叫び
物語が作者に書かせました。
灯の家を出た。
自分の足で歩いているのに操り人形の糸が切れたよう。いつへたりこんでも不思議じゃなかった。
私の望んだ『全部』。灯は知っていた。私の望み通り『全部』教えてくれた。みんな私の状況を知っている。ここに私がいるのも恐らく灯の能力からだと諭す動きをしてたくらい。そんな中で灯だけが否定し続けてくれていた。『澪(私)は生きてるんだから!』
そう、私は生きている。
今も自宅に向かって歩けている。外の寒さも感じている。かじかんで身体も震えている。
なのにどうして?なんで!?
実際は一年も意識が戻っていない?毎日両親と灯は付き添ってくれている?ここはゲームの中で私は灯の死者蘇生の能力で今生き返っている?現実世界の私は2度と意識を取り戻すことはない?いやいや、おかしいでしょ!なんで!?どうしてそんなことになってるの!?脱線事故?そんなの私知らないし!カラスの置き石!?おかしいのは灯たちの方じゃないの!?知らない世界のことを言われても納得なんてできない。ただただ意味がわからないって!
今確かなのはムギの反応が薄くなっていることだけ。『現実世界の私』なんて言われても、そんなの分からない。灯たちの妄想のように聞こえる。なのに『私の存在』が薄くなっているのを突きつけられる。ほんとに、意味がわからないって!
踏切の遮断機が下りてカンカンと警報が鳴っている。
『カラスの置き石』
灯から聴いた言葉を思い出した。この石が、この石が私を!みんなを苦しめているのか!?
足元に転がっている石を一つギュッと握って足元に叩きつけた。地面に当たった後跳ね返って右向こう脛に当たる。
この石が!この石が!!この石が!!!この石が!!!!
踏みつける度に涙が溢れてきた。
あなたは今死んだら元の世界に戻れるよ?って仲のいい友人にいきなり言われたらそうですかって死ねる?なら今すぐ踏切の中に飛び込んでみなさいよ!
できないでしょ!?それが当たり前なの!
生きてるんだから!私も!今!生きてるんだから!
遮断機が上がるまでその石を何度も何度も踏みつけ続けた。警報音が鳴り止み遮断機が上がった。線路に向かって石を蹴り抜いた。
線路に当たって「カンッ」て音を立てて他の敷石の中に混ざっていった。
昂ったイライラと涙が身体から溢れてくる。
拳を握り込んで、角を曲がったところのブロック塀に打ち付けた。冷えた手に加わった衝撃は一回で手の感覚を全て奪うほどだった。それでも何度でも当たり散らしながら帰る。右の手からは血が滲んでいた。
家に着いた。涙はおさまっている。
「おかえり」
お母さんの声が聞こえる。うん。自分の耳に届きかねるくらいの声だった。どんな顔をして家族に会えばいいんだろう。会いたくなかった。
「おかえり。」
「ただいま。ちょっと疲れてるからもう寝るね」
何も言わせないように目線を合わせずそれだけ言って部屋に戻った。
「ご飯は?」
「いらない」
部屋のドアを閉めて机に突っ伏した。大きく深呼吸をして落ち着かせよう
『バンッ』
右手は拳を握り机を思いっきり殴っていた。寒さと痛さで麻痺していた右手に痛みが走る。折れている可能性が過るくらい強い痛みが駆け抜ける。
「ーッ!あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!も゛ぅ!!」
今度は両方の爪を立てて頭をガリガリと掻きむしる。血が滲んでくるんじゃないか、爪が剥がれるんじゃないか、そんなことは全く過らない。行き場のない怒りが突き動かしていた。
指は血で染まっている。徐々に痛みが怒りを上回るようになってきた。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。ノートの最後のページをめくって灯から聴いたこと、頭の中を整理していく。筆圧は今までと比べ物にならないくらい強い。シャープペンシルの芯が何度も折れる。舌打ちをしながら殴り書き続ける。
灯の家から帰る途中の頭の中をそのままノートに書いていく。
浮かんだ文字を書き殴り続けた。
『2度と目を覚まさない私』
そう書いたらまた内から湧き上がってくるものが来た。シャーペンで何度も何度も文字を囲む。何度も囲っているので端っこの『2』と『私』はほとんど潰れてしまっていた。ノートもぐるぐる囲っているうちにところどころ芯の形に破れてしまっている。
ノートに書き殴ったあと、机の上を薙ぎ払った。置いてあった物は音を立てて床に散乱する。ノートは書き殴ったページが見える形で床に転がった。
私はそのままベッドに潜り込んだ。
目を覚ました。最初に目に入ったのは血だった。枕やシーツが赤黒く染まっている。体を起こした時に右手、痛くて体重を支えられなかった。枕とシーツの血痕は右手から出てきた物だった。
さすがにこのままではまずい。
消毒して絆創膏を貼る。
「ーーーーッ!」
右手の消毒、こんなにしみるのに…。
皮膚が突っ張る感じもあるのに…。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
いつものように家を出た。
みんなとどんな顔をして会えばいいんだろう?そう思っていると声がした。
「澪ー!おはよう!」
灯だった。目は少し腫れているがそれ以外は昨日の朝までの灯だった。
「おはよう」
私は小さく返した。
「右手、どうしたの?」
傷だらけの右手を指差して灯が言う。
「なんでもないよ」
自分でもわかる。声に抑揚がない。淡々と喋っている。
「いい?『なんでもない』って『なんでもある人』が言うんだよ?」
そう言って右手首をもってコンビニに連れて行かれた。
「手を隠せるの、軍手ぐらいしか無いね」
「………。」
「澪?」
「ごめん、1人にしてくれない?」
「なんで?」
「昨日の今日だから、ちょっと整理ができてなくて」
「整理なんて…、私も、できてないよ?」
灯の声のトーンが落ちる。
「整理なんて、できるわけないじゃん。」
軍手を持っている灯の中指の爪の先が少し赤黒かった。
「灯?その中指、どうしたの?」
「ん?」
一瞬灯の顔が変わった。慌てて指を隠す。
「な!?ははは、なんだろう?」
そう言ってコンビニトイレの手洗い場で石鹸を擦り付けて洗う。
昨日のセリフが蘇ってくる。
「澪の意志のつもりで、私が動かしてたんだと思う」
大きく首を左右に振る。
「お待たせ」
灯が手を乾かして戻ってきた。
「あのさ、灯?」
「うん?」
「頭、見せて?」
「はい!」
「いや、おでこじゃなくて。頭、見せて」
「え?やだ」
「軽くお辞儀してくれるだけでいいの」
「なんで?」
「確かめたいことがあるの」
「………。やだ。」
「………。」
「…!……、いいよ。」
「やっぱり、引っ掻き痕」
「………、ごめん」
「一緒だね笑」
私が笑うと灯が驚いて顔を上げた。
「頭、思いっきり引っ掻いたでしょ?それも血が出るくらい」
「…うん。」
「私と一緒だね!」
そう言って笑うと、灯も戸惑いながらも笑みが溢れた。
よかった。私は笑いながら吐きそうだった。
灯は憑き物が取れたみたいに声がまた元に戻った。
「隠せると思ったのに」
「だいぶ荒んでたみたいね。」
「その右手で言うこと?」
ふふ、笑いながらコンビニを後にした。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「お!?灯と澪、目が腫れてね?」
朔の第一声、
「うん、ちょっとね」
私は笑いながら言葉を濁した。
「右手もすごい怪我してるし」
「ははは、ちょっとね」
「昨日私の家で一緒に晩御飯作ったから」
「あ、そうそう!」
「あれ?でも昨日お前の家に行ったのってー」
朔はそこまで言うと蓮に口を押さえられて透に連行されていった。共有、されてるんだ。
相変わらずムギは寄ってこない。頭をワシャワシャすると尻尾を振っている。よかった、まだ認識してくれている。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
家に帰った。昨日のまんま。机の上は綺麗で何も置いていない。その代わり床はノートや筆記用具が散乱している。
『2度と目を覚まさない私』
床のノートに書かれている。ため息をついてベッドに横になり天井を眺めた。
頭皮が痛い。灯もこの痛みを感じてるんだろうか?こんなに痛いのに……右手を動かしてみる。
この動きは私の動きなんだろうか?
「いや、私は、私なんだから!」
どこまで灯の意思が入ってるんだろう?
こんなに痛いのに、生きてる証明にならないなんて。
灯が浮かぶ。私が帰った後で頭から血が出るくらい掻きむしっている灯。泣いてたんだろうな、ごめんねって繰り返して嗚咽を吐いて、感情をぶつける先が無かったんだろうな。
灯、どんな気分なんだろう……。
目を閉じた。真っ暗な中でぼやーっとログハウスのような空間が広がってきた。灯と目があって突進してきて、文字通り胸に飛び込んできて、私の制服を涙と鼻水で濡らしてた。
「一年、か。」
どんな気持ちで一年過ごしてたんだろう。毎日意識無い私のお見舞いに来ていた。そんな中でゲームの中で会えた私。めちゃくちゃ、めちゃくちゃに嬉しかったんだろうな。それはもう自分ではコントロールできないくらい。
無邪気に笑って、空白の一年間を埋めるように全力で。
私が異変を感じて家に行った時も最初は包んでくれた。「怖かったんだね」って、それ以上何も言わなかった。どんな気持ちだったんだろう。
「本当は何もなく楽しく遊んで過ごしてさ、この後の現実世界の澪に会いに行って、『カスタム』の中で会ったよ!元気だった!って報告しようと思ってたんだ。意識取り戻したら一緒に買い物行ったり遊んだりしようねって、おばさんもおじさんも元気付けられると思ってた。意識が戻るのをずっと、待てると思ってた。意識が戻ったら——一緒に買い物行きたかった。他愛ない話をしながら歩きたかった。澪が素敵な人に出会って、照れながらその話をしてくれるのを聞きたかった。お互い家族ができて、子どもが同い年になって、ママ友にもなりたかった。」
頬を涙が伝っていた。嗚咽を吐きながら枕を顔に押し当てる。灯も、めちゃくちゃ痛いじゃない。
言いたくなかった、気付きたくなかった。
灯の言葉が頭の中で何度も何度も繰り返された。向き合うの、辛かったよね、灯。
ごめんね、私が不安を聴いてもらって帰っていたらこんなに私も灯も苦しまなかったのかも知れないのにね。
ギュッと右手を握りしめて痛みを感じながら眠りについていた。
読んでいただきありがとうございます。
次話「冬 ゾンビと日常」もよければ。




