余命一ヶ月の身代わり花嫁、死ぬ気で贅沢していたらなぜか呪いが解けて愛されている
∮∮〜第一章:死ぬ前に、全部使い果たしてやります!〜∮∮
「おい、死に損ない。お前の役目は、この国の『死神公爵』に嫁ぎ、我が家の身代わりとして呪いを受けて死ぬことだ」
義父の冷酷な声が、薄暗い地下室に響く。
私、シェリル・エバレットは、エバレット伯爵家の“予備”として、表に出されないまま育てられてきた。
美しい異母妹の身代わりに、恐ろしい呪いを持つと噂のフェリクス公爵に嫁ぐことが決まったのだ。
しかも、私の命はあと一ヶ月。
幼い頃にかけられた“不治の病”。
……表向きはそう呼ばれている、呪いのせいだ。
胸に刻まれた紋章が、完全に真っ黒に染まった時、私の人生はあっさり死ぬらしい。
◆◇◆
私がその紋章を刻まれた理由を知ったのは、死神公爵との婚約が決まった夜だった。
地下室で、偶然聞いてしまった会話。
「──あの子は、兄上の忘れ形見だ。情をかけるだけ無駄だろう」
「ええ。どうせ十七で死ぬと分かっているなら、利用しない手はありませんもの」
義父と義母の、低く冷たい声。
その瞬間、胸の奥が、すうっと凍りついた。
私は──伯爵家の娘ですらなかった。
エバレット伯爵の兄。
かつて当主の座を争い、事故死したとされる男。
その、忘れ形見。
邪魔な血。
忌まわしい存在。
だから、私は「予備」として育てられた。
表に出されず、名前も誇りも与えられず、
ただ、“使うため”だけに。
「呪いの魔女に刻ませた紋章です。あれが黒く染まり切れば、あの子は確実に死ぬ」
「十七歳。ちょうどいい猶予だったな」
「ええ。利用価値が最も高くなる年齢まで、生かしておくには」
淡々と語られる、私の寿命。
その時、初めて知った。
この紋章は、病などではない。
伯爵家が、私を“使い捨てるため”に刻ませた、死の刻印だと。
私は、その場から動けなかった。
怒りよりも、悲しみよりも先に、
胸に広がったのは──ひどく冷たい、納得だった。
ああ、だからか。
だから私は、どれほど努力しても認められず、どれほど従っても、愛されなかったのだ。
最初から、死ぬ前提の娘だったのだから。
◆◇◆
(……ふん、いいわよ。どうせ死ぬなら、最後に思いっきり贅沢して、あの一家に一矢報いてやるんだから!)
十七歳の誕生日を迎えたその朝、私は、ボロボロのトランク一つで公爵邸に乗り込んだ。
出迎えたのは、漆黒の髪に、凍てつくような銀の瞳を持つ男──フェリクス・フォン・ブラッドレイ公爵。
彼に触れた者は命を吸われ、邸内には常に死の気配が漂っていると、まことしやかに囁かれている。
「……死にに来たのか、身代わり令嬢」
「いいえ、贅沢しに来ました。よろしくお願いしますわ、閣下!」
私は震えるどころか、満面の笑みで彼の大きな手を、ぎゅっと両手で包み込んだ。
その瞬間、彼の瞳が驚愕に揺れた。
触れた瞬間、私に流れる“死の気配”と、彼の“呪い”が衝突した。
火花が散ったような気がしたけれど──今は気にしない。
∮∮〜第二章:フェリクス・フォン・ブラッドレイ〜∮∮
彼が【死神公爵】と呼ばれる理由を、王都で知らぬ者はいない。
始まりは、十年前。
ブラッドレイ公爵家で行われた、ある夜会だった。
政敵、貴族、王族の遠縁。
百名を超える客人が集い、音楽と笑い声に満ちていたという。
──翌朝。
生きていたのは、フェリクス公爵ただ一人だった。
広間には、倒れ伏す死体。
苦しんだ形跡もなく、血も流れていない。
ただ、全員が例外なく、
生命を吸い尽くされたかのように、静かに死んでいた。
調査に当たった魔導師団は、口を揃えて言った。
「公爵本人に、異常はない」
「だが、彼の周囲には“死”そのものが渦巻いている」
その日を境に、ブラッドレイ公爵邸に足を踏み入れた者は、次々と体調を崩し、衰弱し、死んでいった。
使用人。
近衛兵。
遠縁の親族。
触れただけで命を落とした者もいたという。
やがて、人々は囁き始めた。
──彼は、死神に愛された男だ。
──いや、彼自身が死神なのだ、と。
フェリクスは否定しなかった。
弁明も、抗議もせず、ただ静かに公爵邸に籠もり、誰も近づけなくなった。
彼自身もまた、知っていたからだ。
自分の呪いは、“自分以外の生命を拒絶する”呪いだということを。
それが、なぜ自分に宿ったのか。
いつ、誰によって与えられたものなのか。
フェリクスは──何ひとつ、知らなかった。
生まれつきなのか。
それとも、あの夜会で何かが“起きた”のか。
答えは、どこにもなかった。
近づけば、削る。
触れれば、奪う。
愛する者すら、殺してしまう呪い。
だから彼は、人を遠ざけた。
だから彼は、孤独を選んだ。
──死神公爵。
その名は、彼が望んだものではなく、彼が生き残ってしまったことへの、世界からの烙印だった。
∮∮〜第三章:公爵様の財布を空にする勢いで〜∮∮
翌日から、私の“死ぬ気で贅沢“作戦が始まった。
どうせ一ヶ月で死ぬのだ。
公爵家の莫大な資産を使い果たして、この世に未練を残さないようにしてやる!
「閣下! 朝食は最高級のツバメの巣と、金粉をまぶしたオムレツを三皿用意させましたわ!」
「……食べきれるのか?」
「死ぬ気で食べます! あ、食後には王都で一番高い宝石店を丸ごと呼んでくださいな!」
私は次々と公爵の資産を使いまくった。
最高級のシルクのドレスを毎日新調し、寝室には世界中の香木を焚き、庭園には季節外れの薔薇を数万本発注した。
冷徹な公爵様は、最初こそ呆れていたが、なぜか私の要求を一切拒まなかった。
それどころか……。
◆◇◆
ある日の食事時。
「シェリル。君が“旅館”というものに興味があると言っていただろう」
「ええ、ありますけど……?」
「王都から三日南に下った山脈に、古代王族しか入れなかった秘湯がある。今日から、あそこは君専用だ」
「……はい?」
彼は淡々と続けた。
「温度も泉質も、君の体に合わせて調整させた。滞在中、演奏がないのは寂しいだろうから、王立楽団を常駐させてある」
「温泉“専用”って何ですの!? しかも楽団まで常駐!? 贅沢が国家事業レベルなんですけど!」
「君が“癒やされたい”と言ったからだ」
それだけ言って、彼は紅茶を一口含んだ。
◆◇◆
三日後。
「シェリル。昼食だ」
差し出されたのは、見たこともない銀色の招待状だった。
「……これは?」
「世界三大料理人と呼ばれる者たちだ。全員、今日から君の専属にした」
「せ、世界三大!? ちょっと待ってください、三人とも王侯貴族専属で滅多に動かない方々ですよね!?」
「問題ない。全員、断れない条件を提示した」
嫌な予感しかしない。
案内された先は、公爵邸の中庭。
そこには──宙に浮かぶ、巨大な水晶の食卓が設えられていた。
「……浮いてますわよ?」
「景色が良い方が、食事は美味い」
「発想が王様を通り越して神様なんですけど!」
雲を渡るような食卓で供された料理は、一皿ごとに、私の体が少しずつ軽くなるのが分かるほど、異様な力を持っていた。
◆◇◆
昼下がり、公爵邸の執務室。
書類の山に囲まれながら、私は豪奢なソファにだらしなく転がっていた。
昨日、王都で一番高い宝石店を“見学“しただけで、三時間も歩かされたせいだ。
「……足が棒ですわ。こんなに歩くなんて聞いてません」
「宝石は逃げないが、君の体力は逃げるようだな」
冷静な声でそう言いながら、フェリクスは私の前に一枚の書類を置いた。
「何ですの、これ」
「契約書だ」
嫌な予感しかしない。
目を落とした瞬間、私は固まった。
「……鉱山採掘権、譲渡?」
「王都の北、グレイス山脈の小規模鉱山だ。最近、質のいい石が出始めたらしい」
彼は私の顔を一瞬だけ見て、続ける。
「君の“瞳の色“に似ていると思ってな」
「…………」
言葉が出なかった。
「シェリル、今日はこの鉱山の権利を買っておいた。君の瞳の色に似たサファイアが出るそうだ」
「……えっ、鉱山ごと!? 贅沢のレベルが高すぎて、使い切る前に死んじゃいますわ!」
思わず叫ぶと、彼はほんのわずかに眉を寄せた。
「問題があるか?」
「問題しかありません!」
私は書類を抱えたまま、彼を見上げる。
「宝石を一粒二粒買う、ならまだ分かりますけど……鉱山は違います!」
「一粒では足りないだろう」
「何がですの!?」
「君が好きな色を、好きなだけ身につけるには」
あまりにも真顔で言うものだから、冗談なのか本気なのか、分からない。
胸の奥が、少しだけ、きゅっとした。
「……私、もうすぐ死ぬんですよ?」
ぽつりとそう言うと、フェリクスは手を止めた。
「だからだ」
短く、それだけ。
「残る時間で、欲しいものを我慢する理由がない」
彼はそう言って、再び書類に目を落とした。
◆◇◆
おかしい。
もっと嫌がられると思ったのに、彼は私が何かをねだるたびに、少しだけ口角を上げるようになった。
そして、なぜか私の体調は、贅沢をすればするほど良くなっていく気がするのだ。
∮∮〜第四章:呪い同士の相殺〜∮∮
運命の一ヶ月目。
朝の光に照らされながら、私は無意識に胸元へと手を伸ばした。
いつものように、黒く染まった紋章を確かめるために。
──そして、息を呑んだ。
「……なに、これ」
そこにあったのは、あの忌まわしいほど黒かった紋章ではなかった。
墨を流したような闇は薄れ、まるで白磁のような、淡い光を帯びた紋章。
「真っ黒だった紋章が……白くなっている……?」
指先が、震える。
見間違いではないかと何度も擦ってみるが、色は戻らない。
胸が、ざわついた。
──死ぬはずだったのに。
その時、扉が静かにノックされた。
「入るぞ」
フェリクス様が部屋に入ってくる。
以前の彼とは、明らかに違っていた。
冷え切っていたはずの肌には血の気が差し、
常に張りついていたような陰りが、薄れている。
「……閣下」
「シェリル、体調はどうだ?」
その声すら、柔らかい。
「それが……おかしいんです。私、死ぬはずだったのに……」
言葉を選びながら、正直に告げた。
「朝から息苦しさもなくて、立ちくらみもしない。さっきは……馬にも乗れそうなくらいで……」
自分で言っていて、信じられなかった。
フェリクス様は一瞬、目を見開き、次いで──ふっと、肩の力を抜いた。
「やはり、か」
そう呟いて、彼は私の前に歩み寄る。
躊躇いがちに、けれど確かな意思をもって、彼は私を抱きしめた。
冷たくない。
痛くも、苦しくもない。
彼の腕の中は、不思議なほど安らかだった。
本来なら、触れた瞬間に命を奪われるはずの彼の呪い。
けれど私の中で、それは──溶けるように薄れていく。
その理由が、分かった。
彼の“触れる者の命を吸う呪い”と、私の“命を削る呪い”。
それらは、互いを喰らい合う性質を持っていたのだ。
私が贅沢を重ね、「生きたい」「欲しい」「楽しい」と望むたび、私の呪いは活性化し、彼の呪いを喰らって削っていく。
そして、弱まった彼の呪いは、今度は私の呪いを喰らい、その存在ごと、静かに消していった。
そうして二つの呪いは、循環するように互いを削り合い、確実に力を失っていったのだ。
それは、私だけの変化ではなかった。
フェリクス様自身もまた、気づいていた。
私に贅沢を与え、望みを叶えるたび、自分の中に巣食っていた“死神の力”が薄れていくことに。
「君が我が儘を言うたびに、私の呪いが、確実に軽くなっていくのを感じていた」
フェリクス様は、私の髪に顎を乗せたまま言った。
「……正直、怖かった。希望を持てば、失うのが怖くなる」
腕に、少しだけ力がこもる。
「だが、それ以上に……君が笑うたび、私は生きていると感じた」
胸が、きゅっと締め付けられた。
「君は、私を救いに来た女神だったんだな」
「え、ええっ!?」
慌てて顔を上げる。
「ち、違います! 私はただ、あなたの貯金を使い果たしてやろうと──」
言い切る前に、彼の指が私の唇に触れた。
「それでもいい」
真剣な眼差し。
「結果として、私は救われた。理由など、どうでもいい」
鼓動が、うるさい。
「貯金なら、まだ山ほどある」
彼は、ほんの少し照れたように視線を逸らしながら、けれど確かな声で続けた。
「……一生かけて、君に贅沢をさせると誓おう。だから、私のそばにいてくれないか」
それは、命を賭けた契約ではなく、未来を共に生きるという、約束だった。
胸元の白い紋章が、まるで祝福するように、淡く輝いた。
∮∮〜第五章:ざまぁ、そして溺愛へ〜∮∮
ちょうどその頃、エバレット伯爵家から一通の手紙が届いた。
封蝋は簡素で、形式ばった挨拶もない。
嫌な予感しかしないまま開けば、案の定だった。
【シェリルが死んだ頃だろうから、遺品(宝石類)を回収しに行く】
たったそれだけ。
娘の死を悼む言葉も、確認もない。
──ああ、やはりこの人たちは、最初から私を人として扱っていなかったのだ。
フェリクス様は、内容を一瞥しただけで、静かに口角を下げた。
「……来たいなら、来させよう。ちょうど、話もあったところだ」
その声には、怒りよりも冷たい決意が滲んでいた。
◆◇◆
数日後。
エバレット伯爵と、あの異母妹が、公爵邸を訪れた。
漆黒の門が開いた瞬間、二人は、目の前に広がる光景に足を止めた。
死神公爵の邸。
陰鬱で、死臭に満ちている──はずの場所。
──そう思い込んでいたのだろう。
だが、実際に広がっていたのは、咲き誇る季節外れの薔薇と、陽光にきらめく白亜の回廊。
そしてその中心で──
最高級の宝石に身を包み、血色の良い肌で、穏やかに微笑む私。
その背後から、まるで宝物を守るように私を抱き寄せる、フェリクス様。
「……な、な……」
義父の喉から、かすれた声が漏れた。
「お、お前……なぜ生きている!? 呪いはどうした!」
私は微笑みながら、ドレスの胸元に指をかけた。
異母妹は、私の胸元を凝視し、白くなった紋章を見て、顔色を失った。
その叫びに、フェリクス様が一歩前に出る。
私を庇うように、自然に。
「呪いなら──」
低く、冷え切った声。
「“私”が、すべて『食べて』しまったよ」
その瞬間、空気が凍りついた。
「……ところで」
彼は、二人を見下ろし、続ける。
「私の妻に不敬を働いた罪。そして、彼女を身代わりとして死地に追いやろうとした罪」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「……どう償ってもらおうか」
凄まじい威圧感が、場を支配した。
義父は腰を抜かし、異母妹はその場に座り込んで、震え出す。
「ま、待ってくれ! あれは家のためで……!」
「家?」
フェリクス様は、鼻で笑った。
「家のために、命を差し出させるのが貴族か」
その一言で、すべてが終わった。
◆◇◆
裁きは、迅速だった。
エバレット伯爵家は、即日爵位剥奪。
領地は没収され、財産は凍結。
そして──
「北の果ての鉱山送り、ですって?」
私が小さく呟くと、フェリクス様は頷いた。
「君のために、前に購入しておいた鉱山だ」
「……でも、あそこは労働環境が最悪なのでは?」
「ああ」
彼は淡々と言う。
「一生分の“働く時間”を、そこで過ごしてもらう」
それ以上の罰は、ない。
私の贅沢で買ってもらった、あの鉱山。
そこが、彼らの終の棲家になった。
∮∮〜終章:終わらない贅沢〜∮∮
すべてが片付いた後、私は豪華な天蓋付きベッドで、フェリクス様に甘やかされていた。
「シェリル、次はどこの国の島を買いたい?」
「もう十分ですわ! 贅沢すぎて、逆に落ち着きません!」
私がそう言うと、彼は私の指先に優しくキスをして、銀色の瞳を細めた。
「ダメだ。君が贅沢をすればするほど、私の体調も良くなるんだ。……ほら、今日は特製のダイヤモンド入りチョコを持ってきた」
「チョコにダイヤは入れなくていいですってば!」
死ぬ気で始めた贅沢は、いつの間にか“生きるための愛“に変わっていた。
余命一ヶ月だったはずの私は、今、世界で一番甘くて豪華な“永遠“を手に入れたのだ。
「……フェリクス様、大好きです」
「ああ、私もだ。……さあ、次の贅沢の相談をしようか」
不器用な公爵様の溺愛は、どうやら底なしのようだった。
〜〜〜fin〜〜〜
貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。
興味を持って頂けたならば光栄です。
作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です!
シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




