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第2部第5話:跳ねる力、数えない生き方

※この回は、

「力」ではなく「生き方」を選ぶ話です。


跳ねる心をどう扱うか。

数えるのか、抑えるのか、

それとも——一緒に生きるのか。


大きな出来事は起きませんが、

主人公の中では、

これまでで一番大きな決断が下されます。

夜は、境界市にも平等に降りる。


表通りの灯りは増え、

裏側の影は、より濃くなる。

昼に起きたことは、音を失い、

代わりに匂いと記憶だけが残る。


私は外套の中で、胸の奥に残った重さを確かめていた。


とく。

とく。


心臓は、変わらず跳ねている。

第4話で感じた痛みは、消えていない。

でも、増えてもいない。


「……ねむれない?」


セラの声は、焚き火の向こうから届いた。

今日は市の詰所の一角を借りている。

古い石壁、簡素な寝台、火鉢代わりの焚き火。


「……すこし」


私は正直に答えた。

嘘をつく元気は、もうない。


グレイは壁にもたれて座っている。

剣は外し、外套だけを羽織っている。

戦う姿勢ではない。

でも、休んでもいない。


「代償は?」


彼の問いは短い。

数を聞かない。

程度も聞かない。


私は胸に手を当てた。


「……まだ、ある。

 でも、こわれてない」


それが今の、精一杯の答えだった。


セラが焚き火に薬草をくべる。

煙が、少し甘くなる。

心を落ち着かせる匂い。


「それなら大丈夫。

 “残響”は、急には消えない」


残響。

第4話で名前を与えられたもの。


「……いや?」


私が聞くと、セラは首を横に振った。


「悪くない。

 でも、放っておくと増える」


増える。

その言葉で、胸が小さく揺れた。


私は思い出す。

春までに、数えていた日々。

跳ねるたびに、減っていく残り時間。


「……また、かぞえる?」


その問いは、私自身への問いだった。


セラはすぐに答えなかった。

代わりに、火を見つめる。


「数えるとね、

 人は“使う”ようになる」


使う。

その言葉が、鈴の男と重なった。


「跳ねる回数。

 残る感情。

 できたこと。

 できなかったこと」


セラは続ける。


「全部、管理できると思ってしまう。

 ——それが一番危ない」


私は、静かに息を吸った。


管理。

それは、私が生き延びるために身につけた癖。

でも今は——違う。


「……じゃあ、どうする」


私の声は、震えていなかった。

震えない問いは、覚悟の形だ。


セラは私を見て、言った。


「選ぶ。

 数えないで」


数えない。

その言葉は、怖い。

でも、少しだけ、自由の匂いがする。


グレイが、低く言った。


「……短く」


短く。

それは、彼なりの制限だ。

長くやれば、壊れる。


私は頷いた。


「……わかった」


言った瞬間、胸が跳ねた。

でも、それは不安だけじゃない。


火がはぜる。

ぱち、と音がして、火の粉が舞う。


そのとき、詰所の外で足音がした。


複数。

急ぎ足。

でも、慌ててはいない。


「……来る」


グレイが立ち上がる。

剣には手を伸ばさない。

まず、聞く。


扉が開き、兵士が顔を出した。


「裏通りで、また一人。

 倒れた。——今度は大人だ」


セラが立ち上がる。

「症状は?」


「息が荒い。

 混乱してる。

 ……鈴を持っていた」


鈴。

その言葉で、胸がきゅっと締まった。


増えている。

私たちが“薄めた”あとも。


「……いく」


私が言うと、グレイは止めなかった。

止める理由が、もうない。


夜の境界市は、昼とは違う匂いを持つ。

酒。

疲れ。

後悔。

そして、薄く残る“期待”。


倒れていたのは、露店の男だった。

昼に怒鳴っていた大人。

顔は青白く、手が震えている。


私は近づいた。

短く。

深く。


匂いを嗅ぐ。


——後悔。

——怒り。

——そして、**羨望**。


羨望?

私は眉をひそめた。


「……うらやましい」


思わず、声に出た。


セラが頷く。

「跳ねた人を見て、

 自分も欲しくなった」


欲しさ。

それは、最初の引き金。


私は、男の手の中の鈴を見た。

鈴は、もう鳴らない。

でも匂いは、残っている。


「……これ、つかってない」


セラが言う。

「でも、**期待した**」


期待。

それだけで、人は跳ねる。


私は、膝をついた。

男と、目の高さを合わせる。


「……つらい?」


男は、焦点の合わない目で私を見る。


「……なんで、俺だけ……」


その言葉に、胸が跳ねた。

不公平だ、という感情。

それは、誰の中にもある。


私は、正解を言わなかった。

慰めもしなかった。


代わりに、言った。


「……みんな、ちがう。

 でも、ひとりじゃない」


その言葉は、強くない。

でも、嘘じゃない。


男の呼吸が、少しだけ落ち着く。

少しだけ。


セラが処置を始める。

グレイは周囲を見る。

守る位置。


私は、立ち上がり、空気を嗅いだ。


匂いは、まだある。

でも、さっきより薄い。


私は気づいた。


私はもう、

匂いを“集めて”いない。


選んでいる。

どこを見るか。

どこで止めるか。


「……グレイ」


名前を呼ぶと、胸が跳ねた。

でも、怖くない。


「……なに」


「……わたし、

 かぞえない」


宣言。

自分への宣言。


「……でも、えらぶ」


選ぶ、という言葉は重い。

でも、逃げない。


グレイは、少しだけ考えてから言った。


「……短く。

 必ず、戻る」


戻る。

帰る場所がある、という約束。


私は頷いた。


夜風が吹く。

火の匂いが流れる。


境界市は、今日も眠らない。

感情は、勝手に跳ねる。


でも私は、もう知っている。


跳ねる心は、

管理するものじゃない。

売るものでもない。


**一緒に生きるものだ。**


外套の中で、私は息を吸った。


とく。

とく。


心臓は、跳ねている。


でも私は、数えない。


ここにいるから。


(次話へ:第6話「触れない守り、触れてしまう選択」)



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


第5話でルナが選んだのは、

強くなることでも、

安全なやり方でもありません。


「数えないで、生きる」

という、いちばん不安定で、

いちばん人間らしい選択です。


跳ねる心は、

管理すれば安心かもしれない。

でも、管理された感情は、

いつか誰かに使われてしまう。


だからルナは、

選び続ける道を選びました。


そしてグレイもまた、

守ることに条件をつけます。

「短く」「必ず戻る」

それは、触れない魔狼なりの約束です。


もしこの回で、

・自分も何かを「数えて生きている」と感じた

・安心のために、感情を押さえ込んでいる気がした

・それでも「選ぶ」方がいいと思えた


そんな瞬間があったなら、

この物語は、あなたの中で静かに息をしています。


次話では、

この約束が試されます。


触れないはずの守りが、

ついに揺らぐとき。

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― 新着の感想 ―
「跳ねる力、数えない生き方」 テーマが明確に言語化される重要回。 「管理する」「数える」ことで安心する生き方と、 「跳ねる心」と一緒に生きる不安定さの対比が鋭い。 強くなる話ではなく、生き方を選ぶ話…
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