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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第三章 MOB男の人言奸計と思春期殺害報告書
118/132

73 エド vs クレオリア







 最初に動いたのはやはりクレオリアだった。


 狭い、道幅が二メートルほどの路地での、一対一の喧嘩だ。逃げることはできないし、どちらもそんなつもりもない。

 まっすぐにこちらにやってくるしかない。


 臆することなく、警戒もしていないように歩いて距離を詰め、クレオリアは引いていた右の拳で殴りかかった。


 が、エドはそれを靴を投げつけて、つまり予めつっかけていた靴を蹴りつけて、クレオリアに防がせることでクレオリアの攻撃をキャンセルさせる。

 その間にあっという間に間合いを詰めて、姿勢を沈め胴にタックルする。


 そのままクレオリアの体を壁の方へ押し込んでいく。視界にクレオリアの両足が土を噛むのが分かった。その途端に急激に鉄の塊でも押しているかのようにビクともしなくなった。

 肘が頭上から襲う、その前に、エドは動かなくなったクレオリアの体を、今度は股間に手を突っ込んで持ち上げる。


 鉄の塊のように動かなくとも、鉄の塊と違って華奢な体は簡単に持ち上がった。そのまま壁に投げるように叩きつけた。

 クレオリアが呻いて数十センチ地面に落ちて、数瞬動けなくなった。その瞬間を逃さず間合いを詰めて顎を蹴りつける。


 容赦はしなかった。

 別に怒りであるとか、手を抜かないことが礼儀であるとかいうことではなく、六年間ある魔族に通信教育ながら訓練された体の動きがそうさせた。反対に言えば手加減するほどの実力も経験もないということだ。


 蹴りが顎に打つかる硬い感触がしてエドはそこでようやく攻撃を止めてクレオリアの様子を見た。

 その途端、まったく効いていないようにクレオリアからの反撃が飛んできた。

 背中を土に付けたまま、エドの膝を蹴りつける。蹴りつけるどころか足首に蹴りを受けたエドはその衝撃で宙を半回転してクレオリアと同じように地面に叩きつけられる。


 受け身を取ったエドの頭部は、ちょうどクレオリアの足元にあった。当然再び蹴りがやってきた。エドも今度は予想していたらしく両手で頭部を固めて蹴りを受け止めた。

 クレオリアは構わずにガードの上から鬱憤晴らしのように何度も蹴りつけ始める。


 蹴りが徐々に変化し、上から襲ってくるようになると、重力分の威力が加算されとても両腕でもガードしきれなくなった。しかし、十分に時間は稼げた。エドがエビのように後ろにずり下がって、転がり、立ち上がる。


 クレオリアは寝転んだ体制から、体のバネだけを使って一気に飛び上がった。

 そして背後にある路地の壁のトタン板を無理やり引き剥がす。一メートルほどの長方形のそれを両手で掴むと、そのままエドの殴りかかった。


 密度も重量もないトタン板はスピードが乗らずエドは簡単に両腕でそれを止めることができた。

 だが、そのせいで、エドとクレオリアの間にトタン板の壁ができた。お互いの上半身が真正面に相対したまま、両腕がふさがったまま、視界が塞がれる。


 その視界がいきなりぱっと開けた。

 エドの目に一瞬写ったのはクレオリアの足の裏。

 トタン板を真っ二つに叩き割って、クレオリアの前蹴りがエドの胸に一撃を加える。自分の意志では抵抗できずに後ろに飛ばされ、反対側の壁に叩きつけられた。


「うぉう!」

 見事な一撃に路地のガラクタに腰を下ろして見物していたオルガは歓声を上げた。

 オルガの哲学としては兄弟喧嘩は素手ステゴロだが、今のトタン板は目眩ましに使ったのだからこれくらいは問題ないだろう。

 オルガは姉弟たちの喧嘩を楽しそうに観戦続ける。


 胸に前蹴りを受けたエドの呼吸が戻る前にクレオリアは駆け寄り、勢いをつけた肘打ちを縦に振り下ろす。

 エドは左腕を翳して掌で受け止めた。その途端開いた右脇を狙って、利き腕とは反対のクレオリアのボディブローが飛んできた。今度はそれを右足と右腕で脇腹を閉じてブロックする。


 今度は更に、真ん中に来た。右腕と左腕のコンビネーションの最後に来たのは頭突きだ。

 ゴチン! と鈍く大きな音がする。額と額がぶつかった音だ。しかしクレオリアの額はエドの額をずれて勢い良く、その下の鼻にぶつかって止まった。

 額の痛みは一瞬で突き抜けていったが、鼻には鈍い痛みが残った。

 頭突きのせいでエドは目を閉じて、視界が効かなくなった。


 だが、そのおかげで、魔族の格闘家に鍛えられた神経は、訓練のとおりに動く。

 目を閉じたまま、両腕を突き出してクレオリアの襟首を掴むと、そのまま身を屈めて懐に飛び込み腰を滑車のように少女の体をずり上げ、持ち上げる。

 後ろは壁だ。そのまま壁に突っ込むように叩きつけた。一度でなく、二度。背中と肺を叩きつけられてクレオリアは苦しそうな息を吐く。


 しかし、三度目の攻撃を許すほど、彼女の体は鈍くはなかった。

 背中に担ぎ上げられたまま、両腕をエドの首に回し、両足を胴体に巻きつけ締めにかかった。


 それを見て、オルガの腰が少しだけ浮いた。

 あくまで彼女にとってこれは姉弟喧嘩であって、殺し合いではないのだ。行き過ぎた場合は止めるのが姉としての自分の役割だ。


 だがオルガが止に入る前に、エドは構わずにクレオリアを背中に載せたまま壁にぶつかり始める。

 オルガはまた腰を路地のガラクタの上に落とした。

 柔らかいトタン板の壁ではクレオリアの拘束を解くことはできなかった。再び体を傾けて壁から距離を取ると、勢いをつけてぶつかる。今度はクレオリアが胴に回していた両足を解いて壁を蹴ってそれを防ぐ。


 だが、そのせいでエドは十分な間合いを得た。首を極められているのを利用して、そのまま背負投の要領で土の地面にむけて幼女の体を投げた。もちろん逃げられないように、逆に首を締める腕を掴んだままだ。


 クレオリアは投げられることに抵抗しなかった。それどころかエドの首を支点に勢いをつけて投げられる。その遠心力を利用して、また、左腕で首を掴み土台にすると、その土台と遠心力を利用して右腕を固められていたエドの腕から引き抜く。


 それだけのことを投げられる前に終えたクレオリアは側転のような体勢になって両足から着地した。

 固められて、逆に首を掴んだ左腕を離さずに、今度は右足の蹴りをお見舞いした。

 ミドルは防がれたが、そのまま体をほんの少しずらしローキックを斜めに入れてエドの膝裏に入れる。威力は出せないが体の構造には逆らえずエドが膝を着いた。今度は両腕で、また襟を掴んで無理やり両膝をつかせる。


 自分の真正面に、腰の位置にエドの頭が来る高さにさせると、右足を後ろに引いた。

 エドは次に来る攻撃を予測して逃れようとするが、襟を掴むことで左右にも立ち上がることもできなくなっていた。ビクともしない。


 顔を狙って膝蹴りが飛んでくる。遠慮も呵責も感じられない、軽い体重を遠心力で補うような膝蹴りだ。それが顔面を狙って飛んでくる。

 エドは掌の柔らかい部分を両方使って、衝撃を殺す。だが掌にはまるで鉄の杭でも打ち込まれたような激痛が走った。三回受け止めてエドは音を上げた。精進や我慢の量ではどうにもできない。


 四度目の膝を片手で受け止めると、エドはもう一方の手を使ってクレオリアの膝を抱え込むように拘束する。その途端それを支えにして、反対の膝が放たれる前に、エドは体を横に倒して固められていた体勢を崩した。


 襟から手が離れた瞬間を見逃さずにエドは後ろに転がってクレオリアから距離を取る。

 また幅二メートルの路地で相対する。


 この三分に満たない、それはとても六歳同士の取っ組み合いではなかったが、たったそれだけの間の喧嘩で、両者には明確に差が生まれていた。


 クレオリアは、その金の美しい長髪も、質素な衣服もホコリまみれにして、額に汗は浮かべているが、呼吸はまるで変わっていない。

 エドの方は自身に疲れているのを隠すこともできずに、両膝に手をついて荒く空気を貪っていた。


「こりゃ、結果は見えてるな」

 オルガはとうとうガラクタの上で胡座を組んで眺めていた。

 オルガの見たところ、二人の実力は身体能力ならクレオリア、技術ならエドといったところか。

 ただし、センスという点でいうと、それはまるで比べるのもバカげているほどの差があった。これまで均衡しているのはエドの訓練された技術がなんとか凌いでいるだけのことだ。


 別にエドが人の平均値として特別劣っているわけではないだろう。

 身体能力にしても、格闘のセンスにしても、クレオリアのそれが飛び抜けて優れているだけだ。それは間違いなく人というにはあまりにも優れている。創造主の視点から見れば誤差の範囲というにはあまりにも。


 凡庸な六歳児のエドがここまで相対できただけでも、この少年の訓練の程を褒めてやってもいいくらいだ。

 彼が、あの小さな少年がいままでどれほどの決意を持って己を鍛えていたか、答えは、誠意は、そこにあると思ったが、果たして新しい妹はそのことに気がついているだろうか。


 オルガは二人を愉しそうに眺める。それは戦闘狂とは違う微笑みだ。

 あの妹は気がついているだろうか。優れた才能故に凡百の努力に気がつくだろうか。

 二人とも、その形がどうあれ、人というにはあまりにも違うことに気がついているだろうか。


 だからこそ、クレオリアという存在をオルガは妹と呼ぶのだ。もちろん優れているだけという理由ではそれは家族としては不十分なのだが。

 では、なぜエドという、訓練はされているが平凡な少年も弟と呼び、実際にその姿を見ても評価を変えなかったのかといえば、それも同じことだ。


 やはり、エドの人というにはあまりにも突出した存在だったからだ。それがクレオリアとは違う形で成り立っているだけで、そしてそれがおそらく二人の喧嘩の本当の理由だ。


 なるほどな。


 オルガはまた始まった二人の喧嘩を眺めながら得心していた。

 すべての疑問が晴れたように。既に知っていたことだが心から納得したように。

 だが、その心の中を口にだすことはなく、別の言葉を呟いた。


「珍しい所で再会したな」


 それは目の前で喧嘩する姉弟たちに言った言葉ではなかった。

 いつの間にか、音もたてずにに立っていたメイド姿の女に対してだ。


 確かその女は、

南瓜の魔女パンプキンクィーン

 と言った筈だ。細かいことも、嫌なこともすぐに忘れられる特技を持つこの究血姫アルファ・オメガにしては、それは珍しいことだった。


 そのオルガが存在を忘れなかったほどの魔女に背後を取られたにもかかわらず、赤い目の女は胡座を組んだまま、微動だにしなかった。それは背後を盗られたのではなく、取らせたということを意味していた。そんな細かいことは気にしていないということだ。


「やっぱりここにいましたか」

 『南瓜の魔女パンプキンクィーン』、金髪碧眼長身の美女。オルガとは種類の違う芳醇を現す美を持っている女、グウィネスは背後を取ったにもかかわらずそれ以上の行動を起こそうとはしなかった。巨岩を投げつけられ、高位炎属性魔法をぶつけた相手にもかかわらず、メイドは高位吸血鬼の後ろに立ったままだった。


「お上品な魔女がこんな薄汚れた路地に何の用だ?」

 喧嘩を眺めながら、オルガは言った。

「言いましたでしょ。私も家族を探していると」

「ああ」

 グウィネスの答えに相変わらずオルガはうわの空のように二人に目を向けたまま返事を返す。

「どっちだ?」

「エドですわ。あなたが弟などと世迷い言を言っているあの少年です」

 

 そのグウィネスの言葉は多分に敵対心と所有欲を表していたが、

「そうか」

 オルガは自分で聞いておきながらやはり気のない返事を返す。

「俺の姉弟は二人共だ」

「どういう?」

 自然に力を入れずに返答を返す吸血鬼にグウィネスはさすがに眉をひそめた。


「家族ってのは大切に思っているから成れるもんでもねぇって事さ。結婚すりゃ別だろうが、どうやったって姉弟にはなれねぇよ。それは誰かが勝手に決めたことだからな」

「だったらあなたも同じじゃなくて? 常闇の女王オルガ。高位吸血鬼で現神アキツカミであるあなたと人であるエドが姉弟だとは思えないけど。それにきっとエドの好みからも外れているでしょうね」


 只者ではないと思っていたが、ジャックからの念話によって、グウィネスは目の前の吸血鬼の正体がやっと分かった。

 いや、高位吸血鬼などと言うのも、この外見的には幻想的な美を持つ生命体には相応しくない。

 彼女こそが、彼女だけが、真の吸血鬼、アンデッドではないただ一人の存在、『究血姫アルファ・オメガ』だからだ。


 グウィネスの言葉に、オルガはやっと興味を示したようにクックと喉で笑った。


「その言葉が、お前がアイツの家族じゃないことの証明さ。そう、エドもクレオリアも俺の紛れも無い姉弟だよ。弟はあんまりにも魔力耐性が高いから分かりにくいが」

「い、一体何を」

 自然すぎる物言いに、グウィネスのほうが戸惑う。しかし本当に動揺したのは次のオルガの言葉だった。


「別に。弟にお前が執着しようと本人が嫌じゃなければ構わねえさ。先のない人生だ、あの子が生きたいようにしてやるだけだ」


「先のない?」


「なんだ」

 オルガは少し呆れたように、しかし思い返して、

「ま、ほとんど見たこともない症状だから気が付かなくてもしょうがないわな」


 どれだけ一緒にいたかなど問題ではない。心の中を覗く訳にも行かないので気がつかないだろう。またはオルガのように究極の血界生物でもなければ気がつかなくともしょうがない。


「症状? 貴女は一体何を先程から言っているのです」

 何を言っていると問うてはいるが、グウィネスの顔は少し青ざめていた。なにということを聞かなくともその答えが好ましいものではないことを、魔女はそれまでの経験で悟った。


「聞いてもしょうがねぇよ」

 オルガは立ち上がった。


「弟は俺達と同じ『現神アキツカミ』だが、お前と同じ異罪アノマリーだ。そんな存在どうしようもねぇよ」


 オルガは少しだけ苛立って言った。それは誰に対してではなく、超絶の存在で、究極の血界生物でありながら、弟を助けることもできない自分に向けた怒りだ。


「俺も、お前も、誰もあの子を助けることなんてできない。だからせめてあの子の好きなようにさせてやれ。自分こそが家族だっていうならな」

 オルガは片時も目を離さなかった、二人の姉弟喧嘩が終わりに近づいてきたことを読み取っていた。


「家族だからって出来ないこともあるし、姉弟だからこそ言えないこともあるさ」







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