これは麗しき家族愛。下種な愛欲ではない!!
前作同様以前作って眠っていた作品のリメイクです。
結果的にはざまぁなお話ですけど要素は薄く、どちらかというとその過程と心情の変化がメインの話になります。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
私カイル=アーガイルは恵まれた人間だった。
王侯貴族の中でも位が高めである侯爵の家に生まれ、
素晴らしい家で何一つ不自由なく生活し、
政略とはいえ、気立てのいい優しい女性と一緒になり、
家の運営は上々で順風満帆な人生を過ごしている。
・・・そのつもりだった。
「今日君があっていた男は誰だい?」
妻のアリアが外出し、帰宅後、私カイル=アーガイルは居間に彼女を呼び出し詰問した。するとアリアはきょとんとして、破顔して答えた。
「あれは遠縁の子で幼馴染のアレックスです。久しぶりに会ったので世間話をしておりました」
「でも、知り合いとしても感心しないわ。夫がいる身なのに外で男の人と2人きりで親密な態度をとるなんて」
咎めるように言ったのはオレンジ色の髪とくりんとした瞳が愛らしい従姉妹のベルギッタだ。彼女は幼馴染で親しくしており、彼女自身病弱なこともあり私の家に長期療養してもらっている。
「そうだね。ベルの言う通りだ。君は侯爵家の夫人なんだ。もうちょっと自覚を持つようにね」
「安心してください。彼は弟のようなものです。旦那様とベルギッタ様のような関係です」
その言い草に不快さを感じる。自分に非があるにもかかわらず、自分は悪くないというその甘えた姿勢に思わす説教をしてしまう。
「くだらない言い訳をしないでくれ。私とベルの関係は家族の関係だ。君とは違う」
「すみません・・・どう違うのでしょうか?同じ幼なじみですけど」
「言い訳するんじゃない!傍から見たらどう思われるかという問題なんだ!私とベルは家族だが、君のあれは明らかに異性同士で不貞を働いているようにしか見えないだろ!」
私の正論に見当違いの言い訳をして、アリアは私にしかられてようやく自分が悪いと認めたのか謝罪をした。
「わかったかい?侯爵家の一員として恥ずかしくない行動を心がけるんだよ」
「そうよ。今日も下手をすれば赤の他人に大事なカイルに対する愛を疑われることになるのよ。そうしたら凄く嫌でしょう?アリアさん」
しかるだけではなくフォローを入れ、ベルがそっと注意をする。まったくその通りだ。彼女の行動は貴族の妻だけでなく夫を愛する女としての名誉も傷がつくものだ。アリアもベルのような繊細さがあって配慮があればいいのだが。まったく、アリアもまだまだ貴族の夫人としての心構えが未熟だな。まぁ、仕方がない。こういうのは場数を踏んで馴れるものだからな
と内心苦笑しながら思っていると、いつも通りアリアは変わらぬ笑顔で頷いた。
別の日
「旦那様。私が手配した応接室の内装ですが、工事前の事前確認を入れたら変更になったと連絡がありました。その指示は旦那様が出したというのはどういうことでしょうか?」
アリアが今度行う部屋の内装について尋ねてきた。
「ああ、出したよ。ベルがもっと雰囲気がいい内装をとアイディアを出してくれてね。確かに派手で風格がある内装だったから私の方で手配したんだ。そういえば話をしていなかったっけ?」
元々、アリアが手配する流れだったが、ベルが今の流行のデザインを教えてくれたので、そちらを採用することにしたのだ。私から見てもそちらの方が見栄えが良かったのだ。
「ええ、しかし新しい内装はこの屋敷のイメージにそぐわないと思います。私の考えた内装で再考を・・・」
「もう決めたことだ。そんなにコロコロ変えては業者にも悪いだろう。それにあの内装のほうがいいと思う。君は疎いかもしれないが、今は社交界ではあの色のデザインが人気なんだよ。君も少しそのあたりベルのように流行を勉強して提案してくれ」
アリアには悪いが、こういうのはセンスの問題なのだ。これを機に学んでくれたらいいのだがな。
「・・・そうですか。わかりました。精進しますね」
私からの注意にいつも通りアリアは変わらぬ笑顔で頷いた。
そんな話をして半月くらいたったある日、
「酔ってしまったな」
我が家にとって重要な取引先でもあり、格上のクリムゾン公爵家のパーティーで少し飲みすぎてしまい、酔い覚ましのためにアリアとベルを置いて一人で会場である屋敷の庭に散策に向かった。
ここはクリムゾン公爵の家でも自慢の庭である。その自慢の庭について先ほどベルは公爵夫人に意見を求められ、斬新なアイディアを披露してお褒めの言葉をいただいた。家族として誇らしい。ただ、アリアが嫉妬してかベルの言葉を遮ろうとしたのはいただけない。
また、帰ったら注意せねば。嫉妬はかわいいものだが貴族の夫人である以上、感情を表に出すなと何度言えばわかるのかと思っていたら。
「それにしても本当に笑えるぜ。あの道化のアーガイル夫妻」
という声が聞こえた。
なんだって?自分の名前を呼ぶ声に注意を向けると、どうやら分厚い茂みの先に誰かがいる。茂みのせいか向こうはこちらに気づいていないらしいが、声は鮮明に聞こえる。
道化?一体どういうことだ?思わず立ち止まり、耳を澄ますと、名も知らぬ貴族の男性。まだ年は若い・・・2人だろうか?2人は私がいることを気づかないまま衝撃的な会話を始めた。
「また、あのアーガイル夫妻か?どうしたんだ」
「近くにいたんだけどな。さっきクリムゾン夫人が庭園に置くモニュメントについてアーガイル夫人に質問していたんだ。そこにあの“お妾”さんが割り込んできて、まるで的外れのアイディアを披露したんだよ。あまりに的外れの意見にクリムゾン夫人も怒るどころか苦笑い。社交辞令で会話を切り上げようとしても、お妾さんは空気を読めずにべらべらしゃべってんだよ」
「ぷっ!」
「アーガイル夫人も流石にまずいと思ってか会話を穏便に収めようとしたんだけど、あの旦那も旦那で“アリア。今ベルが話しているんだ。少し空気を読みなさい。話を聞いてくださっているクリムゾン夫人にも失礼だよ”ってお説教だよ。つっこみそうになったよ。お前が言うな!ってな。そもそもクリムゾン夫人はアーガイル夫人に意見求めていたって」
「あーははは!」
なんだ・・・なにをいっているんだ?
「で、結局見るに見かねたクリムゾン公爵夫人が話を無理やり切り上げて終わったけど、道化夫婦はクリムゾン公爵夫人と親密な会話ができたと思い込んでご満悦。実際逆で愛想つかされているのにな。いやぁ、毎回本当笑えるよ。あの道化夫婦。自分たちが無能で笑われていることに気づいていないんだもんな」
「そうそう、そういえば知ってるか?あの屋敷の応接室センスがひどく悪いんだってさ。実はあのお妾さんが本来アーガイル夫人が行うはずの手配を無理やり横入りして変えたんだと。それをあの当主殿は諫めることなく後日パーティーで“いやーベルギッタが教えてくれた最新の流行のレイアウトなんですよ。妻はまだこうした社交界の流行やセンスに疎いですからね。ベルギッタを見習って勉強してもらわないと”とかどや顔で語ってるんだよ」
「あはははは!」
「そのひどいセンスを最高だと自慢げに語って、アーガイル夫人のセンスを疎いとか、どれだけ見る目がないんだよって話さ。みんなはあまりの間抜けっぷりに笑いをこらえるのが一苦労だったってさ」
「あはははは!それも笑えるな。そうそうその“病弱”なお妾も面の皮厚いよな。正式な妻もいるのに自分が正妻気取り。まっとうな神経なら正妻居るのにあんな態度とらないぜ。よくのこのこ夫婦の間に割って入ってこれるよな。というか、夫も普通ならそんな常識知らずな恥ずかしい女を妾扱いしてよく連れ歩かないだろう」
「自分が無能だから無条件で慕ってほめてくれる女といると気分いいんだろう。周囲から内心馬鹿にされているけどな」
「だけど、“本当”のアーガイル夫人もお気の毒だよ。嫁入りした家に尽くすのが家訓らしいけど、夫があんなじゃなければもっと幸せになれただろうにな」
「ああ、まったくだ。あれだけの人がもったいないな」
その会話に私は固まった。何を言っているのかわからなかったからだ。
道化のアーガイル夫妻
今の家があるのは全部妻のアリアのおかげ
常識知らずな恥ずかしい女
馬鹿にされている
道化のアーガイル夫妻というのは会話の流れからアリアではなくベルのことを指しているのだろう。だが、なんで夫婦に間違えられる?私とベルの関係はそんなふしだらではない!それにアリアが優秀?いつも従順なだけが取り柄のあのアリアが?
なんだなんだいったいどういうことなんだ?
呆然としていると気づくと、会話は終わりその2人組はどこかに行ったようだ。だが、私はその衝撃的な内容に、酔いも忘れてただ佇んでいた・・・。
帰宅後、私は使用人に命じた。
「おそらくは当家をねたむ何者かが流した噂なんだろうが、この不愉快な噂が広まるのはよろしくないな。こちらについてはしかるべき対応する。噂の真偽について調べろ。予算は別途出す」
私は使用人に命じ、金をだして情報を集めさせた。
今まで家の評価も上々だったのでそんなこともしたことがなかったが、そんな出鱈目な話がまかり通っているのならば、首謀者に面と向かって抗議をしなければならない。
何せこの家は私が支えており、ベルはそんな恥知らずの娘でもない。何より私とベルは健全な関係なのは間違いないのだから。
その時の私はそう思っていた。
1か月後
「その話は真実でした」
その日、執務室にてもたらされた執事の調査結果は無情にも希望を打ち砕いた。信頼できる使用人は苦渋そのものの顔で報告した。
「失礼ながら、旦那様そしてベルギッタ様の評価は社交界の中でも最悪でございます。ベルギッタ様は自分勝手な癇癪持ちな子供のような大人で・・・旦那様は妻がいるにもかかわらず妻を蔑にして従姉妹を正妻扱いして愛し合っている異常者であると」
その言葉に頭が真っ白になり、ようやく怒りだと気が付き、怒声を上げた。
「ふざけるな!!私とベルはそんな下劣な関係ではない!これは麗しき家族愛。下種な愛欲などではない!誰だ!そんなバカげたうわさを流したのは!」
「もはや誰がという状況ではありません。皆がそのように認識しているのです」
怒りに怯みながらも信頼すべき執事は苦渋に満ちた顔で答えた。流石に長年仕えてくれる執事が虚偽を言うとは思えないし、1か月以上かけてこんな出鱈目を言っているとも思えない。つまり・・・
「なんてことだ・・・・そんな・・・そんなでたらめがまかり通っている!」
「だからこそベルギッタ様に縁談が来ないのです。旦那様の愛人のような認識ですから」
「なんだそれは!勘違いするにも程がある!いったい誰だ!そんな馬鹿なことを言っているのは!」
再度怒鳴り、苛立ち紛れにどん!重厚な木の机に拳を叩きつけた。頭を抱えた。なんてことだ・・・一体どうしたらよいのだ。
そこに執事が更なる爆弾を投下した。
「そして、アリア奥様の評価も正しいです。アリア様の評判は社交界でとても高いのです」
「は?」
なんだそれ?なんでアリアが?
「アリア奥様は異国のお茶や文化にも知識量は凄く、奥様のもたらす情報やお話は常に刺激を求めている他の貴族の方々にとっても大変好評で、またその知識を活かした家庭教師や趣味の教室などを開き、教え方が丁寧で面白いと貴族の奥様方から引っ張りだこのようです。また、服飾やインテリアのデザインも優れているので、関係者からも意見を求められるようで、その方面からの付き合いもあるそうです。特に三大公爵家のクリムゾン公爵夫人とは親友で、夫人経由で当主殿からの評判も高いとのこと・・・それに真偽は不明ですが “あの王妃殿”とも個人的に親交厚いと言われております」
「は!?あのエメラルダス王妃に」
エメラルダス王妃は現国王の正妃である。隣国の王族の血を引く美女だが、ただ王の寵愛を受けている外面だけの女性というだけではなく、国家運営の手腕も非常に高く、国王に次ぐ権力を持つ女傑である。当然彼女の元には大勢が集まるが、親交厚いと称される相手はそこまでいない。私の爵位からしても雲の上にいる方である。その方と親交がある?しかも厚い?
「今の侯爵家の繁栄はそのお蔭ともいえます。今、事業もうまくいき、商人の付き合いも上々なのは王妃様がアリア様の実力を保証しているという認識が後ろ盾になり、あのクリムゾン公爵家も便宜を図っているので破格の好条件を受けているからのようです」
「な、なんだと。そんなはずはあるまい。本当に今のこの家があるのは全部アリアのおかげだとでもいうのか!」
「すべてではないでしょうが、その影響が大きいのは確かでしょう」
知らなかった・・・アリアが頻繁に出かけて色々レクチャーまがいのような事をしていたのは知っていた。でも、ここまでの評価とは知らなかった。たまに他の者から聞くアリアの評価も社交辞令と受け取っていた
アリアは何で話してくれなかったのか?
「だ、旦那様・・・今更ですが、奥さまは何回か話そうとしておりました。しかし、旦那様とベルギッタ様が興味なさげに対応し、話を遮っておりました。決して内密にしていたわけでは」
「それは私とベルが悪いというつもりか?」
「いいえ、アリア様が悪くないという話です」
見当はずれの答えに思わずいら立つ。どう考えても言わないアリアが全部悪いだろう。いったいどういうことなんだ。
「アリアを呼んでくれ」
「なぜ言わなかった!」
執務室にやってきた開口一番に尋ねたらアリアはきょとんとして小首をかしげた。そのとぼけた態度に腹が立つ。
「はい?何のことですか?」
「エメラルダス王妃と親交があると、それにクリムゾン夫人とも親交が深いそうだな!そんな大事なことをなぜ黙っていたんだ!」
「だって、以前旦那様とベルギッタ様がおっしゃったじゃないですか」
「なんだって?」
「“貴族の妻たるもの、功績自慢を表に出すなんてみっともない”と。旦那様も同意しましたよね。その方針に従ったまでです」
「・・・」
確かに以前アリアが他の家で起きたことを嬉しそうに語るのをベルがそのようなことを言ったことがある気がする。そして病弱であまり外に出ないベルの気持ちを考えない無神経な態度にそう「お説教」したことがある・・・気がする。
「し、しかし!限度があるだろう!言っていいこととダメなことの判断もできないのか!?」
「限度と申しましても功績に上下はありませんし。逆に旦那様の仰る功績を言ってはよい基準というのはなんなのですか?」
「そ、そんなのは言うまでもないだろう!常識的に考えろ!」
「えっと?はぁ」
煮え切らないまでも肯定の返事をするアリア。なんなんだ、この奇妙な感じは。今更ながらにアリアの態度が従順とは何かかけ離れているような気がしてならなかった。
「なぁ、アリア?」
「君は私を愛しているのか?」
「はい」
即答。アリアの穏やかな笑みからは何も読み取れない。いつも通りの笑みだ。
「アリア。ならばなぜ黙っていた?君は私の言うことがいくつか間違っていることに気が付いていたのだろう。何故指摘しなかった」
「旦那様が命令されたからです。夫に余計な言い訳するな黙って従えと」
「う・・・」
確かにアリアは以前私の言葉に反論しようとしていた。しかし、身の程をわきまえず、わがままを言うのは貴族の妻としてふさわしくないとお説教をした・・・。
「しかし、それでも自分が正しいと思うのなら、なんでもっと食い下がらなかった」
「この家には問題ないことですから。問題ない以上この家の当主であるあなたの命令を遵守したまでです」
穏やかな笑みだが、異常なのは明らかだった。人形ではあるまいし、なんでこうまで従順なのだ。しかし、こんな異常な相手があの王妃から信頼を得られるはずもない。何だ?何がおかしい?
「アリア」
「はい」
「命令だ。君の思うところを正直に言ってくれ。何が言いたいかわかっているのだろう?」
思えばこの問いが分水嶺だった。今までの生活が続くか続かないかの瀬戸際だった。
「はぁ。それなら申し上げますが、正直に申し上げます。私は貴方様を“この家の主”として愛していますが・・・男としてはかけらも愛情はございません」
そして、いつもの穏やかな笑みで彼女は決定的な答えを発した。
「・・・何・・・だって?」
「安心してください。内心はどうあれ生活は変わりません。外ではこの家の主人の妻として恥じないように心がけ、家では旦那さまとベルギッタ様お2人に迷惑をかけないよう努めます。貴族の妻としてやるべき執務は一切合財私が行いますので、ベルギッタ様とはただ今の生活を楽しみ、今まで通り旦那様と仲睦まじくお暮らしください。私のことは“妻”という肩書の使用人とでもお考えくださいませ」
歌うように穏やかな笑みで異常な言葉を吐く。その異常さに私は言葉もなくただ慄いていた。
「ただし」
黙る自分に妻が
「これから産まれてくるであろう子供の教育は私が行います。そこは譲れません」
一転、目に光を宿し、反論もできないほどの威圧をだす。
「・・・君はそんな生活でいいのか?そもそも男としての愛情はないとはどういうことだ?」
そしてようやく絞り出した質問に彼女は即答した。
「はい。私は実家を。そして新しい家と血筋を守ることが貴族として最も重要な執務と幼少時より叩き込まれ、育ってきました。そのためでしたら己を殺し、家に尽くすのは当然です。婚約時に私はその覚悟を以てこの家にやってきました。本当は夫婦として愛し合えればよかったのですけど、まぁ無理でしたからね。ですので次代の家を担う子供の教育だけは私が責任をもって行う所存です」
「な、何を言うんだ!確かに政略結婚ではあるが、私は君が好きで結婚したんだ!君だってそうだったのではないか!?なぜそのような言い方を・・・」
「だって、旦那様はベルギッタ様を一番愛しているのでしょう?」
何の曇りもない瞳と問いに一瞬息が詰まった。
「君までそんな馬鹿なことを言うのか!いいか!私とベルは・・・」
「ベルは家族としての仲でしかない。ですよね?旦那様はベルギッタ様を家族として愛していて、異性の愛はないと常日頃主張されていますが、愛の形は違えど貴方の妻である私に対する愛はベルギッタ様の下にあります。だからいつも私よりもベルギッタ様を優先されているのでしょう。常日頃自分と違う女性と一緒にいて、自分より上の愛を見せつけて、男女として愛し合う?ふふふ、流石に無理ですわ」
「そ、そんなことはない!いつも君にも妻として配慮しているだろう!」
「配慮ですか?デートの度に何度もドタキャンされて、または遅延しても悪びれず笑っていましたよね。ベルギッタ様の調子が悪いから仕方がないからと。私にも予定があり、それを調整して準備に時間をかけたにもかかわらず当日いきなり無理といわれる私の気持ちを認識していましたか?」
「そ、それは君も笑って許して・・・」
「許されれば傷つけてもよいと?」
「う・・・」
「人気の演劇のチケットを手に入れて2人で見ようと言ったら、ベルギッタ様がみたいと言って割ってきましたよね。追加でチケットを買ったため、私が離れた席に座ることになりました。面白かったねと笑っていたあなたには夫婦水いらずで過ごしたいという思いなどみじんもありませんでしたよね。それは妻に対する配慮で?」
「・・・」
「そうそう、結婚式の前私のために父が用意したウェディングドレスを可愛いからベルギッタ様が私よりも先にそでを通しましたよね?貴方様はそれを見て咎めることなく笑って、無邪気に褒めていましたね。ウェディングドレスを最初にそでを通すのは花嫁。それ以外の女性が先に着るなど最低最悪のマナー違反であると知っていましたか?本来ならウェディングドレスを破棄するほどのことなんですよ?結婚式を台無しにしたくないので、怒る家族や友人たちをなだめて、式を行いましたが。認識していましたか?」
「う・・・」
言われてみれば、何となく新婦の家族友人の態度がそっけなかったような気がする・・・。
「別に今更蒸し返して責めているのではないのです。旦那様。これらの事実は殿方が女性に対する妻に対する愛情ある対応と認識されないというだけです。そして一般的な女性ならばそのような扱いをされて恋心など抱きません」
「さて、旦那さま。ここまで話したので将来のためにも進言いたしますが、甘やかすと愛するは異なります。ただ甘やかしてばかりでは人は真っ当には育ちません」
「それはベルギッタのことを言っているのか!」
ベルの侮辱にかっとなって怒鳴り返す。何を知ったようなことを言うのだ!私は甘やかしてなどいない。きちんと親族の愛情を以て・・・
「失礼ながら質問にて返答いたします。旦那様はベルギッタ様のご友人の名前と顔とその特徴をどれだけ思い浮かべられますか?その方々がここに遊びにやってきたことは?」
「え?」
言われて初めて気が付いた。ベルギッタから「御友達から聞いたんですが」という話を聞いたことがあったが、その友人とは実際に会ったことが無い。
「ベルギッタ様はかつて学園でも思い通りにならないと癇癪をおこし、常に自分が悪いとは認めず相手が悪いと言い張って、家と旦那様のお力に縋って借りて収めてまいりました。何かと悪者にされ、親切心から面と向かって進言しても意地悪といわれ、構うと面倒な揉め事になる。だから当たり障りのない会話だけしてかまおうとしない。己の非を認められず、相手の痛みを理解できない。故に知人はいるものの、本当に気遣ってくれるほどの深い関係の者がいない。そして妻に迎えようとする者もいない・・・それが今のベルギッタ様の現状です」
「なんだそれは!そんなひどいことを言う者がいるならば、なぜ私に言わない!そもそもなんでベルのためになんとかしないんだ!」
私はアリアを睨みつけるが、アリアはそっと顔を伏せ、小さく深いため息をついて言葉を続けた。
「遠まわしでありますが、何度かは忠言いたしました。しかしいつも病弱であることを理由に笑って誤魔化したり、話半分にしか聞いてくださらなかったんです」
「ならば!もっと何度かしっかり伝えればいいだろう!自身の怠慢を人のせいにするな!」
そうだ。アリアが伝えれば何の問題もなかったのだ。大人のくせにやることやれば自分は悪くないという子供じみた態度に腹が立つ。まっとうな大人の貴族ならばわかるまで懇切丁寧に話をするのが常識だろうに。
常識的な指摘をし、いつものように謝るかと思ったがアリアは珍しく真面目な顔で反論した。
「・・・・・怠慢は旦那様の方では?」
「なんだと?」
「私よりもずっといつもベルギッタ様のお側にいるのにどうして私が気づく程度のことに気づかなかったんです?」
「・・・!?」
「そもそもいつも仰るベルギッタ様の病弱についてもです。診察はいつも同じお医者様ばかり。私が他の医者を呼ぼうとしてもベルギッタ様は嫌がり、旦那様は人見知りのベルに迷惑かけるし、長年信用する医者に失礼だとおしかりになりましたね。しかし、ベルギッタ様が大事ならば何より健康を第一に考えるべきでしょう?例え失礼だろうが、いつまでも治らないならば色々な医者に診てもらい治すのを優先すべきです。旦那様はベルギッタ様を唯一説得できるお立場なのですよ。どうしてその努力を怠ったのです?」
初めて見る、責めるような口調と態度に私は怒鳴り散らした。
「う、うるさい!何でもかんでも人のせいにするな!気づいたなら懇切丁寧に説明すべきだろう!確かに気付かなかった私も悪いが、君も悪いということを認識しろ!!!」
そうしかりつけると軽いため息をついて、うつむく。いつもの態度だ。自分の怠慢を棚に上げて、拗ねた態度。いつもなら未熟だからと大目に見ていたが、この状況では腹が立つ。
「もういい!命令だ!我が家とベルのいわれなき誹謗中傷を何とかするんだ!君には王妃殿をはじめ頼りになる方がいるのだろう。その方にお願いすればたやすいだろう」
「お断りします」
「は?」
「夫が妻である自分を蔑ろにして評判最悪の従姉妹を大事にしすぎて、愛人に思われている。貴族の皆が周知のこの事実を払拭するよう助けてください。と言えばいいのです?恥さらしもいいところですよ」
「ぐ・・・」
「大前提として貴族の家の問題にエミーを・・・おっと失礼。エメラルダス王妃を介入させるなど論外です。王族や他の貴族に愛人問題を何とかしてくれなど貴族として最悪の手段ですよ」
「・・・ぐっ」
「そもそもこの家とベルギッタ様のことは本来自分たちが変わるべきこと。私が今の噂を何とかしても本人が変わらなければどうにもなりません。もう一度自分たちのことを見つめなおしてください。そして・・・」
「うるっさい!いいから君は私の言うことを聞けばいいんだ!さもなくば離婚だ!別れたくなかったらいう通りにしろ!」
勢いだった。いつもの大人しい家に忠実なアリアに離婚といえば、慌てて意見を翻しいうことを聞くと思っていた。だがここでも彼女は頷くことなく反論した。
「・・・それがお望みであるならばかまいませんよ」
「なんだと?」
「ただ、その後のことをお考えなのですか?」
「その後?」
「だって・・・」
「旦那様だけじゃ、この家を切り盛りさせるなど無理でしょう?」
反射的だった。私は全力でアリアの頬を張った。そして吹き飛ぶアリアはがんと壁にぶつかり崩れ落ちた。そして頭部から赤い何かが染み出てきた
その音に異常を感じたのか執事がやってきてアリアの惨状を見るなり仰天し、メイドを大声で呼び、手当をし始めた。私はその間呆然と立ち尽くしていた。
そして、私は自分がとんでもない間違いをしでかしてしまったのではという考えが頭に浮かび・・・胃に何か重いものを感じてきた。
翌日アリアは顔を腫らし、頭部に包帯を巻いていた。どうやらぶつかった時に頭を切ったらしい。謝罪をしようとアリアに近づこうとするが彼女が実家から連れてきたアリア専属メイドがそれを阻止した。怒鳴りつけたが、「アリア様は傷ついています!これ以上傷つけるおつもりですか!」と言われたら何も言えない。仕方なくほとぼりが冷めるまでと思い、会う時間を空けていたがその日の午後に事態は急転を迎える。アリアの実家から義父がやってきたのだ。
「娘とは離縁してもらおうか?」
応接室につき席に着くなりアリアの父から開口一番そういわれた。
「な!?何を」
「何をじゃないだろう。娘に理不尽な暴力を振るって殺しかけておいて」
「違います!私はそんなつもりじゃないんです!!」
「君の意図は関係ない。聞いた話では君に殴られて、頭部を強く壁にぶつけて脳震盪を起こしたらしいな。ぶつけた角度やモノによっては死んでいた可能性があるんだぞ!」
ドンとテーブルを叩き、激怒する義父。
「そ、それには理由があるんです!」
「理由?」
「それは面子です!彼女はあろうことか私の・・・いいえ人として言ってはいけないことを言ったんです!!」
「何?」
私は説明をした。必死に当主を、夫を、男のメンツを傷つけたアリアの無礼な言動について。同じ男ならわかってくれるだろうと思い説明したが、帰ってきたのは冷たい視線だった。
「それが理由か・・・」
「は、はい・・・お義父さんも同じ男ならわかってくれますよね」
「わかるわけないだろう。君の言っていることが何一つ共感できん。要するに見下していた妻に自分が大したことない男だと事実を言われて子供のように癇癪起こしただけだろう。そんなものわかるか。娘の言っていることは事実で、何より愛人を作っている時点で論外だ」
またか!どいつもこいつも何を勘違いしているんだ!!
「あなたまでそんな勘違いを!私とベルの関係は麗しき家族愛です!愛人などという下種な愛欲の関係ではない!!」
「嫁である娘を軽んじて、違う女を同じ家で大事に囲う時点で間違っているんだ。それすら理解できない君では娘を預けられんな」
私の魂の叫びは何一つ通じず、結局私とアリアは離婚することになった。
その後、私は私用人もいる場でアリアと顔を合わせて話し合った。
“手をあげたのはすまなかった。だけど、この程度のことで離婚など馬鹿らしい。私にも非はあった。君も自分の非を理解しただろう?互いに非を認めあったことだし、これからは今まで通りやっていこうじゃないか”という自身の非を認めた言葉を丁寧に友好的な笑顔で伝えたが、帰ってきた言葉は呆れた口調での「やはり離婚します」の言葉だった。
いつまでも被害者ぶるアリアを説得したが決意は変わらず。私が非を認めて謝罪したにもかかわらずこのふてくされた態度である。
苛立ちはあるが、手を出したことによりこちら側が譲歩をせざるを得ない立場にある。
こうして私たちは正式に離婚が決まった。
本当の離婚の原因については口外されることはなく、別の理由で離婚したことになったのが不幸中の幸いだっただろうか。
それからの私は頻繁にベルギッタと貴族の集まりに顔をだし、誤解を解くようにした。
すると必ず出てくるのは
「じゃぁ、奥さんがいたにもかかわらず、何故ベルギッタと一緒なのか?」という問いである。それに対し私はベルギッタの良さを一生懸命伝えた。彼女とは男女の関係ではなく、清らかで純粋な家族としての愛情の関係でしかないことを。今までの清らかな付き合いを。そしてアリアがいかに異常な女だったかも。ベルギッタも自分との関係を必死に援護してくれた。
すると皆はよく分かったよ。と理解してくれている。にもかかわらず。噂は消えない。何故なんだ・・・。
そして気が付くと周りはほとんど話を聞いてくれなくなった。
親しい関係だったクリムゾン公爵夫妻と話をしても「他に予定があるんでね」などと不愉快そうに露骨に拒否をされて終わる。今までの商売での付き合いも完全に切れてしまった。
私とベルは貴族の間で爪はじきにされていた。
いつの間にか、私の家はアリアという女当主に捨てられた愚かな家と社交界に浸透していた。
それから私の家は急速に衰えていった。当家との付き合いの縁切りがクリムゾン公爵以外にも次々出てきたのだ。
今更ながらにわかった。今まではアリアが何もかもうまくやっていたのだ。
逆に自分が何かをしてもうまくいかない。
無力感に苛まれる自分にはもはやベルしかいなかったが、彼女は見当はずれの意見ばかりいい、今迄みたいな贅沢のおねだりをしてきた。そんな彼女の言動を見かねて注意したら、ベルは逆切れ。
そんな日々が続いていたらいきなりベルは失踪した。
「運命の出会いをしました。これからは幸せになります。じゃあね」と今まで面倒見た礼もなく、きったない字と軽い内容の手紙だけ残して。
その後、彼女を見ることはなかった。一度執事が「ベルギッタ」「結婚詐欺」「逮捕」という断片的な単語を言っていたが、面倒くさいので丸投げした。それに反応する気力すら私にはもうなかったのだ。
そんな生活が続いたある日、私はうす暗い食堂で一人ディナーに出てきたメインディッシュのポークステーキを見て、かつてのアリアと夫婦であった頃に行ったクリムゾン公爵家での一幕を思い出していた。
あの時、私とアリアとベルはパーティー会場でクリムゾン公爵が自慢げに語る豚肉料理の話を聞いていた。
「どうだい、今日の豚肉料理は?新しいシェフの得意料理でね。今度東方国の宰相ゴシマ殿との晩さん会に出そうと思っているんだよ」
「すっごく美味しいです!!」
「そうですね。こんなおいしい料理ならばきっと満足いただけますね」
実際に大した豚肉料理で私とベルで賞賛の言葉をかけていたところ
「確かに美味しい料理です。ですが、東方国の宰相ゴシマ様相手ならば違う品種に変えたほうがよろしいかと存じます」
妻アリアはあろうことか、その空気を台無しにした。
「・・・ほぅ?それはどうしてかな。今回そろえた肉は最高の肉なのだが」
「それは・・・」
「もういい。アリア、君はあっちに行っていなさい」
「しかし・・・」
「いいから言うことを聞いてくれ」
なおも空気を読もうとしない発言をしようとする愚かな妻にいら立ちを隠せないまま、無理に私はアリアをその場から追い出した。
「申し訳ございません!クリムゾン公爵!妻はこのような場に不慣れでして大変無礼なことを」
「私からもお詫びいたします。アリア様は決して悪いお方ではないんです」
「ふむ、私としては反論の根拠を聞きたいのだがね」
「いえ、妻はいいところを見せようと食通ぶっただけでしょう。自分の好みで好きに言っただけです。無知なくせにこんな言動をして恥ずかしい限りです。妻にはよく言って聞かせますので」
はぁぁぁ・・・なんで空気を読まないのだ。アリアは。まったく何か適当なことを言って、いいところを見せたかったのだろうが、水を差しただけだ。
妻がしっかりしないと夫がこうして苦労することになるのだ。帰ったら、またお説教せねばな。その時の私は内心ため息をついて、そう思っていた。
後日、聞いた話ではクリムゾン公爵家のおもてなしに賓客である東方国の宰相ゴシマ様は大満足したらしい。
なんでもその時出した豚肉料理はゴシマ様の故郷の名産品である豚肉らしく、故郷愛が非常に強く、故郷の豚肉を誇りに思うゴシマ様は”貴方の国の最高の食材を私の国で最高の味つけをすることで生まれたのがこの最高の肉料理です”という言葉に感銘を受け、私たちもこのような肉料理の関係でいたいですなと大変ご機嫌だったらしい。
流石クリムゾン公爵と思っていたが、今思うとアリアはパーティーの終わり際にクリムゾン公爵と何かしら話をしていた。てっきり先ほどの非礼でも詫びているのだろうと思った。だがおそらくその時アリアは豚肉についてのアドバイスでもしていたのだろう。
「怠慢は旦那様の方では?」
かつて言い争った時のアリアの言葉が胸に突き刺さる。アリアの有能さを知る機会などいくらでもあった。なのに私はそのことを気づかなかった。いいや、無視していたのだ。
「自分が無能だから無条件で慕ってほめてくれる女といると気分いいんだろう」
いつか誰かの言葉が思い浮かぶ。そう、私は無能だった・・・。
だから、アリアの従順な態度を自分が偉いからだと思い込んでいた。
だから、アリアの有能さを目に入れないようにしていた。
だから、ベルの病弱に本気で向き合わなかった。治れば頼りにしてくれなくなるから
だから、ベルの無条件な好意が気持ちよく、問題を正すことをしなかった。
私とベルの関係は麗しき家族愛ではなかった。愛人などという下種な愛欲の関係でもなかった。ただ小さなプライドを埋めあうだけのもっと矮小な関係だった。
気づくと私はボロボロと涙をこぼしながら、いつもよりしょっぱいポークステーキを食べ進めていった。
無能なのにプライドが高くてそれをベルギッタさんに無条件で肯定され、媚び続けられ、性格をこじらせたカイル君が自分を見つめ直すお話でした。
ちなみにベルギッタさんは仮病です。楽して暮らしたいという理由でカイル君の家に転がり込んでました。その後詐欺師に甘い言葉でころりと騙され、犯罪に手を貸して逮捕されました。悪いことしたと自覚がなく犯罪者となった今でも他責思考のままです。
被害者?のアリアさんも別の意味でちょっと変な考えのところもありますが、そこは当時の貴族事情ということでふんわりとらえてください。なお、後半の攻撃的言動は流石にカイルが馬鹿すぎてイライラしてたというのもあります。




