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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第三章 MOB男の人言奸計と思春期殺害報告書
107/132

62 混沌無形 刺合








 場はようやく整いつつあった。

 

 三組が睨み合う。ただし三すくみではない。


 アーガンソン商会の七人と、盗賊ギルドの殺し屋、殺氏家結末ダイエイントワードの三人、その二つの勢力が三組に別れて睨み合っていただけだ。


 最初に動いたのはアンジェだった。

 このメイド姿の眼鏡少女は、なんの警戒心も見せないで、道化の肥満男グルーエフに近づいていったからだ。

 まるでこれから殺し合いをしようという風には見えない。


 それはグルーエフの方も同じだ。


 近づいてくる小柄な女を虚ろな目つきで見つめている。

 自身のものをしごくように、その手に収めた無骨なナタを撫でながら。


 二人の距離が一メートルまで縮まる。

 対峙する二人に睨み合うような雰囲気はまるでない。


「うわぁ、間近で見るとより一層キンモーいですねぇ」

 朗らかにアンジェが笑顔を向けた。

 その言葉に激怒したわけでもないだろう。虚ろな表情のまま道化の化粧を施した大男はその手のナタを斜めに振り下ろした。


 アンジェは笑顔のまま、その一閃を頭を少し傾げただけで躱す。

 緩慢な男の動きにメイド少女は簡単に距離を更に詰め、懐に入る。

「えい」

 と、小石でも投げるかのような気合が入り、それとは全く別次元の拳が繰り出された。


 体の捻転を利用して、威力を増した鋭いボディブローが脇腹にめり込む。

 一瞬グルーエフの巨体が浮き上がった。

 だが、その一撃がまるでなかったかのように、道化の肥満男は振り下ろしたナタを返して、斜め上方に振り上げる。


「ありゃ?」

 グルーエフの予想外の反応にアンジェは驚いていた。その顔つきはナタを振るわれているという状況下では似つかないほど間抜けな顔つきだった。しかし次々と間髪をいれずに襲いかかってくるその巨大な刃物の旋風を最小限にだけ動いて躱している。髪の毛の一本、スカートの端にさえ触れさせない。


 アンジェは躱しながらも、自分の手に何か異常でもあるかのように、拳を見つめた。

 そして顔を顰める。

「うぇー、なんかアブラがついてますぅ」

 何度も自分の服で拳を拭っている。


 それをチャンスと見たのか、それとも一向に当たる気配のないことに苛立ったのか、グルーエフは力任せの一撃を放った。

 グルーエフが横薙ぎにナタを振るったそのタイミングで、アンジェは跳んだ。

 消えたように見えたわけではない。気がつけば振るった刃の上に立っていたわけでもない。


 跳んだ距離はほんの僅か上方、移動したのは刃の上でなく、しかしグルーエフのナタを握った拳の上だった。

「……」

 グルーエフは自分の拳の上に立っているおさげの少女の姿を捉えた。

 視界に捉えただけで思考も反応も追い付きはしない。


 追いつく前に、少女からまるで自分の頭をボールに見立てたような蹴りが飛んできた。

 いや、蹴りが飛んできたかどうかも見えなかった。

 少女のスカートが翻り、脚らしきものがピントがぶれたような光景が見えただけだった。

 それも一瞬のことで、頭が消し飛ぶかのような衝撃が襲ってきた。


 加減なく振りぬいた一撃によって道化の肥満男が倒れる前に、アンジェは拳から飛び降りた。

 すぐに先程蹴りを放った自分の足を方足立になって眺め、顔を顰めた。

「ひぃぃ、なんか液体がついてますぅ!」

 ケンケンしながら自分の足を抱え込んで、スカートの端で拭おうとしていた。


 そのアンジェの襟が掴まれる。

「あれ?」

 おかしな感触にアンジェは後ろを振り返った。

 道化の肥満男が倒れずに立っている。


 ナタを持った手とは反対の手でアンジェの襟首を掴んでいたのだ。

「あんれぇ?」

 アンジェは首を後ろに倒して阿呆みたいな顔でグルーエフを見上げている。

 自分の先ほどの蹴りは、男の息の根を止めたはずだった。首を消し飛ばすことは出来なかったが、頭蓋骨の内部と首の芯は確実に生物としての機能を破壊されていると思ったからだ。


 グルーエフはアンジェを猫を摘むように持ち上げると、今度は鶏の首でも刎ねるようにナタを振るった。


 アンジェはその腕の振りを、体を浮かせられたまま蹴りを腕に向かって繰り出して止めると、その反動を利用するようにそのままグルリと回った。掴まれた襟首を起点にして後方に一回転すると、そのまま後ろに飛ぶすさみ、数歩タタラを踏んでから態勢を立て直した。


 グルーエフの手は握ったままの状態だった。その拳の間には布の切れ端が覗いている。

 アンジェは自分のメイド服の襟に手をやって、そこにあったはずの存在が姿を消していることを確認した。


「いや~ん、服が破けてますぅ」

 何度触っても、そこにあった襟は綺麗になくなっていた。

 薄くない布地が破れるまで拳を開かなかったグルーエフの握力と、首にかかる負担を物ともしなかったアンジェという二人がいたからこその結果だ。


「怒られるぅ!」

 両手で頭を抱えてアンジェが騒いでいる。グルーエフの方は拳に残った布切れを不思議そうに眺めたあと、すぐに興味を失ったようにまたアンジェの方に顔を向けた。


「うーん、どうしましょうかぁ?」

 視線に気がついたアンジェはグルーエフを見ながら首を傾げる。

 最初の拳の一撃も、もちろん次の頭部への蹴りも、いつもならそれだけで相手の戦闘力を奪うことが出来たはずだ。しかし、近づいてくる道化の肥満男はまるで何も感じていないように見える。


 さすがに先ほどの蹴り以上の打撃能力をアンジェは持ち合わせていない。

 あとは数を打つか、何か武器を使うかだ。


「ああ!」

 アンジェはポンと拍子を打った。

 そういえば武器を持っていたことを忘れていた。使わなくとも充分だと思っていたこともあるが、あとの理由は持っていることを忘れていた、つまり頭が悪いからだ。アンジェ自身はそう思わないが、彼女のことを知っている者が見ればそう言っただろう。


 スカートの中に手を突っ込んで、中にどのようにしてか収めていたものを取り出す。

 それは包丁だった。

 刃渡りは十センチちょっとのペティナイフと呼ばれる小型の包丁だ。

 もちろん魔法金属製のものでもないし、シクロップ家製のものでもない。


 どこからどう見ても単なる小さな包丁だ。

 実際にじゃがいもの皮を剥くために使っていたもので、買い替えの際に廃棄扱いになったものだ。

 切れ味という意味では、単なる包丁にも劣る。


 その包丁を切っ先を掴んで軽く宙に投げて回転させ、また切っ先を掴む。その動作を繰り返す。

「うーん」

 アンジェは悩んでいた。

 武器を持っていたことを思い出したのはいいが、それをどう使えばいいか悩む。


 投げつけるにしても、斬りつけるにしても、肥満男の体に致命傷を追わせることができるかわからない。

 切り刻むにしてもあの大きな体では何回やればいいのか。

 自分の服を眺める。

 返り血を浴びることになりそうだ。いや、いまさら襟のない服などどれだけ汚れても構わないかもしれない。


「うーん」

 それでもアンジェは悩んでいた。気持ちの悪い肥満男の体液を浴びるなんて何があっても避けたいところだったからだ。







 阿呆なアンジェが馬鹿なことで悩んでいる間に、他の二組の間でも戦闘は開始されていた。


 まず先に動きがあったのは、ゼフと対峙するナイジェルとジャックのコンビだった。

 動いたのはゼフの方である。


 灰魔術師と黒魔術師という違いはあれど、魔力の使い手であるという点で違いはない。

 そして魔術師にとって距離はあればあるほど、時間はあればあるほど有利に働く。

 逆にゼフにとっては、距離は近ければ近いほど、時間は短ければ短いほどいい。


 ゼフの得物は錆びた幅広剣ブロードソードで刃渡りは七十センチほど。そしてゴブリンと人間との混血種ピットブリアンである彼には他の二人の殺人鬼と違い種族的な特殊能力はなかった。

 鼻や夜目が効くという特性はあるが、真昼間の遮蔽物のない通りの真ん中での戦闘である。


 そういう理由からゼフが距離を詰め、二人に時間を与えなかったのはあたりまえのことだった。


 ナイジェルとジャックの二人にもそれはわかっていたからゼフが詰めてくる分だけ後ろに下がって距離を空ける。


 同時に『影法師ヒンダードシャドウ』を一体発動させた。

 使ったのはジャックより後方に控えているナイジェルである。

 ナイジェルの足元にあった影が不自然に伸びて、やがて千切れるように黒い塊が離れた。

 平面であったその黒い塊は、持ち上がるように立体に変わる。


 薄い紙のような体の、人型の影がジャックの前に立った。

 『影法師ヒンダードシャドウ』は攻撃対象に軽度の状態異常をもたらす魔法生物だ。知識はなく予め与えられた命令だけを単純にこなす。そして物理攻撃能力はない。放たれた影人形に新たな命令を下すことも出来ず、解除するだけだ。


 影がゼフに音もなく近づいていく。

 本能的に危機感を感じたのか、ゼフは影人形に向かって剣を振るったが、何の効果もなかった。

 『影法師ヒンダードシャドウ』は物理攻撃能力がない代わりに、魔力のない攻撃は効かない。


 ゼフのように単純な物理攻撃以外に攻撃手段を持たない相手にはかなり効果的だった。

 ナイジェルはそれを見越してこの術を使ったのではなく、単純にジャックが術を発動するまでの時間稼ぎのつもりだったが、それが予想以上に上手くいったのだ。


 だがそのことがゼフに戦闘を見切りつけさせた。

 『影法師ヒンダードシャドウ』がゼフの体に触れる前に、ジャックの黒魔術が完成する前に、ゼフは後ろに大きく下がって、背後にいるヨランダに叫んだ。


 相対する三組の位置取りは、エドを包んだ麻痺の霧を中心点に殺氏家結末ダイエイントワードの三人がそれぞれ三角形を描くように位置していた。


 ゼフとグルーエフの背後に位置していたヨランダが、叫びの意味を理解して同じように後ろに下がり、ゼフと位置を入れ替えた。

 黒目の女、食屍人ハーフグーラーヨランダがナイジェルとジャックを新たな獲物に見据えて走ってくる。


 『影法師ヒンダードシャドウ』はゼフを標的にしているために位置を入れ替えた背中を追う。

 あくまでも標的はゼフであり、付加された命令には『近くにいる者を攻撃』などの条件は友軍誤爆フレンドリーファイアの危険もあってつけていなかった。


 つまり、逃げたゼフの背中を追い、すれ違うヨランダにはまったく反応もしなかったということだ。

 ヨランダがすれ違いざまに両手に構えた鎌を振るう。

 食屍人ハーフグーラーである彼女の攻撃には微量ながらも魔力が込められていたのだろう、あっという間に裂き消されてしまった。


 予想外の優位点はあっという間になくなったが、当初の目標は達した。

 ジャックの黒魔術が完成する。


 陰気な表情の黒魔術師の前に、小さな黒い光の塊がいくつも現れる。

 それらが羽虫のようにジャックの周りを飛び回っていた。

 ジャックはナイフを持っていない右手を掲げる。


 その動きに従うようにジャックの周りを飛んでいた黒い光は前方に固まる。

 そして飛び込んでくる女に向かって、燕のように鋭い曲線を描いて飛びかかった。


 ヨランダはそれを避けて、なおかつそのままジャックに向かって突っ込んでくる。

 黒い光の一つ一つは確かに避けられないスピードではない。

 ナイジェルの弓矢を避けたヨランダの反射神経ならなんということはないだろう。


 しかしこの黒魔術の黒い光は一つではない。五個の小さな光が上下四方バラバラに、曲線を描いてヨランダに打ち込まれている。しかしそれを確実に避けている。まるで踊るように体を回転させ、しゃがみ、反り返り、確実にジャックに向かってきた。


 黒い光の螺旋の中から、ギラリと光る鎌が飛び出してきた。

 ジャックはそれを後ろに尻もちをつくようにして躱した。手にはナイフを持っているがそれで受け止めようとはしなかった。代わりに転がりながら右腕を振るって黒い光を操作する。


 この黒魔術は『黒風コンサンプション』という、これも状態異常を引き起こす魔法だ。

 『影法師ヒンダードシャドウ』のような軽度の状態異常ではない。

 黒い光のように見えるが、風属性の魔術だ。


 この黒い光は魔力を持った物体に触れると破裂し、それと同時にその物体の魔力を強制的に消費していく。

 ナイジェルが時間を稼いでくれたおかげでそれなりに強力な術を発動することができた。

 発動を準備し始めたのはまだゼフが相手だった時だ。物理攻撃しかないゼフ相手に、魔力を消費させる魔術に意味があるのかと思うかもしれないが、そういう相手には致命的なほど効果のある強力な黒魔術だった。


 この世界の生物はすべて魔力を持っている。魔力は生命力と同義であるとも言える。魔力切れという症状があるがそれは正確には魔力低下という状態だ。本当に魔力が零になったら生物は生きてはいけない。もちろん一瞬だけ魔力が零になったからといってすぐに死ぬわけではないが。しかし生物は魔力が零に近づくほど、意識は混濁に向かい、失い、死に向かう。


 つまり、魔力量が低い肉弾戦タイプのゼフがこの『黒風コンサンプション』の黒い光に触れればあっと言う間に危険水域まで保有魔力量は下がり、意識を失うだろう。下手をすれば死ぬ。

 一発でも当たれば満足に動けなくなるほどの気だるさが遅い、緩慢になった体に次弾以下が容赦なく襲いかかるだろう。


 ゼフよりも魔力耐性値が高そうなヨランダだが、当たれば結果は同じだろう。食屍人ハーフグーラーごときの、魔力耐性値で防げる術ではない。エドくらい異常な魔力耐性値のある者には効果が無いが、あの少年は例にならない例外だ。


 だが、例外、予想外というなら、ヨランダの身のこなしとスピード、反射神経もそうだった。

 次々と襲いかかる、それは視界の外であっても、避けてその間隙を縫ってジャックに向けて両手の鎌を振るってくる。


 ジャックもそれほど反射神経が悪いわけではない。物語に出てくる魔術師から想像するような格闘戦ができないひ弱な存在というのは完全な誤解である。行商人として危険な地域にも旅をするジャックはそれなりの体術の心得があった。


 それでも、『黒風コンサンプション』の黒い光を避けながらという条件下であっても、ヨランダの振るう鎌を避けるのは命がけだった。服の端を切られるくらいにはギリギリだった。


 どちらに天秤が傾くのか、可能性も、今は拮抗していた。

 だがこんなものは、拮抗すればするほど秤であるほど、それは容易くどちらかに傾く。


 ほんの些細なきっかけによって。







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