75 ホーム・スィート・ホーム・スーホズホース
クレオリアは諦めた。
オルガという名の高位吸血鬼を家に招くか否かという無駄な悩みについてだ。
この屋敷にはセドリックの敵意感知を伴った防御結界が施されているが、それはおそらくこのクラスの者を対象にはしていないだろう。それに本当に家族思いに基づく行動だったならもしかしたら敵意感知に引っかからないかもしれないし、そもそも悪いと思わなくとも扉を蹴破るくらいのことはしそうだ。
「入れてあげるけど、行儀よくね」
「へーへー」
イマイチ信用出来ないがしょうがないので中に入る。
入った途端執事のゲコウが立っていた。
「お帰りなさいませ、姫様」
いつもどおり、執事服をきっちりと着込んでいる。この六年間それ以外の姿を見たことのない変わらない姿だった。それはなんだかホッとさせた。
「ウン。二人は?」
「それはもう」
はぁ、と今日何度目かのため息をついた。ゲコウのその言葉だけで察する。馬車からいつの間にか姿が消えていたのだからしょうがないだろう。
「お二人共リビングでお待ちです」
「そう」
やっぱりため息が出たが、嫌なことはさっさと済ませようとリビングに向かうことにする。お小言を、小言で済むとは思えないが、おとなしく拝聴して今日という日を終わりにしたい。
「それで、お嬢様。こちらの方は?」
「あー」
オルガを見て、クレオリアはどう説明したものかと悩む。自称姉の吸血鬼というわけにもいくまい。それじゃあ只のおかしな人だ。違うのかというと、まさに正解以外の何者でもない。
「俺様はお前の創造主の姉のオルガだよ蜥蜴。ついでにこの子の姉だ」
さらに酷い説明だが、トカゲ呼ばわりされたゲコウは表情を変えることなくオルガに頭を下げた。
「左様でございますか」
あんな言葉で納得できたのか、そもそもその気がなかったのかは知らないが、クレオリアもそれ以上説明を加える気力は残っていなかったので放っておいた。
「おい、クレオリア」
リビングに向かおうとしたクレオリアをオリガは呼び止める。
「先に着替えてこいよ。お前汚い」
「は?」
「お前が着替えてる間に、お前の生みの親に俺から説明しといてやるよ」
それは到底、好意にならない厚意だ。いわゆる斧で小魚を捌くと提案されたくらい大きなお世話だ。違うか?
「あなたね」
「わかってるよ」
何が言いたいのか分かっているのか、オルガはその前を言わせなかった。
「心配すんな。俺は家族以外の弱いやつに興味なんてないし、お前の生みの親には感謝してるよ」
しばらく疑わしそうな目を向けていたがクレオリアは考えるのも嫌になったらしい。両手をパッと上に広げて「ご勝手に」と表現すると、二階に向かって方向転換した。
「それではこちらです」
ゲコウが素直にオルガを居間へ案内する。二人共この吸血鬼がその気になれば、この家のいかなる存在もオルガがどんなつもりだろうが止めることはできないと分かっていたからだ。
絶世の吸血鬼が居間に入ると、そこに二人の人間がソファに座っていた。
「?」
二人、つまりクレオリアの生みの親、スコットとニレーナのオヴリガン公爵家夫妻だ。
二人はクレオリアがやって来ると思ったのに、代わりに現れた若い美女をポカンと眺めていた。
ゲコウを伴っているので、不審者ではないと思われる。外見からもどこかとんでもなく高貴な貴族の女性に見えた。貫頭衣から覗く黒革のズボンがおかしいが、そんな小さな事では損なわないほどの美しさだった。美女と呼ぶのも卑下しすぎなほどの妖しい美貌を持った美女だった。
「ええっと」
より社交性に富んだニレーナが立ち上がる。しかし彼女でも突然過ぎて言葉がでないようだ。
オルガは気にせずズンズンと歩いて行くと、夫妻の対面するソファに薦められる前にドカリと腰を下ろした。
「こちらはお嬢様を送り届けて下さったオルガ様です」
ゲコウが紹介してもまだ少しぽかんとしているが、危険はないとわかったのだろう警戒心の薄い反応を返す。
「あらまぁ」
「ええっと、それでクレオリアは?」
「着替えをなさっています。その前にオルガ様からお二人に話があるそうです」
さすがに両親の前で姉ですとは紹介しなかった、スコットもニレーナも娘を送ってくれたと聞いてオルガへの態度が和らいだ。
それを見て、オルガはソファにもたれ掛かるようにして、だらんと首を後ろへ倒した。
「なるほど、大した結界だ」
二人の自然とオルガに向かい合っている様子を見て、この屋敷にかかっている結界が、自分の『位怖』と呼ばれる相対する下級生物への威圧能力が打ち消されている。
『位怖』自体は自分自身でどうすることもできない性質だが、これほど自然に『位怖』の効果を消しているのは最上位吸血鬼であるオルガでさえ感心するほどだ。
神人類であるクレオリアが今まで彼ら『ただの』人間と生活できたのもこの結界があったからかもしれない。
オルガは得心して頭を戻して、夫妻を見た。
「ああ、自己紹介しておこうか。俺の名前はオルガ。お前ら帝国貴族には常闇の都の女王と言えば分かるかも知れねぇな」
さすがに口上を高らかに注げるような真似はしなかった。もしかしたら魔女の言ったダメ出しを気にしているのかもしれない。
「はぁ、女王? 王国出身ですかな?」
スコットも、ニレーナも全く分かっていないようだった。オルガにはとんだ赤っ恥だが、もし王国出身だったら敵国の王族ということになるから、帝国貴族であるはずのスコットの反応もおかしいのだが、それをツッコむ人間はここにいない。
「お、おお。違うな」
さすがにオルガもちょっと恥ずかしかったらしい。
「旦那様」
とゲコウが助け舟を出す。
「オルガ様は帝国以東にあるという常闇の都を統べる吸血鬼の女王です」
「き、吸血鬼!?」
夫妻が共にギョッとする。
「心配すんなよ、美味しそうな匂いはしているが、妹の恩人に手ぇ出したりしねぇよ」
「妹?」
オルガは人差し指で二階を指して答える。
「どうやらお嬢様のことのようなのですが」
ゲコウの補足にさらにギョッとする。
「い、一体何を言っているのだ!」
さすがにスコットも怪物に愛娘を妹呼ばわりされて危険なものを感じたらしい。目の前の女に声を荒らげて思わず立ち上がった。『位怖』が打ち消されていなかったら、こんな命知らずな行動に出なかっただろう。『位怖』が打ち消されていなかったら、会話自体が成立していなかっただろうから、良いこともあれば悪い面もある。
「座れよ」
究血姫は特段それに気分を害した様子もない。のんびりと命令した。
ニレーナはスコットの手を引っ張って座らせた。こちらも危険なものは感じていたが、それは精神異常者だから、という理由からではなく、身体的異常者、つまり人間から見れば超越者であることを『位怖』の効果がなくとも感じていたからだ。その点で見ればオヴリガン公爵家の血筋であるスコットよりも、ニレーナの第六感の方が優れていたということだ。
「旦那様」
ゲコウもニレーナの警戒心に同意する。そして事実を告げる。
「私は旦那様もご存知のように、オヴリガン公爵家の屋内での安全のために命を投げ出すことになんの迷いもございません。しかし、目の前のオルガ様がその気になれば、私は自分の使命を守れる可能性は零でございます」
その言葉にスコットもようやく目の前の妖女の異常性に気がついたらしい。少なくともスコットがこの家に生まれて以来、この老執事がそのような言葉を発したことは一度もなかった。
「心配すんなって」
オルガの方は少し呆れているようだった。三人掛けのソファの肘掛に肘を乗せ、さらにその腕に顎を乗せると、両足を目の前のテーブルにドカリと載せた。
「妹の恩人に危害を加える気はねぇって言ったろうが」
どうやらリラックスした態度を取ることで、敵意がないことを示したつもりらしい。どう考えても間違っているが。
「おい、とがけのおっさん」
視線の方向からするとゲコウのことらしい。
「なんか酒的なもんあるか?」
「お酒ですか? 赤ワインやブランデーなどはございますが」
「俺実は酒があんま飲めねぇのよ。でも気楽に話すにゃ役に立つ」
これ以上どう気楽になるつもりなのかと突っ込めるクレオリアはまだ居ない。
「でしたら、お茶に数滴ブランデーをたらしたものは如何でしょうか」
「よし、持ってこい」
勝手したる他人の家だ。
「畏まりました」
頭を下げてゲコウが出て行く。どうやら老執事はこの吸血鬼の機嫌をとったほうが、使命を果たせると思ったらしい。
「それで、だ」
不信感で一杯の目を自分に向けている夫妻にオルガは視線を返した。
威妖な美女で、吸血鬼という存在のオルガの視線を受け止められる気概は、この吸血鬼にとっては好意的に受け止められていた。たとえ『位怖』の効果がなくとも、その勇気は褒められるべきものだ。
「俺がこの家に来たのは何も妹を送り届けるためだけじゃねぇ。お前たちに感謝の言葉でも告げるのと、そのお返しに忠告してやるつもりだったからだ」
そう言ってオルガはダランとした姿勢のまま、顎を置いていない方の掌を上に掲げた。どうやらそれが感謝の印らしい。それはどう見てもコタツで寝ながら弟に「それとって」と言った後のお礼にくらいにしか使えないはずだ。コタツなんてこの世界にはないけど。
「で、その忠告ってやつだがな」
オルガは少しだけ声のトーンを落とした。
「お前らはクレオリアを産んでくれた。それはとても感謝しているが、勘違いして舞い上がるんじゃあねえぞ。あの子はお前らにとってアレとしか言えない存在だ。分かんねぇよ。分かってるとおもってるならそりゃそれこそ最悪に勘違いだ。あくまで妹は俺達の妹だ。妹にとって生みの親は生みの親でしかねぇ。あの子はずっとこの先も『ワタシって違う』と思って生きていく。それは思春期にありがちな自意識過剰じゃなく、思春期の先もずっと生きれば生きるほど」
一拍置いて、吸血鬼は断言する。
「俺達は生まれて死ぬまで永遠に孤独さ。だからこその威血族だ」
だから、と吸血鬼は念押しする。
「お前らは所詮、産みの親で、育ての親にしかなれねぇ。その先なにがあるんだって顔してるが、そのうち嫌でも自覚するだろうよ。家族じゃないってな。お前らが今現在、俺に対して抱いている恐れを、あの子が成長すれば同じ思いを抱くことになる。それはハッキリと、クッキリと、明確にしておくが、あの子の責任じゃねえ。もちろんお前らでもない。
だから、気にするな。違う生物なんだから、しょうがねぇよ。形が似てるからついつい誤解しちまうがな。ついでにこれは警告の類じゃない。こんな口調だから誤解されるが、俺はさっきも言った通り、お前らには感謝している。だから忠告だ。この先に起こることを気にするなっていうな。
まぁ、下等存在がどうやったって、どうすることもできないだろうが、これは感謝に対するお礼と受け取っておけ」
パチリと指を鳴らす。
「ちょうど、主役のご登場だ」
その音に反応し、呪縛が解けたように夫妻が振り返ると、
「クレオリア……」
彼らの娘が立っていた。何と言っていいのか分からず、本当ならお説教をするはずだったのに、そんなことはもう頭から消し飛んでいた。
クレオリアはその視線から、オルガが言ったことが真実なのだと分かった。まるで魔法が解けたようにはっきりと、お互いが認識した。いや、両親がだ。クレオリアは生まれた時から自分の『違和感』を感じていた。それは自分が異世界人の転生者だからだと思っていた。が、それだけではないらしい。神人類という、人とは似て非なる者の抱える疎外感というわけだ。
でも、とクレオリアは幾分かの反抗心も手伝って、自分と同じ孤独を持つといった究血姫を見る。
「あなただって、私にとっては赤の他人よ」
その言葉に、オルガはカラカラと笑う。
「ああ、そのことも含めて話をしようか」
ちょうど、老執事が戻ってくる。
「ゲコウ、二人を二階へ」
クレオリアは両親に笑いかける。二人には感謝している。しかしオルガの言うとおりそれは肉親の情とは少し違った。いい人を好きになるのと、家族を愛することは違う。
だが、二人は立ち去らなかった。また、自分の中で認識した異生者を、霊的上位にある生命を、しかし、スコットとニレーナは両側から同時に抱きしめた。
「えっと、お父様、お母様?」
クレオリアは両親の行動に戸惑う。オルガも出されたカップに手を伸ばしながら、片眉を上げてそれを見る。
夫妻は揃って吸血鬼の女王に顔を向けた。
「ありがとう、オルガ様。娘を送り届けてくれて。そして娘のことを教えてくれて」
夫の言葉を夫人は受け継ぐ。
「けれど、オルガ様。分かり合えないことは、家族になれないことにはなりません。分からなくともこの子は私達の娘ですし、どんな存在であれ私達は私達の娘のことを受け入れます」
「えーっと?」
クレオリアは幾分居心地が悪そうに、両親を上目遣いに交互に見た。
オルガはしばらく三人の姿を眺めていたが、やがてガハハとその外見に似合わない豪快な笑いを上げた。
「いいじゃねぇか! やっぱり俺はお前らに敬意を表するし、感謝するぜ。妹の生みの親で育ての親が、お前らだってことにな。『受け入れる』か、確かにそれも家族にとって必要不可欠な条件だよな」
よし、とオルガは脚を下ろして、体を起こした。大股を開いてその太ももに肘を置いて少し前屈みになった。
「家庭環境は合格だ。なに、何度も言ってるが別に俺も妹をさらいに来たわけじゃねぇ。俺達は家族だっつっても年がら年中会ってるわけでもなく、各々好き勝手やってるだけだしな。お前らが『受け入れられる』ってんならそれは俺達みたいな存在にはまさに幸運なことさ」
そう言ってオルガはカップを口に含んだ。すぐに顔をしかめる。どうやら本当に酒が苦手なようだ。
「最後に妹と二人で話をさせてくれ。暗くなる前には帰るからよ」
「うん、なんだったら泊まっていってくれても構わないよ」
「お父様、そんな必要はないから。アレなら路上で寝ても犬も襲わな……イ、イイイ!」
途中で遮られたのはニレーナが頬を抓りあげたからだ。
「どうぞ色々とお話をきかせてくださいな」
「カカカ、そうしたいのはやまやまだが、俺も一国一城の主なんでな。あんまりウロチョロとばかりしてられねぇ」
「あー、お父様、お母様。……とりあえず、二人はお部屋に行ってて貰えます?」
ゲコウに二人を二階へ連れて行ってもらうと、クレオリアは先程まで両親が座っていたソファに座る。その顔が紅いのはホッペを抓られただけでもないようだ。
「まったく、人が良すぎて困っちゃうわ」
「いい両親じゃないか。羨ましい限りだよ」
そのオルガの言葉が茶化した様子が全くなかったことに、クレオリアは興味を覚えた。
「オルガに両親はいないの?」
「お前みたいのはいないよ。俺は最初で最後の一人だからな。親父もそうだ。まぁ、俺達みたいな同系種族とも寿命が違う存在だと、色々とな」
その口ぶりに、一言では言えない色々がその通り色々あったのだと想像できる。
「さて、お前が恵まれた家庭環境にあったのは確認できた」
クレオリアはお人好しだと言ったが、女王でもあるオルガの見たところ、あの両親は中々度胸もある人物のように見えた。それは種族としての弱さに影響されない。
それに加えて、この『位怖』を無効化する屋敷で育てられたことも家族間の情操には上手く寄与しているのだろう。妹の家庭環境としてはこれ以上のものはないのだとしたら、話を先にさっさと進める。
「お前はこの後、どうするんだ?」
「この後? 寝るけど? だからさっさと話を済ませて帰って欲しいんだけど」
「ツンデレかよ。そうじゃなくて、今後どうしていくかってことさ。俺もそれなりに長く生きているからな、威血族としての生き方を助言できる」
「威血族の生き方ってそんなものあるの?」
「大いにあるぜ」
とオルガは両手を広げて当然だろとゼスチャーを交える。
「俺達は『位怖』を持っているからな、これは自分じゃ制御できない。まぁ弟達みたいに感じないのはいるが、どちらも特殊すぎて参考にならねぇ」
「弟達?」
クレオリアは聞いてからすぐに後悔した。
「エドと、……嫌そうにすんなよ。後はそのすぐ側にいるヴォルグだな」
「すぐ側? ああ、もしかしてあのドワーフはヴォルグって言うの?」
「ああ、会ったことあるのか。そう、ここで何て名乗ってるのかしらねぇがアレが当代闇王のヴォルグだ。あれも『位怖』を普段は感じないが、さっきも言ったとおり特殊すぎて参考にならん」
「ちょっと待って」
クレオリアはオルガの説明に違和感を感じて話を遮る。
「あん?」
「もしかしてこの街に威血族が居たのは偶然じゃないの? 監視してたわけ」
オルガの答えはNOだった。
「いや、居たのは偶然だな。まぁ、でも居なけりゃ誰かが成人までは見守ることになったろう。お前らと違って俺や親父、それにヴォルグにとっちゃ人が成人になるまでなんて短いもんだからよ。だけど偶然にもお前らは二人共俺達、威血族に縁のある場所に生まれたからな」
エドはヴォルグがガーランドとして隠遁するアーガンソン商会に、クレオリアはセドリックの防御結界のある邸宅で生まれたというわけだ。
「で?」
「で? ああ、今後の身の振り方ね。そうね、帝都に行こうかと思っているの。私にもやりたい事があるから、帝都の学園で勉強しようと思ってる」
こういったら何だが、クレオリアにとってはオルガだって赤の他人だ。もちろん親近感は沸くが、決定的に威血族たちと違うのは、クレオリアは神人類という上級種でもあるが、日本人、異世界転生者でもある。孤独の解消というなら、日本に帰ること以上の方法はない。
それに、この街にはもういる理由も、いたいとも思わない。
新しい街で、仕切り直しするつもりだ。
オルガは意外な提案をしてきた。
「じゃあ、よ。お前俺と一緒に俺の国に行かねぇか?」
思わず、クレオリアはオルガの顔を見つめた。あまり真剣な表情でもないが、冗談のたぐいにも見えない。ごく自然に口にしているようだ。
「私が、あなたの国に行くって?」
「ああ、俺の城にも学べる書物なら大量にあるし、それなりの指導者もいる。俺の妹ならそれこそ超特別待遇で教育が受けられるぜ」
「いい大人が超とか言うのはどうかと思うわよ、女王様」
「混ぜっ返すなよ」
「あなた、さっき両親から引き離すつもりはないって言わなかった?」
「ああ、もちろん。これはあくまで留学先の提案とでも思ってくれればいい。お前が帰りたいと思ったらすぐ帰れるようにしてやるよ。それこそ、この国の学校とやらよりも便宜は図れる。でもな俺が提案しているのは何もそのことだけじゃねぇんだ」
「うん?」
「さっきの『位怖』だよ。俺達はこの制御もできない他者を威圧する能力を備えているからな。見た感じお前の『位怖』は俺と同系統の竦ませる系の『位怖』に近い。一緒だとは思わないが、少なくともそういう効果も含んでいるだろうよ。正直社会の中で暮らしていくには不便なもんだぜ」
オルガのように常闇の女王として眷属の頂点の位置で生活している分には問題はない。理解者という面では皆無だが、社会生活を送るには問題がない。しかし、クレオリアの場合は公爵家と言えどど田舎貧乏貴族の令嬢に過ぎない。そんな人物がこの性質を持って生きていくには色々と、それこそ迫害や悪魔認定など命にかかわる問題が起こることが十分に考えられる。
「お前がこの屋敷に住んでいるなら、問題はねぇがな。外にでるとなると色々と不便だぜ。今ならまだ『ちょっと怖い子』程度で済んでいるだろうが成長とともに強くなる傾向があるからな。特に今日みたいに気分が高ぶっていると『位怖』の効果は最大限に発揮される」
「『位怖』ね。あんまり分かんないけど」
「まぁ、自分で感じられるものでもないし、『位怖』を持てる上級種族間じゃ当然効果はないしな。だけど、今まで外に出た時それを周りの態度から実感したことはあるだろ?」
「え? えーと、ないわね」
「なぜ目を逸らす」
思い当たるフシはビシビシとある。
「だから、俺の国に来て、俺の妹として暮らすなら『位怖』もそれほど問題じゃないってことさ。王族にとっちゃこんなに便利な性質もないしな」
クレオリアは少し考えたが、
「やっぱり帝都にするわ。常闇の都って東方よりもっと東でしょ? 私セドリックさんにも会いに行かなくちゃいけないし。何か調べたいことがあったら遠慮なくお邪魔するけど」
「おう、来い来い。しかしセドリックか。アイツはちょっと注意しとけよ」
「何を?」
「あんまり陰口みたいで気分は良くないが、アイツは威血族のクセに妙に俗にまみれてるからな。まぁ親父とはそれで気が合うみたいだが、一言で言うと腹黒だ。なんか面倒なことに巻き込まれる前にトンズラこけよ」
「ああ、なんかそんなことをエ……、えーとそんな感じがするわね」
「ふーん?」
「なぁによ?」
「べっつにぃ。まぁお前が行きたいところに行けばいいさ。俺達家族は独立独歩がモットーだからよ。それにこの家の防御結界でも防げてるんだから、ヴォルグならそういう効果を持った魔道具くらい作れんだろ。一度相談してみな。ムッツリだが、悪いやつじゃねぇ」
「ヴォルグに、ねぇ」
アーガンソン商会の邸宅内の工房で働いているドワーフだ。当然、そこに行けば『アイツ』に出会う可能性がある。いや、お互いにあんな別れ方をしたのだから避けるだろう。それに伝手ならナタリーもいるし、会う可能性は低い。
「わかった。機会があればそうするわ」
「うん。そうしろそうしろ」
そう言ってから、オルガは再びブランデーを垂らしたお茶を口に含んで、また顔をしかめた。そんなにお酒が苦手なら頼まなきゃいいのにと思う。
「エドのことだ」
今度はクレオリアが顔を顰めた。顰めたというより、嫌悪感を隠そうともしていない。
オルガは喉を震わせ、「可愛いねぇ」と呟く。
「もう聞きたくないんだけど」
自分を裏切ったヤツのことなんて聞きたくなかった。これでも切り替えは早いほうだがいくらなんでも一時間ほど前のことを忘れる程でもない。
だが、オルガも同じ理由から弟のことについて話を始める。
「まぁ、聞けよ。姉として姉弟同士のいがみ合いを野放しにはできないお節介って奴さ」
「要らぬお世話ね」
「そうならない確信はあるがね。お前だってアイツの嘘に騙されてるのもシャクだろ?」
その言葉にソッポを向いていたクレオリアが動きを止めた。
「嘘?」
「ああ、お前らがどういう約束をして、どういう喧嘩をしていたかは知らないが、エドがお前を遠ざけたのは嘘というか隠していることがあるからさ」
オルガはフンと鼻で笑った。
「お前がアイツに執着してコロッと騙されるのもわかるけどよ」
オルガの言葉にクレオリアは般若のような顔で睨む。だが例え『位怖』が発動しても、この吸血鬼の女王は妹の怒りなんて可愛いとしか思わないだろう。
「お前、俺に対してもそれほど『親近感』は湧いてないはずさ。まだ幼いってこともあるが、それだけじゃねぇ。お前とエドは俺達、威血族の中でも神人類の双子って言ってもいいような存在だろう。そういう存在がいるからこそ、お前らの孤独は特殊だし、お前がアイツに執着するのも、頭にくるのもそういう理由だ。歳の離れた姉と、双子の弟じゃ同じ家族間でも感じることは当然違わぁな」
「フン!」
「……」
「……」
「なによ? なに黙ってるのよ」
クレオリアはこの少女にしては珍しく子供っぽい仕草を見せて、イライラと貧乏揺すりをしていた。
「聞きたい?」
「さっさと話して、とっととここから出て行きなさいよ」
「ツンデレーっ」
「死ね」
オルガはそれで満足したらしい。
「俺はお前らのいがみ合いの第三者だから俯瞰で見れる」
オルガは両足を組むと、ソファにふんぞり返った。その仕草はこの吸血鬼の女王にはよく似合った。
「そして俺は唯一にして真なる究血姫。究極の血界生物だからこそ分かった。弟の体に起こっていることをな」
そしてオルガは「姉だからこそわかること」と付け加えて言った。
「大切な家族にだからこそ、話せずに突き離すことがあるのさ」