第5話:積み上げ――名前を“毎日一回だけ”呼ぶ
日々は、同じ形を保っていた。
同じ火。
同じスープ。
同じ歩幅。
同じ距離。
同じは、安心だ。
慣れは危険だと治療師は言ったけれど、慣れがなければ心はずっと揺れる。
グレイは“揺れないように慣れさせる”ことを選んだ。
私はそれを信じた。
毎日一回。
グレイは必ず、同じ声で言う。
「ルナ」
私は必ず、同じ返事をする。
「……うん」
それが、私たちの契約。
過剰に甘くしない。
でも、消さない。
ある日、私は気づいた。
呼ばれる前から、時間がわかる。
火の炭が落ち着くころ。
剣を磨く音が止まるころ。
私は先回りして、返事の準備をしてしまう。
それは——慣れ。
絆。
危険。
不安になった私は、火鉢のそばで丸くなった。
心が跳ねないように、息を薄くする。
グレイは近づいてこない。
ただ、離れたところから、炭をひとつ足した。
火が少し明るくなる。
でも私に向けてではなく、部屋全体を温める明るさ。
「……揺れてるか」
私は正直に頷いた。
「……慣れたの、こわい」
グレイは少し考えた。
「慣れは悪いものじゃない。
——壊すのが悪い」
「こわいのは……壊れること」
グレイは答えない。
代わりに、机の上の札を取った。
“呼ぶ”。
札の裏に、細い線が一本引かれているのが見えた。
日ごとに増える線。
「これは、何」
「印だ。……俺が忘れないため」
「忘れない?」
「お前の分だけ、線を引く。
呼んだ日。火を消さなかった日。食べさせた日。
——積み上げた日」
私は胸が少し揺れた。
彼は、幸福を回数にしている。
呪いと同じように。
でも違う。
呪いは“消える回数”。
彼の印は“生きた回数”。
「……じゃあ、百本になったら」
私が言いかけると、グレイは静かに言った。
「百本になっても、続ける」
それは、希望だった。
期限の向こうへ線を引く言葉。
心が跳ねそうになって、私は木片を落とした。
ころん。
グレイがすぐ止まる。
それだけで、私は落ち着けた。
「……大丈夫」
グレイが言う。
「跳ねてもいい時が来るまで、管理する」
管理。
その言葉が、私には優しさに聞こえた。
(次話へ:第6話「予感:心拍の数を数える夜」)




