第三話 勇気
俺にも友達と言える同級生はある程度いる。中心人物には何故か気に入られて、会話をするわけでもないが休み時間は何となくクラスの元気な奴らグループに混じって時間を潰すのがほとんどだ。
昼休みの飯の時間もそう。食べ終わって、暇になったら適当に駄弁る。あまり話題にはついて行けないが、よく見るテレビの話になれば少しは参加できた。それ以外の時間はぼーっとしてる。我ながら自分は誰かの物語の脇役だと思わざるを得ない日常を過ごしていた。
「省吾!今日放課後勉強しね?お前頭良いから教えて欲しい!」
「いつも言ってるが、放課後はやることあるんだ。悪いな。」
「ちぇっ、連れねぇやつ。ま、良いけどよ!」
「お前は省吾に教えられても頭の良さ変わらないだろ。」
「んだとコイツ!」
いつもの俺含めた四人グループから笑い声が教室の一色を作り出す。三年間、三回のクラス替え。初対面だとしても話を合わせる手はすでに心得ている頃合い。四人の中の二人は今年初めて話したが、今じゃ普通に友達だ。
一人の中心人物を軸に盛り上がる話。けれど突然、会話は途切れる。
「失礼します、森田先輩いますか。」
「あ、夏目ちゃん!こっちこっち!委員会の紙持ってきてくれたんだよね。」
可愛い後輩が教室に入ってきたからだ。友達も、珍しい薄い金の髪色に目を奪われる。まぁ、夏目は俺の残念な目から見ても可愛いからな。
男子だけじゃなく、女子の視線も集まるほどに夏目は一瞬で注目の的と化した。
「はい。この三枚しかまだ集まってないです。」
「ん、ありがと。にしても集まらんなぁ。」
「多分締め切りになったら一気に集まりますよ。」
「だね。めんどくさいけど、こればっかりはどうしようもない…。ありがとねわざわざ階段上らせて。」
「いえ、それじゃ。」
夏目はどうやら部活には入っていないが何らかの委員会には入っていたらしい。そんなの聞かなかったな。まぁ興味もなかったからそういう話になるきっかけもなかったのだが。
真面目にお辞儀して、教室を出て行こうとして…こっちを見た。
(めちゃくちゃ綺麗に二度見したな。)
見つかってしまった。
「冬川先輩。このクラスなんですね。」
「あぁ。」
近づいてきた夏目は少し嬉しそうな目をしていた。感化され、俺も少し嬉しくなる。
「友達いたんですね。」
「おい。」
「冗談です。じゃあまた、放課後。」
「おう。今日は一段と寒い。いつもより着込んでるか?」
「一枚増量しました。ヒートテックです。」
「それは良いな。俺はいつも着て来てる。」
「だからか。」
「まぁな。」
いつも寒くないかと心配の目を向けられていたが、今日からは向けられなさそうだ。
「ばいばいです。」
「ん。」
夏目は手を振って、俺も振り返した。するとぱちんと俺の手を叩いて、ようやく帰って行く。今日はなんだかいつもよりご機嫌だ。
「省吾~?なんだあれは?」
「おわっ…な、何のことだ。」
グループに身体を向け直すと三人が一斉に立ち上がっており、距離をじりじりと詰めてきている。
「嘘だろ…省吾に彼女ができてるなんて…。」
「おいまだ決まったわけじゃないだろ!」
「お前、涙出てるぞ…。」
「いやいや。待てよ、何の話だ。」
『本気で言ってんのか』とでも言いたげな視線×3が攻撃してきた。
ようやく三人が何に悲しんでいるのか、その時理解できた。
「あぁ、夏目は彼女でもなんでもないぞ。ただの…。」
なんだ?
「…知り合いだ。」
「今の間!間!俺違和感ありだと思います!」
「同意!よって死刑!」
「右に同じく!」
「なんでだよ!!何でもないって言ってんだろ!」
「じゃああの超絶可愛い子と放課後何するんですかー。」
「それは…言えないけども。」
「おいおい首引っこ抜くか。」
「ダメですぜ兄貴、骨を一本一本折って生き地獄を味わわせましょうやい。」
「キャラどうなってんだよ。」
昼休みは終始、その話題で持ちきりになってしまって。午後の授業が終わってもまだ質問は終わらず、部活についてこようとしたので全力で止めた。
「全く…否定を聞かないやつらだ。」
いつもの廊下に荷物を置くと、まだ筋トレを始めてないのにどっと疲れが出てしまった。ほとんどあのグループで自分に焦点が当たらない反動か、謎の疲労が肩にたまっていたのかもしれない。
「はぁ…。」
「あれ、もう運動したんですか?早いですね?」
背中から毎日聞いている澄んだ綺麗な声がぶつかる。
「違う。友達を振り切るのに体力持ってかれたんだ。」
「なんですか?喧嘩?」
「お前のせいだ…。」
「私ですか?…あ、なるほど。私可愛いですからね。」
「自分で言うのか。」
「可愛くないですか?」
「うっ…。」
「……ふふっ。」
夏目のからかいは変わらない。定位置に鞄を置いて、また壁に座り込む。
今日のアイツらの反応、教室の空気。
前々から勘づいていたことの確認をするには良い機会だと思い、聞いてみた。
「夏目はやっぱりモテるのか。」
「はい。モテます。」
曇りなき眼は一周回って馬鹿にする言葉も出させてくれなかった。呆れも通り越して言葉が出てこなかった。
「もう何人に告白されたかわかりません。」
「一年生なのにか。」
「はい。」
「誰かと付き合ったりはしないのか?」
「今のところはその気はないですね。というか、告白して来た人全員、初対面でしたし。」
「マジか、すごい勇気だな。」
「冬川先輩にはない勇気ですね。」
「おい。」
勇気。この二文字は時たま冗談でもなんでもなく俺の足を引っ張ってくる。ここぞという時の勇気が足りない。あと一歩あったら自分の人生は全く違うものになっていたんじゃないかと思うほど、勇気という二文字は運命を捻じ曲げてくれた。
「雑談はこの程度にして、やるか。」
「頑張ってください。」
夏目はもはや風景の一部のように壁にもたれ座る。この学校を離れて、久しぶりにこの廊下を見ることになってもそこには夏目がいそうだ。
「ふっ…ふっ…。」
体を動かしながら、頭が気になる事目掛けて働きだす。夏目は自他ともに認めるモテる女子。要するにマドンナみたいな存在ってことだ。
そんな女子がどうして俺に関わってくるのだろう。
最初夏目が話しかけてきたとき、その疑問の答えは有耶無耶になってしまった。
寒そうだから声をかけた…というのは違うはず。
暇つぶしに声をかけた…さっさと帰った方がまだマシだ。寒いんだから。
もしかして…
(違う違う、そんなわけないだろう。)
一瞬頭によぎった可能性を、首を回して否定する。俺は自分の目から見ても、野球以外にこれと言った冴えている部分はない。それは他人の目から見ても変わらないはずだ。モテる要素、女子が惹かれる要素はないはず。
けど…やはり。考えてしまう。もしかして夏目は俺の事が…
「先輩?」
「おわっ!」
「どうしたんですかそんな驚いて…。もう百回やってましたよ。」
「何?まだ五十回程度じゃ…。」
「一心不乱にめちゃくちゃ速くやってました。凄いですね。私じゃ三回が限界です。」
よこしまな考えを言い当てられたみたいで、背中に冷や汗が伝う。
「…汗かくぞ。」
「三回じゃ汗かきませんよ流石に。次は腹筋ですよね?手伝います。」
マフラーと手袋を外して俺の足に乗っかかる。やっぱり軽い。ただ、軽すぎる夏目を吹き飛ばしてしまわないようある意味足に力が入るので、なんだかんだ厳しいトレーニングにはなっている。
「じゃあはい、いーち。」
「夏目。」
「なんですか?」
「中学の頃も…ふっ…男子からは人気だったのか。」
「どうしたんですか今日は。私のモテ度がそんなに気になりますか。」
「俺は女子を見る目がない。友達からもそう言われている。どういうやつがモテるのか、知っておいて良いと思ったんだ。」
「先輩見る目無さそうですよね。」
「事実だが言い方…。」
「ふふっ、そうですね。モテてました。けど、一度も告白を受けたことはありませんでしたよ。」
夏目は武勇伝に語るのではなく、あくまでも本当にあった出来事、当たり前のように話す。こういうのを鼻に着くっていうのかもしれない。俺はあまり感じないが
「そうなのか?それはなんというか…勿体ない。」
「私、一度好きだと決めた男の人にしか興味ないんです。と言っても、今までに好きだと思えた人はいませんがね。」
今まで、が今日この瞬間なのか。高校が始まった頃なのか、冬が訪れてからか。
どれであろうと関係ないはずなのに、心境は無理矢理紐づけようとしていく。
「…そうか。」
「冬川先輩はないんですか?そういう色恋沙汰。」
「俺は…」
一度だけ、好きになった女子に告白したことがある。高一の夏の話だ。残念ながら断られてしまったが、後悔はしていない。おかげで部活に身が入ったから。
あの後、好きだった子が別の男と笑いながら歩いているのを見た。
部活の走り込みをしてる時だったから、確証はないけれど。
何故かたまに、不意にその光景を思い出してしまう。
「一回だけ告白したんだが、断られてしまった。それ以降は、なんとなくな。」
「勿体ない。」
「夏目が言うのか…。」
その後もちゃんと恋愛しろという意味で言われたのかと思ったが、違った。
「違いますよ。その告白された女子に言ったんです。冬川先輩を振るなんて…勿体ない。」
「な、なんでだ。」
「何かに一生懸命な人って、大切にしてくれそうじゃないですか。」
「そうか?野球にだけ目を向けて、ちゃんと交際はできない気がするが。」
「考えた方の違いですよ。何かに一生懸命な恋人を見れて、その後は自分を一心に考えてくれるんです。一石二鳥ですね。」
「よくわからんが。」
「女の子は周りの事も気にせず、ただ自分だけをがむしゃらに見てくれる男の子が好きなんですよ。」
夏目がこんなに自分の考えを話してくれることは珍しい。俺は聞き入りながら、やはり女心はわからないなと再確認をする。
「はい、百回目です。」
「わかった。」
「それじゃ、帰りますね。」
「あぁ、気を付けろよ。」
いつもの見送り、奥歯に引っかかっていた夏目の言葉が、夏目の背中を見て思い返された。
「俺を振った女子が、もったいない。」
口に出して、恥ずかしくなった。
…どうして夏目が俺に構ってくれるのか。やはり、聞いておきたい。
後悔の、ないように。




