけ震えながら目を開けた。


 バッチリと目と目が合う。


 蒼い空のような瞳だ。金色の長髪が白く細い顔を覆っている。下を向いているのに美しい顔の造形が全く崩れる心配がない、まだ幼い顔がある。


「おはよう」

 『ソレ』が言った。


「%$#!?!」

 エドは薄い布団に入ったまま、声にならない叫び声を上げていた。







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