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最終日 兄妹


 今日は卒業式の日。説明するまでもなく、高校生活の最後の日だ。


「しょうごー!!俺たち卒業しても友達だからなーぁっ!!」

「小学生か。」

「まぁ、こいつは省吾とは中学から一緒なんだっけ?ならわからんでもない。」

「あ、お前泣いてる。」

「泣いてねぇわ!!」


 最後まで騒がしい奴らだったな。おかげで辛い時も、面倒な授業も、なんだかんだ楽しく過ごせた気がする。


「…ありがとうな。お前ら。」

「な、なんだコイツ。突然ありがとうとか言い出したぞ。」

「病気なんじゃね。」

「疲れてんじゃね。」

「お前らなぁ…。」


 くだらない会話を広げていると、先生が移動だと急かしてきた。そう、今日は卒業式。泣いても笑っても、どうあがいても、今日で俺たちはこの高校からおさらばだ。


「続きまして、校長先生の言葉です。」


 よどみなく、淡々と進んでいく卒業式。卒業証書はすでにもらった。一枚の紙しか入っていないはずの筒。筋トレに使ったどんな重さの重りより、はるかに重く感じる。


「皆さんがこれから出会う困難は…でして…その次に…。」


 校長の話は興味がないので、窓の外に視線を向ける。


(もう雪、溶けきったな。)


 すでに季節は冬を終えようとしていた。桜は咲かなかったが、温かさが身に染みる。登校した時、花の優しい香りが鼻をくすぐったのが鮮明だ。


(気づいたら…終わっちゃってたな。高校生。)


 テレビで偉そうな大人が言うことによると、高校生ってのはどうにも一瞬で過ぎ去ってしまうものらしい。どれだけ何かに熱中しようが、いかに学校をさぼって遊ぼうが。三年間。1095日で、大体一億秒。数字をころころ変えたらからって、実際時間が変わるわけではない。短さも、変わらない。


(心残りがないわけじゃない…ってのが、少し残念だ。)


 未だに、二月のあの放課後の夜を忘れられていない。忘れられるはずがない。

 あの日以降、彼女とは一度も話していない。同じ校内にいる以上、顔を合わせることにはなるけれど、関わることはなかった。アイツも、気まずそうにしていた。


(本当にこのまま、終わらせていいのか。)


 どうすることもできなくせに、そんな疑問は自由に掲げてしまう。やっぱり、情けない。

 無事、卒業式も終わり、各々解散する頃。俺は他の友達に遊びに行こうと誘われたが、あとで行くと断った。

 足が勝手に、あの場所に行きたがっていたから。


「……明るいな。」


 いつも光が雲に、雪に遮られていた薄暗い廊下。今日は気持ちの良い日差しが窓から差していて。ここは俺の知っている場所じゃないと、お天道様に否定されているようだった。


「もう、ここに来ることもないのか。…少し。」

「残念ですか。」

「…!」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえて、俺は思いっきり振り返った。幻聴でも、幻覚でもない。

 春の日差しに照らされた、夏目の姿がそこにはあった。


「夏目。」

「久しぶりです、冬川先輩。」

「どうして…ここに?」

「先輩こそ、どうしてここに来たんですか?もう…部活どころか、学校生活自体、終わりなのに。」


 夏目は変わらず凛とした綺麗な顔立ちと、眩しいほどの薄い金髪で俺と向かい合ってくる。


「足が勝手にな。」

「…なんですかそれ、ふふっ。」


 ほんの一か月前に見たはずの夏目の笑う顔が、一年ぶりに見えた。


「まだ、諦めきれてないんですか。」

「そうだった。」

「…だった?」

「俺にとって野球は、人生そのものだった。何のとりえもない、才能もない。勇気も器用さもない俺が、初めて褒められたことだった。」

「…私がここに来たのは、先輩に会えると思ったからです。」

「俺に?」


 先ほどの笑顔は消え、申し訳なさそうな表情を見せる。


「先輩の部活の事、『そんなこと』なんて言って…怒るも当然ですよね。本当、すいませんでした。」


 夏目が下げようとした頭を、俺は片手で止めた。


「んっ…なんですか。」

「謝らなくていい。悪いのは俺だから。確かに…野球は人生くらい大切だ。最後の大会、俺の守備ミスで負けた。…後悔した、もっとちゃんと練習しておけばよかったって。けど、《《そんなこと》》より夏目を怖がらせたことの方が…後悔した。」

「…。」


 俺がここに来た理由。それは、勝手に足が動いたからなんかじゃ、当たり前だがない。

夏目への謝罪、それと、俺の気持ちを……



「私、好きな人ができたんです。」



 頭を下げようとした瞬間、体が一瞬硬直した。

 けど、不思議とすんなり体は動いた。


「そうか…良かった。」

「っ…!」


 自然とそう言えた。心から素直に出て来た言葉だった。そんな素の言動に、夏目は戸惑ったように見えた。


「…すいません。」

「なんで謝るんだ。」

「私、先輩に思わせぶりじゃなかったですか?」

「そうか?」


 そうだよ、お前は俺に勘違いをよくさせた。


「その…兄がいたんです。私。」

「…。」

「けど、私が小学生の頃。高校生だった兄は…交通事故で亡くなりました。」


 夏目のあの儚げな視線の理由を知った。


「だから、俺をそのお兄さんに被せたのか。」

「はい…だから、すいません。変な期待とか…させたかなって。」

「くっ…はっはっは!」

「へ…?」


 バカすぎて笑ってしまった。俺も、夏目も。

 俺は俺で自意識過剰、夏目は夏目で自意識過剰。

 ははっ、そうだな確かに。似た者同士、兄妹みたいだ。

 兄妹という二文字は、俺の中のくだらないプライドを一気に吹き飛ばした。


「夏目、聞かせてくれよ。」

「な、何をですか。」

「その好きになったってやつの話だ。」

「あぁ…。年下なんですけど、かっこよくて、でも弱いとこもあって。」


 俺はその瞬間の夏目の顔を見て、勘違いしたんだと改めて再確認した。

 好きな人の事を話す夏目の目と、頬と、仕草は今まで見たことのない可愛い素振りだったからだ。


(俺は…あくまでも兄か。)


 そう言われれば、それくらいの距離感だったかもしれない。


「でも…実はすごい辛いことを経験してたんです、その子。」

「へぇ。それで、告ったのか。」

「ふぇっ……ま、まぁ、そうですね。」

「あぁ、待て。敬語は良い。今日だけは、兄妹として話そう。」

「………まぁ、そうだね。告った。けど、断られた。」

「あ?」


 どこのどいつだ。こんな可愛い夏目の告白を断ったのは。しかも年下で。


「名前を教えろ。話してくる。」

「や、やめてよ!カズキは…あ、藍斗カズキって子なんだけど。カズキはその代わり、条件を出してきたよ。」

「条件?」

「20歳になるまで待ってくれってさ。それまでやらなきゃいけないことがあるんだって。」

「そうか…。」


 そういえば言っていたな。何かに一生懸命な人が好きだって。夏目はその、藍斗カズキという男の一生懸命なところに惚れたのか。


「なら、仕方ないな。」

「うん…。そう。だから待つの、私。」

「頑張れよ、俺は応援している。」

「わかった。私頑張るね。…お兄ちゃん。」


 俺は都合の良い人間だ。

 部活動が終わってしまって、何も成すことなく学校生活が終わって。すっきりせず、感情をそのまま後輩にぶつけてしまうような情けない人間なのに。

 夏目が呼んでくれた呼び名と、笑顔だけで、良かったと思ってしまった。


「…あ、ご卒業おめでとうございます。」

「いきなり後輩モード入ったな…。」

「ふふっ。…それじゃあもう、行きますね。」

「あぁ。絶対離すなよ、その男。」

「はい!首絞めてきます。」

「そりゃ死んじゃうだろ…。」

「ですね、ふふっ。…先輩、これ。上げます。」


 夏目は鞄から、あの見慣れたベージュのカーディガンを渡してきた。


「これは…。」

「冬川先輩、野球人生終わったとか言ってもどうせまた半袖で筋トレしだしそうなので。寒くないように、上げます。」

「俺には似合わねぇよ…。」

「そうですか?私は良く似合うと思いますけどね。」


 きっとこれも、からかっているんだろうな。


「ま、冬になったら思い出す。」

「お願いしますね。…じゃあ。」

「おう。」


 今度は逃げるようにではなく、一歩一歩噛みしめるように、夏目は日差しの中を歩いて行った。俺は、その背中に声をかける。


「絶対、ソイツと幸せになれよ!!!」

「…!!……はい!」


 夏目の目には涙が浮かんでいた。そんな《《妹》》の姿がぼやける。


「泣くなんて、いつぶりだろうな…。」


 目頭を押さえ、もう一度窓の外へ視線を向けた。

 清々しいほどの負けっぷり。部活も恋愛も、全てにおいて俺は負けちまった。


「…吹っ切れたな、なんか。」


 日差しが気持ちいい。俺もそろそろ、この廊下から外に出なきゃいけない。


「鍛え直すか、全部。」


 少しばかりまだ寒いこの時期、似合わないカーディガンを羽織ってから俺も、廊下を歩いた。


 窓の外も、どこにも、もう雪は降っていない。

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