012 グルバ実行
グルバと仲間達は話に乗ることにした。
怪しい黒ローブの男から持ち掛けられた話は、生まれたばかりの公爵令嬢を、誘拐してくること。
随分大それた計画だが、グルバの仲間達も特に反対はしなかった。
結局のところ、グルバ以外の者達も、ジリ貧の現状を何とかするには命を天秤に載せるしか選択肢のない連中ばかりだったのかもしれない。
メンバーはグルバの仲間六人に加え、依頼主の男が連れてきた男が二人に、女が一人。
男の方はグルバ達と同じく、この街に流れてきた余所者で、一人は魔術師、もう一人は盗賊で鍵開けの技術を持っていた。女の方は公爵令嬢がいる産婦施設の職員。共通しているのはグルバ達と同じく、後がない状況にあるということ。詳しく尋ねたわけではなかったが、この計画に乗り気でないものの、逆らえない様子をみれば明らかだった。
依頼主の男は、このほかにも赤ん坊を傷つけずに眠らせる魔法の香と、産婦施設の見取り図を用意してくれた。グルバには扱いがまったく分からなかったので、香の方は魔術師の男に任せておいた。
魔術師によると、この香は白魔術で使われる睡眠効果のあるものだそうだ。黒魔術師に、白魔術の香が使えるのかと尋ねたら、陰気に問題ないという返事が返ってきたので、信用するしかない。
依頼主は他にも条件を幾つかつけてきた。
依頼主の事は喋るな。などという、当たり前のことではなく。例えば、産婦施設を襲撃した際には誰も傷つけないこと。
できるだけ穏便にさらってこいとのことだが、そうなるといかに内通者と魔法の粉があるとはいえ、無計画に襲うというわけには行かない。
だが、さらに依頼主は一週間以内に計画を実行しろと言ってきた。なんでも、それ以上時間が経つと目標が産婦施設から退院してしまうからだ。
普段なら、無理だと撥ね付けるような条件だったが、これにはグルバも同意する部分が多々あった。内通者がいる産婦施設に比べ、衛兵が警備を固めている公爵邸から誘拐することのほうが難しいのは明らかだろう。しかも、グルバ達、流れ者がこの街で不穏な動きをしていれば、盗賊ギルドの網に引っかかる恐れもある。なにより、グズグズしていたら帝都からの刺客が追いつく可能性も高い。
実行の際の条件としては、もう一つ。
合鍵は作らずに、盗賊の男に鍵を開錠させる事。
面倒なことだったが、依頼主としては足が付かないようにという配慮だろう。
あまりその辺りのことは詮索しないようにした。依頼主の正体を探ることがどういう結果を招くかも分かっていたからだ。金さえもらえればそれでいい。
「で、実際どうなんだ? 合鍵無しで鍵を開けることはできるんのか?」
ギルバは新しく加わった鍵師の男に声をかける。荒事専門だったグルバは鍵開けのことには詳しくない。だから鍵開けの難易度についてもわからない。
鍵師の男は「問題ない」と答えてきた。
「本当に大丈夫なんだろうな。その場で開きませんでしたじゃ洒落にもならねぇぜ?」
「内通者の女がいるんだろ? なら楽勝だ」
「あん? 依頼主の希望で合鍵は前もって作れねぇぜ?」
「なに、合鍵を作るなってだけだろ? なら女に鍵の型を作らせればいい。事前にどんな鍵かわかってりゃ開けられるよ。魔法の鍵だったらお手上げだがね。おい、そこんとこどうなんだ?」
鍵師が女に声をかけた。
二十代半ばか、少し過ぎたくらいの女だ。確か、産婦施設職員で標的の特別室で世話係をしている女。名前はエミリだったか。鍵師に声をかけられたエミリは目に見えて怯えている。
グルバは女を安心させるために口を挟む。
「なあ、あんた。そんなビクつくこたぁねぇ。上手くいけば誰も傷つかずにすむ。簡単な仕事で大金が手に入るんだ」
グルバの言葉にエミリはキッと鋭い視線を向けてきた。
「お金のためにやってるわけじゃないわ!」
意外と気が強いらしい。グルバは肩をすくめた。
「別になんの為だってかまわねぇよ。俺達は金のためにやってるってだけで、何の目的だろうと事がおわりゃ、赤の他人だ」
グルバの言ったことに裏はない。今口を挟んだのも、本当にエミリを安心させるためだ。しかも下心で言ったのでもない。このエミリと名乗った女。おそらくは偽名だろうが、そのエミリの「お金のためではない」という言葉に嘘はないだろう。どうみても堅気の女で、金のために公爵令嬢の誘拐なんて大それたことをやりそうにない。きっと事情があるのだろう。男のためか、依頼主に逆らえない立場にあるか。なんでもいいが、エミリは貴重な情報持っている内通者だ。
実行まで上手くやって貰わなければならない。不安にさせて裏切られるのが一番致命的だ。だから安心させるために声をかけたに過ぎない。
「で、どうなんだ。魔法の鍵はあるのか?」
鍵師の男が話を戻す。
「……わからないわ。鍵は普通の金属の鍵だけど、扉に魔法がかかってるかどうかなんて……」
「ハイツの旦那が戻ってきたら見分け方でも聞いてみるか」
グルバは頷いた。魔術師の男はハイツという男で、今は情報収集に外に出て行ってもらっている。
『探査』や『感知』の魔法は、盗賊にはかなり重宝な技術だ。鍵師の男がまだ若いハイツを旦那呼ばわりするのも、世間では魔術師というのは高い知識と専門技術を持った希少な存在だったからだ。そういうことからも、ハイツもエミリ同様、なにか事情があって一味に加わっているのだろう。エミリも、ハイツも、鍵師の男もお互いに面識は今までなかったらしい。あの黒フードの男に声をかけられたようだ。なのでどういう事情があるのかは知らないし、グルバ達の事情も教えていない。それは暗黙のうちに尋ねないことだった。
「エミリ、アンタはもう帰っていいぞ。あんまり離れていて怪しまれても困る。ハイツに魔法の防犯装置については聞いておく。それまで勝手に調べようとはしないでくれ」
グルバはエミリにそう注意すると先に、倉庫から帰した。今倉庫にいるのはグルバの元からの仲間6人と、鍵師の男。
「グルバ、あんな嘘言ってどうするんだ。依頼主の要望どおりなら……」
仲間の一人の言葉にグルバは少しだけ唸った。
「しょうがねえだろ。堅気の女にバラして裏切られたらどうすんだよ」
グルバが返すと、仲間もそれ以上は何も言わなかった。嘘が具体的になんなのかも言わなかったのは、後味の悪さだろう。それはグルバだって同じだ。
「依頼主から金を頂くまでだ。金を頂いたらあの女がどうしようが知ったことじゃねぇ」
グルバの言葉に、仲間達は頷いた。
後味の悪さ云々よりも重要な問題がある。
それは依頼が成功した後の逃走経路の確保だ。
これは、この話がある前から、帝都の盗賊ギルドの追手から逃げるための手段として考えていた方法をそのまま使うことにした。それはサウスギルベナから出ている貿易船を利用して、王国へ逃亡することだった。
この街に来る前は、そのための資金を強盗でもして稼ぐつもりだったのだが、それができなくなったので諦めていたが、それも今回のヤマの金でどうにかなりそうだ。
しかし、まだ問題はある。それはこの街の盗賊ギルドの存在だ。盗賊ギルドと呼ばれているが、もちろん魔術師ギルドなどとは違い、公的に認められた存在ではない。単にその街を支配している非合法組織のことをそう読んでいるだけだ。しかし、実際問題のところ、現地の盗賊ギルドがその街の権力組織と繋がっていることは多い。公的権力機関は諜報機関として利用するし、盗賊ギルドは自分達の後ろ盾にするという関係だ。決して公の関係ではないが、当たり前にありえることで、このサウスギルベナもそうだ。領主である公爵家との繋がりは分からないが、確実にアーガンソン商会の支配下にあった。
問題は、もし公爵令嬢をさらった場合の盗賊ギルドの動きだ。公爵家と距離があり、我関せずでいてくれるなら問題はない。が、もし公爵家がアーガンソン商会に頼んで盗賊ギルドに捜索を依頼した場合。または、盗賊ギルドが恩を売るなり、利益を得ようとするなりしようと考えること。それが一番不味い。土地勘や地盤がないグルバ達の唯一の逃げ道は王国への密入国であるが、港湾の一切を支配しているのはアーガンソン商会であり、密航を取り仕切っているのは当然の事ながら、盗賊ギルドである。
「で、グルバ。そのことはどうすんだ? やっぱり、さっさとやって逃げるのか?」
最初は、グルバもそう考えていた。盗賊ギルドが動く前に、依頼を終えて、その日の内に貿易船に密航して逃げる。計画の噂であったとしても、それが盗賊ギルドの耳に入っていて、彼らが動けば、王国への密入国は不可能だったが、賭けになるが正直それ以外ないかと思っていた。
「ああ、俺に一つ考えがある」
だが、エミリから産婦施設の情報を聞き出すうちに、その中に興味深い話があった。もしそれを上手く使うことができれば、盗賊ギルドへの強力な手札になる。
話を受けた時は殆どやけくそになっていたし、時間のないことも手伝って正直ずさんな計画だと思っていたのだが、もしかしたら、上手くいくかもしれない。
「とにかく、船に乗れるのがいつになるのかが問題だな。誘拐したその日に乗れなきゃどっちみちギルドかお役人の縄にかかっちまう。実行の結構日は密航できる日次第だな。」
グルバは仲間の一人を密航仲介者の下に走らせた。
その日、グルバ達が帝国を抜け出す船が決まった。
計画が実行されたのは2日後のことだった。